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J/53  作者: 池金啓太
二十二話「二月半ばの男女のあれこれ」

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気持ちを込めて

城島と約束を取り付け、バレンタインももう少しという土曜日、城島は明利の家にやってきていた


生徒の家に来るという事もあってその手には菓子折りと今日つかうエプロンなどの道具が入った袋を持っている


一人暮らしをしている学生も多いため、家庭訪問というものがない学校において、教師と保護者をつなぐ点は時折開かれる保護者懇談会位のものである


しかもその懇談会だって近くに住んでいる人間しか参加しないのがほとんどだ


幸いにして近くに住んでいる明利の親とは面識があったが、城島自身生徒の家に足を運ぶのは初めてだった


料理をするという事が目的であるため、スーツなどではないが教師として着ていてもおかしくない落ち着いた服を着こなしている


小さく深呼吸した後でインターフォンを鳴らすと、中から小さな足音が聞こえてくる


「あ、先生、いらっしゃい、どうぞ」


中から出てきたのは小柄な少女明利だった


私服を着ていると小学生と間違えられてもおかしくない外見であるために、ほんの一瞬躊躇いが生まれるが城島は礼を言いながら中に入る


「あら明利、先生いらっしゃったの?」


リビングから顔を出したのは明利の母である雫である


事前に城島が来ることを伝えていたためか軽く化粧をしている、さすがに教師を前にすっぴんをさらけ出せるほど自信過剰ではないようだった


「明利がいつもお世話になっています、今日はお菓子作りにいらしたんですって?いつも迷惑をかけているようですし、気にせずこき使ってあげてくださいね」


「いえそんな、迷惑をかけているのは私の方です、この年で菓子作りなどという無理を言っているのですから・・・あ、これつまらない物ですが、ご家族でどうぞ」


そう言って城島は持ってきた菓子折りを渡すと、雫は礼を言いながらリビングの方へ城島を案内する


「あ、先生、お疲れ様です」


「城島先生ほんとに来たんですか」


先に来て作業をしていた鏡花と雪奈が城島の来訪を確認しそれぞれ反応を示す


今は丁度チョコを湯煎で融かしていた真っ最中だったようで周囲にはチョコのにおいが充満している


「深山、その言葉は一種の挑発のようなものか?」


「い、いえ・・・話には聞いてましたけど城島先生に恋人・・・っていうか婚約者がいるって信じられなくて・・・」


雪奈は静希や明利から城島と前原の事の顛末を聞いているものの、その時の出来事を目にしていない


その為誰かに恋い焦がれたり、惚れたりだとかそういう感情を城島が抱けるのだという事が半ば信じられなかったのだ


無理もない話である、静希達だってあの光景を見た時、目に映っているのが城島であることが信じられなかったほどだ


「雪奈さん、そういう事言っちゃだめだよ、せっかくがんばろうとしてるんだから、じゃあ先生、早速準備してもらえますか?」


「む・・・了解した」


城島は上着を脱ぐと持ってきたエプロンをつけ、長い前髪を髪留でまとめる


すると隠れていた額が露わになり、鋭い眼光と額にある痛々しい傷口が見えてくる


雪奈は一瞬その傷に視線を移したが、すぐに何でも無いように作業に戻っていた


前衛であり怪我をすることだってある雪奈からすれば血や傷など見慣れたものである


そして何より、自らの恋人のもっとひどい状態を見ている、静希の右手の奇形に比べればただの傷跡など気にすることもないのだろう


城島の場合、奇形部分を抉り取ったという事になるが、雪奈はそのことは知らず、また興味もなかった


「ところで幹原、お前たちはケーキを作っているとのことだったが、完成しそうなのか?」


「はい、何度か試作してようやくうまくいきそうなんです、本番が楽しみです・・・ちょっと問題もありますけど・・・」


明利の視線は作業に没頭している鏡花に注がれる


明利や雪奈は何の問題もないのだ、問題は陽太に本命チョコを渡そうとしている鏡花である


未だにどう渡すのかで悩み、どうすればいいのかを考えているのだ


雪奈がさんざん発破をかけたものの、結局本人が決めることである以上、言いすぎても逆効果であることは否めない


城島も教師として問題があるというのなら何とかしてやりたいのは山々だが、鏡花が陽太に惚れていることなど知る由もない上に、彼女自身も恋愛ごとには疎い


前原という良い相手に巡り合えたからこそ今こうして良い意味で悩んでいるのだが、もし前原がいなければきっと生涯独身を貫いただろう


「まぁ、問題があるなら解決すればいい、単純なことだ、どう解決するかだけがネックだろうがな」


バレンタインに抱える問題など恋愛がらみ以外にはない、城島はなんとなく鏡花の状況を察した上で明利の指導を受け始める


今日はあくまで城島に一人で生チョコを作れるところまで指導するのが目的だ


生チョコというだけあって保存してあっても傷みやすく劣化もしやすい、その為作るのであれば前日が好ましい


それに明利達の手が加わっているよりも、城島一人で作ったほうが愛情だってこもっているだろうと明利が気を利かせたのだ


