『少女』について……
最初は第三位ってこともあって、警戒はしてたんだけど……今となっては少し天然な小動物みたいなものかな。後、俺以上に世間知らずなんだよね。だからかな……何か放っとけないのは。
新しい第六位のあの人を初めて見たとき、正直なところ執行官らしくないと思った。
『
尤も、あの人自身は特に気にしてる様子もなく、大体は言われるがまま──若しくは今回のように、文句は言いつつも、彼女の要求をそのまま呑んでしまう。
ナド・クライへ派遣されてから、今日に至るまでそのようなやり取りを何度見たのか分からない。
最初ばかりは両者が執行官という立場にある以上、下手をすれば殺し合いになってしまうのではないかと気が気ではなかったのだが、今では此処の将兵の誰もがいつもの事と思うくらい、いつもの日常の一部となってしまった。
今日もいつもと同じく、『傀儡』様が『
同僚に聞いたところ、例の旅人と戦うことで、自分の実力を彼に見せようとしているとの事だ。
確かに、『
さらには、我々のナド・クライでの活動における障害への対処──具体的に言えば、霜月の子や例の旅人などか。
それすらも、彼女が担っている以上、どうしても不満というものが湧いてきてしまうのだろう。
元々、日々の時間を自身の研究分野に重きを置く方だったのだから、なおのことだ。
それでいて、業務を押し付けている張本人の『博士』様はもはや、些事として関心すら抱かない。
だからだろうか、その不満の捌け口としてよく共にいる『散兵』様が選ばれるのは。
決して穏やかとは言えない奇妙な日常。
思えば、そんな日々に弛んでいたのかもしれない。
だからこそ、唐突にやってきた死神に、こんなにも簡単に足を掬われてしまったのだ。
「さ、『傀儡』様! 新手です! 二時方向から、新たな一団が接近中!」
「チッ、次から次へと……貴方達は何がなんでも陣形を維持しなさい。プロンニア!」
彼女が名を呼ぶと同時に、巨大な鉄拳が迫る魔物の一体を殴り潰した。
そして、その巨体に見合わぬ速度で迫る魔物達を蹴散らしていく。
しかし、ワイルドハントで発生する霧の中では魔物は文字通り、無限に沸いてくる。
その一体一体が、大の大人を片手で軽々と持ち上げられる程の力を持つのだ。
戦闘において数の力は絶対的な優位性を持つ、それが簡単に覆ることはない。
死角にいた魔物の一体が機構の巨人の腕にしがみつく、その瞬間だけ、巨人の動きが止まった。
「……っ! 動きなさい! プロンニア!」
『傀儡』様が命じるが、次の瞬間にはもう片方の腕、脚や腰周りなど巨人の駆動部位に魔物達は纏わり付く。
自らの関節を次々に抑えられ、遂に巨人は地に膝を着いてしまう。
圧倒的な剛力を誇る巨人と謂えど、その動きを封じられては大きな木偶と何も変わらない。
──
焦る思考とは裏腹に、現実は静かに冷徹な結果を弾き出す。
死ぬ覚悟が出来ていなかった訳じゃない、それはファデュイに入った時から出来ている。
けれど、あまりに唐突で、脳──否、身体の方が理解できていないのだ。
ふと、横をふわりと紫の光る物体が通り抜ける。
また、敵の増援がやってきたのか……いや、これは違う。
「さ、『傀儡』様!」
「チッ……今度は何……って、これは……」
目の前を飛ぶものは仙霊……ではない、紫の光は雷元素を帯びている為だ
確かこれは『散兵』様の──
その時だった、紫の閃光が魔物の胸部を貫通し、大きな穴を穿った。
霧の向こうからの狙撃……あの物体が敵の位置を知らせているのか?
