頭脳と異能に筋肉で勝利するデスゲーム   作:もちもち物質@布団

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終わった後:運動会

「うおおおおおおお!運動会だ!運動会!だああああああああ!」

「煩いぞ樺島!」

 その日、いつにも増して樺島剛は煩かった。当社比1.7倍くらいは煩かった。

 それもそのはず、今日は待ちに待った運動会。『キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部、秋の大運動会』なのである!

 

 

 

「職場で運動会っていうのも珍しいよね」

「そうなのか!?これ、普通じゃないのか!?」

「普通じゃないと思うよ、樺島君。俺もつぐみも聞いたこと無い」

「一昔前はあったかも。でも最近は聞かないよ」

 ジャージに着替えてすっかり準備万端のバカの横では、今回『バイトの子も運動しろ!』ということで招集されてしまった陽とたまが居る。彼らは赤いハチマキを装備して、すっかりやる気である。尚、やる気なのはたまの方で、陽はかわいい恋人とお揃いにしておきたいだけである。

「ところで陽とたまは紅組なんだな」

「うん。蟹は茹でると赤くなるから」

「えっ?」

「えっ!?」

 バカは何のことかと思って聞き返した。陽は『そんな理由だったのか!?』と思って聞き返した。それらを受けたたまは、胸を張って自慢げな顔をした。バカはよく分からなかったのでとりあえずぱちぱちと拍手しておいた!

 

「ってことは、天城のじいさんとかにたまも紅組かー……」

「そうだね。蟹は茹でると赤くなるから」

 バカが全く理屈を理解していない一方、陽も理解はしていない。が、それはそれとして、天城とかにたまはそれぞれ、ちゃんと赤いハチマキを装備しているのであった。

「……かにたまを茹でる気じゃないよね?」

「うん。彼女を茹でるのは天城さん」

「嘘だろ……?あ、いや、そっか、そういうことか……?」

 皆の視線の先で、かにたまを抱き上げていた天城が何やらかにたまに言うと、かにたまは何やら、かにかにかに!と天城の胸をぽこぽこ叩き始めた。天城は楽しそうにしているが、かにたまは湯気を出さんばかりの様相である。

「……じゃあつぐみを茹でるのは俺だね」

「茹でられるものならやってみてよ」

 陽とつぐみは見つめ合って、互いに不敵な笑みを浮かべる。

 バカはバカなので、それを見て『2人とも対抗意識バッチリだな!……ん!?紅組同士で対抗してもしょうがねえんじゃねえのか!?』と1人混乱していた。まあ、これはバカのバカたる部分であり、美点でもあるのだ。

 

 

 

「おいお前ら。さっさと整列しろって親方が」

「あっ!もうそんな時間か!教えてくれてありがとな、ヒバナ!」

 そんな皆を、ヒバナが呼びに来る。尚、ヒバナも紅組だ。『名前負けするんじゃないわよ』とビーナスに言われちゃったからである。尚、そんなビーナスはバカと海斗と一緒の白組なので、ヒバナがかわいそうなんじゃないだろうか、とバカははらはらしている!

「準備体操始まるってよ」

「そっかぁ!準備体操かぁ!楽しみにしてたんだぁ!」

「……準備体操が楽しみなのか?」

 海斗とヒバナが不思議そうな顔をしているが、バカは満面の笑みである。

「うん!楽しみ!がんばってついてこ!」

 ……バカの言葉に、海斗とヒバナは青ざめた。

 バカが『頑張ってついていく』と宣言しているものは……つまり、人類には早すぎる、という意味である。

 

 

 

 そうして。

「ラジオ体操第101-!まずは、床をめり込ませる屈伸ー!はいっ!」

 始まった準備体操に、天使達はメコメコとグラウンドを凹ませていき、人間達はできるだけ離れた位置で普通の屈伸をやっていた。

「次は、伸脚30回/秒ー!はいっ!」

 土ぼこりが上がり、凄まじい速度でカサカサカサカサと脚を動かす天使達を横目に、人間達は更に離れて普通に運動した。

「地上でトリプルアクセル3回転ー!はいっ!」

 天使達が一斉に脚力だけで空中へ飛び上がり、そしてグリグリグリッ!と回転して地面に戻ってきた。人間側では、ミナが『えいっ!えいっ!』とがんばって一回転するのを、ビーナスが楽しそうに見守っていた。

 ……こんな調子の準備運動だったため、天使の中でも事務のおばちゃん達は『やってらんないわね』と観客席で呆れ返っていたし、『俺、2回転半しかできねえ!』と頑張ろうとするバカがいたし、『これ、グラウンドが削れた分はどうするんだろう』『大きい方のかにたまで整地するって言ってた』と陽とたまが話していた。

 つまるところ、キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部の運動会は、準備運動の時点で既にグラウンド整備が必要になる程の、過酷なものだったのである!

 海斗とミナは『ついていけるだろうか』と不安そうな顔をし、ビーナスとヒバナは『ついていく気は無い』とばかりに呆れ返り、そして、陽とたまは『まあ、見ている分には楽しい』と開き直った。

 ……こうして、運動会は幕を上げたのである!

 

 

 

 さて。最初の競技は100m走であった。

 当然のように4秒切りが多発するので、人間達は基本的に不参加である。

 が、バカが出場したので、ミナと海斗はバカを律儀に応援してやった。バカは先輩に勝てず、2着であった。『ぐやじい!』と嘆くバカは慰められつつ、ミナからおやつを貰って機嫌を直した。尚、おやつはコーラ味のグミである!こういうおやつがあると、運動会は楽しいのだ!

 

 

 

 続いての競技は障害物走であった。

 ……が、そこでバカは目をひん剥くことになる。

「嘘ぉ!?土屋のおっさん、出るのぉ!?」

 なんと!スタートラインで天使達に混ざっているのは、土屋なのである!

 紅組のハチマキも勇ましく、普通の人間であるはずの土屋が、スタートラインに立っているのだ!

「土屋さん……天使に混ざって競技に臨むのは、あまりにも無謀じゃないか!?」

「一応、ムキムキの天使は500㎏の錘を身に着けることになってるところを土屋さんは人間だから免除されるらしいよ」

 海斗が慄く横で、たまがルールを解説してくれる。海斗は『500㎏!?』とまた慄いたが、天使にとってこれくらいはまあ、普通である。

「それにしたってよォ、無謀ってもんじゃねえのか?俺ならやらねえ」

「まあ、参加賞、ってことでいいんじゃないかしら?天使とは色々違いすぎるっていうことは土屋さんも分かってるんでしょうし」

 ヒバナが苦い顔をし、ビーナスも不思議そうにする中……天使達に混ざった土屋は真剣な顔でスタートラインに立ち……そして、スタートの合図と共に、走り出したのである!

