Emmanuel Etienne 中嶋哲史

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Emmanuel Etienne 中嶋哲史
@ema_credo
幼児洗礼でカトリック受洗(於カトリック吉祥寺教会)。その後無神論者として神仏を否定する生活を送ってきましたが、60過ぎて回心。現在はカトリック上野毛教会所属。すべては主のみ心のままに。

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うちも認知症の母親を施設に預けられたのは遺族年金があったおかげ。それが打ち切られれば一家全滅でした。国民生活をこれ以上厳しくして、いったいどんなメリットがあるというのですか。
日本の政治レベルは元々低かったけれど、この10年ぐらいの間に決定的に低下しました。法を守らない、質問に答えない、説明責任を果たさない、道理に合わない政策を勝手に進め、負担は国民に押し付ける。困窮する国民を助けもせず、それでも経済はいっこうに上向かず、国はどんどん貧しくなるばかり。
もう女子高校生のスカート制服をやめたらどうですか。スカートとスラックスの選択制にすればいいだけでしょう。皆同じでなければならない、決まりは変えられないなんて異常な国です。
本当に日本の政治家たちっていったい何がしたいのかさっぱりわかりません。関心があるのは自分の利益だけだとしても、その利益を生み出すのは国民なのだから、国民生活を貧しくしていけば自分たちの利益もいずれは枯渇するのに、収奪だけはやめられない。愚かとしか言いようがありません。
ぼくには日本はもうあらゆる面で世界について行けなくなっているように見えます。日本人の能力が特別低いとは思いませんが、視野の狭さ、思考の射程の短さは争えないように思います。時代を切り開く新しい思想や技術が生まれるはずもありません。このどんよりした状態がいつまで続くのでしょうか。
斎藤元彦、立花孝志、石丸伸二、河合ゆうすけ、デヴィ夫人……。自民党の凋落が見えてきたらこんなのばかりが出てきて、本当に日本人の頭大丈夫なんですかね。
平時に戦争反対を言うことは容易ですが、いよいよ日本が戦争を始めるとなったときに、戦争反対の意思を貫ける人がどれだけいるでしょうか。当然それは命懸けになります。一人で抵抗することはほぼ不可能です。戦争には絶対に反対するという大きな集団を平時より作っておくことは必要なことです。
もし極右政権ができて憲法が改正され、天皇主権となり(改正限界を越えるので政治学的にはクーデタですが)、教育勅語を暗唱させられ、心を込めて日の丸を仰ぎ君が代を歌わないとぶん殴られ、女性は家に押し込められ舅姑、夫、男児にかしずき、父親の言うことは絶対、年長者の言うことも絶対、
日本では「知的であること」が受験偏差値と学歴にすり替えられ、矮小化され、支配の手段となってしまっているのです。知性がそんなクソのようなものなら、「知的であること」が嫌われるのも当然です。本当の知性は人々と世界を救うものでなければなりません。
山上容疑者の裁判が開かれないのは、政権にとって致命的な事実を隠すことが難しいからでしょう。何らかの司法取引が行なわれているに違いありませんが、それが難航しているのだと思います。法律より政権護持の方が重要な国ですから。
日本社会は、悪いことをしても法に触れていなければよいというところから、法に触れていても警察・検察が動かなければよいというところまで前進したようです。「法の支配」なんてどこの世界の話でしょう。
今、日本だけでなく世界中で起きている混乱は、要するに新自由主義が大失敗だったということでしょう。あらゆるものを金銭的価値に置き換え、すべてを自由競争の下に置き、力のある者だけが利益を独占する社会。それは良識のある善良な人間性から最もかけ離れた社会です。
自民党自体はずいぶん前から統治能力を失っていましたが、石破は最後に残ったまともな自民党でした。その辞任でいよいよこの国をまともに統治できる政党はなくなりました。ただ、その責任の大半は国民自身にあります。本当に正しい政治とは何なのかを考えてこなかった国民の責任です。
核兵器を持ってよい国といけない国に分けられていること自体がおかしいのです。核兵器は持つこと自体が犯罪です。核兵器を持っているアメリカやイスラエルにイランを攻撃する正当性は1ミリもありません。
