雪上の護衛
「・・・陽太」
「・・・大丈夫、大丈夫だ」
陽太の表情を察して鏡花がその手を握る、陽太は複雑な表情を浮かべていたがすぐに笑みを浮かべて見せる
自分の両親は、自分を嫌っているだろうけれど、それは仕方のないことだ、それに今は嫌われていても、これから、何とかできるかもしれない
死に別れたわけでもないのだ、まだやり直す機会はある、何かきっかけさえあれば、もしかしたら
「・・・まぁあれだ、同じ思いをさせたくないなら、自分の子供にはしっかりと愛情注げってことだな」
「そうだね、もし君たちが親になったら、自分の子供にはしっかり愛情を注いであげるのがいいよ、子供はその愛情を間違って受け取ることもあるだろうけど、いつかきっと理解できるものだろから」
親として、そして人生の先輩として、斑鳩は笑って見せる
その顔が獣であることも忘れ、その穏やかな声に静希達は小さくうなずいて見せた
明利は静希の方を、鏡花は陽太の方を横目で見ながら
「ところで、明日私は君たちについていけばいいんだよね?」
「えぇ、私たちの担任のいる宿舎まで護衛します、万が一の場合は私と明利が先導してお連れしますので」
それは先程静希達が決めたことだった
万が一密猟者と遭遇し、戦闘になった場合、戦闘を行える静希と陽太が密猟者の相手をし、道案内と防御をこなせる明利と鏡花が斑鳩を守りながら城島の元へと向かう
戦闘能力で言えば静希よりも鏡花を残した方が良いのではという意見ももちろんあったのだが、密猟者と直接会話し、なおかつ挑発したのは静希だ、恐らくだが密猟者は静希を第二のターゲットにしている可能性が高い
そうなった場合、斑鳩の護衛の方に静希が回ると狙い撃ちされる可能性があるのだ
「んん、頼まれれば手伝い位するよ?それなりに強いし」
「ありがたいんですが・・・というかこっちとしても手伝ってほしいくらいなんですが、一応俺たちの実習っていう事になってるんで、可能な限り俺たちの力で何とかしたいんです」
静希の言葉に斑鳩はなるほどねと言って微笑む
大人として子供ががんばろうとしているのを邪魔するつもりはないのか、斑鳩は快諾してくれた
まだまだ未熟だからこそ少しでも経験を積んで実力を付けたい、それが能力者相手だとしても
それに何の勝機もなく戦いに臨むわけではない、二回の接触で相手の能力に関しては八割方解析は終わっている、もっとも細かい特性などはつかめていないが、斑鳩を守るという名目である以上、問題はない、なにも相手を捕えるのが目的ではないのだから
斑鳩の護衛をして、城島の元へ送り届ければ静希達の実習は終了だ、そうなればわざわざ相手をする必要などない、然るべき所に連絡して、然るべき対応をとってもらえばいいだけである
以前痛い目を見ているからこそ、今回は徹底して時間稼ぎを目的に負けない立ち回りをするつもりだった、相手の油断を誘いながら時間を無駄に使わせるゲリラ戦法、静希の最も得意とする戦い方の一つでもある
「明利、宿舎までのマーキングはどれくらい済んでる?」
「んと・・・結構まちまちかな・・・途中通ったところは全部終わってるけど」
今回静希達が通過した道はかなり急に曲がっており、お世辞にも効率のいい移動法とは言えない、現在位置から宿舎までの最短距離を行こうと思うとマーキングのないところを歩くこともあるのだ
事前にフィアに頼んで種を蒔いておきたいところだが、この吹雪ではそれも難しい上に足跡を残して相手に教えてしまうようなものである
「行動開始は明日の夜明けと同時、可能な限り陽太が先頭で俺が殿、周りにもマーキングしていって斑鳩さんに指一本触れさせないのが理想だな」
「久しぶりの私達だけの護衛ね・・・ていってもだいぶ状況が違うけど」
思えば静希達だけで護衛をするのは本当に久しぶりのことだ、以前は車の中から周囲を見渡していたが、今回は現場に自分たちが立って行動する、しかも周りは静かとはいえ遮蔽物が多く警戒するべきものも多い
難易度はかなり高めだと言っていいだろう、奇形種のそれと比べるとどれくらいの物かはわからないが