 

 さて。この障害物走だが、高さ2mのフェンスを乗り越え、ブロック塀の上を走り、点々とする足場が突き出た池を渡って、そして網を潜って、クイズに答えて、風船を割ってゴール、というものである。

 ……当然、天使達は500㎏の錘などものともせず、一度の跳躍で2mのフェンスを飛び越えていくのだが……。

「うわっ!土屋のおっさん、結構速い!すげえ!」

 そんな天使達には遅れるものの、土屋はかなり健闘していた。

 フェンスに向かって跳躍すると、ガシャ、と音を立ててフェンスにしがみ付き、そのまま数歩分、フェンスをよじ登ってすぐ、フェンスを乗り越えてまた走り出した。

 更に、その先のブロック塀の上も、バランスを崩さずスピードを落とさず走り抜けていく。

「……刑事さん、ってかんじね」

「すげえええ!土屋のおっさん、かっこいいいいいい!」

 バカは目を輝かせてこの光景を見守った。続く池渡りも、土屋はものともせずこなしていく。一方の天使達は、バランスを崩して池に落ちる者も居たし、『最初から泳いだ方が速い気がする!』と訳の分からないことを考え、そして本当に泳いだ方が速かった者なども居る。

 ……こうしていくと、土屋は天使の集団に然程置いていかれることなく、実に健闘しているのだ!

 応援しているバカはもう、固唾を飲み、手を握りしめて『がんばれ!がんばれ!』と夢中である。……その両隣で、海斗とミナも『がんばれ!』とこの光景に釘付けであった。

 ……否。彼らだけではない。陽とたまも『土屋さん、すごいね』と注視していたし、ヒバナとビーナスも唖然として見守っていたし……会場中の天使も人間も悪魔も、全員が、土屋の奮闘ぶりを見て興奮していた!

 

 そうして網を潜る時になると……いよいよ、土屋が天使を抜かし始めた。

 そう。天使達の最大の特徴にして、今回の弱点!

 ……それは、羽があること!

 羽がある天使達は、どうしても羽が網に引っかかりがちなのである!更に、錘がくっついていることもあって、中々上手く網を抜けられない!

 そんな中を、土屋が駆け抜けていく。人間の同年齢の者達と比べたらがっしりとして身長も高い土屋であるが、天使よりは痩躯である。天使が『羽引っかかっちゃった!』とじたばたしている間を、どんどん匍匐前進で突き進み、ついに中間にまで踊り出た。

 歓声が上がる中、土屋はクイズを出題され(尚、出題役をやっているのは双子の乙女である。)、『アから始まる国名を3つ答えよ』というクイズに『アルゼンチンアゼルバイジャンアルジェリア!』と素早く答え、さっさと通過。バカは『今の呪文、何……?』と首を傾げていた。

 他の天使達が『イウエから始まる国、3つもあるぅ!?インドとウクライナしかわかんない!……あっ!エジプト!』とやったり、『カから始まる支部名!カラカラデザート支部!カラメルナッツプリン支部!カンブリアモゾモゾ支部!』と素早く答えたりしている中、遂に土屋はトップ集団に紛れ込み……そして。

 いよいよ最後の風船割りだ。これは、力の強い天使であっても、人間と然程、条件が変わらない。

『躊躇なく風船を割れるかどうか』。これは運動能力ではなく……覚悟と度胸の問題なのである!

 ……そして、土屋は覚悟も度胸もある人間であった。

 

 大歓声が上がる中、土屋はなんと……天使達に混ざってのこのレースで、1位になってしまったのである!

 照れくさそうにしながらも誇らしげな土屋に、会場中が惜しみなく拍手を送っていた。バカは手が千切れんばかりに拍手をしすぎて海斗に『煩い!』と怒られていたが、そんな海斗も沢山拍手をしていたので、バカの耳には忠告が届かないのであった!

 

 

 

「明日は筋肉痛だな」

 バカ達のレジャーシートにやってきた土屋は、少し照れたように笑いながら、たまからお茶を受け取った。尚、お茶はミナが準備しておいてくれた麦茶である。よく冷えた麦茶がでっかい水筒に入っているので、バカ達はそれを各自のカップに各自で勝手に注いで飲んでいるのだ!

「土屋のおっさん、かっこよかった!かっこよかったぞ!」

「ははは、ありがとう。ま、頑張った甲斐があったよ」

 カップから麦茶を一気に飲み干した土屋は、にやりと笑う。バカはそれを見てまた『かっこいい!』と満面の笑みである。

「さて、私を褒め称えてくれるのは嬉しいんだが、そろそろグラウンドに注目しないとな」

 土屋は笑ってグラウンドを指差した。そこは既に、次の競技に向けた準備が進んでいる。

「次の種目は二人三脚だぞ。ビーナスがミナさんと一緒に出るらしい」

「おおおー!」

 そして、グラウンドの待機列には、ビーナスとミナが並んでいた!

 

「そっかあ、ビーナス、ミナと一緒に二人三脚するために白組になったんだな!」

「そういえば、夕方時々2人一緒に走ってたもんね」

 たまと並んで感心しながら、バカはふと思う。だったらヒバナも一緒に白組に誘ってやればよかったのに、と……。ほら、ヒバナがしょんぼりしているではないか、と……。

 

 

 

 ちょっとしょんぼりしているヒバナを前の方へ連れてきてやって、バカ達はビーナスとミナの二人三脚を見守ることとする。

 第一走、第二走、とレースが進んでいき……そしていよいよ、ビーナスとミナの出番だ。

「がんばれえええええええ!がんばれえええええええええ!」

「うるせえんだよこのバカが!」

「こいつを黙らせるより僕らが耳栓をした方が早い」

 バカは力を振り絞って応援し、ヒバナは耳を塞ぎ、海斗は悟りを開いたような顔でそっと耳栓をした。このバカはかつて、水槽の魚を声だけで仕留めた者である。ヒバナと海斗も、バカの応援で仕留められかねないのである!

 

 海斗とヒバナがひやひやしている横で、バカはちょっとだけ大人しくなりつつ二人三脚を見守ることにした。

 ……二人三脚は、天使達が組むと凄まじいことになる。息ピッタリで『どどどどどど』と土煙を蹴立てて全力疾走する有様なので、『わっせ、わっせ』感が全く無い。

 おまけに、天使同士のペアだと、片方が万一転んだとしても、もう片方が『じゃあもうこのまま引きずっていくね!』と走りを止めず、もう片方も『あっ!ころんじゃったのでお世話になります!』とばかり大人しく引きずられるため、怖い。非常に、怖い。海斗は『怖い……』と少し震えていた!ヒバナも流石に表情が引き攣っている!

 ……が、女子の部になった途端、競技は大分大人しくなった。

 とはいえ、女性天使の中にはやっぱりムキムキの女性天使も居るのだが……まあ、それでも事務のおばちゃんや経理のお姉ちゃん達が混ざった方が、怖さが薄れるのである!

 そして、そんな中にビーナスとミナの姿もあった。

 

「がんばれー!がんばれー!」

 バカが腹から声を出すと人が死にかねないので、多少遠慮しつつ応援する。バカは学んだ。さっきから隣の海斗が耳栓を装備しているのは自分のせいなのだと、流石に学んだ!

