看護師たちの勇気の告発がついに国を動かした ホスピス住宅と精神科の訪問看護、国が全国一斉に不正調査へ

ホスピス型住宅の不正・過剰な診療報酬の請求について証言する看護師=2024年3月、大阪市

 看護師らが患者の元を訪ねて医療的なケアをする訪問看護。病気や障害がある人たちの生活を支える上で必要不可欠なサービスだ。ところが近年、利益を上げる目的で、必要ないのに訪問回数を増やしたり、うその記録で公的な報酬を請求したりする事業者が次々と現れるようになった。「こんなのおかしい」。勤務先に「身バレ」するかもしれない不安を抱えながら、勇気を持って内部告発する看護師たちがいた。その情報提供を受け、不正の実態を報道し始めてから2年近く。ついに国が動いた。(共同通信=市川亨)

西日本にある有料老人ホーム「医心館」の一つ=8月

▽一時は時価総額3千億円に

 「やっと、ですか」
 ホスピス型の有料老人ホーム「医心館」で昨年まで働いていた看護師の柳和美さん(仮名)は、待ちくたびれたように話した。
 柳さんは医心館に早く行政の調査が入ってほしいとずっと思っていた。共同通信は昨年12月、「厚生労働省が医心館を含め、今年1~2月に訪問看護ステーションの全国一斉調査に乗り出す」と報道。柳さんはこのニュースを聞き「厳しい処分を受けて、会社が改善されることを望みます」と話した。
 「医心館」とはどういう老人ホームなのか。末期がんや難病の人を対象に看取りまで行うホームで、入居者向けの訪問看護と訪問介護のステーションを併設した形になっている。
 運営元は「アンビスホールディングス」(東京)という、ここ数年で急成長した会社だ。ホームは全国に約130カ所あり、定員数は約6900人。東証プライム上場で、一時は株価の時価総額が約3千億円に達し、医療・介護業界で注目を浴びた。

▽入居者1人で月100万円以上の収入
 こうした老人ホームは「ホスピス型住宅」と呼ばれ、医心館が最大手だが、各地でさまざまな事業者の参入が相次いでいる。高齢化に伴い「多死社会」を迎えていることや、病院から早期退院を促す国の政策により、退院後の受け皿が求められていることが背景にある。
 しかし、末期がんなどの場合、高い診療報酬が得られることに目を付け、不正・過剰に報酬を得る手法がビジネスモデルと化して広がってしまった。具体的には、次のような方法だ。
 (1)必要ない人にまで「1日3回」や「複数人での訪問」「早朝・夜間・深夜の訪問」を設定
 (2)原則30分間は訪問しなければいけないのに、数秒~数分の訪問でも30分いたことにして、報酬を請求
 (3)看護師1人の場合でも複数人で訪問したことにしたり、早朝・夜間に行ったという虚偽の記録を作ったりして、加算報酬を請求
 こうすることで、運営会社は入居者1人当たり月80万~90万円の診療報酬を得ることができる。訪問介護も提供するので、介護報酬も加えると百数十万円になる。

▽「いつ動いてくれるのか」
 柳さんが働いていた医心館でも、こうした不正・過剰請求が行われていたという。医心館を巡っては、柳さんだけでなく約20人の現職・元職の社員から共同通信に情報提供があり、私は昨年春、会社ぐるみで不正・過剰請求をしていた疑いを報じた。
 医心館だけではない。パーキンソン病専門の有料老人ホーム「PDハウス」を各地で運営する、やはり東証プライム上場の「サンウェルズ」(金沢市)も同様の運営をしていた。これら2社については、会社が設置した弁護士らの調査委員会が、それぞれ不正請求を認定。PDハウスでは約28億円に上った。
 ところが、行政がなかなか動かない。前述の2社でさえ、現状では事実上「おとがめなし」の状態だ。ホスピス型住宅は2024年に共同通信の報道で問題が表面化した後も各地で開設が続いており、民間調査では25年1~10月だけでも140カ所がオープンした。
 柳さんは地元の地方厚生局(厚労省の出先機関)にも何度か通報。「いつ動いてくれるのか」と、じれていたのだった。

