新エリー都に住む『あなた』とエージェントのお話   作:ぽこちー

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リクエストにあった盤岳先生のお話です。
ご期待の話ではないかも知れませんが、よろしくお願いします。



盤岳 ①

 

 朱鳶からの連絡を受け、『あなた』は治安局へと足を運びます。

 悪事とは一切無縁。

 そう胸を張って言える人生を歩んできた『あなた』が、治安局の門をくぐる理由はひとつ。

 入門している道場の師範、盤岳を迎えに来たのです。

 

 『あなた』は多少のエーテル耐性こそ持ってはいますが、エーテリアスと渡り合えるほどの力はありません。

 渾身のパンチで破れるのは、せいぜい3ミリの木の板一枚。

 瓦割りなど夢見ようものなら、包帯ぐるぐる全治一週間が確定します。

 

 つまり、『あなた』はどうしようもないクソ雑魚ナメクジなのです。

 

 それでも道場に通い続けている理由は、「強くなりたい」からではありません。

 かつて命を救ってくれた男、盤岳への恩を返すためでした。

 盤岳は誰もが認める人格者でありながら、『あなた』のクソ雑魚ナメクジ戦闘力といい勝負をするほどの天然でもありました。

 

 道場が今なお成り立っているのは、『あなた』が帳簿を握っているから。

 弟子たちの間ではいつしか、『武の盤岳、家計簿の『あなた』』などと冗談めかして呼ばれるほど、『あなた』は道場に欠かせない存在になっていました。

 

 

「あ、お待ちしておりました。盤岳さんはこちらです」

 

 

 治安局に到着すると、受付の職員がそう言って案内してくれます。

 『あなた』は慣れた足取りで局内を進みました。

 『あなた』が盤岳を迎えに来るのは、これが初めてではありません。

 すれ違う局員に挨拶をし、他愛のない雑談を交わし、気づけば夕食の約束まで取り付けてしまう。

 これらは、善良な市民であることと、通い慣れた結果が生んだ光景でした。

 

 

「こちらです」

 

 

 扉が開かれると、そこには椅子に腰掛け、舟を漕ぐ盤岳の姿。

 先ほどまで取り調べを受けていたはずですが、おそらくいつものように話が噛み合わなかったのでしょう。

 『あなた』は小さく息を吐き、盤岳の肩を叩きました。

 

 

「う、うむぅ……む? お主か。なぜここに? 道場はどうしたのだ?」

 

 

 目を覚ました盤岳は、不思議そうに『あなた』を見つめます。

 その様子に、ため息と苦笑が同時にこぼれました。

 『あなた』は盤岳の腕を掴み、そのまま部屋の外へと連れ出します。

 

 

「むぅ……またお主の手を煩わせてしまったか……この盤岳、一生の不覚だ……」

 

 

 俯きながら謝る盤岳。

 けれど『あなた』にとっては、もはや見慣れた光景でした。

 問題ない、と伝えても、盤岳は申し訳なさそうに後ろをついてくるだけでした。

 

 治安局の入口では、朱鳶が二人を待っていました。

 

 

「今回は申し訳ありません。盤岳先生のことは新人にも伝えていたのですが……」

 

 

「構わぬさ、朱鳶殿。吾輩の身体を見て怪しまぬ者の方が少なかろう」

 

 

「ですが……」

 

 

 気にする朱鳶に、『あなた』は首を振ります。

 そして、これからも何かと()が迷惑をかけるかもしれないがよろしく頼む、と朱鳶に伝えました。

 すると、『あなた』の言葉に盤岳が首を傾げました。

 

 

「父? お主の父は、ここにはおらぬぞ?」

 

 

 盤岳の言葉に、顔が一気に熱を帯びます。

 『あなた』は俯き、ゆっくりと盤岳を指差しました。

 

 意味が分からない、という顔の盤岳。

 見かねた朱鳶が、くすりと笑って口を挟みます。

 

 

「盤岳先生。この子の言う()()()()は、先生のことですよ」

 

 

「吾輩が……父……?」

 

 

 

 『あなた』の本当の両親は、ホロウ災害で命を落としました。

 本来なら、『あなた』もそこで終わっていたはずです。

 しかし、盤岳が『あなた』救ってくれたのです。

 

 それ以来、『あなた』にとって盤岳は、師であり、家族であり、父親そのものでした。

 けれど、それを直接口にする勇気だけが、今まで持てませんでした。

 しかし、今日この瞬間、『あなた』は小さく、けれど確かに頷きました。

 

 

「本当に……良いのか……? 吾輩が、お主の父親で……」

 

 

 『あなた』は盤岳に伝えました。

 私の父は貴方しかいません、と。

 すると、盤岳は言葉を失い、やがて震える声で叫びました。

 

 

「そうか……!! 吾輩は……お主の父親で、良いのだな……!!」

 

 

 『あなた』は、もう一度だけ確かめます。

 本当に、父になってくれますか――と。

 答えは、言葉より先に温もりで返されました。

 

 

「勿論だとも……この盤岳、お主に恥じぬ父親になってみせよう……!!」

 

 

 あの日、命を救われた時と同じ温もり。

 それが、今度は確かな「居場所」として『あなた』を包みます。

 

 気づけば周囲から拍手が湧き起こっていました。

 治安局員たちは涙を拭いながら、二人を讃えています。

 

 『あなた』は恥ずかしさに耐えきれず、離してほしいと訴えましたが、盤岳の腕は緩むどころか、さらに強くなりました。

 朱鳶に助けを求めても、彼女も拍手を続けるばかり。

 もう、観念するしかありません。

 

 『あなた』は、そっと盤岳を抱き返しました。

 その瞬間、二度と離すものかと誓うように、盤岳はさらに強く抱き締め返しました。

 

 この日を境に、『あなた』と盤岳の絆は、より深く、揺るぎないものとなりました。

 

 なお盤岳は、無条件で怒髪天状態に戦闘ができるようになったそうですが———。

 それは、また別のお話。

 





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