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C107感想&全体反省会レポート

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今から思い出せる範囲で、コミックマーケット107(C107)の感想を書いていこうと思う。

※本レポートは、あくまで執筆者個人の記憶やメモに基づく備忘録であり、所属サークル「マンガ論争」ならびにコミックマーケット準備会および有限会社コミケットの公式見解を示すものではありません。ご注意ください。

ぼくは数年前から『マンガ論争』というミニコミ誌のお手伝いをさせてもらっているのだが、このたび最新刊『マンガ論争#30』に、レポート記事「伝説の同人誌『人形姫』が出来るまで」他1本を寄稿した。

内容は、2025年6月に都内でひっそりと開催された未配信ライブ「ロリコン漫画創世記超同窓会」をもとに、日本初のロリコン漫画同人誌『シベール』から『人形姫』、そして美少女コミック誌『レモンピープル』誕生へと至る流れを整理したものだ。40年以上ぶりに集まった破李拳竜や千之ナイフら関係者の証言を通して、劇画からロリ絵へと作風が変わっていった背景や、人形愛をめぐる発想の源、さらには「こんな漫画を描いてもいい」と思える空気が、どのように生まれ広がっていったのかを記録している。買ってね☆

以下、ねこいさんのポストが、当時のムーブメントを理解するうえで非常に分かりやすかったため、概要紹介として転載しておこう。

【3分でわかるロリコン・ムーブメントとは】
ロリータ・コンプレックスを動機付けとした絵柄的、世界感的な新しい漫画の流れ。
70年代終焉から80年代中期にかけて日本のサブカルチャー界(漫画同人誌、漫画雑誌、アニメ界隈)で勃発し、エロマンガの絵柄を変えた。

 おもにムーブメントの中心となったのは、
1・カワイイ系の絵柄でエロいもの/ちょいエロ/ど変態エロを描いてみようという非常に素直な思いを、コミケット用の漫画同人誌で発表しはじめた「ロリコン同人誌」の作家たち (例:シべール←純正の変態、人形姫←病的な変態)
2・それ以前から描くヒロインの好みが若 (幼な) すぎるため業界では特異な立ち位置のままで漫画家/エロ劇画家をしていたが、ロリコンムーブメントの開化と共に性癖全開で描きはじめた漫画家たち (例は投稿内では控えます)
3・ムーブに便乗して (あっ) 協賛した出版社・自費出版社その他さまざまなサブカル関連の商売をしている大人たち (例は投稿内では控えます)

 これら1~3にアニメ界での宮崎駿監督の「カリオストロの城」のクラリス姫の評価、「機動戦士ガンダム」のキッカ (幼女時代) の評価、「女王陛下のプティアンジェ」の評価、「一休さん」のさよちゃんやよいちゃんの評価などが当時の青年期以降のお友達の「この娘はかわいい」フィルターにより増幅し、一大ムーブメントとなってコミケット、漫画、アニメ界隈を席巻した。
(注:アニメ作品に関しては原作者、制作者の意図ではなく、完璧に青年期以降のお友達のフィルターのせいです)

 結果、ムーブメント直前のいわゆるエロ本劇画系漫画が成年男女の精密な絵柄だったのに対し、ムーブメント以降のエロ系漫画のヒロインのほとんどが図に示されるようなバランスのキャラクターに変化していった。

猫井るととのXポスト(2025年5月16日)

1日目(12月30日)

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開場前(10:15)のビッグサイト前ブリッジにて。しぐれういの格好をした準備会スタッフ一同

基本的に1日目は、あまり回るところがなく、記憶がない。ずっと『マンガ論争』のブースにいたと思う。

というのも、評論とエロという二大ジャンルが基本的に2日目に集中しているからで、1日目は、ほぼノータッチだったが、たかみ・おみさん(@takamiomi)が『マンガ論争』ブースに来てくださって、いろいろ話をしたことだけは覚えている。

