1月2日、大概のお店や施設が休みの日に散歩へ・・・
三が日も運行してくれている阪急電車におんぶにだっこ・・・
私は鉄道の存在を有難がる「感謝鉄」・・・

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宝塚で例えば炎ゆかりの場所を目視したあと、宝塚大劇場にチケットもないのにショッピング&食事。

最終回の今回は神戸の花隈。雪降る中の散歩はいかに!

14:50 阪急電車へ花隈駅へ
宝塚駅にほど近いショッピングモールのソリオ宝塚の本屋「ブックランドサンクス」で小説版『阿修羅のごとく』を購入。1月16日のサークルの先輩たちとの読書会の課題図書。荷物になるのでここで買わなくてもいいのだが、ちいさい本屋でなるべく買い物したい。

なんとなく「花隈公園」に行きたいと思い、向かうことにする。

宝塚駅から今津線で西宮北口駅、

神戸線に乗り換えて花隈駅へ。

ローカルな話になるが、普段宝塚線を石橋阪大前駅から大阪梅田駅間でしか使わない者としては、今津線はめちゃくちゃ縁遠い。どことどこをつないでいるのか正直わかっていない。

阪急電車 (幻冬舎文庫)
有川 浩
幻冬舎
2010-08-05


中学生のときに有川浩『阪急電車』を読んだとき、「京都線とか神戸線がテーマかな」と思ったら、当時一切知らなかった今津線が舞台で、「知ってる電鉄なのになんか知らん路線の話ずっとしてる」というモキュメンタリーっぽさがずっとあった。

初めて今津線に乗る。「は~」という感じ。有川浩『阪急電車』の内容は一切覚えていない。(なんか電車内で別の乗客と一瞬ピリッとするシーンがあったような・・・?いやこれ現実の記憶?)


西宮北口で乗り換えて花隈駅へ。

花隈は3回ほど降りたことがある。親友のフユちゃんが一時期住んでいたのだ。フユちゃんのきれいで便利なマンションで、鍋を食べたり、桃鉄をしたり、「相席食堂」のチャーリー浜出演回を観た。まだチャーリー浜が存命だったときだ。

駅の出入口からちょっと東に歩くと花隈公園がある。

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ここは花隈城の城跡公園で、模擬的に石垣が積まれている。(本来の場所はここじゃないそうだが)

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花隈城は、刀に刺したまんじゅう直食べ&茶の湯大好き&信長に謀反を起こして敗北でおなじみの荒木村重が築いたお城。

荒木村重は摂津の有力な武将だ。伊丹(兵庫県)にも有岡城跡があるが、村重が妻子を置いたままどっか行っちゃって滅ぼされた場所だし、村重自身は茶人として生き延びているので、あんまりヒーロー視されていない感じがする。

私が花隈公園を好きな最大の理由は、

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石垣の中が市立の駐車場になっているところだ。

本物の石垣でないにしろ、一応城跡公園である。なのに、ここまで思い切った活用があるのか・・・とトキメキが止まらない。

もう一つ好きなところは、真裏にラブホテルがあるところ。

石垣をのぼるとちょっとした広場がある。子どもが中国ごまを回していた。

15:47 関帝廟へ

Googleマップを見ると、公園の近くに関帝廟があるのを発見。行く。

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途中、「小泉八雲旧居跡」の碑があった。

小泉八雲は転居しまくってるので、いっぱい旧居跡がある。松江→熊本→神戸→東京の順番らしい。

小泉八雲の本は一冊も読んだことがないし、「ばけばけ」も2回しか見たことがないので(ビール買いに行く回と、ハーン先生クイズみたいなのをする回)、「は~」くらいだったが、今後調べることがあるかもしれないので石碑を撮影しておく。

ちょっと歩くと、

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マンションの上が気にジョセフヒコの旧居の石碑が。

ジョセフヒコ・・・誰なのか一切知らなかったけど撮影。

(さっき調べてみたら、めちゃくちゃ面白い人だった・・・。江戸時代に漂流民になってアメリカに帰化、日本初の民間邦字新聞「海外新聞」を発行したらしい。私が知らないだけですごい人やった。石碑は撮影した方がいいと強く思った。)
浜田彦蔵 - Wikipedia


昼食のフォーが消化されたようで、空腹を感じ始める。

そうこうしてるうちに、

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関帝廟に到着した。

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あずまやなど一見中華風だが、

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日本の建物ベース+中華という感じがする。

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台湾の廟はこんな感じ。


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中華の廟+日本風の一例としてはこんな感じ

ここは、中華系の移民の方々の団体・中華会館が運営しているそう。

私が行った時は、3人の参拝客が長い線香でお参りしていた。

16:00: 大倉山公園へ

散歩にはずみがついたので、もう少し歩いて大倉山公園へと向かってみる。

地図でみたところめちゃくちゃデカい。敷地内に文化施設がいくつかある。

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道中、教会の門だけ残っているスポットがあった。



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かつて下山手カトリック教会だったそう

1910年に落成、1945年に戦争で司祭館が焼失するも、戦後、残った建物は価値が高いと認められていた模様。しかし、1995年の阪神淡路大震災で全壊したそう。

花隈はポートタワーのある地域から山の方面(北側)に進んだところにあり、震災の被害が甚大だった地域にあたる。



このサイトに、崩壊した下山手カトリック教会の写真がある。


白くて冷たい粒が降ってきた気がする。ゆ、雪や・・・

私にとって、この冬の初雪で、5%くらいはうれしさがあった。ただ、むちゃくちゃ寒くて、「いやや」が95%を占めた。

「雪は服についても払えるから、雨よりましや・・・」と心に念じながら歩く。

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途中、「神戸の中華そば」の前に17:00前なのに長蛇の列が。