「アイツ……っ!」
『傀儡』様が何かを言おうとするが、すぐに口を噤んだ。
彼女が沈黙している間に、再び霧の中へ飛び込んできた閃光は巨人の右腕に纏わり付いていた魔物の一体を貫き、直後のもう一発は脚に纏わり付いてた一体を。
「まったく、余計な事を……プロンニア!」
彼女の号令と共に、膝を着いていた巨人は残った魔物達を強引に振りほどき、再び立ち上がる。
「貴方達もボケッとしてないで、今の内に立て直しなさい! それと、間違っても向こうのお節介に当たるんじゃないわよ!」
「「「はっ!!」」」
先が見えぬ戦いに、憔悴していた兵士達の目に生気が宿る。
尚も、背後から飛来する閃光は迫る魔物達を穿ち、その気勢を削いでいく。
今、この瞬間、この戦いの趨勢は覆ったのだ。
霧が晴れると、息が荒い兵士達や気が抜けてしまったのか、その場で膝を着く者など、見るだけでかなりの消耗が伺える。
……尤も一人は例外であるようだが。
「ちょっと、スカラマシュ! 貴方ねぇ!」
さぞご立腹といった様子で迫る、我らが第七位殿に思わず苦笑いが漏れる。
その有り余っている元気を周りの兵士達に是非とも分けてやって欲しいものだ。
「いやはや……随分と派手にやられたね。ついつい、心配になって撃っちゃったよ」
「私は最初に言ったわよ! 手出しは無用だって!」
「まあ、サンドローネなら必要はないかもしれないけど、そこの兵士達には必要だろ?」
「それは……ああ、もう……どいつもこいつも恥を掻かせてくれるわね。あんなものに手こずって……」
さて、納得いかないといった感じの彼女は一旦、置いておくとして──問題は目の前の
……というか、さっきから例の旅人の少女にじっと見られてるんだけど。
いや一応、話だけなら聞いてはいるけど……彼女と俺って、初対面だよな?
何か縁があると言っても、彼女に俺が頼んだ荷物を運搬してた兵士をボコボコにされたぐらいしか無い筈である。
「どうも、初めまして。俺はファデュイ執行官第六位『散兵』です……って、自己紹介は要らないかな。さっき、サンドローネが名指しで俺の事を呼んでた訳だし」
「……っ! 貴方が……新しい第六位なの?」
「おや、高名な旅人に覚えて貰えるとは光栄だね。君の言う通り、数百年振りの第六位の席を埋めさせてもらってるよ」
「た、旅人……」
「うん、分かってる。……モンドにいたエージェントが貴方の事を話していた」
「へぇ、そのエージェントはなんて?」
そういえば今、モンドのホテルをファデュイが丸々貸し切ってるんだったか。
というか、風神の神の心は回収済みなのに、あの国に何の用があるというのだろう?
本国の引きこもり組の考える事というのは、よく、分からないものだ。
つまり、引きこもってないで外に出て、働けってことだ……いや、十分なくらい働いてるか。
「……痴情の縺れで、宮殿の部屋を吹っ飛ばした」
「ちょっと待って。物凄く不名誉な知られ方をされてるね。違うよ? 俺、あの場において悪いことはしなかった筈だからね!?」
「……フン、こいつは女の敵よ」
「うぼあー!?」
おいおい、まさかの味方側から口撃が飛んできたぞ?
というか、サンドローネさん? 一応、俺達って同僚だよね?
さらには、君もあの一件の当事者だよね? 結果としては、一緒に女皇から謹慎処分を受けた仲じゃないか。
さらにさらに、一応、あの一件はコロンビーナの天然ぶりが炸裂してしまった悲しい事故って、何度も説明した筈だよね?
要するに男はツラいよってこと。
……いや、あのね? 端から見たら、致命的な誤解を招きかねない絵面だったのは理解しているんですよ。
でも、実際問題……俺はなにもしてない訳で……あの時に至っては、痴情も何も、ただただ困惑しかなかったんだよ?
というか、もう一人の当事者に至っては絶賛、家出の真っ最中である。
つまり、弁解の余地ありってこと……いや、あるよね?
「お、おまえ……何かと苦労してるんだな」
おい、今度は旅人の横の飛行物体から慰められたぞ?
というか、彼女……いや、この場合は彼の方が良いのか?
何か自分が惨めすぎて、悲しくてなってきたぞ?
見た目からして、人間……ではないのは分かるが……もしかして非常食だったりする?