たかみさんは50〜60年代の、いわゆる豆スター(子役キャスト)が出演していたラジオ番組について調査されている在野の研究家だが、肝心の番組は、アクセス手段がどうこう以前に、そもそも現存していない。そのため、周辺資料や断片的な情報をもとに、地道にリサーチを進めていく必要があるわけだ。分野としては非常にニッチで、正直、ものすごく売れるジャンルではない。それでも、それをきちんと本にまとめ上げている点には感服するし、それを自分よりも数個年下の人間がやっているということ自体が何より凄い。

1日目夜(サバト)

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その夜は、総合文芸批評誌『ごっ魂ぜ』の忘年会(サバト)が、新橋駅前のレンタルスペースで開かれており、末席を汚しているオイラも参加した。

だが、ぼく以外は誰もコミケに行かないので、明かりをつけっぱなしのどんちゃん騒ぎ。オールナイトになるとはつゆ知らず、さすがに3時間ほどは雑魚寝したが、べつに目をつぶってるだけで夢も見ず、ほとんど寝た記憶がない。記憶に残っているのは『人魚伝説』だとか、人が死にまくるカルト映画を延々と流していたことくらい。しかも断片的にしか見ていないから、内容はさっぱり覚えていない。ついでに、西原理恵子の是非をめぐる大論争を東大出身の批評家とやったが、それはコミケと関係ないし、どうでもいいか。

2日目(12月31日)

そんなこんなで2日目。おいらは7時半から企業参加として入場できる区分だったので、8時半くらいには会場入りできる想定で、ゆりかもめに乗って向かった。実際には8時ごろに乗車したのだが、すでに車内は満員で、ほとんどすし詰め状態だった。ゆりかもめを降りて、ほどなく入場。前日は寝坊していたため、エントランスと東をつなぐブリッジが閉鎖されていてスムーズに入れなかったのだが、この日は時間に間に合ったので、エントランスから余裕をもって東4ホールへ向かった。

途中でトイレに寄ったのだが、これがまたなかなか印象的な体験だった。自分はあまりコミケ会場でトイレを利用しないのだが、やはり小便器に比べて大便器は圧倒的に並ぶ。自分が並んだ時点で、すでに12〜13人ほどいた。

会場のトイレは入口付近に多目的トイレ(いわゆるバリアフリートイレ)があり、その奥に個室が複数並んでいる構造になっている。多目的トイレが空くと、前の方に並んでいる人に「開きましたよ」と声をかけて案内する。単に距離が近い人が入るのではなく、並んだ順番が尊重される。

こういうところも、いかにもコミケらしい。モラルの高さを強く実感したし、そこにいる人間同士の、ある種の共同体意識のようなものを感じて、妙に心が温まった。みんな単にトイレに行きたいだけなのに、その中で秩序を守り、逸脱しない。この「秩序」は、ルールを尊ぶ日本的な社会にも通じるものがあり、それが会場の隅々まで徹底されているのだな、と実感した。

まあ、そんな話はどうでもよくて。

その日は各所を挨拶がてらぐるぐる回った。南ホールのコスプレエリアと企業ブースを除き、西から東まで、ほぼ制覇したと思う。西ホールでは『マンガ論争』のレポートを査読してもらった千之ナイフ夫妻に献本。お二人とも腰が低く、温かく対応してくださり、非常に気持ちの良いやり取りだった。

そんなこんなで東ホール(ロリ島)をうろついていると、長月みそか先生の新刊を目にしたのでジャケ買い。これが大当たり。新刊『異世界ゆめうつつ』は、児童文学調のエロマンガ。先生いわく「原点回帰かつ自分らしく」を目指した「イチャらぶインピオ」とのことだ。かいつまんで紹介すると、クラスメイトの黒髪ショートの少女が片思いしてる少年と、夢と現実の狭間で異世界を舞台に関係が進んでいくという内容。児童書や少女漫画的タッチでありながら、きちんとそうした描写も盛り込まれている。やはり長月みそか先生は、中学生の初々しい心情描写がとても巧みだ。「児童文学の延長線上でソレが描写されている」という感覚が心地いい。健全で、実によき哉。

