幼少期の黒部さん。テレビの特撮ヒーローに憧れる一方、ままごと遊びも好きだったという。
福岡市南区の黒部美咲さん(53)は、男性として生まれ、性自認は女性のトランスジェンダーだ。「男らしく過ごす意味が分からない」と人知れず悩んだ思春期、20代で結婚し子どもを授かった後のカミングアウト、そして、40代で受けた性別適合手術。現在は、戸籍の性別を変える手続きを進めている。「多様性」や「共生社会」がうたわれる今の時代を、黒部さんはどう見据えるか。6月は性的少数者の権利啓発のための「プライド月間」。その半生をたどりながら、性について考えた。(帖地洸平)
話すことができない孤独
清掃作業員として生計を立てる傍ら、「日本性同一性障害と共に生きる人々の会」九州支部長を務める黒部さん。これまで当事者やその家族70組以上の相談に乗ってきた。質問一つ一つに丁寧に答えながら、自らの実体験に重ね合わせるように漏らした。「誰にも話せず孤独な人は多い。まずは私が寄り添いたい。“あの頃の私”にも、そんな人がいたら、と思う」
人目を避けかつらとスカート
幼少期から思春期にかけての「苦しみ」は今も忘れない。「男らしさ」の意味も分からぬまま、中学は校則で丸刈り。自宅ではスカーフで頭を隠す時もあり、セーラー服が欲しいと母親にねだったが許されるはずはない。高校では人目を避け、かつらとスカートで過ごした日もあった。
温かい家庭に憧れて20代後半で結婚し、子どもも授かった。それでも-。「自分に正直になろう」と考え、一人ホテルで着替えて街に出たことも。「当時は(性同一性障害という)診断名もない。自分は一体何者で、どう生きたらいいのか。分からなかった」
45歳で受けた性別適合手術
ただ一人の女性として、普通に生きられないか。思い悩んだ末、家族に自らの性に対する悩みを打ち明けた。しかし、泣き出した子どもには謝るしかなく、妻とは別れる結果に。「生きるだけで精いっぱい。ただ苦しかった」
転機が訪れたのは45歳、性別適合手術を受けた時だ。術後の体を見て「自分の中にある違和感が晴れた瞬間だった」と振り返った。「本当の自分を取り戻すのに53年もかかった。戸籍の変更が無事終われば、きっともっと自信が持てる」
“あの頃の私”に伝えたい
民間企業が昨年発表した、20~59歳の全国6万人を対象にしたアンケートによると、自分が性的少数者に該当すると答えた人は8・9%で11人に1人。性同一性障害特例法の施行(2004年)以降、戸籍上の性別を変更した人は1万を超える。
交流サイト(SNS)には依然、差別や偏見の声もあふれるが、福岡では「パートナーシップ宣誓制度」が始まるなど、性的少数者の権利を守る動きが身近で増えたと感じるという。
「“あの頃の私”に再会できるなら伝えたい。歩む道は、きっと見つかるから安心してね、と」。ほほ笑む黒部さんのまなざしに、今よりもっと「多様性」に富む未来が映るようにと、願わずにいられなかった。
■差別を加速させるのは「無関心」
性同一性障害(GID)学会理事長で岡山大の中塚幹也教授の話 「無関心」が差別を加速させる。まずは正しい理解こそが偏見をなくす重要な一歩だ。性的少数者の課題をひとごとと捉えないためにも、国や地方自治体は積極的に関与し、時代に合った条例や法律の改定も必要だろう。都心部を中心に取り組みは始まっているが、地域差が懸念される。
▶▶写真特集「“あの頃の私”に伝えたい」
【当事者や家族の意見交換会】「日本性同一性障害と共に生きる人々の会九州支部」は25日午後1時から、福岡市内で当事者や家族、支援者らによる意見交換会を開く。開催は2年半ぶり。トイレの利用など当事者が抱える課題について話し合う。誰でも参加できるが予約制で予定30人。高校生以下無料、同団体の会員500円、非会員千円。団体ホームページからメールで申し込むと、開催場所など返信が届く。
性を考える
男か、女か。この世はそんな二元論では成り立っていないことを、私たちはもう知っています。では性とは何か。性を通して、私たちの心と体、そして社会のありようを考えます(随時更新)