物心ついた頃から、辛いものが好きだった。
カレーは辛口でも物足りず、常に辛い料理やスナックを食べていた。そんな僕を両親は心配したけれど、僕があまりにも美味しそうに食べるものだから、結局辛い料理をいっぱい作ってくれるようになった。
そんな僕だけど、相棒のポケモンはマホミルだ。え?辛いものが好きなのになぜかって?それは……
マホミルが!!もっと言うとマホイップが好きだから!!!
だってそうでしょ、マホミル時代はつやつやふわふわなクリームボディ、そしてマホイップに進化してからももちろんかわいい。くりくりお目々にパステルカラーのふんわりボディ!!
小さい頃に見せられた、ポケモンバトルの試合。そこでジムリーダーが繰り出したマホイップ。彼女に僕は一目惚れした。
それからというもの、マホイップの関連グッズを集めるようになった。ぬいぐるみにキーホルダー、スイーツに絵本。かわいいフェアリーポケモンということもあって、グッズには困らなかった。ああ、推しの供給があるって幸せ!!
出会いは半年前。
僕の通うトレーナーズスクールの課外授業で、ワイルドエリアにキャンプに行くことになった。引率の先生に見守られながら自然を見て回って、いつの間にか夜。
授業の一環として班でカレーを作ることになったんだけど、班のメンバーの1人が僕に味付けを任せようと言ってくれた。どうやら僕の実家が小料理屋だということを知ってくれていたみたい。
みんなにカレーの味付け担当を任された僕は、それはもう張り切ってしまった。僕の思う、とってもおいしいカレーを作ろうと。もうお分かりだろう、その味付けというのが。
手持ちのスパイスセット全ぶち込み、それからマトマのみ、クラボのみ、フィラのみ、オッカのみなどなど…という辛いものオールスターズを入れた、とんでも激辛カレーだったのだ。
そしてカレーが完成していざ実食、となったところで。みんなの反応はといえば。
もちろん阿鼻叫喚。ある子は咳き込み、ある子は滝のように涙を流し。その異常事態に様子を見にきた先生もひと口食べて火を吹き。いやあ、あの時はすごかった。
ちなみに当時の僕はそのカレーを食べながら「みんなどうしたんだろう」などと考えていました。当時の僕はまだ自分の味覚が常人とかけ離れていることを自覚していなかったのです。
その後、僕はそれはもう怒られた。わざとじゃないことだけは分かってもらえたのでよし。とはいえ普通の人との味覚の乖離と、怒られたことで凹みながら激辛カレーを1人で食べているときのこと。
きゅるる……
ふわりと甘い匂いが漂い、さらにポケモンの鳴き声が聞こえ、その方を見ると。
「マホミルっっ!!??」
背後にいたのは、間違いなくマホミル。思わぬ推しポケとの邂逅に、僕は声をあげてしまった。
「ど、どうしたのかな……?」
「ほみ……」
マホミルはふわふわと、僕のカレーに近づいてくる。お腹が空いてるのかな?
「でも…このカレーすっごく辛いんだ。食べない方がいいよ」
マホミル、もといマホイップはクリームのポケモンというだけあって、基本的には甘い食べ物が好きとされている。もちろん個体によって違いはあるかもしれないけど、さっきの地獄絵図を見るに、このカレーはそのレベルを超えていると思ったからね。だからカレーを覗き込むマホミルからカレーのお皿を離したんだけど……
「ほみ〜……」
「がわ゛い゛い゛っ゛っ゛!!!」
マホミルは不服そうにほっぺをぷくーと膨らませる。ぎゃわいい!!!でもなあ。いくらこの子が辛いもの好きとはいえさっきのような目には遭わせたくない。え、生徒たちは?まあ、彼らはほら、別に。
「ほみ、ほみ!」
「う〜ん、そんなに食べたいの?じゃあひと口だけ……ほんとにちょっと、ね」
スプーンで、さらに少なめにすくってマホミルの口に運ぶ。小さいお口を開けて、カレーを心待ちにしているマホミル。がわいすぎる!!!
「はい、あーん」
「…………」
むぐむぐと、少ないカレーを味わっている。そして次の瞬間。
「ほみ〜〜!!」
「えっ、お、美味しいの!?」
ほっぺをもみもみしながら、花開くような笑顔をマホミルは見せる。嘘でしょ、人間はあんなに悶えてたのに。嬉しくなった僕は、マホミルにもっとカレーをあげることにした。
お皿をもうひとつ取って、マホミルに食べさせる。ひと口ひと口、それは美味しそうにマホミルは食べてくれる。ああ、なんて幸せ!!!