 遠慮しつつ出しても十分に大きいバカの声は、スタートラインに立つビーナスとミナにも届いたらしい。2人はバカの方に手を振ってくれた。バカは大喜びで手を振り返し……『位置についてー!』の掛け声に、きゅっ、と緊張する。

『よーい』の合図と共に、バカはまた、きゅっ、と緊張を強め……パァン、とピストルの音(ちゃんとピストルの音である。声じゃなくて。)が響いた直後に、わっ、と歓声を上げて2人の姿を見守ることにした!

 

 ビーナスとミナは、速かった。流石、練習していただけのことはある!

 事務のおばちゃん達を次々に抜き、女性天使2人組のチームが『お互いにお互いの羽が邪魔ぁ!』とやっている所を追い越して、どんどん走っていく。

「……あれっ!?ビーナスとミナって、あんなに身長、近かったっけ!?」

「お嬢がヒール履いてねえからだろ」

 珍しいことに、ビーナスは踵の高くない靴を履いている。バカは『そっか!女子の身長って靴のかかとでめっちゃ変わるんだ!』と学んだ。

 それでもビーナスはミナより少しばかり身長が高いが、2人で肩を組み、2人3脚で走っている様子は正に息ピッタリなのである!

「……お嬢、楽しそうだな」

「な!ビーナスもミナも笑顔だな!」

 ……なんだか、バカは嬉しくなった。

 ビーナスとミナが、こんなに仲良く走っているのだ。かつて2人の間にあって、今も無くなった訳ではない色々なものを、2人が乗り越えて、消化して……そうして2人の笑顔があるのだ!

 バカは、『よかった!よかった!』と笑顔で2人を見守った。ヒバナも、なんだか感慨深そうに笑っていた。普段の彼からしてみたら、ちょっと珍しいくらいの優しい笑顔だった。

 そんなヒバナを見て、バカは『おや』と思いつつ、土屋と顔を見合わせた。……土屋もなんだか、嬉しそうな顔をしていたのできっとバカと同じ気持ちでいるのだろう!バカはますます嬉しくなった!

 

 

 

「どんなもんよ!」

「すごい!すごい!」

「えへへ、私、走って一等をとったの、人生で初めてです!」

 そうして、ビーナスとミナが一等賞の景品であるふかふかタオルを持って戻ってきたので、バカ達は拍手でそれを出迎えた。拍手は控えめである。海斗の耳がぶっ壊れてしまうので!

「ところで、私はてっきり、陽とたまは二人三脚に出るんだと思ってたんだけど」

 ビーナスがたまから冷えた麦茶を貰いつつそう尋ねると、たまは神妙な顔をし、陽は苦笑した。

「あー……検討はしたんだけどね。つぐみと俺とで、身長が違いすぎるから……」

「私達は勝てない戦いには挑まない主義なんだよ」

「そっかー!よく分かんねえけどかっこいいな!」

 バカとしては、陽とつぐみの競技も見てみたかったのだが。ちょっぴり残念である。

 

 ……と、思っていたら。

「次のパン食い競争には、私も出るよ。……勝負だね、樺島君」

「俺も出るよ。確か俺は、海斗と同じレーンじゃなかったかな。よろしくね」

 たまと陽は、闘志に満ち溢れた目でそう言ったのである!

 

 

 

 ……ということで。

「じゃあ、白組として一緒に頑張ろうぜ!海斗!」

「あ、ああ……」

 バカと海斗は、陽とたまの後を追いかけて、パン食い競争の選手待機所へと向かう。バカはうきうき、海斗はちょっと緊張気味の歩き方だ。

「皆さん、頑張ってくださいね!これが終わったらお昼休憩ですよ!お弁当作ってありますからね!」

 だが、ミナの声に、海斗も少し元気を出したらしい。それもそのはず、ミナが作ったお弁当だったら絶対に美味しいことは間違いないので!

 

「へへへ、頑張ろうな、海斗!楽しもうな!」

「……まあ、勝利ではなくメロンパンを目指して頑張るよ」

 こうして、楽しいパン食い競争が始まるのである!バカは、トラック上にセッティングされていく数々のパンに目を輝かせるのであった!

 

 

 

 ということで。

「うわああああ、パン、美味そう……」

 バカは走者待機列に並びつつ、セッティングされていくパンの数々に目を輝かせていた。

 そう!これから始まるのは、パン食い競争!バカがものすごく楽しみにしていた、この運動会の一大イベントである!

 

「昨日、社食で焼き立てパンの匂いがしてたの、これかぁー……」

「ああ、私、メロンパン1つ試食したよ。美味しかったよ」

「ええええええ!?たま、もう食ったのか!?食ったのか!?いいなあ!いいなあ!」

 バカは昨日の社食を思い出す。なんだか甘くて香ばしくて、とても幸せな香りが漂っていたのだ!あれは焼き立てパンの香りである!バカにも分かる!何せ、ミナと先輩はパンを焼くのがとても上手なのだ!

 ……が、その割に、社食のメニューはパンではなかったので、バカは『なんでだろうなあ』と首を傾げていたのである。

 が、これで謎は解けた!昨日、先輩とミナが焼いていたパンは、今日のパン食い競争のためのパンであったのだ!

「……樺島君と走って勝てる自信はなかったけれど、海斗なら勝てるかな」

「だろうな」

 陽がちょっと元気な一方、海斗はちょっといじけた顔をしている。……自信はないようである。バカは『そっかぁ……』と、ちょっと海斗に申し訳なく思う。

「生憎、運動はそう得意じゃなくてね。端から勝つつもりはない」

「だよね。俺、海斗が競技に参加するとは思ってなかったんだけれどな」

 たまと陽は不思議がるが、それもそのはず。海斗は本当は、競技に参加する予定なんて無かったのだ。

「ごめんな、海斗ぉ……俺が誘っちゃったから……」

 そう!海斗は、バカが誘ったのだ!

 バカが誘わなければ、海斗は多分、競技に参加していなかった!走るのが大好きなバカはさておき、海斗は走ること自体が好きというわけではないようだし、バカは『誘わない方がよかったかなあ』と心配になってきたのである!

 だが。

「……まあ、メロンパンも出るんだろう?ならそれ目当てで走る」

 海斗自身は気を取り直したようにそう言って、バカにちょっとだけ笑いかけてくれた。

「海斗ぉ……」

「まあ、ミナさんが焼いたパンだというなら味は期待できることだしな。別に、勝敗はどうでもいいと割り切る」

「海斗ぉ!なんかやっぱり海斗って頭いいなあ!」

 バカは『海斗はすごい!なんかよく分かんないけどすごい!』と喜んだ。海斗は『やれやれ』とやっていたし、陽とたまはにこにことそれを見守っていたし……同じく列に並んでいる、他の出場者達は、にこにことこのやり取りを見守っていた。

 ……紅組白組で対抗しているとはいえ、元は同じ職場で働く仲間同士。

 つまり、平和である!

