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元日・国立決戦で広島が刻んだ新たな歴史。“3強”の牙城崩した19年ぶりの戴冠

スポーツジャーナリスト
中嶋淑乃の勝ち越し弾で広島が初の王座に写真:長田洋平/アフロスポーツ

【元日・国立1万6527人。“文化”へ近づく景色】

 元日の国立競技場。スタンドへ向かう足取りは、勝敗の緊張と同じだけ、正月らしい穏やかさもまとっていた。手をつないだ家族連れ、年配の来場者、車いすで来場する人の姿も交じり合い、コンコースを行き交う光景は、女子サッカーが“特別な日”から“日常の文化”へ近づくためのヒントにも見えた。施策としての無料招待なども追い風となり、観客は1万6527人。14年ぶりとなる元日・国立での皇后杯決勝は、サンフレッチェ広島レジーナがINAC神戸レオネッサを2-1で下し、創設5シーズン目で初優勝をつかみ取った。

 今大会は、連覇を狙った浦和、最多優勝の東京NBがともに3回戦で姿を消し、ベスト8のうち半数をなでしこリーグ勢が占めるなど、近年稀に見る波乱が続いた。その混戦を勝ち上がったのが、WEリーグ勢の広島と神戸である。リーグ戦の順位だけを見れば、首位を走る神戸と6位の広島では差がある。しかし直接対決では、昨季12月のリーグカップ決勝から広島が4連勝中。数字では測れない“相性”も、ドラマを生む要素となる。

 神戸は宮本ともみ監督の下で攻守にアグレッシブなサッカーを築き、皇后杯でも盤石の勝ち上がりを見せてきた一方、絶好調だった愛川陽菜が負傷離脱。広島もまた、赤井秀一監督の掲げるアグレッシブな守備とボール保持を軸に攻撃を整備してきたが、キャプテンの左山桃子や攻撃の要の瀧澤千聖、GK木稲瑠那らを欠く苦しい台所事情だった。

【国立を揺らした劇的弾】

 試合は開始数秒、神戸の成宮唯がミドルを放ち、両者の“前に出る”意志がはっきりと刻まれた。序盤は互いにハイプレスで噛み合い、先に主導権を握ったのは神戸だった。三宅史織、太田美月のロングフィードで背後を突き、水野蕗奈が負傷明けを感じさせない走りで起点となった。分厚い攻撃からシュートも生まれ、広島は体を張ってしのいだ。

 ただ、広島は押される時間の中で粘り強く流れを押し戻し、25分を過ぎる頃からハイプレスが機能し始める。起点となったのは左サイドの中嶋淑乃。ドリブルで押し込み、クロスでゴール前へ火種を運ぶ。その圧力が結実したのは31分。左サイドで高い位置をとった渡邊真衣のパスを、小川愛がダイレクトで素早くゴール前に送る。上野真実が囮となり、飛び込んできた李誠雅がゴールネットを揺らした。

李誠雅(写真提供:WEリーグ)
李誠雅(写真提供:WEリーグ)

 広島のリードで迎えた後半は、劇的な一幕から再開する。

 47分、GK大熊茜とDF三宅、そして上野が交錯し、広島がPKを獲得。治療の間を挟んで上野が蹴ったPKは、大熊がストップ。三宅が負傷交代するアクシデントこそあったものの、ビッグセーブで息を吹き返した神戸は66分に追いつく。FKのこぼれ球を、成宮がシュート性のクロスで折り返し、久保田真生がいち早く反応した。どよめきとともに、延長戦を覚悟する空気が国立のスタンドにも広がった。

 しかし、勝負を決めたのは“分かっていても止められない”広島の左サイド。終盤、神戸のゴールキックを跳ね返し、深い位置で背後をとった上野が相手最終ラインを引きつけ、中嶋が走り込む。縦突破を繰り返してきた中嶋のカットインに神戸の守備は追随できず、右足を振り抜くとシュートは大熊の手を弾き、そのままネットを揺らした。アディショナルタイムの劇的勝ち越し弾。「体力的にも延長がきつかったので、ワンチャンス狙っていました」と語った中嶋の渾身の一撃で、広島が2-1で皇后杯初戴冠を決めた。

【ブレない共通認識が生んだ初戴冠】

 勝因は、押し込まれる時間帯を含めて、やるべきことを“ぶらさずに出し切れた”点に尽きる。赤井監督はこう振り返る。

赤井秀一監督(写真提供:WEリーグ)
赤井秀一監督(写真提供:WEリーグ)