日本の右翼って、左翼を蛇蝎のごとく嫌い、悪魔のように憎んでいるということは本当に痛いほどよく分かるのだけれど、じゃあどういう国にしたいのとなると、天皇中心の神の国以上の説明がなくって、それっていったい誰にとってどんな得があるのかさっぱり分からないのです。
モスクのそばに豚カツ屋作れとか皆でミニ豚を飼おうとか、小学生のいじめですか。そんなことしか考えられないなら、本当に文化的侵略をされても簡単に負けますよ。
今度の万博がなぜだめなのか。それは徹底して主催者目線、経営者目線で作られ、主催者利益、経営者利益しか頭になく、利用者は完全に無視され、要は収奪の対象でしかないからでしょう。それを美辞麗句で粉飾はしているけれど、初めから馬脚は現れているのです。典型的な維新のやり方です。
石破という最後の防波堤も崩れ、いよいよ極右、排外主義、反人権、反平和の時代に突入ということになりそうです。左派は内輪揉めをしているような状況ではないでしょう。
石破が降りて、参政党が加わって高市極右政権や小泉従米政権ができても、失われた30年が40年になるだけです。経済は低迷し、格差が拡がり、貧困が蔓延し、社会不安が増大し、言論の自由はなくなり、戦争の危機だけが高まります。国民にとってはいよいよ地獄の始まりです。
例のとんでも本の出版社は「読んでから批判してくれ」と言っていますが、これは販促の思う壺です。こういう本については買わない、読まない、語らないというのが正しい対応でしょう。世の中にはもっと読むべき本が読み切れないほど溢れています。人生の限られた時間を無駄にしないように。
どうやったって日本の産業に勝ち目がないから最後は軍事産業しかないということなのでしょう。世界中に人殺しの道具を売りまくって、何とか豊かな生活を維持したい。そんな国に誇りなんか持てますか。
大阪万博もきっちり計画が練られ、あらゆる事態を想定した対策が立てられ、反対派のどんな突っ込みにも即座に的確な回答が出せるなら、なるほど敵ながらあっぱれだとも思いますが、きっとそんなことは面倒でコスパが悪い、とにかくやっちまえばこっちの勝ちという姿勢が見え見えでうんざりするのです。
本当にこの世は理不尽なことだらけです。自分もガザに生まれたパレスチナ人だったかもしれないし、ウクライナに生まれ兵士として駆り出されていたかもしれないし、将軍様を神と仰ぐ善良な北朝鮮人民だったかもしれない。日本人に生まれたのはたまたまです。どうして他人事でいられましょうか。
知性や理想を「お花畑」だの「綺麗事」だのと小馬鹿にしているから、いつも駄目な方、悪い方しか選べないのです。そうして国全体が貧しくなり、問題を何一つ解決できず、不満と不平と絶望だけの国になっても、それはまったき意味での自業自得、自己責任でしかないでしょう。
高市+維新+参政+N国なんて、誰がどう見ても絵に描いたような壊国内閣でしょう。公共性や共通善など一切ない。自分たちの妄想と利権だけで成り立った政治が始まるに違いありません。
人のいのちがどんどん軽くなっていく現実を前にして、そういう社会を率先して作り出している側の人間が「いのち輝く未来社会のデザイン」なんて言うのは、悪質な冗談以外の何ものでもないですよ。
Replying to
個人の自由や人権など当然なく、ひとたび戦争となれば特攻隊員として、天皇と権力者の保身延命の犠牲になることも辞さず、なんて国になったとして、ああ日本人に生まれてよかった、日本は最高の国だとなるんでしょうか。
老人を殺せとか障害者を殺せとか、人間になり損なってしまった人が次々と現れて来ますが、富裕層はもちろんそうでなくても皆が生活に支障のない範囲で少しずつお金を出し合えば、豊かな社会を維持しながら、老人だって障害者だって普通に人間らしく暮らせるはずです。
本当に何度も言っていますが、別に左翼政権でなくていいのです。世界標準のまともな普通の民主主義政治が行なわれるならば。それは日本にとっては簡単なことのはずなのです。日本国憲法の文言と精神を実行する政治を行なうだけなのだから。だからこの憲法だけは一歩も後退させてはならないのです。
アベノミクスは失敗だった、なぜ失敗したのか、どこが間違っていたのかの検証がされないから、いつまでたっても国民生活は苦しくなるばかりなのです。
ぼくは共産党だけでなくれいわもとても重要な政党だと思っているので、両党の支持者同士がいがみ合う姿は非常に困惑します。両党の性格や色彩は対照的といってよいぐらい違うので協力は難しいと思うのですが、互いにリスペクトし合いながら、うまく棲み分けができないものかと思います。