 

 

 

 そうしてパン食い競争の選手達が出走し始めた。

 女子が先なので、仲間内ではたまが一番乗りである。

 たまは小さな体で素早く走り、事務のおばちゃんや双子の乙女を引き離し、そして、器用に一秒でパンを咥えて持って行った。

「つぐみー!がんばれー!」

 そして陽の声援を受けつつ、一位でゴール。パンを咥えたまま、満足気な顔をしているたまを見て、バカは大いに拍手した。

「……ところでアレは何パンだ?」

「ん?かにぱんだろ!」

「……その、蟹パン、というと」

「なんか、生前かにぱん作ってた人が天使になったからできるようになったってさ!」

 尚、たまが咥えているのは蟹の形をしたかわいいパンである。たま自身は非常に満足気である。

「かにぱん……?」

「うん。かにぱん。知らないかぁ?」

「知らないな……」

 隣で何とも言えない顔をしている海斗を見て、バカは『じゃあ、今度海斗と一緒にコンビニ行って、かにぱん一緒に食べよう!』と心に決めた!

 

 それから徐々に列は進んでいき、男子の部が始まる。

 男子の部の最初は、陽と海斗を含む組である。バカは『がんばれ!がんばれ!』と一生懸命応援した。うるさくない程度に。バカは学習するのだ!

 陽はそれなりに落ち着いた様子で、逆に海斗は緊張気味だった。バカはそんな二人を見守りながら、はらはらしている!自分が走る時には緊張なんてしないのに、友達が走るところを見ると緊張する!

 ……そうして、いよいよ『いちについて!よーい!』と掛け声があり……銃声が響く。

 同時に、陽が颯爽と走り出した。長い脚を存分に動かして、中々の速度で進んでいく。

 一方の海斗は、ちょっと出遅れた。『ああ、緊張で体が硬くなってるんだ!』とバカには分かる。ああ、海斗!海斗!

 ……だが、海斗は途中から追い上げ始めた。陽はさっさとたまごパンを咥えて行ってしまったが、その直後、海斗もパン列に追いついて、そこからメロンパンを探して咥えて持って行く。

 海斗はパンを咥えるのがちょっと下手だった。手間取っている様子だったが、なんとかパンを捕まえて、無事にまた走り出す。

 そうして海斗も、周囲の歓声を浴びつつゴールした。やっぱり陽の方が早かったが、それはこの際置いておこう。

 ……陽は、狙っていたらしいたまごパンを手に入れた。そして海斗も、狙っていたメロンパンを手に入れた。他の走者達も、それぞれにお気に入りのパンを手に入れた!

 つまり!この勝負、皆の勝ちである!

 

 

 

 ……さて。

 次はバカが走る番である。バカは、『俺もメロンパン!』と心に決めて、レーンの先にあるパンの群れをじっと見据えた。

 だが、バカがクラウチングスタートの構えを取る横では、先輩天使達が同じように身構えている!

 ……その中には、メロンパン好きの先輩天使も居るのだ!

 

 そうして、『いちについて、よーい!』の直後、銃声が鳴り響くと同時にバカが発射された。

 ……そのように錯覚するほどの勢いで、バカは一気に突き進む。メロンパン目掛けて突き進む!

 が、それは他の天使達も同じである。彼らもまた、地上を飛ぶかのように走り抜けていくのだ。

「めろんぱぁああん!俺、めろんぱん食べたぁあああああい!」

「ははははははは!樺島ぁああ!早い者勝ちだぞぉおおおお!」

「俺はチョココロネだぁああああ!」

「かにぱんは渡さねえええええええ!」

 叫びながらも真面目に走る先輩達と共に、バカはパンへと向かっていく。

 だが……上には上が居るのだ!

 天界きってのスプリンターと評判の先輩天使は、バカより先にパンの群れへ到達すると、そこから、サッ、とメロンパンを咥えて走り去る。

 ああ!メロンパンを先に取られてしまった!バカもメロンパン、食べたかったのに!

 だが仕方がない。この世界は弱肉強食。そして、早い者勝ちなのだ。自然の摂理にバカは負けたが、それは仕方がないことなのである!バカが遅いのが悪いのだ!

 ……ということで、バカはしょんぼりしながらもあんパンを咥えて走り抜け、無事、3位でゴールした。……バカより速い天使が2人居たことになる。まあ、そういうものである。

 

 

 

「めろんぱん……」

 そうしてバカは、しおしおしながら観客席へ戻ってきた。先に戻っていた陽と海斗が出迎えてくれて、たまが麦茶をくれる。バカはちょっと元気を取り戻しつつ、あんぱんを一旦口から離して麦茶を飲んだ。

 ……冷えた麦茶が体に染みわたる!バカは元気になった!

「いやー、やっぱり先輩達、速いなあ」

「樺島君より速い人が居るとは思わなかったな。ははは……」

「うん!先輩達、すごいんだぞ!ほんとに速いし、パワーあるし!俺も『中々筋がいい』って言ってもらってるけど!」

 そうしてバカは思い出す。先輩達に負けてしまったことは悔しいが、同時に、先輩達への憧れもまた、バカの胸を熱くするのだ。

「俺もいつか、ああいう風になるんだ……」

 うっとりにこにこするバカを見て、たまは『がんばれ』と応援してくれた。陽と海斗は何とも言えない顔をしていたが。

 

 それから。

「樺島。その……メロンパン、食べたかったんだろ?」

「うん……」

 海斗が遠慮がちに聞いてきたので、バカはまたちょっとメロンパンのことを思い出してしまって、しょぼ……と落ち込む。あんパンも大好きだが、メロンパンも食べたかったのだ!

 ……だが。

「……その、半分、交換しないか?僕もあんパンに興味がある」

 海斗がそう言って、メロンパンを半分こしたものを差し出してくれたので……バカは大喜びである!

 持つべきものは、友達!

 

 

 

 ところで、当然ながらキューティーラブリーエンジェル建設の運動会における男女の区分は全て、肉体の性別によるものである。

 そして、肉体に性別が無い者も居る。

 ……つまり。

「よし!じゃあ最後は『それ以外』の部だな!」

「な、なんだ『それ以外』の部って」

 ……慄く海斗の横で、最後の組が出走する。

 

「行けーッ!かにたまーッ!」

「主催の悪魔も性別が無い扱いなのか……ところでアレはなんだ?」

「ショベルカーの付喪神!」

「ショベルカーの付喪神!?」

 ……とんでもないパン食い競争が開催されていたが、まあ、見ごたえがあった。とても見ごたえがあった。

 特に、バキュームカーにたまが『かにかにかにかに!』と勢いよく全てのパンを吸い込んでゴールした時には、『よくばり!』『くいしんぼ!』と大いに歓声が上がっていた。かにたまは自慢げであった!

「……わ、わぁ……」

「な、なんか……とんでもないんだろうな、って想像はしてたけど、想像をはるかに上回ってくるわよね、ここの運動会……」

 ミナとビーナスがこの光景に慄く中、バカは『かにたま、またバージョンアップしてる!すげえ!』と目を輝かせていた。

 すごいぞかにたま!

