我らが愛すべきスズキの本気度
=変態度。
私は個人的にはスズキは好きだ。
作る車がどれも尖っているから。
動画は、事実とは異なる事を話
している点も多くある。92年時
点のライダーが立ちごけやUタ
ーンごけやポジションが遠い事
に不満を漏らしたりとか。
それは無い。
それは現代未熟時代の感覚でし
か時代を観れていない視点での
「感想」でしかない。
当時、小刀に乗っていた人たち
はそんなトロくさいのはいなか
った。ごくフツーに前後輪タイ
ヤはエッヂまで使い切っている
人たちだらけだった。
なぜならば、レーサーレプリカ
をごくごくフツーに手足のよう
に乗りこなす人たちが大量にい
るのが時代の標準仕様だったか
らだ。メーカーの標準マシンも
あまりにも過激過ぎたので、馬
力も94年から250で45PS(5秒改
造で68PS)→40PSに、400で
59PS→53PSと自主規制でダウ
ンさせたほどに「徹底的に走り
に徹した二輪」が発売されてい
て、それをごく普通に自在に乗
りこなす人たちが二輪人口の多
数派だった。嘘の内閣支持率で
はないような本物の内実として
80%超えというような。
大垂水峠(当時の映像)
有り体に言えば、例えると現代
二輪国内事情はその思考力や運
転スキルにおいて、東大はじめ
首都圏難関大学の入試難易度が
偏差値40位になってしまったよ
うな実態を現出させている。
限定解除制度時代の二輪乗りた
ちは、たとえ中型二輪に乗ろう
と大型車だろうと、立ちごけや
Uターン不能などという連中は
公道には恥ずかしくて出て来れ
なかった。てか、ほぼいなかっ
た。
そういう人はバイク乗らないし、
受験しない。
現代ではそれら「二輪に乗れな
い大衆」がデフォルトのように
なった。
誰もがたとえ偏差値35以下のボ
ーダーフリー大学だろうと大学
に行く時代になったように。事
実、社会的にも中1の英語さえも
全く理解できず(これほんと。大
卒でも文法はもとよりgoの過去
形さえも知らない。「私はそれが
好きです」と言おうとして「ア
イアム・・・え~と」となる。
これは私の見知った事実)、小学
校の分数計算もできない工学部
出身の人間が「大学卒です」と
「学士」として大手を振ってい
るのが現代なのだが、二輪状況
も全くその人的な質の低下と同
様な事態になっている。とにか
く知力と能力が総体的に低すぎ
て話にならないのが現代だ。
乗り手の腕は80年代90年代前半
までのライダーと現代大衆では
雲泥の差だ。これ、事実。
アクティブ設計のバイクを指し
て「ポジションきつい」とか言
う馬鹿(本当の馬鹿)はいなか
った。「手首が痛くなる」とか
も、全く二輪に乗れない現代人
の感覚でしかない。
自分が間違った乗り方をしてい
るのに車のせいにするのも現代
人の「二輪に乗れない連中」の
常套手段だ。根底からスカッて
る。かなり浅く、眼が濁ってい
て、中身無しのペラペラ。「あン
た、背中が煤けてるぜ」という
やつ。
ただ、もう一つの事実としては
1980年代末期から峠には通称
「バカ」というのも蔓延し始
めた。レースでもないのにレー
シングチームを名乗り、とにか
くお仲間同士で群れたがってい
た。メットに猫耳つけたり、尻
尾をつけたり、ブラジャーのよ
うな短いTシャツをツナギの上
に着たり、幼稚なあだ名で呼び
合う頭悪そうなのが大量発生し
た。走りよりも目立ちに主軸が
シフトした時代で、総体的に走
りの質はどんどん低下した。
走りの峠族からルーレット=ロ
ーリング族への転化と転落であ
り、その頃から無謀運転事故も
急増した。乗れない目立ちたい
だけの連中が峠に集まり出した
からだ。91年あたりをターニン
グポイントとして様相に変化が
みられた。
バブル弾けて渋谷のチーマーが
峠に行き始めたようなもので、
金髪ピアスや刺青もんたちも多
く峠に屯するようになった。
上掲動画はパーツの不足等につ
いての説明は現実と適合した事
実を語っている。