C107新刊の中でも、特に満足度の高い一冊だった。

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「古いファンの方には楽しんでいただけるものになったかと思います」(先生談)

ほかにも、きょうさる先生の『円香日記/遭難編』や、みなすきぽぷり先生の『ハトまめ10総集編』。それに夏コミで買いそびれた「空色まーち」こと成沢空先生の鷺〇文香の鬼畜系同人誌を購入、繊細な絵柄とは裏腹にふざけた内容で竿役のおやぢどもが面白すぎた。なかなか掘り出し物も多かった。

評論島では、エロマンガ編集者のプイさん(@pui_asn)の書かれた『エロマンガの裏道 Vol.4』を拝読した。本書は、コミケ初代代表の原田央男による回顧録『コミックマーケット創世記』の感想を軸にした読書感想である。ぼく自身、現在かなり近いテーマに関心を持って取材などもしていることもあり、非常に興味深かった。

プイさんの文章は自分よりもはるかに整理されており、見習う点が多い。約50年前の出来事なので、資料的にも調べにくい領域であるにもかかわらず、周辺の人物がどのようにファンダムと関わっていったのかといった点が、過不足なく、なおかつ読みやすい文体でまとめられている。さすが東大出身。

ディテール面になるが、たとえば「出版社ひも付きの集会や商業的なイベント(≒ぐら・こん周辺)に違和感を持った青柳誠が、ファン主導のイベントとして日本漫画大会を開いた」という説明がさらりと盛り込まれているのも高評価。こうした記述は、ファン主体のイベントの先駆的存在として漫画大会の役割や存在意義を見直す視点を与えてくれる。さらに「ファンダムに〆切を持ち込んだ」という観点から、参加拒否事件により不当に評価の低い漫画大会を再評価する内容にもなっており、読書感想文を超えた気付きを得られる一冊になっている。興味があれば、ぜひ手に取って読んでほしい。

そんな感じで、ひたすら会場を回っていた。

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『マンガ論争』ブースに来訪されたコミケット初代代表の原田央男さん(中央)。ちょうど午後入場の列が東ホールに押し寄せ、身動きが取れないので一時待機中。
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「迷宮'25」スペース

毎回委託している「迷宮」スペースの話をしておきたい。ぼくは、イベントのたびに「迷宮」スペースで留守番をしている堀内満里子さんと雑談を交わす関係で、自分の同人誌も同スペースに委託してもらっている。

今回も「迷宮」スペースを訪れると、見慣れないご高齢の方が座っており、現在の「迷宮」代表である原田央男(霜月たかなか)さんが「初期コミケのスタッフだった」という話をされていた。初期コミケのスタッフや迷宮関係者については一通り把握しているつもりだったが、その方には見覚えがなく「どなたですか」と声をかけると「太田です」と名乗られた。その瞬間「ああ、そういうことか」と腑に落ちた。「まんがのむし」創設メンバーの太田隆さんだったのである。コロナ禍以来、数年ぶりに戻ってきたとのこと!

「まんがのむし」は、手塚治虫作品を中心とした漫画コレクターによる「全日本マンガファン連合」の通称で、同名の機関誌を持つ同人組織だ。1960年代後半から70年代後半にかけて全国的に活動し、当時のファン文化を牽引した存在でもある。一方で「迷宮」周辺では、漫大におけるオークションの値段つりあげ問題や、コレクターのあり方をめぐり、批判的に語られることも少なくなかった。太田さん自身もそうした状況に嫌気がさし、次第に「まんがのむし」と距離を置くようになったという。いつか改めて話を伺う機会があるかもしれないので、その場で名刺交換をし、いくつか雑談を交わした。

