彼女が笑っていた訳
決めることもそこそこに、静希達は持ち物の確認をして最後に詰めを行ってからその日は解散になる
これ以上決めることもなく、陽太は鏡花を送るため静希の部屋を出て行った
「陽太君と鏡花ちゃん、何話してるかな?」
「さぁな、実習の事か、それともデートの事か」
解散した後も静希の家に残った明利は、静希の足の間に座り、体を預けて上機嫌そうにしていた
鏡花と陽太がどんな話をするのか、静希も明利も気になるところではある、あの二人にはうまくいってほしい、この実習の後あの二人が一体どうなるのか、二人にも、いやあの二人自身も分かっていないだろう
明利は静希の右手をなぞりながら僅かに目を細め、ゆっくりと息をつく
匂いでも嗅いでいるのか、静希の腕に顔をこすりつけながらゆっくり深呼吸しているように見えた
そんな二人に気を遣ってか、メフィ達はゲーム機をもって静希の部屋に退散していった
三人そろってゲームをもって移動するというのが何とも奇妙な絵だったが、静希や明利としてはありがたい限りである
「ん・・・そろそろ帰らなきゃ」
「もうか・・・さすがに時間も時間だからな」
今日は泊まるという事を両親に言っていないため、そろそろ帰らなくては明利の家族が心配するだろう、隣に住んでいる雪奈と違い、明利は会える時間と一緒にいられる時間が限られているのが少し寂しかった
明利を送るために静希も一緒に明利の家に向かうことにし、一緒に歩いていると不意に明利が静希の顔を見た
「・・・ん?どうした?」
「・・・ううん、なんでもない」
一体何を考えていたのか、明利は嬉しそうに笑いながら静希の手を握る
まだ一月の冷えた空気の中、互いの体温でその手を温めながら静希と明利は互いに白い息を吐く
「・・・動物園に行くの・・・初めてだね」
「そうだな・・・生まれて初めてだ」
明利が上機嫌なのは、恐らく今回の実習のおかげだったのだろう
生き物が好きな明利にとって動物園は一度は行ってみたい場所だったようだ
先程まではずっと信じられなかったのか、夢見心地だったのか、実感がなかったようだが、今は確かなものとして受け止めている様だった
「今回は実習だから、あんまりのんびりはできないかもだけど・・・いつか雪奈さんも一緒に行きたいね」
「そうだな・・・雪姉一緒だとあちこち連れまわされそうだ」
そうかもねと微笑みながら、明利は自分自身が能力者であるという事実を確認したうえでその言葉を告げたのだ
いつか行ってみたい、みんなで一緒に
それが叶う確率は限りなく低い、ゼロに近いと言ってもいい
能力者である以上、仕方のないことであるとずっと昔に諦めていたのだ
だがこうして行ける、幸か不幸か、行くことができる
これ程心が躍ったことは未だかつてない
運が良かったと言えばそこまでだが、それでも明利は嬉しかった
実習であるとはいえ、他でもない静希と一緒に行くことができるのだから
「静希君、私ね・・・能力者でよかったって思うことがたくさんあるんだ」
「・・・なんで?」
「静希君達に会えたから」
明利と静希達の出会いは、両親の仲たがいが原因だった、そして両親の仲たがいは明利が能力を持ったから生まれたものだ
つまり、明利が能力者でなければ当然ながら静希達とは出会っていなかったことになる
そんなもしもを考えたことがないわけがない、ただの人として生きる代わりに、静希達と出会わない、そんな世界を
きっとその世界では明利は両親と共にいろんなところに行くことができるだろう、遊園地や動物園、水族館にも行けるし旅行にも簡単に行ける
だがそこに静希達はいない
明利にとってなんにでもなれる自由よりも、静希達と一緒に居られる能力者であるほうが重いのだ
「・・・よくそういう恥ずかしいこと普通に言えるな・・・」
「普通じゃないよ・・・これでも結構ドキドキしてる・・・」
静希も明利もわずかに顔を赤くしながら手を握り合い、歩いていると、やがて明利の家が見えてくる
「到着しましたよお姫様、今夜も冷えるから温かくして寝ろよ」
「うん、静希君もね」
門の前で手を離し、静希と明利は少しずつ距離を開ける
「そうだ、静希君、せっかく鏡花ちゃんがデートなんだから、あの二人にあんまり実習で無茶させちゃだめだよ?」
「ははは・・・善処するよ」
静希は苦笑しながら明利が家に入っていくのを見届けてゆっくりと息を吐く
善処はする、だが断言はできない、もし万が一の時は静希は迷わず命令を出す
守るべきものの優先順位くらいは静希も、そして陽太も理解しているのだ
今年始まって初めての校外実習、その日静希は明利と共に寒気漂う早朝に学校前にやってきていた
一月という事もあってまだまだ寒い、吐く息は白く、肌を刺す寒気が体を刺激する中、門の前にはすでに何人もの生徒たちがその場に待機していた