「ふふ、それにしても嬉しいな。辛いものが好きなポケモン、それもマホミルに出会えるなんて!」
「ほみ!」
カレーを食べさせたお礼なのか、マホミルはピタッと僕にくっついてくる。あびゃびゃ、可愛いねぇぇ!!!!ああ、この子をゲットできたらどれだけ幸せか。
僕は、モンスターボールを持っていない。正確に言えば、持つのを許されていないのだ。トレーナーズスクールでは座学の成績はいいんだけど、実技……つまりポケモンバトルが壊滅的なんだよね。
その理由は簡単、バトルが苦手だから。ポケモンが傷つくのを見るのが嫌なんだ。それじゃあなんでスクールに通ってるのかって?
僕の祖父は、“昔は”それは強いジムリーダーだったらしい。でも当時のチャンピオンに1度も勝てなかったのが心残りで、その夢を僕を使って叶えようとしている。そのためにトレーナーズスクールに入れさせられた。
そして実技の成績が良くないので、そんな体たらくじゃトレーナーになれないと、ボールを持つのを許されていないんだ。
「……うん、ありがとうマホミル。きみに会えてよかったよ」
「ほみ………?」
マホミルを撫でて、後ろ髪を引かれながら僕は課外授業を終えて家に帰った。あー、またおじいちゃんに怒られるんだろうな。
「ただいまー……」
「おかえりー、キャンプどうだった?」
「あー、まあ良かったよ」
「それなら良かった、それじゃあお風呂……」
僕に近づいて、お母さんは固まった。え、どうしたマイマザー。キテルグマに素手で勝てる人が、目を見開いて硬直している。何事?
「アマネ……その子どうしたの?」
「え、どうって……」
お母さんが指差した方を見る。そこにはマホミルの姿。マホミルは僕を見るやいなや、ほっぺをモミモミ。もしや。
「もしかして……あの時のマホミル!??!」
「ほみ!」
「なになに、どういうこと?」
戸惑いながらも、僕はお母さんにキャンプで起きたことを説明した。お母さんは目を閉じながらそれを聞いていた。怖いな、お母さんにだけは怒られたくないぞ。もうあの時のようなジャイアントスイングは喰らいたくない。
「なるほど……ちょっと待ってて!」
どたどたと音を立てて、お母さんが2階に上がっていく。少しして戻ってきて、何かを手渡された。見てみると、ラブラブボール。……なんで?
「アマネ、それはきっと運命よ!アナタの激辛好きに付き合える子なんて世界見てもそういないんだから、ゲットしちゃいなさい!」
「え、ちょっと待って?どういうこと?このボール、レアなやつだよね?なんでお母さんが持ってるの?」
「あら、言ってなかった?お母さんもジムチャレンジしてたことあるのよ。ポプラさんのところまで行けたんだから!その時の戦利品よ、使う機会がなかったけど、きっとこの時のためだったんだわ」
嘘でしょ。お母さんの結婚前の話とか知らなかったけど、まさかジムチャレンジ経験者だったとは。てっきりガラル最強のレスラーだと思ってたのに。
「でも……おじいちゃんになんて言われるか」
「……アマネ、今までおじいちゃんに色々言われてきて辛かったわね。守ってあげられなくてごめんなさい、でももうお母さん決めたわ!おじいちゃんのことは気にしなくていいから!適当な老人ホームにでもぶち込むからね!」
……相変わらず、僕にこの母の遺伝子が受け継がれているとは思えないほどの屈強っぷりだ。体格だけでなくメンタルまで最強なんだ、この母は。
「ほみ!」
「ありがとうお母さん、それじゃ……」
「マホミル、僕と一緒に来てくれる?」
「ほみ!!」
ラブラブボールを、マホミルに当てる。1回大きく揺れて、カチッ。晴れて僕は、マホミルをゲットしたのであったーー!!!
……というのが半年前のお話。それからというもの、僕の人生は薔薇色……いやクリーム色!!辛いものを作って買って、マホミルと食べる!!幸せに幸せを掛け合わせて、それはもう幸せすぎる!!