パーキンソン病専門の有料老人ホーム「PDハウス」の一つ=2024年8月、東京都内

▽「レッドカードを突きつけてほしい」
 私の元には、柳さんと同じ思いを持った何人もの看護師から祈るような声が届いていた。
 精神科の訪問看護の最大手「ファーストナース」(東京)でかつて働いた梶田好恵さん(仮名)も、その1人。
 同社は「あやめ」という名称の訪問看護ステーションを各地に約250カ所展開。精神障害や発達障害、知的障害のある人を対象にしており、内部資料や証言によると、必要なくても訪問回数を増やすよう、会社のトップが指示していた。
 精神科の訪問看護に誇りを持っていた梶田さん。利益優先の会社の姿勢に嫌気が差して、辞めた。
 「世の中の人たちに、自分の払った税金や保険料が過剰な訪問看護に使われていることを知ってほしい」。梶田さんはそう言って情報を共同通信に寄せた。私がほかにも複数の看護師の証言を得て、同社の問題を報じたのは2024年春。
 梶田さんは「世の中に暴露される日がいつかきっと来る、と思っていました。厚労省には、会社にレッドカードを突きつけてほしい」と話した。

「ファーストナース」の訪問看護ステーションで働いていた看護師の梶田好恵さん(仮名)=2024年3月

▽医療や介護全体に影響
 厚労省が訪問看護について全国一斉に調査に入るのは初めてのことだ。看護師たちの声が国を突き動かしたといえる。
 調査は、八つの地方厚生局・支局が今月中旬から2月にかけて行う。47都道府県で少なくとも1カ所ずつ調査に入る予定だ。厚労省本省と厚生局、都道府県による合同調査も数カ所で実施する。
 対象となるのは診療報酬の請求額が高かったり、内部告発があったりしたステーション。医心館やPDハウス、あやめも含まれるとみられる。
 厚労省幹部は「これだけ問題になっている以上、何もしないわけにはいかない」。一斉調査に向け、そう覚悟をにじませる。
 不正・過剰に報酬を得ているホスピス型住宅や精神科の訪問看護ステーションが、それを原資に高い給料で看護師を集めるため、病院などが人手不足に陥り、医療や介護全体の態勢に負の影響を与えていると指摘されているからだ。
 在宅医療の現場からはこんな歯がゆい思いを吐露する声も上がっていた。「自宅で最期を迎えられたはずの人が『家族に迷惑をかけたくない』と、ケアの質が低いホスピス型住宅に入居してしまう」

厚生労働省=2023年12月

▽「性善説」で調査は事前に告知
 行政が厳しい処分を下すにはハードルもある。
 医療機関などに対する地方厚生局の調査は通常、約1カ月前には相手に告知する。今回の一斉調査も同じで、訪問看護記録など文書の調査が中心。調査対象が「正直に書類を提出する」という性善説に立つが、ある大手ホスピス型住宅の社員は「会社は調査に備えて既に書類を改ざんし、つじつまを合わせている」と証言する。
 訪問看護のルールが緩い点も壁だ。医療保険では原則、30分以上の訪問が求められるが、根拠は法令ではなく、拘束力が弱い厚労省の通知。数秒~数分間なのに30分いたように装って報酬を請求する手法が横行しているが、法令違反を問えるかどうかは微妙だという。
 厚労省は不適切な事業者には報酬の返還を指導する考えだ。調査の結果、不正が裏付けられれば行政処分も検討する。
 ただ、厚労省幹部はこうも漏らす。「指導監査はとにかく人手不足。政府内で人員増を要求しているが、認めてもらえない。どこまでできるかは何とも言えない」
 一方、厚労相の諮問機関、中央社会保険医療協議会(中医協)では今年6月の診療報酬改定に向けた議論が進む。
 ホスピス型住宅や精神科の訪問看護も論点の一つで、厚労省は多数の患者への頻繁な訪問看護については報酬を引き下げる方向で検討している。指導監査と報酬改定の両面で適正化を図りたい考えだ。
 ただ、報酬の引き下げ方によっては、適正な事業者までしわ寄せを受ける恐れがあり、工夫が求められそうだ。

▽取材後記
 取材で忘れられない場面がある。勤務を終えたホスピス型住宅の看護師3人に話を聞いたときのことだ。
 私はまだどこまで取材するか、気持ちが固まっていなかった。そんな思いもあって尋ねた。
 「記事が出たら、会社に疑われて嫌がらせを受けるかもしれませんけど、大丈夫ですか」
 ずるい質問だ。でも、返ってきた答えはこうだった。「…報復は怖いです。でも、このまま野放しにするのは許せません。悔しいです」
 私はこの言葉にやられてしまった。「言ってくれるじゃないか。だったら、やってやろうじゃないか」
 一般の人は「自分1人が声を上げたところで、何も変わらない」と思うかもしれない。一方で私たちの取材は誰か1人の声がなければ始まらない。もちろん、全てを記事にできるわけでもないが、そのことを知ってほしいと思う。

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