今回の「迷宮」スペースの目玉は、コミケ初代代表とは50年来の付き合いがある飯田耕一郎センセが音頭を取った劇画アンソロジー『影』だった。

「迷宮」独自の新刊はなかったものの、スペースを訪れる人は例年より多かったように感じた。その場にベルさん(米沢英子氏。有限会社コミケット前社長)もいたので、拙編著『川本耕次に花束を』を献本させていただいた。

C107全体反省会

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コミックマーケット名物の反省会待機列
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手に取ってみる機会があったのでパシャリ

コミケット107の反省会は、まず共同代表3人の「この回をどう受け止めたか」という雑談めいた思い出話から始まった。以下、敬称略で要約する。

安田かほるは、スタッフとして関わり始めてから49年9か月ほどになることに触れ、来年3月でちょうど「最初に参加した時」から50年目になる、と感慨を語る。黎明期のコミケはサークル数も30台で、開始から1時間もすれば全サークルを見終えてしまうほど小さく、会場に残って誰かと話したくてだらだら過ごす、という空気があったという。やることがなくて懐まんの合唱をしたり、当時いきおいのあった少女漫画雑誌のバックナンバーを「誰それ先生のデビュー作が載っている号が欲しい」といったノリで持ち寄り、叩き売りのように譲り合ったりもした。ところが、会場側から「うるさい」とクレームがつき「こんなに人が来るイベントは貸せない」と言われてしまい、別の会場を探して転々とする“ヤドカリ生活”が続いた。ビッグサイトに移って30年だが、最初の数年間はそうした伸び伸びした時代だった、と振り返りつつ、今回は東の一部ホールが使えない寂しさはありながらも、天気に恵まれ、総じて幸せな気持ちで終えられた冬コミだった、と場を温めた。

続いて筆谷芳行が、改めて「人がリアルに集まる場所の良さ」を語る。仕事の区切りと設営日までの間に妙に時間が空き、その間ずっと微熱が続いたため、コロナやインフルを疑って検査もしたが陰性で、原因が分からない不安があったという。ところが設営日に現場へ来て、朝9時に集まったスタッフや仲間の顔を見た途端に体調が戻り、今はむしろ「もう1日やってもいい」くらい元気になった、という笑い話で、現場の空気が人を動かす感覚を示した。1980年の川崎市民プラザのコミケから関わってきた立場として、ネットのない時代は交流が文通中心で、会える場そのものが貴重だったこと、同人即売会は「本気でやる遊び」であり、今のオンライン全盛の時代でも、同じ空間を共有し、言葉を交わさなくても「一緒に遊んでいる」感覚が力になる、と話す。一方で、改修工事による会場制約が続き、全員を受け入れる理念があっても落選サークルは出るし、駐車場もコスプレの展開場所も足りていないなど、まだ「全員が満足できる」状態ではないとも認める。それでも限られた空間と時間の中で、どう満足を見つけていくかが参加者全体のテーマであり、撤収まで手伝った人たちは特に満足感が大きいはずだ、と会場に問いかけ、次回(8月の中日)も設営・撤収への参加を半分冗談で呼びかけた。

市川孝一は、自身がコミケット27からスタッフ参加し、他イベントも含めて同人即売会に深く関わってきた経歴を踏まえ、同人即売会は「本気で遊べる場所」だと語る。楽しい理由は結局リアルで会えること、騒げること、話せること、そして何より同人誌との出会いがあることだという。「帰りが軽い即売会は、ちょっと良くなかったかもと思う。『今日は重い!』くらいが一番楽しい」という言い方で、買い物の手応えと、場の充実を重ね合わせ、表現の多様性に満たされるこの場を続けたいと訴える。参加者には「行きたいと思ったら参加してほしい。迷っていても参加してほしい」と繰り返し、家にいては味わえない偶然やハプニング、時折訪れる“神回”がリアルの醍醐味だと背中を押した。スタッフ同士だけでなく、一般参加者が列で前後の人と少し話す、サークルが隣近所で会話する、といった小さな交流も含め、この“ハレの日”を継続するために力を貸してほしい、というメッセージで締めた。