この光景を見て、さらにお腹が減る。

16:10 大倉山公園到着


図書館側の入口に到着。

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地図を見ると、敷地がめちゃくちゃデカい。

雪が本降りになってきた。この天気で公園に行く意味を深く考え始める。

でも、この規模の町中の公園は必ずストーリーがあるし、石碑も多いので見て損はない・・・と判断。

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野球場では、雪の中子供が凧揚げしている。いいな~凧揚げ

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でっかい台座が。


ここにはかつて伊藤博文像があったという。


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伊藤博文がハルピンで殺されたのをきっかけに3.03mの銅像が建てられたらしいが、第二次世界大戦の際に金属供出されてしまい、台座だけ残っている。


このサイトを見るかぎり、この近所の湊川神社に伊藤博文の銅像(たぶん別のやつ)があったが、日露戦争の講和条約の内容に不満を持った民衆に倒されたらしい。ていうか、伊藤博文って、初代兵庫県知事やったんや・・・。

幕末には相撲取りグループ・力士隊を結成した伊藤博文。たくさんある別名の一つに「デポナー」がある伊藤博文・・・。毀誉褒貶あるとはいえ、めちゃくちゃ掘りがいがありすぎる。


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台座だけでも相当デカい。

台座から、なくなった銅像の大きさを想像する。大阪の四天王寺の鐘楼と同じく、後世に残った付随するもので、金属供出されてしまったものの大きさを推測するしかない。


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解説を見ると、この公園はそもそも大倉喜八郎の別荘だったらしく、伊藤博文がちょくちょく泊まりに来ていたらしい。

大倉喜八郎・・・!スケールが別格の成金・・・!

大倉集古館やホテルオークラのことなどが頭を巡りはじめる。体が冷えてきたので歩く。

野球場のほど近くに展望台がある。

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展望台の周りには、各県出身者が一区画を管理する芝生&植垣が。

静岡県は石で富士山を作っていた。



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展望台からみた北の方面

山を見分けるセンスがみじんもなく、Googleマップを見ても何の山かわからない。


展望台を降りると、

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「大倉山公園之碑」、

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「教育勅語下賜三十周年記念」の碑が。

教育勅語発布は1890年なので、1920年に建てられた碑。

似たような教育勅語の記念碑が大阪や熊本にもあるそう。有志が建てた忠君愛国系のモニュメントだ。包丁塚・獣魂碑と並行してコレクションしたい。

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戦前の石碑が、遊具がたくさんあるエリアにある。たしかにはげしいボール遊びをしない場所のほうがぶっこわれたりしなさそう。

神大病院を右手に、南の方へ降りる。道路を渡ったところにも大倉公園の飛び地がある。

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神戸文化ホール前の広場。ちゃんと噴水に水があって感動した。

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「関雪?日本画家の橋本関雪?」と思ったら本当に橋本関雪だった。

出先で、大学の授業ででてきた人名に出くわすとお得感がある。関雪は神戸生まれらしい。


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神戸市立中央体育館の方へ。右の銅像がだいぶアクロバティックな戦い。


17:00 湊川神社へ
雪はやんだが、日が暮れて底冷えである。石碑を立ち読みしているとほんとうに寒い。

最寄りの高速神戸駅から帰るか・・・と思うも、

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近くに湊川神社が。

初詣でにぎわっている。参拝というよりか、屋台につられて境内へ。


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鳥居を入って左手に、日本最古といわれるオリーブ樹が。

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元々別の植物園にあったものを移植したらしい。神社仏閣はいろんなものが移されてきた結果、なんともいえぬ雑多感があってよい。

本殿の前まで行くが、ぶっとい長蛇の列が。屋台の方へ行く。

たこ焼きやクレープ、焼きとうもろこしに心惹かれるが、

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玉子せんべいにした。

ご飯感のある「駄おやつ」の王である。

むさぼっていたら、手がソースと黄身でべとべと、コートにも黄身が垂れている。ショック。

ティッシュがなかったので、近くの社殿の手水で手を清めさせてもらう(ごめんなさい)。


そのあと、楠木正成墓碑と徳川光圀の銅像のエリアに行った。めちゃくちゃ明治の忠君思想強いなと思ったら、そもそもこの神社が創建されたのが1872年で、めちゃくちゃ明治だった。

創建には伊藤博文も関わってるらしい。デポナー・・・!
ていうか、ここで伊藤博文の銅像たおされたんや・・・

高速神戸駅に乗車し、帰宅した。

石橋阪大前駅で、家族にビアードパパのシュークリームを買って帰る。神戸まで行ったのに、結局家の近くの駅でお土産を買って帰る。

~新春でたとこ散歩 おしまい~