 

 ……尚、主催の悪魔もショベルカーの付喪神もご近所の豊穣神も、ちゃんとバキュームカーにたまがパンを分けてあげたため、全員、パンを食べられた。よかったね。

 

 

 

 そうして午前の部最後の種目は……クレーン操縦競争である。

 クレーン操縦競争である。

 

 クレーン操縦競争とは、クレーンの操縦技術を競う競技である。

 走者はクレーン車、もしくはクレーン車を操縦できる者に限られる。

 ……競技自体は、クレーン車が走るのではなく、クレーン車のクレーンの先に取り付けた棒をいかに正確に、かつ素早く動かせるかで競う。

 クレーン車の前には、針金で宙に描いたような形状の迷路が置かれている。そして、クレーンの先端に取り付けた金属棒を、その迷路のスタートからゴールまで動かしていくのだ。

 迷路には電流が流れており、クレーンの先端の金属の棒と通電すると、ランプが灯るようになっている。ランプが3回灯ったら失格であるので、この競技には慎重さが求められるのだ!

 ……ということで、クレーン車を操縦できる座天使免許を持つ先輩天使数名と、クレーン車の付喪神数体、そして、クレーンかにたまがこの競技に出場するのだが!

「うおおおおおお!いけええええ!かにたまぁああああ!」

「つぐみ!右だ!右ルートを狙え!」

 ……かにたまも出場しているとあって、天城の声援が、激しい。バカは、『天城のじいさん、こんなにデカい声出すことあるんだなあ!』とちょっとびっくりしている!

 そして、かにたまはその声援に応えるべく、一生懸命かにかにとクレーンを動かしている。かにたまとしてもこの競技は中々難しいらしいが、それでもかなり器用に迷路を攻略していくのは、正に神業……否、蟹業である。

 ……そうして、かにたまは静かにゴールした。

 一瞬遅れて、クレーン車の付喪神が1人、ゴール。その直後、天使が1人ゴール。

 ……つまり。

「かにたま、1位だぁああああ!やったぁああああ!」

「つぐみー!おめでとう!」

 かにたまが優勝!かにたまが優勝である!バカは天城と手を取り合って喜んだ!かにたまは、『かにかに』とクレーンを小さく揺らして声援に応えてくれた!おめでとう!ありがとう!

 

 

 

 ……こうして、午前の部一番の盛り上がりを見せたクレーン車競争も終わり、お昼休みである。

「わぁああああい!すげええええ!」

 そんな昼休み、バカの歓声が上がっている。それもそのはず……バカ達の目の前には、お重に詰められた数々の美味しそうな料理が並んでいるのだ!

「皆さん、沢山食べてくださいね!あっ、でも、午後の部に支障が出ない程度に!」

 ミナがにこにこしながらお重を広げていく。からあげ、ハンバーグ、ミートボール、卵焼き、タコさんウィンナーに蟹さんウィンナー……色々なおかずがあるが、それら全てが美味しそうなのだ!

「すごいわね。これ全部ミナが作ったの?」

「先輩と一部、おかずシェアしています!からあげは先輩のです!ミートボールとピクルスは双子の乙女さん!ミニグラタンは牡牛の悪魔さん!とんかつは主催の悪魔さんですよ!」

「悪魔率が高いなあ……。どれ、早速頂いてもいいかな?」

「どうぞ!あっ、土屋さん!ハンバーグは中にチーズが入っていますのでお気をつけて!」

 ……真っ先におかずをつまみ始めた土屋に続いて、皆が重箱をつつき、それぞれおかずを手に入れていく。バカもたくさん貰った。ミナと食堂の面々が作ってくれたお弁当は、素晴らしく美味しかった。バカは幸せいっぱいである!

「ところで、サンドイッチはビーナスさんの作ですよ」

「えっ!?そうなのか!?」

「ええ。ま、簡単なものだし……翔也。何よその顔」

「いや……別に……」

 ……尚、ビーナスが作ったものも入っていたらしい。ヒバナが、さっきまで無造作に食べていたサンドイッチを、いきなりちまちまと、大事に大事に食べ始めたのを見て、バカは『味わって食べるのって大事だよなあ!』とにこにこしている。

「こっちのカップケーキはたまさんのです!」

「へえ。つぐみ、作ったんだ」

「うん。久しぶりに。やっぱりものを作るのって楽しいよね」

 また、たま作だというカップケーキは、早速、陽の手によって、ひょい、と1つ攫われていった。

 ……陽はカップケーキを食べて、『うん、美味しい』とにこにこ顔である。たまもにこにこ嬉しそうなので、バカも嬉しくなってきた!

 

「皆で食べるご飯って、いいよなあ……」

 そうして重箱が大分片付いてきたところで、バカは幸せいっぱいにそう呟いた。おなかいっぱい、しあわせいっぱいである。

「1人で食べると、さびしいもんなあ。寒いし、つべたいし……」

「……そうだな」

 バカはなんとなく呟いただけなのだが、海斗が隣でそう頷いてくれたのでバカは我に返る。

「まあ、1人の食事も、そう悪いことばかりではないが」

 海斗も1人でご飯を食べた経験があるのだろう。家でか、或いは学校でかは分からないが……海斗はそんな1人ご飯を、まあ悪くないな、と思える奴なのだ。ちょっとかっこいいなあ、とバカは思う。

「……でも、まあ、こういう風に大人数での食事も、悪くないな」

 ……が、そんな海斗も、皆でのご飯を楽しんでくれている!

 バカはそれが嬉しくて、にこにこしながら背中で羽をぱたぱたさせるのだった!うれしい!

 

 

 

 さて。

 そうして食事を終え、休憩時間が終わったら……いよいよ、午後の部である。

「うおおおおおおお!海斗ぉおおお!がんばれぇええええ!」

「うるさいぞ樺島ぁあああ!」

 ……午後の部最初の種目には、皆がいっぱい出る!なんと、海斗とヒバナとミナと天城が出場するのである!

 バカは、土屋とビーナス、それに陽とたまと一緒に、『がんばれー!』とやっているところであった!

 こちらもまた、『男子』『女子』『それ以外』の3部構成だが、かにたまはこれには参加しないので、『それ以外』はバカの馴染みのつるはしの妖精さんを応援しようと思っている!

「それにしても……大規模だね、借り物競争」

 ……そう!午後一番の種目は、『借り物競争』。キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部の皆が楽しみにしている、借り物競争なのだ!