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ここからは運営側の報告に入り、筆谷が開催データを共有する。天気は設営日から晴れ続きで、朝は寒くても日中はホール内が汗ばむほど暖かく、冬コミとしては珍しく“夏コミっぽい”体感だったという。参加者数は、リストバンド販売数やサークル・スタッフ分を基に、1日目15万人、2日目15万人で合計30万人程度と見込んでいる(会場カウンターは同一人物の複数通過もあるため参考値)。SNSで見かける「コミケ終わった」「衰退論」に対しては、現場の混雑ぶりを見れば「どこが衰退してるんだろう」と感じた、と笑いを交えて反論する。混んでいる中でルートを工夫して目的地に進むのもコミケの楽しさで、完売で買えなければ後悔もあるが「行かないで後悔するより、行って後悔した方がいい」という現場目線の言葉が続く。また国際部には75の国・地域から来訪があり、会場では様々な言語が飛び交っていたはずだとして、日本の漫画・アニメとイベント文化が世界に広がっている実感を語り、夏に向けてさらに対策と準備を進めるので見守ってほしい、と結んだ。

安田は設営と当日の状況を補足する。今回はホールが3つ少ない分、設営自体は比較的スムーズに進んだが、開始がいつもより2時間押した影響で終盤はドタバタした。それでも無事に初日を迎え、混雑が目立ったのはTYPE-MOON(直前のニュースで話題になった影響もあるという)、VTuber、ネットゲーム系。2日目は男性向け創作が圧倒的で、午後に東4・5へ行くと人にぶつかってまっすぐ歩けないほどで、午後入場組の勢いも含めて盛り上がりを感じたという。コスプレも人気で、屋上展示場だけでなく東7・8にも配置されたことで、そちらも人が多かった。参加者には「あそこ大変だったな」と思い出し笑いしてほしい、という形で振り返った。

設営面の“今回だけのトピックス”として、筆谷は西ホールの借用が設営日当日の12時開始だった事情を説明する。結果として朝は全員が東に集中投入され、机・椅子の設置が異様に早く進み、SNSでは「15分で終わった」ように見えたほどだったという。戦力を分散せず一点集中した結果で、12時に西へ大移動しても全体として大きな支障は出ず、市川は「2時間遅れなら長引くと思ったが巻き返しができた、スタッフの力は偉大」と感謝し「一点集中=全集中」という言い方で今後の運用改善のヒントにしたい、と述べた。

50周年企画の報告では、市川が中心になって説明した。ペンライトなどのグッズをはじめ、玉座や椅子、綿あめの「コミケ雲」、アクリルキーホルダー(サークルカット型・カタログ型)、お守りなど、久々にオリジナルグッズを幅広く展開したところ、在庫が余る不安もあったが概ね好評で完売も多く、次の夏に向けて新しいグッズも考えたいという。安田はペンライトを「推し活に使う」と言い、筆谷は「余ったら買おうと思ったら売り切れた」と悔しがるなど、軽い掛け合いもあった。企画面ではスタンプラリーの50周年版、歴代カタログの展示、企業パンフ表紙の展示なども行い、安田が「表紙のメガネっ子は“かやちゃん”というキャラだった」と語る場面もあった。

寄せ書き企画は書き込みが多く、1日で2枚目に到達するほどで、安田が隣の参加者と一緒に書きながら会話が生まれた話も紹介された。さらに、ゆりかもめ側に大きな垂れ幕を掲出し、エントランスの旗竿の中央にコミケ50周年のロゴが入った旗を掲げたものの、風が弱くてなびきにくかったとのこと。