「……チッ。ああ、もう……戦意が削がれたわ」
「いや、俺は言われたい放題なんだけど? 普通に悲しいままなんだけど?」
俺の必死な嘆きを見事にガン無視し、サンドローネは膝を着いたプロンニアの胸に手を伸ばす。
手が触れると、その胸部から冷たく輝く球体──霜月の月髄が取り出された。
「あ、あれは月髄じゃないか!? でっかい機械の中に隠してたのか!」
「……機械じゃない。プロンニアよ」
そうだぞ、飛行物体君。この世のどんな物にも、ちゃんと固有の名前があるんだ……って、俺は君の名前知らないけどね。
今は、執行官の席に座っている以上、スカラマシュと名乗っているが、俺にも付けられた名前がある。
まあ、何も特別でもない、今の名前の足元にも及ばない……ただのありふれた名前なのだが。
「……これ、あげるからさっさと消えなさい」
まるでゴミを放り投げるかのように、手の上の月髄を旅人らに向かって放る。
「おっと……サンドローネ、良いのかい? 」
「フン……別に私が欲しいわけでもないし、探せって言ったヤツは仕事を放置して、好き放題してくれてるじゃない。なら、私も付き合ってやる義理なんて無い。それだけよ」
「まあ、それについては同意するけどさ……」
確かにマッドサイエンティストが、ネチネチと嫌味を垂れ流す姿が目に浮かぶ。
それを思えば、付き合ってやるのも馬鹿らしく思うのは納得である。
「そもそも、欲しいなら自分で手にしなさいよね。こんな陰気臭いもの、私はごめんよ」
事実、この月髄の管理を任されているのは目の前の彼女である。
彼女が彼らに譲ると言う以上、俺から何か言うことはない。
……別にドットーレが嫌いだからとかそういうのじゃないよ? 実際、俺は嫌いだけど。
「だ、だけど──」
「……パイモン、行こう」
「旅人……? どうしたんだ?」
──おっと、流石は旅人と言うべきか。もう気付かれてしまったか。
「……私達、もう狙われている。この場で戦っても勝ち目はない」
「ね、狙われているって……っ!」
パイモンと呼ばれた飛行物体の表情が固まる。
彼らも旅人に言われて、漸く気付いたのか、辺りを見回して、その表情が強張った。
雷元素を帯びた遊星が彼らの背後、側面、そして上で待機し、その矛先を静かに向けていた。
「……いつの間に仕掛けたの?」
「最初からかな。もし、これで一戦を始めようとしたら、それと同時にズドンってね」
「……」
「勿論、サンドローネが見逃すと言った以上、月髄を持って、此処から立ち去るなら何もしないよ。俺はあくまでも付き添いだからね」
これは俺達が彼らにしてやっている譲歩、それを受け入れなかった場合は──わざわざ、言うまでもないだろう。
まあ、この忠告を理解できない程、彼らも阿呆ではない。
「……行こう」
詠月使の彼女がそう言うと、此方を警戒しながらも旅人達は走り去っていく。
離れていく姿を見送りながら、隣のサンドローネに問う。
「で、月髄のエネルギー変換効率のあれこれはどうだったのさ?」
「最悪よ。通常時と比較しても動作効率が三割ほど落ちてる……親和性が低いとかえって悪影響になるわね」
どうやら、プロンニアの兄貴は今回の戦闘では、デバフを受けながら戦っていたようだ。
というか、三割でどれくらい落ちるのか、想像もつかないんだけど。
「まあ、取り敢えずは動けない兵士を連れて帰ってやらないと。俺も、いつもに増して邪眼を使ったから疲れたよ」
「いつもに増してって……別に日常的に使ってるわけじゃないでしょ。でも、そうね……今回の結果から新たな課題が生まれた。それは事実だわ」
この正論大魔人め、少しくらい誇張したって良いじゃないか。
結果として、彼女の旅人達への仕返し及び、彼女の実力のお披露目という目的は失敗したが、この結果よりも生まれた課題の方が彼女的には重要度は高いらしい。
……いや、俺が言われたい放題だったのは変わってないんだが? 旅人にあらぬ誤解を持たれたままなんだが?
つまり、何も変わってないって事……果たして、俺が一体、何をしたと言うのだろうか……
白く輝く月の下、新たな課題について思考を巡らせる同僚の横で、その内心にまた悲しみを抱えるのであった。
『第六位』について……
最初、執行官らしくないなって思ったんだけど……あれってアタイらを油断させる為の演技だったのかな? それにあの時の目……旅人がいて良かった……