 

 

 

 最初に、ミナが走る。『位置について!よーい!』で緊張しながらも構えたミナは、ピストルの音と共に走り出した。

 わたわた、と走るミナは、全力疾走する双子の乙女の片方に抜かされたり、営業のおねーちゃんに抜かされたりしつつ、事務のおばちゃん達といい勝負でお題の箱に到着した。

 そこでお題の紙を引いたミナは……ぱっ、とこちらを見て、頑張って走ってくる。

「んっ!?なんかミナ、こっち来るぞ!?」

「な、何かしら。麦茶とかコップとかレジャーシートとかがお題だったのかしら」

「重箱とか割りばしとかか?うーむ……」

 皆で中腰になっておろおろしているところへ、ミナは頑張ってとたとたと走ってきて……。

「ビーナスさん!ビーナスさぁあん!来てぇえ!」

「私!?わ、分かった!」

 ビーナスがミナに呼ばれて、慌てて走っていく。ビーナスの方がミナよりも足が速い。長い脚を動かし颯爽と走るビーナスはすぐミナの元へ到達し、そして、一緒にお題確認役の親方のところへ向かっていく。

 ……そして。

「お題、確認!」

「はい!お題は『なかよし』です!」

「よし、お前ら仲良しだな!合格だ!通れ!」

「はぁい!」

 親方のチェックを受けたミナは、ビーナスと手を繋いでそのままゴールへととたとた走っていく。

 

「……ビーナス、嬉しそうだなあ」

「そりゃあなあ。『なかよし』だからな。嬉しいだろうとも」

「よかったなあ、ビーナス」

 バカは土屋と一緒ににこにことその様子を見守った。ミナがビーナスと一緒にゴールテープを切ったところで、盛大に拍手した!えらい!とてもえらい!

 

 

 

 ミナの次は、ヒバナの番であった。

 ヒバナは少し緊張した様子であった。バカは『がんばれ、がんばれ』と心の中で応援した。……あんまりうるさくすると『うるせえ!』と怒られそうな気がしたので。

 そして、ピストルの合図と共にヒバナが走り出す。……結構、速い!バカは嬉しくなって、また心の中で『がんばれ!がんばれ!』と応援した。

 ……そして、ヒバナはお題の箱からお題を取り出して、それを見て……それから。

「……何を引いたんだろうなあ」

「……なんか、すごい顔してるよね」

「なんだろうな……全然想像がつかない」

 土屋とたまと陽が、ひそひそと囁き交わす。それだけ、ヒバナの表情はすごかった。なんか、すごかった。バカは『なんかとんでもないの引いちゃったんだな!?』と理解し、あわわわわ、と慌てた。

 が、ヒバナがとんでもない形相であったのはほんの1秒程度のこと。ヒバナはすぐさま走り出し……そして、ゴールテープ付近で待機していた、ミナとビーナスへと向かう。

 そして。

「2人とも連れてくのか!?ヒバナ、どうしちゃったんだ!?」

「何がお題だったんだろうね」

「『両手に花』とかかなあ」

 なんと、ヒバナはミナとビーナス、2人の手を掴んで、そのまま走り出したのであった!

 

 とはいえ、この3人で走ると、ミナがちょっと遅い。とたとた、というミナのスピードに合わせて走っていたヒバナとビーナスだったが……。

「おお……ヒバナも樺島君のようなことをするんだなあ」

「手慣れてるね」

「流石、元ヤクザだね」

 ヒバナは、途中でミナをひょいと担ぎ上げてしまった。ミナが『ひゃあああああ!?』とびっくりしていたが、そんなミナをビーナスが支えつつ、ヒバナとビーナス、そして担ぎ上げられたミナはスピードを上げて、親方の元へと走っていく。

「お題、確認!」

「っす」

 ヒバナは親方にお題の紙を渡す。尚、ミナは一旦地面に下ろしてもらえた。

 そして。

「よし、『恩人』!確認ヨシ!通れ!」

「……っす」

 ……ヒバナは親方に、ぺこ、と……否、ぺ、くらいのお辞儀をすると、ミナとビーナスと共に、ゴールに向かって走っていったのだった!

 

 

 

 バカはにこにこである。ヒバナはビーナスとミナのことを『恩人』だと思っているらしい!それがなんだか嬉しいのだ!

 更に、土屋もにこにこである。『よかったなあ』と呟きながら、嬉しそうにヒバナ達を見守っていた。

 ……ヒバナとミナとビーナスは、3人纏まってゴールテープの向こうの待機所にいる。何か話している様子だ。ビーナスが何か揶揄って、ヒバナがちょっと怒って、ミナがくすくす笑う。そんなかんじである。

「あ、樺島君。そろそろ海斗が走るみたいだよ」

「えっ!?あっぶね!見逃すところだった!」

 まあ、ヒバナ達ばかり見てはいられない。バカは慌てて、スタートラインの方を見る。

 ……そこでは、海斗が緊張した面持ちでお題箱を見据えていた。

 

 ピストルの音と共に海斗が走っていく。頑張っている。バカは『がんばれー!がんばれー!』と心の中で応援した。

 海斗は天使達に後れを取りながらも走って、お題を引いて……そして、バカの方を、見た。

「樺島ぁあああああ!」

 ……海斗は、バカを呼んだ!

 

「はぁあああああい!」

 なのでバカは元気にお返事しながら、海斗に向かって飛んでいく!呼ばれたのだから飛んでいくしかないのだ!

「樺島!僕を連れてそのまま親方の所へ向かえ!」

「分かったぁあああ!」

 そして、海斗の命を受けてバカは海斗をひょいと抱えた。そのまま、どどどどどどど、と親方に向けて走っていく。

「お題、確認!」

「はい。『身長185㎝以上の生き物』です」

「……おう!樺島はでけえからな!確認、ヨシ!通れ!」

「ありがとうございます。……樺島!ゴールへ向かえ!」

「分かったぁあ!」

 ……そして、バカはまた、海斗を抱えたままゴールテープに向かって、どどどどどどどど、と走る。

 他の天使達も、親方のチェックを受けて走ってくるところだった。だが、バカは負けられない。海斗が……周りに、もっと近いところにだっていくらでも居た『身長185cm以上の生き物』の中からバカを選んでくれたのだから、バカは負けられないのである!

 ……そうして、バカはゴールテープを一等賞でぶっちぎったのだった!

 

 

 

「海斗ぉ!海斗ぉ!呼んでくれてありがとな!」

「お前なら呼んだら来るだろうと思ったから……その、僕が走って探しに行くよりも早いだろうと思ったからな」

 海斗はそう言って、満足そうに笑った。バカも役に立ててうれしいのでにこにこである。

 2人揃ってゴールテープ向こうの待機所へ向かうと、ミナとビーナスとヒバナが楽しげにこちらを見ていた。

「へえ。海斗はバカ君を呼んだのね」

「ああ。戦略勝ちできた」

「樺島さん、速かったです!すごいです!」

 バカは褒められてとても嬉しい。鼻高々、というやつである。あまりに嬉しいので、ちょっと浮いてしまった!

 ……だが、浮いてばかりもいられない。

「……あの爺さん、走るのか?」

 ヒバナの声に、バカは我に返る。

 ……そう。

 今、スタートラインには天城が立っているのである!