加えて、コスプレ更衣室のあるTFTビルに50周年記念フレームのプリクラ機を2台試験設置し、結果が良ければ夏に拡大したいとした。会場外の企画としては、米沢嘉博記念図書館で2月27日から「コミケ50周年展 -コミケにまつわる50のアイテム」という記念展示企画を行う予定で、倉庫から発掘した古い資料を整理して展示すること、期間中に初代代表の原田央男を交えた共同代表らのトークイベントも検討していることが告知された。取材についてはNHKが設営日から密着し、来年どこかで放送される見込みだとし、他局・新聞社も含め取材には避けずに応じ、記録として残ることを歓迎した。

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ここでNHKは退場。質疑応答に入る。

1人目「次のスペシャルはいつ来るの?」

まず「特別(スペシャル)って英語で何だっけ?」と冗談交じりの質問を受け、市川は過去の節目企画(24耐)に触れつつ、今は改修工事など制約が大きい中、会場を盛り上げる50周年イヤーをコミケット108まで走り切るのが優先で、その先の“本当のスペシャル”は5年後くらいに考えたい、と現実的に答えた。筆谷も「それは次の世代が考えてほしい」と続け、節目企画は後進が担うものという考えを示した。

話に出た24耐(2005年3月21日開催のコミケットスペシャル4)の件は、全体反省会の本筋とあまり関係ないが、かなり面白い話だったので、ここに引用しておこう。実に米やん(前代表の米沢嘉博)らしい逸話と思ったので。

「24耐のときは、僕(市川)と筆谷さんがかなり頑張ったり、代表代行みたいなのやらされて。そんで『大代表』ってよく分からない遊ぶ立場の人が二人いたわけですよ、米沢っていう夫妻が。で、ケーキ食ったり、ハピバスデ(Happy Birthday)とか歌ったり、ウェーイってやってた(※開催日の3月21日は米沢嘉博前代表の誕生日だった)。で、なんか双眼鏡で見て『あいつら働いてるね』っつって居なくなる(笑)。ってのがあったんですけど、そんなこんなで、いつか(コミケット)スペシャルが帰ってくるかもしれませんので、そのときは『帰ってきたスペシャル』ってタイトル付くかどうか分かりませんけども、楽しんでいただければと思います」

C107全体反省会より(2025年12月31日夜)

2人目「拡大集会はオンライン化できないの?」

次に、遠方で拡大集会に参加しにくい人からZoomやTeamsなどオンライン導入の考えについて質問が出た。

筆谷は、以前は1回の開催ごとに拡大集会を3回行い最低2回は参加が必須。部署によっては直前集会も参加必須だった背景を説明し、コロナ禍を経てオンライン参加も取り入れたが、当日チームを組む相手を画面越しでしか知らないままでは回しにくい、と説明する。集会後、食事や雑談をして人となりを知ることも含めてスタッフ活動の楽しみであり、年齢や職業を越えたつながりができるのがオフラインの魅力とも説明。安田も、どうしても難しい場合はオンライン併用もあり得るが、最初に飛び込む段階ではできれば実際に来て顔を合わせて「一緒にやっていこう」という関係を作ってほしい、と背中を押した。市川も、やれなくはないが、より楽しくするなら何回かはリアルで顔を見た方がいい、とまとめた。

3人目「50周年グッズは増産されるの?」

50周年グッズについての質問で「増産はないのか」「後から手に入る機会はあるのか」と問われると、安田は、そもそも記念グッズはその時だけのものだという前提があり、同じ物を増やすよりも新しい記念アイテムを作りたい、という考えを示した。一方で、トートバッグのように実用品として評判の良かったものについては、同一品の再販ではなく、デザインを変えた別バージョンとして展開する余地はあるかもしれない、と可能性を残した。

これを受けて市川も、売り切れたからといって同じものをそのままもう一度作るのが必ずしも正解だとは思っていないと述べ、それなら新しいことに挑戦して、たとえ失敗しても「その方がイベントとしては面白い」という遊び心を持って動いている、と語った。そのうえで、どうしても欲しいものがある場合は、早めに行動し、回りたいサークルとグッズのどちらを優先するかを自分なりに考えて動いてほしい、と参加者に呼びかけた。