「自分たちがやり続けている、やっていることをしっかりゲームでも出そうと、選手が必死に体現してくれました」

 左山の不在でキャプテンマークを巻いた小川も、その点を強調した。

「苦しい試合展開になると思ってましたけど、“自分たちの良さや強みをどう出せるか”をずっと考えながらサッカーをしていた。前半の入りは少し固くなった部分もありましたけど、良さを少しずつ出せるようになって、自分たちのチャンスやペースで戦えました」

小川愛(写真提供:WEリーグ)
小川愛(写真提供:WEリーグ)

 直接対決4連勝中という相性の良さ、そこで育ったメンタルの優位性も確かにあっただろう。それでも広島が強かったのは、プレスのスイッチが入った瞬間にゲームの主導権を奪い返し、強みである左サイドの形を、最後まで貫いたことだ。これまで直接対決で神戸キラーとして活躍してきた上野は再三の決定機を逸すなど不調気味だったが、最後は決勝弾をお膳立て。中嶋は攻撃の起点であり続け、最後は自ら終止符を打った。

 もう一つ、広島の“カップ戦の強さ”を支えたのは、苦しい時期を経た守備の共通認識だ。リーグ戦では波があり、下位相手に取りこぼす試合もあった。ディフェンスリーダーの市瀬千里は、離脱者が続いた前半戦の葛藤を抱えながらも、自分のプレーを貫いたという。

「試合のたびにサイドバックが変わって、センターバックが変わってボランチが変わって…いろんな葛藤もあり、悩んだこともありました。でも自分のプレーはぶらさず持つことを大切にしていました」

 守備の再構築を促す転機となったのは、12月20日のリーグ戦・ノジマステラ神奈川相模原戦での3-0の完敗。ラインが下がり、ボランチとの距離が広がってしまうという課題を克服すべく、映像を見ながら最終ラインの基準をすり合わせ、どこまで押し上げるかを明確に共有したという。

「1枚目がはがされたら誰も行けない、センターバックが強く出られない、距離が離れてしまうとか、いろんな反省点を改善したことが試合で出せました」

 そして、得点後も失点後も全員を集めて状況を共有し、試合の波を小さくする——その積み重ねが、最後の一撃を呼び込んだ。

市瀬千里(写真提供:WEリーグ)
市瀬千里(写真提供:WEリーグ)

【「詰めの甘さ」出し切れなかった強み】

 一方の神戸に残ったのは、悔しさと“越えられない壁”の手触りだ。宮本監督は「最後の詰めの甘さは(監督である)自分自身の甘さ」と、敗戦を自責として受け止めた上で、前半立ち上がりの心理面にも触れた。

「前半は自分たちを信じられないような、自信のなさが気になっていて。後半はしっかりスイッチを入れられたところでの(三宅が負傷交代の)アクシデントでした」

 広島に一年間勝てていない現実について問われると、こう言葉を続けた。

「選手たちが少し構えて受け身になってしまう感じは、この(直近の直接対決)3試合を通して感じていました。相手の良さを出させないというよりは、自分たちの良さを出せない試合が多くて。そこが悔しいです」

 実際、追いついてからの時間帯、神戸は勝ち越しの機運を作り切れなかった。三宅の離脱でビルドアップが不安定になり、最終盤は中嶋のカットインへの対応が後手へ回った。王座奪還へあと一歩届かなかったのは、技術や戦術だけでなく、相手の圧力を受けた時に自分たちの強みを出し切る“確信”の部分だったのかもしれない。リーグ戦ではその良さを存分に発揮してきただけに、ウインターブレイクを挟んで残り2つのタイトル争いへ切り替えたいところだ。

 オフザピッチでも、国立の元日決戦が映し出したものは明確だった。創設5年目の広島が、カップ戦で結果を重ねながらサポーターの力を背に、新たな初タイトルをつかんだ事実。皇后杯で浦和、神戸、東京NBの“3強”以外が皇后杯タイトルを掲げるのは2006年のTASAKIペルーレFC以来19年ぶり。1万6527人が見守った新しい景色は、女子サッカーの未来をつくる新たな一歩になる。

 WEリーグは2月14日に再開し、両者の次の対戦は5月16日の最終節。悔しさを飲み込んだ神戸が、今度こそ“自分たちの良さ”を証明できるのか。新たな自信を身につけた広島がリーグ戦でも3強の牙城を崩しにかかるのか。元日の国立で生まれた物語は、2026年の後半戦へそのまま引き継がれていく。

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スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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