 

 

 

 ということで、バカは海斗とミナとビーナスとヒバナと共に、固唾を飲んで天城を見守った。

 天城は高齢ではあるが、まだまだ壮健である。何せ、デスゲームに参加して生き残れる爺さんなのだ!というか、元が陽なのだから、当然、足は速いはずなのだ!

 ……ということで、特に緊張した様子もなく、しれっ、とスタートラインに居る天城を見守り、そして、『いちについて!よーい!どん!』を見守り……天城が中々の速度で走り出して、バカ達は歓声を上げた。

「天城の爺さん、速いな!」

「あの齢であの速さ、すごいんじゃない!?」

「速いです!私よりも速いです!」

 きゃー、とビーナスとミナが歓声を上げる一方、ヒバナと海斗は『ジジイの癖にはええ』『フォームが美しい』と、少々慄いている。バカはただ、『がんばれ!がんばれ!』と静かに応援している。

 天城は流石に天使達には置いていかれつつも、お題の箱からお題を引き……そして。

 

「つぐみぃいいいいいい!」

 ……叫んだのだった!

 

 

 

 バカは驚いた。目ン玉が飛び出るくらい驚いた!

『天城の爺さんって、叫ぶのか!』と、ものすごく驚いたのである!

 そしてこれは、バカだけではない。会場の全員が同様に驚いていた。『天城さん、叫ぶの!?』と。

 このキューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部に来てからの天城は、穏やかで、理知的な、そんな老人だったのだ。その天城が、走り、叫んでいる!なんと驚きの光景であろうか!

 そして、驚きは終わらない。

 天城が叫んだ直後……ふっ、と空から光が差す。

 ……なんと。

「空に……!」

 

 空に、UFOかにたま……通称、かにふぉーが、やってきていたのである!

 

 

 

 ……そうして、天城はお題であった『大好きなもの』を無事にクリアし、かにふぉーと共にゴールした。

 おかげで待機所が大変賑やかである。かにふぉーは『かにかにかに……』と音を立てつつ、空中でふわふわしているのだが、天城に呼ばれたのが嬉しかったのか、ぴかぴかと光を投げかけてきており、それが大変に賑やかなのである。

「天城の爺さん、叫ぶんだなあ……」

「まあ、こういう時は楽しむに限る。だろう?」

「うん!俺もそう思う!」

 天城は楽しそうに、かにふぉーに手を伸ばして撫でていた。かにふぉーは、『かに、かに』と嬉しそうに揺れていた。

 ……ところで、かにふぉーは蟹らしく、ちゃんと脚が生えている。が、浮いているので脚はあまり関係がないのであった!

 

 

 

 それからも競技は続き、綱引きでは『綱を先に引き千切った白組の勝ち!』となり、たま入れでは『かにたまをゴールに入れた紅組の勝ち!』となり、木星さん投げでは親方が記録2000mを達成して喝采を浴びた。

 

 ……そして、最後の種目がやってくる。

「……行ってくる!」

「ああ、行ってこい。練習の成果を発揮しろ!」

 バカは、海斗に見送られて勇ましく飛び立った。飛び立ったバカに、他の皆からも声援が送られる。

 ……バカが向かう先。それは、『錘を抱えて行く!ハーフマラソン!(飛行の部)』である。

 

 

 

 バカは、今日この日のために練習を重ねてきた。

 海斗を抱えて空を飛び、タイヤを抱えて空を飛び、そこらへんの木星さんを抱えて空を飛び、また海斗を抱えて空を飛び、空を飛び、空を飛んできた。

 海斗を散々付き合わせた以上、成果を出さねばなるまい。バカは緊張の面持ちでスタートラインに立つ。

 配られた錘は、50㎏。海斗よりちょっとだけ軽いが、海斗を抱えた時よりもずしりと重く感じられた。

 ……それは、圧し掛かるプレッシャーの重さかもしれない。

「樺島!可愛い後輩とはいえ、手加減はしない!互いに健闘しよう!」

「うん……先輩、俺、頑張るよ!」

 樺島の横に並ぶのは、食堂でいつも美味しいごはんを作ってくれている先輩だ。彼は、バカが海斗を抱えて練習していたのと同じように、ミナを抱えて練習していたのである!

 ……先輩は先輩だが、負けたくない。

 バカは、力強く前を向く。……負けたくない。だからバカは、頑張るしかないのだ!

 

 緊張するバカの耳に、『位置について!』の声が聞こえる。

 バカはスタートラインで飛行の構えを取る。『よーい!』の声に、姿勢をより一層低くし……。

 そして、ピストルの音と同時、バカは勢いよく大地を蹴り、空へと飛び立ったのだった!

 

 

 

 わっ、と歓声が上がる中、バカは空を飛ぶ。

 抱えた錘は50㎏。普段、キューティーラブリーエンジェル建設で使っている生コンの袋2つ分だ。この程度は、何の障害にもならない。バカは500㎏ぐらいまでなら、抱えたままてけてけ走ることだってできるのだから。

 ……だが、それを抱えたまま20㎞の距離を飛ぶとなると、また勝手が違う。

 空を飛ぶとなると、バランスを崩さないように気をつける必要がある。バカはまだ、羽をもらいたてほやほやの天使だ。先輩達のようにアクロバット飛行できる余裕は無いし、そもそも、長距離を飛ぶことすら、まだまだ苦手だ。

 そこに50㎏の錘が加わるとなると、バランスを崩しがちになるし、空でバランスを崩すと、上手く飛べないどころか地上へ墜落する危険すらあるのである。

 バカは多少の高さから落ちたって死にはしないが、競技では失格になってしまう。だからこそ、バカは今日までに練習を積み重ねてきたのだ!

 

 ばさり、と翼で空気を打って、勢いよく加速する。

 バカの大きな翼は、先輩の羽よりもさらに大きい。白くてふわふわでちょっとかわいいのがコンプレックスではあるが……まあ、翼が大きいのはよいことだ。速度が出る!

 一方、先輩の羽は、バカよりも幾分小さい。実った小麦畑のような、夕焼雲のような、そんな黄金色をしていて、形はしゅっとしていて格好いい!ふわふわしているというよりはすべすべしているタイプの羽である。小回りが利くのがかっこいい、とバカは思っている。

 ……そんな先輩は今、バカよりも前を飛んでいる。

 加速はバカの方が速いのだが、飛ぶ時のフォームや風の読み方は、圧倒的に先輩に理があるのである!

 すいすいと空を進んでいく先輩を追いかけて、バカは翼を動かす。だって、負けたくないのだ。

 海斗と一緒にたくさん練習したことを、バカは忘れない。高所恐怖症なのに練習に付き合ってくれた海斗のためにも、バカは負けるわけにはいかないのである!