「それじゃあ明日はしっかり守ってもらおうかな、よろしくお願いするよ」
「任せてください、あまり護衛の経験ってないですけど」
実際静希達は護衛の経験が少ない、静希達は主に急襲や探索において功績を上げている班だ、護衛対象に合わせた行動などはあまりしないためにそう言った動きは不慣れでもある
だが今回は守るものは自分達よりもおそらく格上であろう完全奇形のエルフ、無能力者を守るよりも幾分か気が楽だった
気を抜くという考えは最初からないが、気が楽になるというのは非常に重要である、それだけリラックスしていつも通りの実力を発揮できるという事でもあるのだから
「今度は周りを巻き込むような策は使えないんだからね?そのあたりちゃんとしてよ?」
「わかってるって、そこまで乱暴な策は使わないよ」
護衛という名目上昼間にやった雪崩を起こすようなことはできない、もっと局地的でなおかつ確実な策が要求される、静希もそれをわかっている、そしてそれが一番難しいという事も十分理解していた
相手は能力者、何が起こってもいいように覚悟だけはしていた
翌日、予定通り夜明けと同時に静希達は動き出していた
空は明るくなっているとはいえ天気自体はそこまでよくないのか、木々の隙間から雲に覆われた白い空が見えていた
静希達が出てきたのは先日落下した縦穴だった、鏡花の能力で階段を作り上ってからあたりを見ると予想通り辺りは雪に覆われていた、しかも相当吹雪いたのだろう、積雪は場所によっては一メートルに届くのではないかというほどだった
陽太があたりを見渡して明利の同調と一緒に周囲に何もいないことを確認すると陽太は能力を部分的に発動して雪を解かしながら先頭を歩く
「すごい雪だな・・・木があってもこれかよ・・・」
「足跡を隠せて丁度いいわ、このまま進むわよ、斑鳩さんは私から離れないでくださいね」
「了解だよ、身をかがめたほうがいいかな?」
見つからないように気を配っているのか、斑鳩は少し中腰になりながら進んでくれる
隊列は陽太が先頭、次に鏡花、斑鳩、明利、静希の順で進んでいる
後方の警戒が可能なのは明利の索敵と静希のトランプの中の人外のみ、後方と側面からの攻撃を特に警戒させながらいつ攻撃されてもいいように構えていた
例によって鏡花の能力を使い静希達が通った痕跡を消しながら動いているために、お世辞にも移動速度が速いとは言えないが、今のところ予定通り進むことができていた
雪が多いせいで普段とは比べ物にならないほどの低速での移動だが、それでも敵に見つからないだけましだろう、こんな状態であの密猟者と遭遇したらろくなことにならないのは目に見えている
「このペースなら十時ちょっと前くらいには到着できそうだな」
「それでも三時間以上かかるのよ?気を抜かないで」
陽太の言葉を鏡花がたしなめる、静希達が行動を開始したのは六時半ごろ、移動を開始してすでに三十分ほど経過したが未だ接敵の気配はない
とはいえ独特の緊張感があたりを包んでいるのはわかる
静寂の中で自分たちの足音と時折木々から雪が落ちる音だけは耳に残る
「・・・やっぱりさ、ちょっと無理してでも地下を進んだ方が良かったんじゃない?」
「・・・さすがにきついだろ、数時間ずっと能力使いっぱなしになるんだぞ」
本当は地下をそのまま進みたかったし、そういう案も出ていたのだが、鏡花への負担が大きすぎる上に時間がかかりすぎるために却下したのだ
鏡花の能力を使えば安全に地下を進んでいくこともできる、だがその分鏡花への負担はすさまじい、地面の形状変換だけではなく空間内の酸素の生成、そして変換する進行方向の調整、それこそ常時広範囲に消費の激しい能力を発動しっぱなしすることになる
鏡花の能力は確かに強い、応用力もあるしそれを扱えるだけの実力だってある、だが三日目で疲労が蓄積している状況で常時能力を使い続けるというのはとてつもない疲労になるのだ、最終日でもしかしたら戦闘があるかもしれないのに鏡花一人にそれほどの負担を強いるわけにはいかない