「そう言えば先生、その前原さんってどんな人なんですか?」


明利の指導を受けながら菓子作りに没頭する城島に、何とはなしに雪奈が質問する


静希や明利から聞いていただけではあまり印象を掴めなかったうえに中途半端に内容を知っているだけに興味がわいたのだろう


「どんな・・・と言われてもな・・・温厚な人だ、私とは正反対だな」


自分が温厚ではないと自覚していたのかと鏡花と明利は内心小さく驚きながら作業を進める


言葉の通り、城島は温厚などと言うタイプの人間ではない、大人しいという言葉とは対極にあるような人である


無論大人としての節度も礼節も、常識も知識も持ち合わせているが行動や対応が場合によっては非常に乱暴になる


彼女自身の生来の性格というのもあるだろうし、今までの生活や環境がそのようにしたというのもあるだろう


「プロポーズはその前原さんって人からだったんですよね?どんな感じでしたか?」


「どんな・・・か・・・」


余計なことを話したなと城島の鋭い視線が明利や鏡花に刺さる中、鏡花は自分は無関係なのにと内心涙を流しながら気づかないふりをして作業に没頭する


「素直に嬉しかったよ・・・私のような欠陥だらけの女と、一緒に生きたいと言ってくれた・・・あの時は、本当にうれしかった」


欠陥だらけ、城島は自分のことをそう表現した


エルフであること、そして自らの性格や、その額にある傷の事


城島が自らに抱えるコンプレックスは多い、だがそれらをすべて理解したうえで、前原は城島を許容した


いや、許容したというのは正しくない、それらを知ったうえでなお、理解したうえでなお前原は城島を欲したのだ


彼は外見も性格も事情も、それらすべてを含めて城島に好意を持ち、そして一緒にいたいと言ったのだ


「・・・先生・・・告白されるって、やっぱり嬉しいですか?」


ぽつりとつぶやくように出した鏡花の質問に、城島は微笑む


「・・・あぁ、嬉しい・・・自分の存在を認めてもらえたような、受け入れてもらえたような・・・そんな気分になる・・・安心と言い換えてもいいな・・・この人となら、私はそう思えた」


恐らくあの時、あの喫茶店でのことを思い出しているのだろう


目を細め、薄く笑う城島の言葉に、鏡花は目を見開いた


鏡花が陽太にしてあげたいと思ったのは、陽太を安心させたいという事だった


陽太は幼少のころから能力の暴走などがあり、安心して眠ることだったり、誰かと一緒にいることにわずかながら抵抗がある


だから鏡花が、その抵抗を取り除ければと、そう思った


そしてあのデートの日、陽太は鏡花に全てを預け、そしてゆっくりと眠りについてくれた


自分が陽太を安心させられたという事であるのか、ただ単に睡眠欲が勝ったというだけか鏡花にはまだわからない


鏡花は陽太が好きだ


存在を認められたような、受け入れられたような、安心にも近い、そんな気分


自分が告白することで、陽太にそんな感情を与えられるのだろうか


無論感性など人それぞれだ、陽太が城島と同じような感覚を得る可能性は低い


それにあの鈍感さとバカさを考えると、万に一つあればいい方だ


だがそれでも、もし自分が陽太に告白し、そんな気持ちにさせられたのであれば、そしてその思いが報われるのであれば、一石二鳥、というのは些か都合がよすぎるだろうか


鏡花の中で、気持ちがゆっくりと動き出す


今まで悩んで停滞し、同じところをぐるぐるとめぐっていた思考がゆっくりと動き出す


一度動き出してしまえば、後は流れに身を任せるのみ


その表情の変化に、鏡花を近くで見ていた明利は気づいた


その変化がどのようなもので、一体どんな考えをしているのかはわからないが、先程までのなさけない表情からは打って変わり、凛とした表情と瞳をしている鏡花に明利は薄く微笑んだ


まだ鏡花と一年も一緒に過ごしていないが、それなりに濃密な時間を共にしてきたのだ、その変化が良い物であることくらいは明利にもわかる


「どうだ?上手くいったか?」


城島の作った生チョコ第一弾を冷蔵庫の中から取り出すと、形は少々不恰好ながらも、しっかりとした生チョコになっているのがわかる


しっとりとした柔らかさと滑らかさ、生チョコ独特の食感が確認できると明利は笑みを浮かべた


「うん、上手くできてます、後は形をどうするかですね、丸でも四角でも、好きな形に作れますよ、練習が必要ですけど」


「そうか・・・形か・・・」


城島が形で悩む中、鏡花は一つ悩みを解消した


彼女の手の中にはハート形の枠があり、それ以外のものはいつの間にかなくなっている


そしてその段階になって雪奈もようやく鏡花の変化に気付いた


ようやく踏ん切りがついたようだと安心していたが、勝負はこれから


鏡花はまだスタート地点についたに過ぎない、あとはどれだけ上手く作れるか、美味しくできるか、そして気持ちを込められるかである


月曜日なので二回分投稿


一応今日までで予約投稿は終了するつもりで明日から通常投稿するつもりでいます、もしかしたら伸びるかもしれませんが、その時はご容赦ください


これからもお楽しみいただければ幸いです

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