相変わらずスクールではいじめられてるけど、マホミルが一緒な僕は無敵だ。ただマホミルをゲットしたことがバレたら何されるか分からないのでそれは黙っておくことにした。
僕は無敵、なんだけど……マホミルはなんだか変。
「マホミル……なんか、赤くなってない?」
そう、マホミルと暮らしてしばらく過ごすうちに、マホミルの体の色が変わっていっていたんだ。病院に連れていったけど、異常なし。心配だけどマホミル自身は今目の前で激辛スナックを美味しそうに食べているし、まあ大丈夫でしょ。
そして現在。自室で、僕はあるものを並べていた。
「ふっふっふ。マホミル……ついにこの時が来たよ!!」
「ほみ?」
「僕は今日!きみを進化させます!!」
そう、並べていたのはマホミルを進化させる用の飴細工たち。僕は今日という日のためにガラルのお菓子屋さんやカフェを巡っていたんだ。マホイップに進化するために必要な飴細工は、普通のものじゃない。形、ツヤが完璧じゃないと進化できない。原理は不明だけど、種としてのこだわりがそうさせるのでは、とされている。
ともかく!完璧な飴細工を、7種!これらを集めるのは骨と心が折れそうになった。僕ほんとに頑張ったからね。なぜそこまでって?もちろん、マホミルには進化する時後悔してほしくないからね!それに飴細工はともかく、フレーバーはもう決まってるから。飴細工は選ばせてあげようと思ったんだ。
「さあマホミル、どれがいい?」
「ほみ〜〜……ほみ!」
「リボン飴細工か、センスいいね!それじゃあボールに入れて…」
マホミルの入ったモンスターボールを持って……左回りにくるくる〜〜。まだまだくるくる〜〜。30秒くらい回り続けて。
「ぅえ、気持ち悪い……ともかく!さあ出ておいで、ルビーミックスマホイップ……」
ハートのエフェクトとともに、マホイップが姿を見せる。リボン飴細工に……
……真っ赤な体。
「マホイップ!??!え、何、赤くない!?ミルキィルビー……じゃないね!?赤いね?!どうしたの!!??」
「ほみ?」
え、何、マジで何これ。僕の知らないフレーバーがあった?いやそんなはずはない、自慢じゃないが人生の大半の時間は激辛とマホイップの研究に費やしてきた。もしや何か異常が起きた?
「と、とにかくポケモンセンターだぁーーー!!!」
えー、現在ポケモンセンターの別室に通されています。僕の前では、お医者さんや研究者さんなどいろんな人が僕のマホイップを囲んであれやこれやと話をしている。まずい、泣きそう。もしマホイップの赤い体が何かの異常だとしたら、それはトレーナーである僕のせいだ。ああ、僕はなんてことを……
「なんだい、騒がしいね」
その声に、僕は顔をあげる。そこにはアラベスクの元ジムリーダー・ポプラさんの姿があった。何を隠そう、僕はポプラさんのマホイップを見てマホイップ愛に目覚めたのだ。そんなすごい人が出てくるなんて。
「あんたがマホイップのトレーナーかい?」
「は、はい……あの、マホイップ、大丈夫ですか……?」
「……ふ、あたしを誰だと思ってるんだい。あたしに任せな」
優しく、力強くポプラさんは言ってくれた。ああ、これがジムリーダー歴70年、フェアリーのエキスパートの安心感か。心臓がうるさいけど、ポプラさんを信じて待つことにしよう。
それから少しして。ポプラさんがまた僕の方に歩いてきた。
「……あんた、辛いものは好きかい?」
「え、はい!マホミル…マホイップも大好きで、いつも食べてます!」
「なるほどね…」
「それが何か……?」
「いいかい、あんたのマホイップはね。ほのお・フェアリータイプになってるのさ」
………なんて?ほのお・フェアリー?マホイップはフェアリー単タイプだよね?何ゆえほのおタイプが……
「クリームの成分を調べた結果、それはもう辛いフレーバーになっててね。辛いものを食べ過ぎた結果、クリームの味も辛くなってほのおタイプも追加されたのさ」
「なんですってーーーー!!!」
ウッソでしょ。じゃあもしかしてマホミル時代に体の色が赤くなってたのもそのせい?でもフレーバーが変わるだけならともかく、タイプが変わるほど辛いものを食べてるなんて……
《アマネのマホミルのある1日の食事》
朝:辛口ポケモンフード 昼:辛口サラダや辛いラーメンなど 夜:辛口ハンバーグや激辛カレー
……うん、食べてた。いつもどころか毎日毎食食べてたわ。健康は大丈夫だったけど、まさかこんな影響があるとは。