 だからバカは、必死に先輩の後についていった。

 ……バカの翼の大きさの他、バカ自身の素質でもう1つ、先輩に勝てるかもしれない部分を知っているから。

 バカはバカだが、自分の強みを知っているバカだから。

 

 ハーフマラソン(飛行の部)なので、飛行距離は約21㎞。その距離を飛び続けるには、加速以外の能力も必要になる。

 それはすなわち……持久力である。

 

 

 

 バカは汗を流しながらも、必死に翼を動かし、突き進む。

 前を行く先輩も、そろそろ疲労がたまってきた頃だろう。すこしばかり、ペースダウンしているように見える。

 特に、ここから先は気流が乱れる地点。ここを抜けるのは、まるで上り坂を走るかのようなものだ。バカの翼にも、重く重く、空気が圧し掛かるようである。

 だがバカは、己の筋肉に鞭打って飛び続ける。羽で力強く空気を打って、ペースを落とさず進み続ける。

 疲労は間違いなくバカの体を蝕んでいた。だが、それでもバカは、進み続ける。

 先輩の疲れはどの程度だろうか。それは分からない。分からないが、分からないからこそ、バカは進み続ける。

 ……バカにあるのは、根性だ。

 何度でもやり直す力。ずっとずっと続ける力。諦めない力。それが、バカの一番の強みなのである!

 

 そうして飛び続けていくと、ふと、先輩が近づいているような気がした。

 先輩がペースダウンしているのだ。そしてバカは、ずっと同じペースで飛び続けている。

 ……バカはまた、情熱を胸に燃やして、翼を動かす。

 

 ……そのまま、どれくらい飛んだだろうか。今、何㎞地点だろうか。折り返しはしたが、それからどれくらい飛んだのか、バカにはもう分からない。

 バカはバカなので、『何分くらい飛んだら何mくらい進んでいるはず』というようなことも分からない。よって、今、どこらへんなのかもよく分かっていない!

 だが……バカの耳には、微かに歓声が聞こえてきていた。

 ゴールが近いのだ。バカは、それに気づいた。

 

「うおおおおおおおおお!」

 気づいた瞬間、バカは最後の力を振り絞って翼を大きく動かした。

 ばさり、と羽音を響かせれば、先輩が振り返る。今や、先輩との距離はほとんど無い。そしてバカは、その最後の距離を、一気に詰めに行く!

 先輩はそれに気づいて、慌てて翼を動かす。だが、火事場の馬鹿力というものがある。そして、よりバカなのはバカの方なので、馬鹿力が出るのもバカの方なのである!

 バカは今や、何も考えていなかった。

 普段から碌に何も考えていないが、普段よりも更に何も考えていなかった。

 無だ。

 無が、バカを支配している。

 耳に聞こえるはずの歓声すら静寂の彼方へ置き去りにして、バカはただ、飛んだ。

 見開いた眼に映るものは、ただ、ゴールテープだけだった。

 

 

 

 すべべべべべ!と、バカはグラウンドにヘッドスライディングを決めた。

 ……ゴールテープに突っ込んで、そのまま勢い余って地面に突っ込んだのである!

 そのまま、バカはしばらく地面にぶっ倒れていた。ぶっ倒れていたという自覚もほぼ無い。何故ならば、限界を超えたバカの意識は朦朧としていたからである!

 ……だが、そんなバカの横に、ふわり、と先輩が着陸した。そして、先輩がバカを、つんつん、とつつくと、流石のバカも意識を取り戻す。

「樺島……お前、やったなあ」

「へ……?」

 何のことだかよく分からないままにバカが顔を上げると、そこには、ちょっと悔しそうで、とっても嬉しそうな先輩の顔があった。

「お前、俺に勝ったんだぞ!」

 

「……勝ったの?」

「ああ、そうだ」

「俺、勝ったの……?」

「ああ。見事な飛びっぷりだった」

 先輩の言葉を聞いて、すぐには呑み込めなくて、バカはきょとん、としていた。

 だが、そんな樺島を見て、先輩は笑って、言ってくれるのだ。

「よく頑張ったな、樺島ぁ!」

 

 

 

「やったよぉおお!俺、やったよせんぱぁあああい!」

「よくやった!悔しいが、同時に誇らしいぞ!樺島ぁああああ!」

 バカは先輩と、ひし!と抱き合った。そのまま疲れ切っていたはずの翼をばたばたさせて、バカは喜びを表現した。

 それから、わっ、と歓声が聞こえてきて、他の先輩天使達が次々に飛んできてバカ達を取り囲んだ。

 バカは嬉しくて、嬉しくて、疲れ切っていたはずなのにバタバタしながら喜んだ。先輩達は『わーっしょい!わーっしょい!』とバカを胴上げしてくれた。

 そしてバカが胴上げから降ろされた時、近くにはミナとビーナスと陽とたま、そしてちょっと離れて海斗とヒバナが集まっていて、バカに『おめでとう!』と祝福の言葉を投げかけてくれる。

 ……バカは、ちょっと離れたところに居た海斗に、満面の笑みを向けた。『練習した甲斐があったぞ!』という気持ちを込めて。

 すると、海斗もまた、出会った時には考えられなかったくらいに明るい笑顔を返してくれた。バカは、とても嬉しくなった!

 そんなバカ達を、かにふぉーが上空から『かにかにかに……』と照らしていた。会場は歓声に包まれながら、只々、和やかであった。

 

 

 

 ……そうして、得点集計が行われ、今年の運動会は紅組の勝利となった!

 そう。紅組の勝利である。バカは白組だったので、『そんなああ!』という気持ちであるが仕方がない。皆、健闘した。実に僅差だったのだ。だからまあ、仕方がないのだ!

 それに、バカとしては、悲しかったり悔しかったりするよりも、『楽しかったなあ』という思いが強い。

 ……本当に、楽しかった。こんなに楽しい運動会は、初めてだった!

「また来年も楽しみだなあ」

「来年も木星さんは飛ばされるのか……?あの競技はどうなんだ……?」

「でも、木星さんも参加できた方が寂しくないだろうし……」

「それマジで言ってんのか……?」

 ……まあ、色々と天界仕様ではあるが、それでもやっぱり楽しい運動会だった。

 バカは、『また来年も皆で運動会やりたいなあ』とにこにこしながら、ご機嫌で歌う。

 歌うのはもちろん、社歌である。開会式でも閉会式でも合唱した大好きな社歌を、バカはふんふん歌いながら寮へと帰るのだ。そしてシャワーを浴びて、さっさと寝ちゃうのだ。

 ……そうすれば、今日の疲れも相まって、きっと、すぐに眠れることだろう。

 そして、楽しい夢を見られるに違いない。何故ならバカは、とても満たされた心地であるので。

 

 

 

 こうして日は沈み、バカは夢の中へと潜っていくのであった。

 ……翌日、ビーナスや天城が事務所で『筋肉痛が……』とぐったりし、現場でヒバナが顔を顰め、ミナが熱を出して社食のバイトを休み、海斗と陽とたまはそれぞれ大学の講義中にうっかり眠り……と、色々大変なことになるのだが、それは今のバカの知るところではない。

 尚、そんな皆をさておき、バカだけは明日も明後日も、ひたすら元気なのであった。

 おお、キューティーラブリーエンジェル建設。ああ、キューティーラブリーエンジェル建設……。

 

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