「うぅ寒い・・・早く暖かくなってほしいもんだよ」
「本当に・・・朝布団から出るのがつらいね」
ここ数日の天気は晴れ、実習中の天気もまた同じように晴れる模様だった
晴れが続けばそれだけ日中は暖かくなるがその分日が落ちると気温は下がる、都合よく日が落ちてから曇りになってくれればいう事なしなのだが、そんな絶妙な雲の動きをしてくれるほど天候は静希達に甘くない
「あれ、負けちゃったみたいね」
「おーっす・・・おはよー」
静希達が来たのから少し遅れて鏡花と陽太も一緒にやってくる、この分け方ももはや様式美のようなものだ、最初はいやいや言っていた鏡花も陽太もすでにこの形に慣れてしまっている様だった
「さすがにまだ冷えるわね・・・陽太の火に当たりたい気分だわ」
「いいアイディアだけど、さすがにこれだけ人がいる中じゃやめておけ、火傷しても知らねえぞ」
徐々に人が集まっている中、どんなに小さな炎でも着けようものなら誰かに引火してもおかしくない、冬が寒いのは当然だと言われても寒いものは寒い
鏡花は明利を抱きしめて暖を取りながら荷物を置いて時間が経つのを待っていた
「いやぁ・・・明利ぬくいわぁ・・・ずっと抱いていたいかも」
「鏡花ちゃん・・・私を暖房代わりにするのはやめてよ・・・」
二人の身長差から、鏡花が後ろから抱きしめると丁度明利の頭に鏡花の顎が乗る丁度いいポジションに来る、これが何とも言い難い抱き心地なのだ
明利も明利で、やめてよと言いながらそこまでいやではないようだ、恐らく鏡花の体温で温められているために文句を言いながらも暖かさを満喫しているのだろう
「女子同士だとあぁいう事ができるからいいよな、抱き着いても問題ないし」
「なんだ静希、お前男と抱き合いたいのか?そういう趣味は俺はちょっと」
「俺にもねえよバカ」
静希が言ったのは抱き着いてもセクハラ扱いされないという事である
もし男子が女子に抱き着こうものならよくてセクハラ、悪ければ一発で通報ものである
「ひと肌が欲しいぜ・・・明利、こっちにカモン」
「はーい」
「あぁ!行かないで天然暖房器具!」
静希の呼びかけに明利は即座に鏡花から離れていく、鏡花は急に暖房代わりだった明利がいなくなったことで寒がっていた
「ほれ、ホッカイロ貸してやるから我慢しろ、明利は俺のだ」
「うぅ・・・明利に比べると火力が弱いわよ」
明利の火力がホッカイロ何個分かなどとはわからないが、確かに暖かい
静希は明利を抱きしめながらその暖かさを満喫していた、そして明利も静希の暖かさを感じているようで目を細めている
「そういや先生はどこよ?そろそろいてもいいころだと思うけど・・・」
陽太の言葉に辺りを見渡すといつものように城島がこちらを見つけてやってくるのが見える、静希達は軽く頭を下げて挨拶すると、寒いのか城島は白い息を吐きながら眉間にしわを寄せているのが見て取れた
「お前達、調子はどうだ?」
「いい感じです・・・先生、今回なんかあるんですか?」
静希の言葉に城島は目を細める
元々鋭い視線がさらに鋭くなりながらも静希は城島から視線はそらさなかった
雪奈が言っていた言葉が今も気になるのだ、ただのブラフの可能性があったのだが、城島のこの反応であれがただの冗談ではなかったという事が確定できた
「・・・まぁ楽しみにしておけ、今回は清水と五十嵐、お前たちの手腕にかかっているとだけ言っておこう」
その言葉に静希と鏡花は顔を見合わせる
二人の共通点というと、とりあえず頭脳派という事だけである、この二人の手腕という事は少なくともただ依頼を完遂するだけで何とかなるような問題ではないという事だろう
「面倒にならないことだけ期待します・・・期待しても無駄でしょうけど」
「そう言うな、まぁ今回は今までと違うことは確かだ、いろいろな意味でな」
城島がここまで情報を出してくれているのはありがたいが、まったく具体性がないせいで雪奈の言っていた言葉と同程度の想像しかできない
一体何があるのかと気になる中、ようやく教師陣の準備ができたのか、前にいる校長のいつも通りの話が始まる
この話も特に変わったところはない、むしろいつも通り過ぎる
周りの空気も教師陣の仕草も変わったところは見られない
急遽全く違う実習に連れられるとか、隣の班と内容を入れ替えるとかそういう事はないようだった
流石にあそこまで楽しみにしていたのに実は違うところの実習でしたとなれば明利が浮かばれないだろう
校長の長い話もそこそこに、いつものように実習開始の合図とともに静希達は移動を始めた
移動手段は電車、まずは駅へ向かうことにした
「結構近いのよね?何駅先?」
「二回乗り換えがある、一回バスに乗るけどそれでもすぐだな」
乗り換え二回にバスに乗るというと今までの感覚から言ってずいぶん遠くに行くイメージがあるが、今回は移動距離も時間も今までの比ではないほどに短いためにそこまで苦労はしない