4人目「代表はいつ交代するの?」

次に若手参加者から代表交代の時期について問われると、最古参の安田は、すでに共同代表に就任して19年目になると述べ、次の世代を育てたい気持ちはあるが、会場改修などで環境が不安定な中、途中で丸投げするのは無責任であり、現時点では具体的な時期を示せる段階ではない、と慎重に答えた。

筆谷からも、先代からの禅譲に際して共同代表制になったのは自分たちも驚いたこと、今後も同じ体制とは限らず、カリスマ的な1人が出る可能性もある、としつつ、コロナ禍や過去の中止判断の重さを挙げ、3人で支え合えたから乗り切れた面がある、と語る。

市川も、会場・参加者・周辺企業など外部との調整を含め代表の役割は準備会内部だけで完結せず、引き継ぎには時間がかかる、やる気だけでは決められない難しさがある、と説明する。次の代表は周囲のスタッフが納得できる人物でなければならず、そのための土台作りも必要だが、タイミングは必ず来るので、落ち着いた時期に引く形を目指したい、とした。

5人目「小さいゴミ袋は復活するの?」

次に常連参加者から「会場内のゴミ箱が以前より減ったように感じる。コロナ以降は大きいゴミ袋しか売られていないが、小さいサイズは復活しないのか」という質問が出た。これに対し安田は、小サイズを求める声は以前から届いているが、コロナ禍では参加者数や状況が読みづらく、種類を絞って大サイズのみにしてきたが、落ち着いてきた今後は小サイズの復活も考えており、時期は未定ながら前向きに検討していると述べた。

6人目「午前チケットは減ったの?」

次に、午後参加でチケットを入手できなかった参加者から、転売の話題も踏まえて「午前入場チケットが減っているのではないか」という疑問が出た。

市川は、午前入場チケットが少なくなったわけではなく、夏コミと同じ数を出しているものの、予約や通販で早い段階に押さえられてしまうため、あとから見た人には「もう残っていない」「数が絞られたのではないか」と感じられてしまうのではないかと説明した。あわせて、現在の入場管理の仕組みはコロナ明けに整えられたばかりで、年2回しか実地検証できないイベントでは、短期間で大幅に作り替えられるようなものではないとも述べている。

また、チケットの発行数は感覚や要望で決めているのではなく、毎回スタッフが会場を歩いて動線や利用可能なスペースを細かく確認し「ここなら何人まで安全に並ばせられるか」「前回はどの程度余裕があったか」を繰り返し検討したうえで算出しているという。最優先されているのは来場者を無理なく、安全にさばける人数であり、その前提を崩すような増やし方はできないため、チケット枠を簡単に広げることはできない、という考えが示された。

さらに市川は、現行のシステムによって「徹夜組」がほぼいなくなり、長年の課題だった徹夜来場問題が解消されたことで、夜間警備の負担軽減といった大きな成果が出ている点も挙げた。こうしたメリットを踏まえると、制度の見直しは慎重に行う必要があるとしたうえで、参加を決めたのであれば迷わず早めに動き「行くなら行け」の精神で、できるだけ早い段階でチケットを確保してほしいと来場者に呼びかけた。

一方、筆谷はチケットの枚数を増やせない理由のひとつとして、現在は東展示棟が半分しか使えない状態であり、かつて東をフルに使えていた頃と同じ規模で人を入れることはできないと説明。これを受けて市川は、来場者数自体は昨年の全館使用時と同じ約15万人であるにもかかわらず、今回は特に混雑して感じられたのは、東1・2・3ホールが使えなかった影響も大きいと述べた。東1・2・3があれば、通路の余裕もあり、もっとスムーズに歩けたはずとしつつ、来年はさらに東4・5・6ホールも使えなくなるため、影響はより大きくなると見通しを示した。特に問題になるのが7・8ホールの動線で、6ホール側からは近い一方、3ホール側からのアクセスが悪くなり、結果として東駐車場からの入場動線が使えなくなるという。市川は、来年に向けてこの動線をどう確保するかを現在検討している最中であり、その結論によって一般参加の適正人数も決まっていくとしたうえで、不便をかける部分はあるが、参加を決めたら早めにチケットを確保してほしいと改めて呼びかけた。

