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J/53  作者: 池金啓太
二十二話「二月半ばの男女のあれこれ」

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それぞれのバレンタイン

長くその国に住んでいても、わからないことがあるように、長く一緒にいても分からないことが多いのが当然である


静希たちが邪薙による日本のちょっとした風習の解説を受けている頃、チョコ菓子づくりを始めた明利達の作業は難航を極めた


まず、材料の調達と、その大きさの決定、そして素材を混ぜて焼くことまではできるのだが、糖分が多すぎるためか焦げたり、上手く膨らまなかったりと何度も失敗していたのだ


試行錯誤を重ねるにしても、一回のチャレンジにそもそも時間がかかるためにどうしてもうまくいかない、菓子作りの難しいところである


「もうさぁ・・・体にチョコ塗りたくってはいどーぞって言った方が楽な気がしてきたよ」


「やめてください、捕まりますよ?ていうか私が通報します」


まさか静希達も自分たちが知識を蓄えている間に幼馴染であり姉貴分である雪奈がそんな発言をしているとは思ってもいないだろう、いくら失敗が続いているとはいえ自暴自棄になり始めている感はあった


すでに肉体関係にある明利や雪奈はまだいいかもしれないが、鏡花にとってハートのケーキでさえハードルが高いのにそんなことをしたら確実に渡すのをあきらめるレベルである


高すぎる目標は意味をなさない、大きすぎる目的は妥協を生むのだ、この場合はあきらめが先に来るだろうが


「うぅん・・・やっぱり配分が難しいなぁ・・・」


「調べた通りにやってるのにね・・・何がいけないんだか・・・」


試作に当たりしっかりと調べてその通りに材料を入れているのになぜかうまくいかない現状に、三人はお菓子作りの難しさを実感していた


それこそ材料の混ぜ具合や、配分が少し違っただけで失敗することがある、それほどまでにスポンジを用いた菓子は難しいのだ


「失敗作も増えてきちゃったし・・・今日はこの辺にしておこうか・・・」


「そうね・・・失敗した奴もちゃんと食べないとだし・・・」


テーブルの上には何回かの失敗の結果であるスポンジもどきがいくつか並んでいる


いくら失敗作とはいえ食べ物は粗末にするわけにはいかない


幸いそこまでひどく焦げているものはないため食べることはできそうである


「どうせだからいろいろ遊んでみようよ、生クリームとかもあるし」


「そうですね・・・これ全部食べるのかぁ・・・」


「・・・太りそうだね・・・」


試作、試食、失敗、試食


この流れを作り出すことでかなりの甘いものを摂取するという事になるのだが、バレンタインまでに一体いくつ試作品を作り出せばいいのか


三人いるとはいえかなりの量のスポンジケーキ、言葉の通り太りそうである


「ま、まぁあれだよ、食べた分は動けば解消さ、それにスポンジ自体にはそこまで砂糖とか使ってないし・・・」


雪奈は必死に太らないための材料を探すものの、スポンジだけとはいえ量が量である


いくら三人で分けても限度と言うものがあるのは三人とも理解していた


「いっそのこと陽太とかに手伝ってもらう?」


「え?渡す相手に手伝ってもらうのは・・・だめ・・・じゃない?」


いくら片付けとはいえプレゼントをする相手に失敗作を食べさせるというのは少々問題があるように思えてしまう


