【大河べらぼう】大田南畝役・桐谷健太インタビュー「太陽のように明るい南畝像を」 - リリース情報 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」

横浜流星主演!痛快エンターテインメント #大河べらぼう

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【大河べらぼう】大田南畝役・桐谷健太インタビュー「太陽のように明るい南畝像を」

幕臣にして江戸随一の文化人、天明狂歌のスター・大田南畝を演じる桐谷健太さん。その人物像や収録の舞台裏などを伺いました。

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頼もしい座長と楽しく撮影

長い歴史を持つ大河ドラマでも吉原を描いた作品はなかったそうですが、隠してしまいがちな男女のこともきちんと取り上げるのはすばらしいなと思いました。僕は吉原自体をよく知らなかったので、まずは大門の跡地や神社などを歩いて回って、街の規模感を確認してみました。やはり、実際に目にすると歴史的なロマンを感じますし、南畝や蔦重をより身近に思えていいですね。

脚本家の森下(佳子)さんの作品には何度か出演させていただいていますが、本に独特の温かさがあって好きです。登場人物が単なる物語を進めていくための駒ではなく、一人一人の体温が伝わってくるのを感じます。

蔦重役の(横浜)流星との共演は3作目です。過去の作品での関係性もあって、僕の中ではかわいい弟のような感覚が今もずっと続いています。今回は板元と作家という間柄ですが、南畝は、たびたび訪ねてきてくれる蔦重をかわいがっていたでしょうし、好きなことをやっている者同士、馬が合ったと思うので、実際の感情に近い状態でお芝居をすることができそうです。流星とも、「あのシーンは良かったよね」などと感想を言い合いながら、いつも楽しく撮影しています。それにしても、28歳で大河ドラマの主演を務めるって本当にすごいことですよね。会うたびにたくましくなっているのを感じます。  

軸となるのは太陽のような明るさ

自分が演じる役や時代背景についてはなるべく知っておきたいので、オファーをいただいてから大田南畝にまつわる本をたくさん読みました。検索すると専門家の方のお話や、趣味で載せている方の動画も出てくるので、参考になりそうなものはできるだけいろいろと見ました。もちろん全てを鵜呑(うの)みにするわけではありませんが、史実も「べらぼう」の世界観も大事にしながら、自分なりに感じたことや得たことを味付けして演じていきたいと思っています。

監督さんやプロデューサーの方々からは、「大田南畝は常に明るい太陽のような人物であってほしい」という要望がありました。物語が進むにつれて、明るいばかりではいられない状況も出てくることはわかっていたので、「何かあったときでも、暗さは見せないほうがいいですか?」と確認しましたところ「そうです」と。ドラマの中で南畝がよく言っている“めでたい、めでたい”という口癖は、記録にも残る事実だそうですが、つらく苦しい出来事が多い中でも、前向きな言葉が出るのは彼の良さでもあります。自分に南畝を染み込ませていくうえで、この“明るさ”は大切な要素の一つになりました。

演じる際にもう一つ気をつけているのは、所作です。南畝には、武士だからこうあらねばという堅苦しさはありませんが、代々、武士である家系の中で身についたものはあるはずなので、一本筋が通った姿勢が自然と出てしまっているような動きを心掛けています。武道をやっていた経験が少し生かせてよかったです。  

狂歌の会のシーンでつかんだ南畝の本質

印象に残っているのは第20回の狂歌の会。南畝や元木網(もとのもくあみ)、朱楽菅江(あけらかんこう)など狂歌師たちが集まって「鰻(うなぎ)に寄する恋」のお題で狂歌を詠むのですが、リハーサルでは、「おー!」とか「すごい!」とかみんなで歓声を入れて、豪快に笑いながらやってみました。でも、監督さんたちと話す中で、厳かなムードで撮ってみましょうということになり、結果、「ふらふらではなく、むらむらとしてはいかがか」「むらむら、にございますか」「ご指南かたじけのぅございます」――と、全員が真剣な表情で鰻について語ることになりました。この真面目な感じがとにかくおかしくて、撮影中は何とか我慢していましたが、カットがかかると大爆笑でした(笑)。

また、贔屓筋(パトロン)である土山(宗次郎/軽少ならん)様が歌を披露したとき、特にうまいわけでもないのに、南畝はわかりやすく太鼓持ちの態度をとります。このときも涙を流して笑ってしまったのですが、これこそが南畝の本質なのかもしれないと思いました。いつもふざけている南畝は、一見、変わった人にも見えるけれど、彼が笑うことでなんだか楽しくなって場も盛り上がるし、下手な歌もいい作品に思えてくる。誰も嫌な思いをしないですよね。明るいだけではない南畝の新たな才能に気づけたシーンでした。  

ブームになるのも納得の狂歌の娯楽性

狂歌についてもいろいろと調べてみたのですが、そのときふと、以前、ラッパーを演じたときのことを思い出しました。当時、役作りのため、毎日ラップの練習をしていたのですが、僕が好きだったのは、みんなを褒めまくる、通称“褒めラップ”。全員が楽しい気分になるラップは、狂歌にもちょっと似ているところがあるなと思いました。ラップも狂歌も言葉遊びで、気分が上がる言葉のエンターテインメント。中には「何がおもろいねん!」とツッコみたくなる歌もあるけれど(笑)、それも含めて楽しめるし、ハマる人が多かったのも納得です。娯楽の少ない当時の人たちにとっては、暗い気分も吹き飛ぶような貴重な存在だったのではないかと思います。  

南畝の人生に欠かせなかった俯瞰(ふかん)する力

これは僕の解釈ではありますが、南畝は、アホなことを言って笑っている自分たちと、自分たちが書いた狂歌が世間に広まっていく様子を俯瞰して、さらに楽しんでいたのではないかと想像しました。狂歌を詠んで、うまい、おもしろいと批評することが目的ではなく、先を見据えて、言葉で世の中を変えようと勝負していたと思うのです。

では、なぜそれほど俯瞰することができるのか考えてみると、やはり彼自身が決して裕福でない家で育ったことが一因になっていると思います。貧しさという穴の中に心まで入ってしまうと、もうその穴の中の世界しか見えなくなるけれど、その穴を地上から見ることによって、つらいことも笑いに変えられる、心だけは貧しさから脱却できる…そんな感覚があったのではないでしょうか。育ってきた環境の中で、南畝は俯瞰する力を身につけていったのかもしれません。  

南畝の魅力をしっかりと伝えたい

周りの狂歌師や戯作者たちをライバル視する、羨む、煙たがる、そういった次元ではなく、いつも本質を見ている南畝は、きっと人の長所を見つけるのもうまかったはず。世の中を明るくしたいという強い思いは、そういったところにも出ていたのではないかと思います。

話せば話すほど、南畝さんってかっこいい人ですね。自分が演じる役だから、かっこよくイメージしすぎでしょうか?(笑) でも実際、彼はどんな大変なときも「めでたい」と言える魅力的な人でした。そういった大田南畝の人物像が桐谷健太を通して伝わればいいなと思っていますし、「べらぼう」の狂歌師たちを見て、元気が出たとか、生き方のヒントを感じたとか一つでもあれば、非常にうれしいです。見てくださる方がそう思ってくださることを願いながら、これからもしっかりと南畝を演じていきますので、どうぞ、よしなに。

 

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