それでも俺はなんとかがんばって、編集部員と連絡をとった。テレホンカードを使って一日一度電話することが許されていた。
入院する際は、編集部員に付き添ってもらった。そしてその編集部員の口利きで退院する手はずになっていた。
その編集部員から
「いや、すいません。なんか村田さんを退院させられなくなっちゃいました。ダメなんですって。がんばって自力で退院してください」
と言われた。
ベゲタミンが効いている脳みそでも
「コレハヤバイジョウキョウダ……」
と気づいた。
医者に告白して、出してもらおうと思った。
だが、
「実は俺は潜入で入ったのであって、本当は頭がおかしいわけではない」
と言っても、それはただの妄想だとしかとらえてもらえなかった。そりゃそうだろう。それで出られるなら、誰だってすぐに出られる。
「この病院には20年、30年いる人がざらだからね。ここはそういう所」
という看護師の言葉が何度も頭の中で再生される。
そしてしばらくの間、病院で過ごした。
毎日あっという間に一日が終わっていった。
段々、自分はベッドの上にいるのが当たり前だと感じるようになってきた。
そんなある日、玄関の方から騒がしい音が聞こえた。騒ぐ人はたくさんいるのだが、ちょっと様子が違った。
「やめてください!!」
「手続きしてください!!」
などと、いう声が聞こえる。
どうやら無断で施設内に入った人がいたようだった。
「帰るぞ」
という声が聞こえて見ると、俺の父親がいた。父親は昭和らしい強引な性格なので、医者や看護師を押しのけながら無理やり入ってきたらしい。周りの言うことは耳を貸さず、俺を起こして外へ連れ出した。
連れ去られる時に、
「この病院には20年、30年いる人がざらだからね。ここはそういう所」
と言っていた看護師が俺のそばに来て、
「あなたみたいな人は社会でやってくのは無理。ここを出た後も精神病院を受診するのよ」
と言われた。
俺の脳にはまだベゲタミンが残っていて、
「はい、そうします……。」
と心の底から答えた。
父の車に乗って移動する。
どうせなら都内まで乗せてほしかったが、病院近くの駅でおろされた。
「自分でケツふけんようなことはするなよ」
と言って、俺の胸のポケットに一万円札を入れた。入院する際に、俺の持ち物は全部病院に預けたので一文無しだったのだ。
だが、まだ薬は切れておらず、駅のベンチに座って呆けたように座った。
太陽がゆっくりと沈んでいくのが分かった。
一旦精神病院に入ってしまうと
「自分が正常である」
というのを証明するのは、とても難しいと分かった。看護師の
「あなたみたいな人は社会では無理。もう一回いつか精神病院を受信するのよ」
という言葉は、悪意のない言葉だったのだろう。俺の隣のベッドのおじさんも、本当に家族にはめられて入院させられたのかもしれない。
正常なのに、強烈な催眠鎮静薬を打たれて何もできないまま一生を終えた人も今まで何人もいたかもしれない。
何日ぶりかにベゲタミンが脳内になくなり、俺は強烈に恐ろしさを感じてきた。