陽太の場合、食べたとしても次の日には忘れていそうだが


「・・・お昼ご飯くらいにはなりそうだね・・・」


「雪奈さん落ち着いて、さすがにこれをお昼にするのは問題あります」


夜のデザートとしてケーキを食べたり、朝にパンの代わりにケーキを食べるような人間がいようとも、昼食代わりにケーキを食べる人間はさすがに聞いたことがない


それに昼食という事は少なくとも学校に持って行くという事だ、失敗作とはいえケーキもどきを学校に持って行くなどさすがに許容できない、外観的にも栄養素的にも


「とりあえず頑張って食べよう、今紅茶淹れるね」


「ちょっと渋めでお願い、ついでに換気しちゃいましょうか」


「そうだね・・・服まで甘いにおいがついてそうだ」


キッチンに充満する甘いにおいに鏡花たちは苦笑しながら窓を開けたり換気扇を付けたりと空気の入れ替えを行う


しばらくすると紅茶の芳ばしい香りが辺りに広がっていきちょっとしたお茶会のような様相を呈していた


「そう言えばチョコケーキはいいけど、デコレーションはどうしようか?生クリームとかチョコクリームだけじゃ味気ないし」


「砂糖菓子とか、チョコの装飾とか作りましょうか?すぐ作れますよ?」


そう言って鏡花は近くにあった溶かしたチョコに指を入れるとその形を変えていく


指の先には熊の形をしたチョコの人形が出来上がっていた


「可愛い!そう言うのやりたいね、あとメッセージカードみたいなの」


「あぁ、誕生日ケーキとかの上に乗ってる奴ね、それなら板は私が作るから後はホワイトチョコでそれぞれ書くっていう感じでいいんじゃない?」


「なるほど、いやぁ鏡花ちゃんがいると話が早く進むなぁ、何でもっと早く転校してこなかったのさ」


そんなこと言われてもと鏡花は苦笑してしまう


鏡花が転校してきてからあと二か月ほどで一年が経とうとしている


静希達にとっても鏡花にとっても、喜吉学園にやってきたのは良い傾向となっている


それを実感するのがケーキ作りというのが何とも複雑な気持ちだが、その気持ちも悪いものではないと鏡花は感じていた






女子たちがそんなお菓子作りを始めて数日経った頃、静希は以前消費した銃弾の補充を行っていた


銃弾を消費した後エドに連絡しかなりの量を送ってもらったのである


無論購入という形をとったため、エドの口座に振り込むことで売買を満了した


その報告と確認ついでに、静希はエドと電話していた


『いやぁ、それにしても君から銃弾の購入の話を聞いて驚いたよ、また面倒事でもあったのかい?』


「いや、まぁそうなんだけど、今回はただの実習だ、少なくとも悪魔とかそういうのとは違うな」


『なんにせよ無事なようでよかったよ、命あっての物種だからね』


銃弾を補充するという事はつまり使用したという事でもあり、エドが心配していたのが印象的だった


静希が使った銃弾の数はかなり多く、数十発を使った形になるのだ、当然と言えるかもしれない


電話の向こう側にいるエドはまた少し日本語が上達しており、もう日常会話なら問題なくこなせるようになっている様だった


電話越しではオルビアの簡易通訳ができないため、エドが日本語ができるようになってくれると非常に助かる


簡単に先日あった実習のことを話すとエドは興味深そうにしていた、元研究者としていろいろと思うところがあるのだろう、以前奇形研究者が攫われるという事件との関連性に関しても可能性がないわけではないと肯定的な意見を持っていた