今のように痕跡を消すだけの最小限の能力使用であれば消費も少なく済む
最も注意するべきは静希達がやってきた宿舎周辺、この辺りにある宿泊施設はあそこくらいのものだ、密猟者だって事前に地形データくらい頭の中に入れているだろう、そうなると待ち伏せされている可能性だってある
そうなった時にこそ地下での移動法を行わせるべきだ
さらに移動してから時折休憩するときには地下に潜り、空気を確保したうえで体を休め、再び動き出す、それを繰り返すことで安全かつ確実に進むことができる
「明利、索敵に誰か引っかかったか?」
「ううん、今のところは誰も、今回はそこまで索敵を広げてないからあまり信用できないけど・・・」
明利の言うように今回は自分たちが歩いた地点にしか索敵をしていない、追跡と観測という性質上、下手に石などを投げると逃げられる可能性があったのだが、目標が人間であったという事実を考えるとしっかりと索敵をしておいた方が良かったかもしれないと後悔してしまう
もちろん結果論でしかないが、こうなってくると後悔が残る
「ところで詳しく聞いていなかったけど、その密猟者ってどんな能力を使うんだい?」
「あ、言ってませんでしたっけ、氷を発現する能力だと思います、ある程度形状も変えられると予想しています」
静希の説明を聞いて斑鳩はふぅんと呟いて口元に手を当てる
「そうなるとかなり強い力を使えそうだね、この辺りはかなり冷えてる上に雪もたくさんある、ホームグラウンドと言ってもいいくらいだ」
能力というのは状況によってその力が助長されたり減衰されたりすることがある
例えば陽太の能力の場合気温が低かったり雨が降っていたりするとわずかながらにその力が減衰される、これは炎の性質の問題だ
そして今回の相手は氷、季節が冬でかなり雪が降っているという現状を鑑みるにかなり能力が助長されているとみるべきだろう
「でも相手は氷だったら俺の炎で相殺すればいいだけだし、楽勝だろ」
「あのな・・・まぁそうかもしれないけど」
陽太のいう事ももっともである、陽太の体を纏う炎がかなり高温でその気になれば鉄だって溶かすことができる、百度程度の温度変化で状態が変化する水を元にしている氷であれば大量にあると言っても数秒程度で解かしきることは可能だろう
一見陽太との能力の相性はいいように見える
「あんたはいいけど、私たちや斑鳩さんはそうじゃないってこと理解してる?」
「わかってるって、遭遇したらちゃんと足止めしとくから」
陽太は自分の胸を叩いて自信ありげに笑っている、その場にいる中で陽太の笑顔の中にしっかりとした警戒の色があるのに気付いたのは付き合いが長い一班の人間だけだった
相手が能力者という事もあってかなり注意しているのだろう、二の轍は踏まないという事を心がけるあたり陽太らしいというべきだろうか
休憩を終え再び動き出すこと約一時間、索敵にかすかに反応があったのを明利は逃さなかった
「反応有、四時の方向、距離約七百」
その言葉に全員に緊張が走る、七百メートルというと、この木々と雪の量からして目視できる距離ではない、とはいえ今まで索敵範囲内に居なかった人間が現れるというあたり静希達は僅かに強張った
「四時方向に距離七百ってことは・・・あぁ、雪崩起こしたあたりか・・・」
「なんだそれ?雪崩なんて起こしたのか?」
「静希に言われて渋々ね、好きで自然災害起こしたんじゃないわよ」
「君はそんなことまでできるのかい?すごいね」
地図を確認しながら進む静希をよそに、陽太や斑鳩は鏡花の所業に感心しているのか好奇の目を向けている
鏡花は鏡花でまんざらでもないのか少し恥ずかしそうにしながら胸を張っている
距離的にはそこまで警戒することもないのではと思えるが、七百メートルというとかなり近いように思えてならない
「現在位置から目的地まで・・・あと一時間・・・いやそれ以上かかるか・・・?」
「どうする?地下移動に切り替える?」
完全に痕跡を消すことのできる地下移動であれば地形などを無視してまっすぐに目的地へと向かうことができるが、その分鏡花への負担が大きくなる、どうするべきかと悩む中、静希は一度地図に印をつける
