なぜA先生は堕ちていくテラさんを描けたのか
藤子不二雄A先生が「まんが道」の中で、鈴木光明先生を悪役として登場させた因縁はどこにあったのか問題の外伝的な話を。
これはプロレスなのではないかという意見もある。
仲が良いからこそ悪様に描けるのだと。
島本和彦と藤田和日郎みたいに?
根拠は「まんが道」に登場する悪人の武藤。番長の名を語り主人公を恐喝。ヒロイン竹葉さんと交際宣言した挙句、金を借りにくるのが最後の登場シーン。とんでもない悪党なのだが、A先生によるとモデルになった同級生は親友なのだという。そんなことある???Σ(°Д°;振り上げた拳をどこにやれば!
実在の武藤くんの実家は資産家で、本当は金借りたのはA先生だともおっしゃられているらしい。悪く描きすぎて、あとでフォローしただけちゃうの?と思わないこともない。
お金を借りた人を悪く描くといえば、他にもあるなと思った。
テラさんだ。
「愛…しりそめし頃に…」の中で、トキワ荘のリーダー寺田ヒロオの落ちていく様を、丁寧に描写している。
これは非常に価値のある漫画だと思うが、恩人の恥部をさらしているという見方もできる。批判的な声もあっただろうと思う。並の胆力で描けるものではない。なぜ描けたのだろうと調べてみたら、興味深いことが分かった。「愛しり」のの1話2話の掲載間隔は四ヶ月。次の3話が描かれるのは5年後なのだ。テラさんが亡くなったのが1992年。テラさんの没落が描かれることになる「愛しり」が連載化は、テラさんの没後3年経ってからだったのだ。亡くなったからこそ描けたのだろう、というのがひとつ。
もうひとつは映画「トキワ荘の青春」の存在だ。
本木雅弘演じる寺田ヒロオが、仲間たちに取り残されていくラストが印象的な傑作映画だが、この映画公開が1996年3月。多少強引かもしれないが、制作時期から逆算すると「愛しり」の連載化はこの映画の影響があったとしても不思議ではない。テラさん没落は、漫画史にとっても非常に教訓的な重要なエピソードである。A先生は今なら描ける、描かなくては!と思ったのではないだろうか。
またあとでまとめるが、当時の鈴木光明先生とA先生にはかなり経済格差があったようである。金を借りたかどうかは知らないが、奢ってもらってはいる。武藤くん、テラさん、光明先生の件には法則性があるのだ。これを私は漫画史におけるA先生の法則と名付けたい。


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