台湾有事は日本の有事とかいってのこのこ自衛隊が出ていったら中国に格好の対日戦争の口実を与えるだけでしょう。中国に勝てると思っているのですか。アメリカは日本を助けると思っているのですか。
「すべからく」の誤用が指摘されていますが、すべからくは単語に区切ると、「す・べから・く」で「すべきことには」のような意味になります(くはク語法)。これを「すべて」の意味で使うのは誤用となるのですが、ただこのような誤用が定着してしまう例はままあることです。例えば、「あからさまに」は
石破総理の国連演説とてもよかったようですね。どうみても5人の候補者の誰がなっても、石破総理の足元にも及ばないでしょう。まさに掃き溜めに鶴のような総理でした。今さら言うまでもないけれど、これで日本の政治がますます悪くなることは確定です。
やっぱり公明党の離脱は大事件でしたね。自民党はまるで糸の切れた凧のようです。反社と極右の政権は早晩破滅するでしょうから、心ある政治家は党派を超えてまっとうな日本の再建に向けて、今から動き出して欲しいと思います。
戦争となれば普段善良な人であっても皆狂人になるのです。日本軍だけがことさら残虐であったわけではなく、世界中どこでも同じことが行なわれているのです。悪いのは戦争であって個々の兵士ではありません。だから何があっても戦争だけはやってはならないのです。
どうして権力はそこまで統一教会を守ろうとするのか、そこまでして共産党を潰したいのか、まったく理解不能。その無駄なエネルギーは国力を相当削いでいるはずですが、どこかから強力な指令が出ているとしか思えません。
戦争反対のために9条を守ることは絶対に必要です。言うまでもなく、9条は外国からの侵略を防ぐためのものではなく、国内の戦争遂行勢力が政権につくことを阻止し、それらから国民の平和を守ることが目的の条文です。しかし、条文が平和を守ってくれるわけではありません。行動するのは我々自身です。
ぼくはなぜ右翼を支持しないか。それは彼らの思想は個人の自立を阻害するからです。個人を民族の伝統という美名の下に埋没させ、それにより実際には国家権力への服従を自発的に強制するからです。国家は個人に先立つものではなく、諸個人の集合の結果であるべきものです。
そもそも、自力で生活できなくなった人の最低限の生活を保障することを「負担」と考えることが間違っているのです。それは社会が当然行なうべき「分かち合い」です。破壊と消尽しか生まない軍事費よりはるかに価値の高い有用な支出です。
日本の政治って、いったい誰のために、何のために行なっているのでしょう。少なくともすべての国民のために、すべての人々の生活の安定と向上のためにではないことは確かです。
我々の生活が苦しいのは、外国人のせいでも高齢者のせいでも終末期の病人のせいでもありません。自民党政権の予算の集め方・使い方が国民生活の方を向いていないからです。原因はすべて自民党政権にあるのに、どうして自民党の批判勢力には票が向かわないのか。それが日本人の限界ということです。
石破茂を支持する気持ちは1ミリもないけれど、安倍・菅体制から少し距離を置いた姿勢は評価していたのに、やはり党内反動が大きいようで、再び安倍・菅体制に戻るのでしょうかね。高市総理なんて最低最悪の選択でもうゲームオーバーだと思うのですが。
石破は本当の「右」、高市や神谷はただの「反左」。右と言われる人で圧倒的に多いのは後者です。
Quote
非国民おじさん
@bob_hoffman_jp
石破は「右」だけど高市も神谷も「右」とは全く違う何かだよね。
左翼は外国人を増やせと言っているのではなく、現にいる外国人を同じ人間として差別するな、排除するなと言っているだけですけどね。外国人が日本に来る理由は様々でしょう。物理的・制度的に来ることが容易になったのだから、外国人が増えるのは自然なことです。
第二次大戦が終わったときには、世界中のほとんどの人がこれを人類最後の戦争にしようと思ったはずです。しかし、その後も戦争はなくならないどころか、今は第三次世界大戦がいつ起きてもおかしくないような状況です。戦争は命と生活と環境の破壊でしかなく、人間にとって何も得るものはありません。
高市氏は村山談話を抹消したいようですが、たとえ政治的に抹消しても日本の侵略と加害の事実は永久に消えないし、村山談話も良心の人々の手で生き続けるでしょう。悪意は真実の前には無力です。