『そう言えばそろそろバレンタインじゃないかい?確か日本では好きな女の子からお菓子がもらえるんだったか?』


「あぁ、チョコがもらえるよ、海外では違うんだっけ?」


『あぁ、国によってやることは変わるけど、おおむね恋人やお世話になった異性などに何かをする日というのは共通だね』


まじめな話から一転、日常のちょっとした世間話に変わったことで静希とエドの声音が僅かにやわらかくなる


こういった独特の柔らかい雰囲気を持つのがエドの特徴といえるだろう


海外諸国を移動し続けるエドとしては多くの国のそういった情報を仕入れておく必要があるのだろう、今の仕事を始めてまだ一年と経っていないのに随分と馴染んでいる様だった


『君はいいなぁ・・・もう恋人がいるんだから、好きな人と過ごせるっていうのはいいことだよ』


「まぁな、エドはそういういい人はいないのか?お前結構いい歳いってるだろ」


酷い言いぐさじゃないかとエドは笑っているが、実際エドは静希の倍近い年齢である


細かい年は覚えていないが、確か三十は超えていたはず、すでに結婚していてもおかしくない年齢だ


『いやぁ実は・・・その・・・今アタックしている女性がいてね、近いうちに何かしら報告できるかもしれない』


「へぇ!もしかして今度のバレンタインが勝負だったりするのか?」


実はそうなんだよとエドは嬉しそうに、そして恥ずかしそうに笑っている


エドは不運にも友人を一人亡くしている、殺されていると言った方がいいだろうが、その悲しさを事件での行動や仕事に打ち込むことで忘れようとしていた


だが今こうして幸せの第一歩を掴もうとしている


エドの事件に関わった静希としては、なかなか感慨深い状況のようだった


少々不運なことがあって職を変えたものの、エドのスペックは非常に高い


顔も悪くないし背も高い、肥満ではなくどちらかというなら筋肉質な部分もある、しかも親の仕事を手伝っているとはいえ他の事業も立ち上げようと奮闘している


研究をしていた能力者というだけで、彼自身の能力の高さがわかるが、その性格からも人当たりが良く、何より思いやりのある人物であることがわかる

なかなかの優良物件であるため、その気になれば彼女の一人でもできるのは自然と言えるだろう


「うちにもバレンタインに勝負する奴はいそうだけど・・・その人はどんな人なんだ?そもそもどうやって出会ったんだ?」


『実は今一緒に仕事をしてる人なんだ、その人は事務仕事が多いけどね、一緒に仕事をするうちに・・・まぁいろいろと』


エドは世界中を移動するようなことが多い、その為一つの場所に留まるという事がそもそも少ないため出会いは多くとも長続きしないような印象があったのだが、なるほど一緒に仕事をしている間柄であれば不思議はない


俗にいう職場恋愛というやつだ


職場恋愛はあまり良い物とは言えないが、エドの場合であれば問題はないだろうと思える


「特徴は?顔とかスタイルとか性格とか」


『ぐいぐい来るねぇ・・・えっと顔は可愛いというより綺麗なタイプかな、スレンダーで性格は優しくて穏やか、ちょっと気難しいところがあるけどね、僕と同じ金髪』


静希だって一高校生だ、他人の恋愛ごとに興味があるのは仕方のないことだろう


何より恩があり、世話になっているエドの色恋沙汰となれば聞いてみたくなるというのはしょうがないと言える


「なるほどね、エドが選んだ人なら大丈夫だと思うぞ、お前人徳あるし」


『そ、そうかい?君に言われると嬉しいね・・・いやぁやる気でてきたよ!』


ついつい声が大きくなってしまい、どうやら近くにいるアイナとレイシャに注意されたのだろうか、電話の向こうにごめんごめんと謝るエドに、静希は笑ってしまう


「そっちのチビたちもずいぶんしっかりしてきたみたいだな、嫉妬されるんじゃないか?」


『やめてくれよ、彼女たちはそう言うんじゃないさ、いずれは立派なレディにしてみせるけどね』


アイナとレイシャはエドをボスと呼び慕っている、もしエドに彼女ができた時あの二人がどんな反応をするかはわからない、それこそもしかしたら静希の言ったように嫉妬するかもしれない


『あ、そろそろ時間だ、すまないシズキ、ちょっと長電話が過ぎたね、これで失礼するよ』


「あぁ、告白の成功を祈ってるよ」


静希の言葉にエドは笑いながらありがとうと言って通話を切った、静希は小さくため息をついた後で、さきほどの言葉通りどこかにいるエドの告白が成功することを祈っていた


土曜日なので二回分投稿


なお今日からちょっと所用で出かけてしまうために予約投稿で反応が遅れてしまいます、どうかご容赦ください


これからもお楽しみいただければ幸いです

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