ここで事務方の里見直紀から、寄せられた苦情の中で特に多かった「メルカリ(の転売)を止めてほしい」という声についての説明があった。サークル通行証については、すでに法律の改正により「特定興行入場券」として扱われ、メルカリやヤフオクといった大手サービスでは転売できない状態になっているという。現在ネット上で見かける通行証は、そうした正規のフリマサービスではなく、やや怪しいサイトに限られているのが実情だとした。一方で、午前入場チケットは法的に特定興行入場券には該当しないため、同じように厳しく規制しようとすると、本人確認などの手続きが増え、その結果、入場に非常に時間がかかってしまう問題が生じると説明した。転売対策と当日の円滑な入場を両立させるのは難しく、そのバランスを取る必要がある点について理解してほしいと述べた。

7人目「ゴミ箱が遠い/位置が分からないんだけど」

最後に、初参加の来場者から「会場が非常に広く、ゴミ箱までの距離が遠く感じられたため、食べ物のゴミを捨てにくかった。手持ち用のゴミ袋を持参するよう案内してもらえると助かる」という提案が出された。

これに対し、市川は「確かにゴミを捨てるのは結構大変なんですよね。来年の夏にゴミ袋を売りますか?」と応じ、会場からは笑いと拍手が起きた。続けて市川は、2010年の「コみケッとスペシャル5 in 水戸」において記念デザインのゴミ袋を制作・配布した際、参加者が実際には使用せずに「保存用」として持ち帰ってしまうケースが多かったというエピソードを紹介した。筆谷からも、熱中症対策としてヒヤロンを一般参加用に大量配布した際、イラストを入れると使われずに保存されてしまうため、あえて文字だけのデザインにした結果、きちんと使ってもらえたという経験談が語られた。こうした実例を踏まえ、ゴミ袋についてもイラスト入りでは実用性が下がりやすく、たとえ文字だけであっても「コミケット」と表記されたものは捨てにくさを感じさせたり、目立つロゴが入ると不法投棄の責任をコミケが負わされかねない可能性があるため、安易な配布は難しい、という認識が共有された。

肝心のゴミ箱については、会場の中にあちこち設置されているものの、主にホールの外や階段付近、搬入口周辺に集まっており、初めて来た人にとっては「どこにあるのか分からない」「遠い」と感じやすい配置になっていることから、今後は会場に貼りだされるマップなどにゴミ箱の位置を明確に載せるなど、迷わずゴミを捨てられる環境づくりを進めていく方針が示された。

まとめ

反省会の終盤では、参加者の年齢層にも触れられた。リストバンドの販売状況を見ると、29歳以下の若い参加者が全体の約半数を占め、海外から来る若い人も多いことが紹介された。年齢やジャンルごとに固まる傾向はあるものの、多様な人が同じ会場に集まるのがコミケの特徴であり、今後も初参加の人を含め、誰でも参加しやすい場にしていきたいという考えが示された。

ここで棟梁が登場。机1本と椅子2脚が見つからないという“最終報告”が出て会場が湧く一方、事故や怪我の報告はなく、撤収は協力で早めに終わったとのことである。次回は今回のような時間変更が起きないよう交渉中とし、最後に一本締めで閉会した。「また夏に会いましょう」「気をつけて帰って」「良いお年を」という声と拍手の中、反省会は賑やかに締めくくられた。


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C107感想&全体反省会レポート|虫塚虫蔵
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