「明利、今密猟者がいる場所にチェックしてくれ」
「え?うん、ここだよ」
明利は持っていたペンで地図に印をつける、確かにここから大体六、七百メートル程の位置にいることになる
高低差を考えると、偶然上からこちらが見えても不思議はない
「この距離ならまだ平気か・・・?一応このまま進もう、万が一こっちに移動してくることがあれば別れるぞ」
静希の指示に全員が了解と呟いて、とりあえずは今まで通りに進むことにする
目的地である宿舎まであと一時間、それほどの距離に至った時に、索敵に集中していた明利が静希の服の袖を引く
「静希君、密猟者がこっちにきてる・・・五時の方向、距離五百くらい・・・」
「見つかったか・・・?それとも偶然か?もう少しだってのに・・・仕方ない、鏡花と明利は斑鳩さん連れて地下移動開始、陽太は俺と陽動だ、鏡花、ここからならどれくらいで目的地に着ける?」
「ん・・・早くて一時間・・・いや五十分でついて見せるわ」
五十分、まっすぐに全速力で移動してもそれくらいの時間がかかる、となると現在位置に密猟者を足止めしておきたい時間は少なく見積もっても三十分ほどという事になる
それほど距離を離せば鏡花たちには追いつけないだろうというラインまで持って行ける
「オッケー、十分現実的だ、明利は鏡花のサポート、陽太は俺と行くぞ、斑鳩さん、二人についていってください、気を付けて」
明利に密猟者の現在位置をチェックしてもらった後で静希は全員に指示を飛ばす
万が一にも護衛対象を密猟者に見せる訳にはいかない、静希の指示と同時に鏡花と明利が斑鳩のそばに行きゆっくりと地面の中へと入っていく
明利の索敵によるナビゲートと鏡花の変換を用いた移動があればあの三人はもう大丈夫だろう、あとはどれだけ静希達が上手く立ち回れるかである
「静希、どうする?一気に移動するか?」
「あぁ、ここはフィアに出てきてもらおう、相手の意識も逸らしたいしな」
陽太に担いでもらって移動するのもいいが、相手が密猟者という事もあって巨大な獣の姿であるフィアを見せればこちらに気を引くことができるかもしれないという事で、静希はトランプの中からフィアを取り出し能力を発動させる
雪の上ではなく木々の上を移動するように指示を出して静希達はその背に乗る
今回は時間稼ぎが目的だ、相手を倒すような必要はない
鏡花たちの移動速度、そして密猟者の移動を考えて足止めしておきたい、あるいはおびき寄せておく時間は最低でも三十分
まずは相手がどのような状況にあるかを観察する必要がある
静希達は明利に教えられた地点から少し上った場所まで回り込んでトランプの中から双眼鏡を取り出して周囲を軽く見渡す
すると木々の隙間から密猟者の姿を見つけることができた、どうやらあの雪崩からは無事に脱出できたようだ
あのまま雪の中に埋もれていればよかったのにという考えも浮かぶが、死なれても厄介と考えればよかったと思うべきだろう
どうやら雪をどかしながら何かを探している様だった、明利の索敵に引っかかったという事は先日静希達が通った場所、場所的に考えてまだ痕跡を残したまま移動していたあたりだろうか
もしあの足跡を追跡されて目的地であるキャンプ場の方まで行かれると厄介だ
「どうする静希?このままじゃあいつらと鉢合わせするかもしれないぞ?」
「・・・ここはちょっと嫌がらせするか・・・陽太、槍の準備しておけ」
双眼鏡をトランプの中にしまい、懐から拳銃とオルビアを取り出して静希は集中する
陽太は右腕だけに炎を灯し、数秒で槍を形成していく
こちらに気を引くと言っても危険なことをするわけではない、あくまで相手がこちらに気付けばいいのだ
静希と陽太はお互いに深呼吸してから移動を開始する
誤字報告が五件分、そしてお気に入り登録件数が2,500件突破したためお祝い含めて三回分投稿
いつの間にかかなり物語が進んでいることに気が付きました、スローペースな物語ですが塵も積もればなんとやらですね
これからもお楽しみいただければ幸いです