新年について……
明けましておめでとう。こうして無事に新しい年を迎えることが出来た事にまずは感謝を。……ん? 何故、感謝するのかって? そりゃ、人間ってやつは何時死ぬかなんて分からないからね。どんなに強い英雄様も明日には死んでるかもしれない、明日には狂人が革命を起こしてしまうかもしれない。無論、その逆も然りだ……人間は好きに生きて、理不尽に死ぬ。だからこそ、この日を迎えられたことに感謝しないとね。
その日ばかりは、月に当てられたと言うべきだろうか。
別にいつもの調査という名目の自由時間としてではなく、特に理由もない突発的な思い付き。
ただ、外に出よう──そんな思い付きのために、俺はヒーシ島まで来ていた。
無論、ファトゥスの第六位として顔が割れてしまっている以上、霜月の里に赴く訳にはいかない。
里を避け、傍らの切り立った崖や、月光で煌めく海岸線を目的もなくただ歩いていた。
こんな事をサンドローネに知られたら、遂に脳味噌までカビたとか、頭が壊れたとか、ボキャブラリーに溢れる暴言で馬鹿にされるだろう。
しかし、当の彼女は先の戦闘での雪辱を晴らすため、今日も部屋に籠って、プロンニアのアップデートに励んでいる。
しかも、彼女の副官に聞いたところ、少なくとも2日間は部屋から出ていないらしい。
つまりは、絶賛、サンドローネ様は自室警備員って事……いや、違うか。
とまあ、そんな事情もあり、サンドローネの部屋の扉に外出する旨を記した届け出を貼り付け、この場をプラついてる訳である。
「……俺、何してるんだろ?」
日夜、近代化が進むパハ島やレンポ島とは違う、自然由来の澄んだ夜風は思考をクリアにしていく。
クリアになっていく思考で、最初に思い付いた事がそれというのは何とも皮肉である。
尤も夜の遅い時間であるため、此処を歩く人間がいないことは幸いか。
そう、
「……?」
後ろを振り返ると、付いてきていたそれは首(?)を傾げる。
例の旅人の周りを飛んでいたパイモン……だったか。
それとは違う……というか、それに表情を読み取れる眼や口といった器官自体が見受けられない。
「えっと……何で付いてくるの?」
「……?」
また、首を傾げた……このやり取りは既に三回目である。
『仏の顔も三度まで』……とまでは言うつもりはないが、ここまでくると言葉が伝わってないのか、或いはコレにただ、遊ばれてるのかと邪推してしまう。
目の前のコレは
古い伝承によると、これらは月神の眷属とされ、月に照らされた人々を重要なものの元へと導く存在との事だ。
要は縁起が良い存在であるってこと。
まあ、本来は伝承のように、人を特定の場所へと導く存在である筈なのだが、何故か俺は後を尾けられている。
一体、何を目的に、ストーキングされてるのかは定かではないが、三度も続けたやり取りからして害意があるわけではないだろう。
というか、前代未聞じゃないか? 仮にも月神を追っているヤツにその眷属がついてくるなんて。
「……! ……♪」
「いや、やけにテンション高いね、キミ」
何か喜んでいるのか、ご機嫌な様子で、宙をクルクル動き回る月霊を見てると、思わず苦笑いが浮かぶ。
コレの目の前にいる男の何処に喜ばせる物があるというのだろう?
いっそ、当の本人が聞いてみたいと思うくらいである。
「────♪」
それにしても……これが月神の眷属か。
所謂、これこそが『子は親に似る』というヤツだろうか、事実、目の前のコレもどこか不思議な感じがする。
後、付け加えるとすれば、何かと人懐っこいところか……
そして、先程からやたらとテンションが高いのも、ある意味では仕方がないことなのかもしれない。
「──だーれだ?」
背後から出された手が両目の視界を覆う。
ふわりと月見草のような香りが鼻腔を擽る、そして、久しぶりなその聞き慣れた声に再び、苦笑いが浮かぶ。
「……絶賛、指名手配中の脱走者かな?」
「……スカラマシュの意地悪」
「一応、事実ではあるからね」
当然だが、ファデュイにおいて脱走はご法度。
その者の役職によっては命だけでなく、本人の家族にすら制裁の矛先が向かう。
しかし、背後にいる彼女──
先のお茶会で『雄鶏』と『富者』とその件で揉めたが、女皇から命じられたのはあくまで捜索のみ。
発見次第、捕縛または抹殺といった命令は受けていない。
無論、女皇から彼女に関しての追加の勅命があれば話は別だが、それが無い以上、命令通りに彼女を捜索しつつ、仮に発見した場合でも静観に徹する。
