楽しくないなら正しくない。
大阪在住の女性A様から「仕事を早退するので、私とデートをしてください」とご連絡をいただいた。私の正しい使い方である。A様は「一時間しか時間がないのだけど、坂爪さんから見て私はどう見えるのか、フィードバックが欲しい」と言った。私は「フィールドバックなんてたいそうなことはできないけど、思ったことを言うことならできる」と言った。A様は「それをお願いしたい」と言った。私たちは大阪駅近くの広場を歩いた。
学校の先生をしているA様は、ちゃきちゃきしていた。男勝りな部分があって、何が起きても「なんとかなるやろ」「行けるやろ」「どうにかなるやろ」の一言でクリアしてきた、ダンプカータイプの女性に見えた。パワフルなことは悪いことじゃない。だが、寛容とガサツは違うと思った。A様は、ガサツになっているように見えた。ガサツになってしまうことで、自分や相手の話をちゃんと聞けなくなって、落ち着きがなくなっていた。
私は「これまで『なんとかなるやろ』『行けるやろ』『どうにかなるやろ』でやって来て、事故を起こすこともなかったのかもしれないけれど、私はA様が運転する車には怖いから乗りたくない」と言った。スピードが速過ぎたり、車間距離が狭過ぎたり、助手席に乗っていて「怖いな」と感じた時、運転手から「なんとかなるやろ、行けるやろ、どうにかなるやろ、これまで事故ったこともないから、大丈夫、大丈夫」と言われても、怖さはなくならない。自分の話を聞いていないなと、不信感を覚えて、余計に怖くなるだけだと思う。
A様は「おっしゃる通りだと思います。運転の話は、私も怖いなと思う時があるから、とてもよくわかりました。スピードについて考えてみます」と言った。私は「あんまり考えない方がいいと思う。考えるより、もっと感じた方がいいと思う。ただでさえ考え過ぎているのに、さらに考えることを増やしてしまったら、いよいよ事故を起こしてしまうと思う。そんなことよりも、呼吸が浅くなっているから、できるだけゆっくりと呼吸をするように意識をした方がいいと思う」と言った。運転がへたな人といると不安になる。運転がうまい人といると安心する。安心は、感じるものだ。
A様は「頑張ります」と言った。私は「頑張らないでください。リラックスして、人生を楽しんでください」と言った。頑張る人の運転は怖い。遊びがないから、硬直化して、ガチガチになって、落ち着かないし、安心できない。A様は、こどものために頑張る良い先生なのだろうなと思った。おとながガチガチに強張って生きていると、こどももガチガチに強張ったまま生きることになる。おとながのびのびと生きていると、こどもも自由になる。発想を豊かにして、自分らしい人生をクリエイトして行けるようになる。A様から「ハグをしてもらってもいいですか?」と言われた。運転にスピードなんて求めていない。ただ、ドライブを楽しみたいだけだ。リラックスして、楽しんでください。そう言って抱き締めたら、A様はとろけた。私は「あ、女の子だ」と思った。可愛いなと思った。可愛いA様を見て、私もとろけた。
今日は、ありがとうございました。
仕事始めの、今日この日に、坂爪さんとお話しできて、よかったです。
速く行くことが目的では無いのに、目的を見誤っていました。
「寛容とがさつは違う。」
「今まで、行ける行けるできて、事故もなかったのかもしれないけれど、あなたの運転する車には、俺は怖くて乗りたくない」
ぐうの音も出ません。
そう言っていただきたかったのだと、言われて気付きました。
深く息を吸って、2026を歩みます。
ありがとうございました✨
おおまかな予定
1月6日(火)京都府京都市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


私のことですか?と言う文面でした。 ゆっくり 進みます。 ありがとうございます😊