映画『影武者』(1980)

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クロサワの『影武者』(1980)
には私の学生時代の先輩が映
っている。
エキストラに応募したら採用
され、撮影時には徒歩の役だ
が、「おい、そこの髭。隊列の
一番前に出ろ」と言われて徒
歩の梯団の一番前の右端に移
動して撮影された。
撮影は1979年の秋だ。
映画作品の最後の合戦のシー
ン。
隊列で行進しているところの
遠景と、激戦後に死ぬところ
がややアップの一人カットで
映っている。カメラがパンし
た時に左腕を地面に落とす演
技もしていた。













ワイルド7のヘボピーによく
似ていたので、大学以前の昔
は同級生たちから「ヘボプー」
と呼ばれていたらしい。
高校は某県トップの進学校出
身だった。
映画では長槍の持ち方が他の
エキストラと違うのが映り込
んでいる。これは塚での鉄パ
イプ長槍の持ち方だ(笑
長い鉄パイプで先は斜めに
カットされている。それで
紺兜のバイザーの横の基部
を叩いてからシールドを飛
ばして顔面を突くのだ。重
いパイプなので腰あたりで
はなく肩に引き寄せて胸の
あたりで保持するのである。
瓶などはさらに高く肩に近
い位置で保持して移動、疾
駆する。片手に鉄槍、片手
に瓶だ。両方ともほぼ同じ
高さで保持して合戦場を走
り抜けるのだ。
先輩はその癖が合戦シーンで
槍の持ち方で出てしまってい
る。他のエキストラとは違い、
むしろ「実戦的」な長物得物
の保持方法として。
高さだけでなく、肘を曲げて
引き寄せて長い得物は持たな
いと、距離のある歩行移動、
疾駆は不可能なのである。
なお、サブロクほどの短い得
物の場合は肩に担いで疾駆す
る。そして乱戦の白兵戦では、
絶対に横方向に振り被っては
ならない。味方を傷つけるか
らだ。長物では長槍と手さば
きのよい打刀寸法の長さの得
物の二種類の保持方法、さば
き方が白兵戦の場合にはある
のである。無論、戦闘訓練無
しの実戦参加は無い。戦闘者
の日々の鍛錬と訓練は必須だ。

先輩は2006年に病で没した。
死ぬ間際まで「バイク乗り
てぇ~」と言っていた。
重病を患ったが、それは奇跡
的に大手術で回復した。
だが、別な病気でポコンと病
院で突発的に亡くなってしま
った。実は病院という所は怖
い危険な場所なのかも知れな
い。
学生時代に一番仲が良かった。
私を組織にオルグした人間だ。
私の生涯の中で一番影響を受
けた人だった。
だが、79年の夏に一時期運動
を離れた。そして黒澤明作品
のエキストラに応募したのだ
った。
のちに戦線に復帰するが、そ
の時期にご家族にいろいろな
事があり、また身体を壊した
事もあって運動からは次第に
遠ざかったが、日和っての脱
落や逃亡ではない。
本当は映画を作りたい人だっ
た。
学卒後はテレビ番組を制作す
る仕事をDとしてやっていた。
学生時代、二人でネタでタミ
ヤの1/35戦争プラモを魔改造
して「学生運動シリーズ」と
いうのを製作した。
組織から「趣味的である」と
して懲罰ものの批判を受けな
がらも作り続けた。
改心の出来だった。
後年、後輩がそれを観て、企
画を立てて「昭和シリーズ」
としてタミヤや他の会社に企
画提案をしようとして、人形
のみ私から何体も借り受けて
行った。
企画は通らなかったようだが、
その後、プラモ会社各社から
昭和レトロ懐かしシリーズが
発売された。もしかすると後
輩の企画案が陰で借用された
のかもしれない。
その後輩も昨年5月に病で亡
くなった。
年末近くに、奥様から私あて
に「長らくお預かりしていた
と主人から聞いておりました」
と手紙が添えられて人形が送
られて来た。
私と先輩が二人で作ったその
超リアル学生運動の各セクト
突撃隊の人形は、奇しくも、
映画『影武者』に出たその先
輩とバイク乗りの後輩の二人
の形見となってしまった。
次は私の番だ。

オプティミズムに生きている
つもりだが、私の事なので、
案外シニカルな死に方をする
のだろう。

余談だが、黒澤明は私の高校
の先輩だ。