それがサンドローネと俺が定めた、今の基本方針だ。
誰しも、やる必要のない殺し合いをしたいわけではないのだ。
とはいえ、流石に件の彼女も無警戒が過ぎる気はするが……
「それにしても、よく俺の所まで来たね。もし、俺がコロンビーナの事を捕まえようとか思ってたらどうしたのさ?」
「スカラマシュはそんなことをしないから、大丈夫」
「何を根拠にそんな……」
「だって、スカラマシュは優しい人だから」
「……別にそんなんじゃないよ」
「スカラマシュがそう思ってなくても、私はそう思ってる。スカラマシュは意地悪だけど、本当に優しくて、とても暖かい人だから……」
そう言って、背後から彼女の細い腕が回される。
その気になれば振り払えそうなその手を、俺はどうしても振り払えずにいた。
別に彼女が特別な力で抑えてる訳でもない、無意識の内に彼女を突き放すという択が消えていたのだ。
「……ずっと会いたかった」
首に彼女の吐息が当たり、少しばかりこそばゆく感じる。
「フフッ……スカラマシュの鼓動が少し早くなったね。スカラマシュもドキドキしてるんだ」
「……まぁ、こんな状況ならね」
「フフッ……じゃあ、私とお揃いだね。私もドキドキしてるんだ。でも、あの時と同じですごく嬉しいの」
彼女が微笑むとと同時に、回された腕に力が込もる。
まるで、目の前のモノを自分の方へと手繰り寄せるかのように──空いた隙間を埋めるかのように。
「……ねえ、スカラマシュはこの後は帰っちゃうの?」
「えっ? まあ、そうだね。此処に来た理由もその……なんとなくだし」
「……やだ。まだ一緒にいたい」
「やだって言われても……」
一応、俺達は追う者と追われる者の関係──その線引きは必要だ。
しかし、そんなものなど知らないと言わんばかりに……例えるなら、幼い子供が保護者に駄々を捏ねるかのように、コロンビーナと傍らの一匹がくっついてくる。
……というか何故、月霊まで? 子は親に似ると言っても限度があると思うのだが。
要するに親子揃って我儘コンビってこと。
しかし、あのコロンビーナがこんな直接的に我儘を言うなんて……いや、前から度々その気はあったか。
あくまで、本人を取り巻いていた環境が抑制していただけで、それこそ、本来はまさに年頃の少女のような性格をしているのかもしれない。
とはいえ、ここまで直接的にモノを言うようになるとは……暫く見ない内での彼女の変化には脱帽だ。
つまり、お兄さん感激ってこと。
「まあ……明日は非番なんだけども──」
「──じゃあ、明日も一緒に居れるよね?」
その言葉に、双眸を閉じたままのコロンビーナの顔に明るい笑みが浮かぶ。
わーお……どストレート──って、しまった。折角、手に入れた休暇の存在を明かしてしまった。
しかし、もう遅い。明日の俺に予定がない事を理解したコロンビーナの行動は早かった。
「フフッ……嬉しい。じゃあ、行こ?」
「えっ? いや、ちょっと──って、いつ、こんなに月霊が集まったんだ!?」
「────!!」
前からはコロンビーナに手を引かれ、後ろからは月霊達の突撃を受け、半ば引き摺られながら連行されていく。
というか、俺は何処に連行されるのだろう……少なくとも、霜月の里ではないのだろうが。
こうして、俺の臨時休暇は彼女の元で過ごすのが確定したのであった。
「……おぉ」
目の前に広がる景色を見て、思わず感嘆が漏れる。
コロンビーナと月霊達に海岸沿いの洞窟に連行され、その奥へと入っていくと、其処には白銀の庭が広がっていた。
直接的に感じる純度の高いクーヴァキとその影響を受けてか、仄かに青く光る草花。
まるで、子供に読み聞かせる絵本に出てくるような、幻想的な世界。
そして、奥の方にある満月、三日月、逆三日月が合わさったような構造物はこの領域が誰の物なのかを静かに称えていた。
「ようこそ。銀月の庭へ」
フワリと浮かんだコロンビーナが月の構造物の上へと降り立つ。
「……えっと、どうも。その……正直、驚いたな。地下にこんな綺麗な空間があるなんて」
「普段は私と月霊だけ……ううん、最近は別の人も来るんだけど、今は来てないみたい」
「そ、そっか……」
俺の他にも誰か此処に来るのか……少なくとも、霜月の信者という訳ではなさそうだが。
「──♪──♪♪」
「ぐおっふ……こ、今度はどうしたのさ?」
突如、月霊の突撃を腹に受け、思わず情けない呻き声が漏れる。
えっと、俺は何か月霊を怒らせて──いや、これは……怒ってはいないのかな?