男が女を好き勝手にできる社会、金持ちが貧乏人を好き勝手にできる社会、政府が国民を好き勝手にできる社会、大国が小国を好き勝手にできる社会、金と力が支配する社会をもうやめましょうよ。
原爆が戦争を早く終わらせたのではなく、日本政府がぐずぐずして原爆を投下されるまで終わらせられなかっただけです。普通の国なら遅くとも1年前には終わっています。
まあこんなことぐらいですぐに戦争にならない程度には人類も進歩はしているのです。しかし、高市のような総理が居続ければ世界からの信頼も失い、いつ本当の危機に巻き込まれないとも限りません。野党は一刻も早い辞任を求めるべきです。
日本の侵略行為、残虐行為を認めてそれを反省し、被害者に謝罪し、二度と同じことを行なわないと誓うことがどうして「自虐」になるのでしょう。人は罪を犯すもの、罪を犯さなかった人も国もどこにもないのです。自らの罪を認め、自らを正すことは「誇り」でこそあれ、決して「自虐」ではありません。
クルド人は皆殺しだなどということが公然と言われるのだから、関東大震災時の朝鮮人虐殺や、南京虐殺は間違いなくあったということを図らずも確信させてしまうわけですよ。日本人てそういう国民なんだなって。
本を読まなくなった    ↓ 受験学力はあっても教養がなくなった    ↓ 事象を多角的に分析したり、他の事象と関連づけることができなくなった    ↓ 加えて、デジタル社会になった    ↓ 短絡的思考の人間ばかりになった    ↓ 社会が問題解決能力を失った    ↓ 日本終わった
ぼくは以前から、ネトウヨと呼ばれる人々は何か特殊な人ではなく、普通の日本人を濃縮したような人たち、つまり日本人の一般的傾向が少し極端に現れた人たちであって、逆に普通の日本人は概ねうっすらとしたネトウヨだと思っています。だから日本はネトウヨの国だと思って差し支えないと思います。
戦争になれば、普段の生活では普通にまともな人であっても、戦場では狂人になります。狂人になっても生き残れるとは限らないけれど、狂人にならなければ生き残れません。普通にまともな人間で居続けたいならば、ともかく戦争にはしないことです。
極右が夢見る日本は何でもいいから戦争をして戦勝国となり、敗戦国の汚名を返上したい、武力によって世界を睥睨したいということなのでしょう。この力への信奉っていったいどこから来るのでしょう。まずそんなことは無理だし、世界からの孤立と蔑み以外何ももたらさないというのに。
菅野完氏が言う「田舎のおっさん」というのは、世界標準の近代的思考についていけない人のことです。参政党を支持し、斎藤元彦を擁護し、立花孝志に喝采し、高市早苗を待望し、安倍晋三を崇拝している人々です。丸山眞男が日本のファシズムの担い手とした人々の末裔です。
「キリストの幕屋」という新興宗教団体はキリストを名乗っていますが、どちらかというとユダヤ教系新興宗教と言うべきでしょうね。よく知られる「エホバの証人」もユダヤ教系と見るべきだと思っていますが、正統派キリスト教自体、ユダヤ教の聖典である「旧約聖書」も聖典としているので、キリスト教の
さすがに安倍より酷い政権はないだろうと思っていたところ、菅は初めから期待もせず、岸田は完全に期待外れ、石破は予想外の健闘をしたのに、結局高市で最悪更新路線は変更なしでした。
新自由主義は特定の誰かを金持ちにするかもしれないけれど、社会を豊かにはしないし、個人を幸福にもしない。それはこの四半世紀ではっきりと証明されました。これだけで新自由主義を否定するべき十分な理由となると思います。
戦争は自然現象ではないのだから、起こる/起こらないではなく、起こす/起こさないなのです。起こすのも人ならば、起こさないのも人なのです。そうであるならば、起こさない人でありたいと思います。
れいわのことは応援しているけれど、国民のため特に弱い人、困窮する人のために頑張っているのはれいわだけではありません。共産党にも社民党にも立憲民主の一部にも、頑張っている議員はたくさんいます。ぼくは党の枠を越えて、それらはすべて応援したいと思っています。
日ユ同祖論とかシュメール文明の末裔だとか、漢字やハングルは日本人が作ったとか、そこまでして日本人は優秀な民族だと言い聞かせないと自分の誇りが保てないって、滑稽を通り越して悲しくなります。世界には優秀な民族もなければ劣等な民族もないのです。すべては個人がどう生きるかです。