今までと同じように電車に乗り込もうとすると、不意にその仮面が目に入った
「ん?おぉ五十嵐たちか」
「なんだ石動か、お前達もこっち方向か」
単なる偶然か、ちょうど静希達が乗る電車のホームにいたのは隣のクラスの石動達の班だった、その近くには班員である樹蔵、そして上村と下北の姿もある
近くにある駅で遭遇するというのは何も珍しいことではないが、石動と一緒になるというのは初めてかもしれなかった
石動の荷物は他の班員と違う点が一つあった、釣りにでも行くのかと思えるほど大きなクーラーボックスを持っているのだ
彼女の能力を考えると、あの中にあるのは彼女自身の血液だろう、これがあるという事は彼女が全力を出す機会があるという事でもある、つまりは戦闘があることを意味している
「石動さんのチームは今回何の相手?」
「うむ、今回は奇形種とのことだ、まぁそこまで問題ではないだろう」
石動は得意げに胸を張る、恐らくその仮面の下はドヤ顔をしていることだろう
実際エルフである石動にとって奇形種程度なら何の問題もなく打倒することはできるだろう
「お前らは?護衛とかか?」
「いいや、俺らの相手も奇形種だ、メッタメッタにしてやるつもりだ」
樹蔵の言葉に陽太も得意げに返して見せる
前衛同士の自慢はさておいて、雑談もそこそこに静希達の乗り換える駅になり降りようとすると、それと同時に石動達も電車を降りた
「あれ?乗り換えか?」
「そうよ、そっちも?」
互いに偶然に驚きながら次に乗る電車に向かうと、今度はその電車も同じ、そしてその後に乗る電車も、そして降りる駅も同じだった
バスの中で静希達はこの状態に悩みながら自分たちが受け取った実習の資料を見返していた
「・・・確認しておくけど・・・今回の実習先って動物園か?」
静希の言葉に石動の班員は全員頷く
そして全員の視線が互いの担任教師に向く
「先生、どういう事ですか?ブッキングですか?」
「いや、これで正しいんだ・・・今回お前たちがやるべきことは、目的を同じくした他者との連携だ、いかにうまく相手と合わせられるか、実際に任務をやっているとこういう事が稀にだがある、慣れておくための訓練というやつだな」
その言葉に静希達は状況をほぼ正確に理解した
任務を行う上で、まったく違うチームが別の依頼主から同じ内容の依頼を受けることだってあり得る、今回の実習は恐らくそういう状況を想定しているのだろう
それこそブッキングという状況をどのように解決するかがネックになるのだ
城島曰く、今回の実習では二つ、あるいは三つの班の合同実習を意図的に作り出しているのだという
「つまり、我々は今回協力関係にあるというわけだ、よろしく頼むぞ」
「こちらこそ、足を引っ張らないようにするわ」
班のリーダーともいえる女性二人が握手したことで、とりあえずの協力関係が敷かれることになる
まさか普段組むことのない他のクラスのチームと行動を共にするとは思っていなかったのである
「リーダー同士はいいけどさ、響とか五十嵐とか、足引っ張んなよ?」
「こっちの台詞だ覗き魔、俺らの女王とお姫様の裸覗くんじゃねえぞ?」
樹蔵の言葉を軽くいなしながら静希は嫌味と一緒に牽制をしておくことにする
石動が言っていたように女湯を覗くことがあるようであれば、静希は断固として制裁を加えようとするだろう、そしてそれは鏡花と石動も同じだ
そして樹蔵自身もうそんな危険は冒したくないのか、もうやらねえよと苦笑していた
よほど石動の制裁が効いていると見える
「まぁ足手まといにはならねえって、よろしくな上下コンビ」
「その呼び方どうにかならないか?まぁいいけど」
「響、幹原もよろしくね」
「うん、頑張るよ」
上村と下北もどうやら協力関係に異存はないようだった
小学生のころから同じ学校であっただけに交流があるというのも一つの理由だろう
そして今までいなかった石動は静希を通じて一班とそれなりに交流があり、それ以外の人間はほとんど顔見知り
ブッキングの中でも比較的連携のしやすいチームになっているという事がわかる
前衛は陽太と石動、中衛は静希、鏡花、上村、下北、後衛は明利と樹蔵
やや中衛に戦力が偏っているように見えるが、いざとなれば静希が前衛に出ればいいだけである
全体としてかなりバランスのいいチームになるという事をほとんどの人間が理解していた
もしかしたらブッキングさせるチームの戦力も考慮してこういう配置になったのかもしれない
他の班がどのようなチームと組むことになっているのかは知らないが、自分たちは随分幸運だと思いながら静希達は目的の動物園へ向かっていた
月曜日と累計pvが12,000,000突破したのでお祝いで三回分投稿
有難いことです、これからもお楽しみいただければ幸いです