宙をくるくると、何処か楽しげに回る月霊。
その姿を見ていたコロンビーナが穏やかに微笑みながら降りてきた。
「フフッ……スカラマシュが綺麗って言ってくれて嬉しいんだよ」
「そ、そうなのか……」
彼らの主であるコロンビーナがそう言うのなら、それで間違いないのだろうが……
しいて言うことがあるとすれば、その喜びを表現する為に俺の腹にタックルをかましてくるのは止めて貰いたいものだ。
「そういえば、別の人も来るって言ってたけど、誰が来るんだ?」
「えっと、それはね──」
「──コロンビーナ? 居るか~?」
俺達が入ってきた方から、間延びした声と、一人の足音。
というか、この声ってまさか……
「……って!? お前がなんで此処にいるんだ!?」
「……その言葉、そっくりそのままキミに返すよ」
フワフワと宙を飛ぶ、人型のフライムのような存在。
例の旅人の非常食……いや、最高の相棒を自称するパイモンである。
そして、パイモンがいるという事は当然の如く、彼女もいるだろう。
「……『散兵』」
「こんばんは、旅人。会うのはこれで二回目だね」
テイワットの七国のどれにも当てはまらない異国の装いを身に纏った少女。
ファデュイが常に警戒をしている要素の一つ──旅人、その人である。
「……スカラマシュ、旅人と知り合いなの?」
「この前、対面したばかりさ。ねっ?」
「……第六位の執行官が何の目的で此処にいるの?」
「ちょっ、待ってくれ。俺は此処で何もする気は無いよ」
警戒と敵意がこもった眼差し──参ったな、下手なことを言ったら本当に剣を抜いてきそうな勢いだ。
とはいえ、目の前のコロンビーナとその周りの数匹に此処まで連行されて来たとか言っても、信じてくれないだろう。
「喧嘩はダメだよ?」
「こ、コロンビーナ。でも、コイツらはお前を……」
「スカラマシュなら大丈夫だよ。さっきも私の事を捕まえようとしなかったから。それに、スカラマシュはね、本当はとても優しい人だから」
「……俺が優しいかどうかは別として、今は君達と一戦交えるつもりはないよ」
「……分かった。コロンビーナを信じるよ」
「うん、ありがとう。それとスカラマシュはね、友達が少ないんだ。良かったら、旅人もスカラマシュの友達になってくれると嬉しいな」
「ちょっと、コロンビーナさん? 唐突に人の心を抉らないでいただけます? ……いや、別に間違ってはないんだけども」
「大丈夫だよ。私は友達でいてあげるから」
「わァ……あ──って、違うから。俺が言いたいのはそういう意味じゃないから」
俺の友人が少ないのはともかくとして、お隣の旅人さんが先程からずっとジト目で見てくるんですけど……
「……おまえ、やっぱり苦労してるんだな」
「……ご理解いただき、光栄だよ」
終いには彼女の隣のパイモンにすら慰められる始末。
もうやめて! とっくにスカラマシュさんのライフはゼロよ!
要するにオーバーキルってこと……つらい。
「う~ん……スカラマシュは意地悪だけど、声を掛けてくれるし、とても優しいし、お菓子もくれたりするよ?」
「……えっ? まだ続くの? 皆で俺を否定するの?」
「……コロンビーナの言ってること、世間では不審者がやることだぞ」
「おっふ……」
アレ? おかしいなぁ……悪意はなかった筈なのに、風評被害は酷くなる一方なんだけど。
「あっ、後ね……スカラマシュと一緒に寝るとね、とても暖かくて、ポカポカって気持ち良くしてれるんだよ」
「ふぇっ!?」
「くぁwせdrftgyふじこlp!?!?」
「……」
先程まではまだ、ジト目で済んでいたのだろう。
今度はもう……ゴミを見る目……いや、もう生ゴミに集るハエとかゴキブリを見るような目をされてるんだけども。
「お、オマエ……!」
「ち、違うから! いや、確かに事実ではあるんだけども……少し語弊があるだけだから!」
「あっ、そうだ。旅人も一緒に寝てみる? とても気持ち良いよ?」
「ちょっ……コロンビーナさん!?!?」
「……ううん、私は大丈夫。コロンビーナ、こっちに来て」
や、やめろ……俺をそんな目で見るなぁ!
いや、違うんです。確かに一緒に寝ちゃったのは事実なんです。
でも、別にそれだけで、他に何かをした訳じゃないんです。
「どうして?」
「そこにいる人は女の子の敵だから」
「……? そうなの?」
ここから入れる保険はありますでしょうか……?
……いや、サンドローネみたく、部屋ごと吹っ飛ばしてきたりしないだけマシなのだろうか。
皆も知ると良い、こういった疑念は払拭しておかなければ、後に祟るとね。
『第六位』について……
コイツに関してだが……その戦闘力についての情報が極端に少ない。情報の殆どが散発的で互いに整合性が取れないんだ。だからこそ、ある意味じゃ一番未知数の執行官と言える。そういえば、流れてきた情報にこんなのがあったな。第六位が第三位と第七位に手を出して、痴情の縺れでトラブルを起こしてばかりだとな。