「マホイップはもともとマジカルフレイムを使えるから、可能性はあるとされていたんだけど…まさかこの目でそれを見られるとはね」
「ポプラさんでも初めてなんですか……」
「いやあ全くですね!!これは大発見ですよ!!ぜひ学会で発表を!」
「いやいや、まずは世間に発表しなければ!!」
呆然とする僕を置いて、学者さんやお医者さんははしゃいでいる。何事もなければいいんだけど………
それから。世間で大々的にマホイップの新種が発見されたと発表された。連日取材を受けて僕もマホイップもへとへと。それだけなら良かったけど、マスコミや仕事のオファーが殺到するようになった。スクールにも押しかけてくるので、スクールに行けなくなった。
さらにマスコミは時間を問わず家に取材しにやってくるので、家からも出れなくなって、商売にならないので実家の料理店も閉めざるを得なくなった。
「…お父さん、ごめんね」
「なんでアマネが謝るんだ。じきに収まるさ」
両親は優しく言ってくれるけど、迷惑をかけているのは分かるので申し訳なかった。ああ、気が滅入る。おまけに何気なくつけたテレビで、スクールのいじめっ子が取材を受けているのを見た。まるで僕の友達のように振る舞っていた。ああ、最悪だ。
そんな日々が続いて、僕は部屋にこもって両親とも顔を合わせなくなっていった。顔を見ると申し訳なくて。マホイップと2人で、ずっと。そんな日々の中でも、インターホンは変わらず鳴っている。
「アマネ、お客さん」
「またマスコミの人でしょ?」
「ポプラさん」
「ウソッ!??!」
その言葉を聞いて、すぐにリビングに飛び出した。そこには確かに、ポプラさんがいた。
「おやおや…ひどい顔だね。せっかくのピンクが台無しだよ」
「ポプラさん……」
「まあ、気持ちは分からなくもないけどね。意図せずガラルの有名人になったんだ。マスコミどものせいで気が滅入ってるんだろ」
「……はい」
「そんなあんたに、話があってね」
「話?なんですか」
「あんた……パルデアに行ってみないかい?」
「………パルデア?」
パルデア地方。確か辛い料理が有名なところだっけ。でもどうして急に?
「なに、ちょっとしたリフレッシュさ。ガラルから出て、少しの間ゆっくりしたらどうかと思ってね。パルデアの料理や自然…それらを楽しんできたらどうだい?」
「……いいんですか?」
「もちろん。それにこれは学者やマスコミの馬鹿どもを制御できなかったあたしにも非がある。だから行っておいで」
「……!!はい、行きます、行きたいです!!」
「ふふ、いい笑顔じゃないか。それじゃあさっそく準備を…」
こうして、僕はパルデアに逃避行することになりました。すぐにでも行きたいのでその日に出る飛行機を予約してもらった。荷物を積んで、電光石火で空港にGO!!
「それじゃあアマネ、ゆっくりしてくるのよ」
「何かあったら言うんだぞ?アマネは溜め込むからなぁ」
「うん、大丈夫!それに…」
「ほみ!!」
「……マホイップもいるし!!」
両親に見送られながら、僕は飛行機に乗り込んだ。何か豪華だなと思ったら、まさかのファーストクラス。お、恐ろしい!!
「マホイップ……これからパルデアでゆっくり休もうね……」
「ほみ〜〜……」
ああ、眠い。でも、何かを忘れているような。……あっ。
「そうだ、マホイップの名前!進化したらニックネームをつけようと思ってたんだ!」
「ほみぃ?」
「そう、温めてたニックネーム。その名も……フラン!フランボワーズのフランね。ルビーミックスにするつもりで考えてた名前だけど……どうかな?」
「ほみ!」
「ふふ、そっかぁ。良かった、それじゃあフラン……」
「……おやすみ〜〜」
「ほみ〜〜」
パルデアでの安らぎに想いを馳せながら、僕とマホイップは眠りにつきました。
・アマネ
ガラル出身の男の娘。ピンク。かわいいものが好き。マホイップはもっと好き。抑圧されてきたので溜め込みがち。ただし辛いものに関するタガは外れている。
・フラン(げきからフレーバー)
タイプ:ほのお・フェアリー
マホミルが辛いものを食べ過ぎた結果、体のクリームが激辛に変化してしまった。クリームはあまりに辛く、天敵も逃げ出す。目に入ると数日のたうち回った末最悪失明する。
専用技:ホットクリーム
タイプ:ほのお 威力:70 範囲:敵単体
あまりにも辛いクリームを相手に噴射する。かかった相手の命中率をがくーんと下げる。やけどにすることも。
恥ずかしながら帰ってまいりました。