女皇について……
女皇陛下ばんざーい。どんな時でもこう言わないと処罰されちゃうんだよ。まあ、言ったところで何も変わらないし、死ぬ時は死ぬんだけどね
「第三位の件、未だ進展が無いようじゃな。『
「そうね。貴方達が余計な仕事を増やすせいで尚更ね」
「それについては申し訳ありません。しかし、此方も『
「簡単に言うじゃない。相手はあの『
「サンドローネ。『少女』の捜索は女皇陛下からの勅命。お主も分かっておろう?」
「……無論よ。だから、こっちも手を尽くして下の兵士を捜索に充てているんじゃない。それに此方は常に変数の妨害を受けているの。それも加味して貰いたいものね」
サンドローネの言葉は穏やかに見えて、その節々に苛つきが混ざっていた。
……気まずい、滅茶苦茶に気まずい。
朝、サンドローネからお茶会を開くとか言われて、実際に来てみたら、第五位『
しかも、先程から飛び交う会話の内容が、お世辞か遠回しの嫌味しかないんだけど。
隣のサンドローネも顔は澄ましているけど、さっきから何か言われる度に、静かに舌打ちしているんですが……
ここまで胃が痛くなるお茶会──というか、これってもはや定例会議だよね。
早急な進捗を求める上層部と、思うように進まない現場の管理職の対立。
その社会の縮図こそが、今日のお茶会である。
「『散兵』殿も度々、調査費用の請求が来ますが、随分と様々な所で調査をされているようで」
あっ、やべ。今度は此方に会話を振ってきやがった。
「……コロンビーナって意外とアクティブだからね」
「彼女が活動的と言えど、スペランザで食事をしたりしないと思いますが?」
畜生。全然、誤魔化せてないじゃんか。
「ナシャタウンでコロンビーナの信者の面々が炊き出しをしてるんだよ。しかも、彼らの指導者の……
だから、俺は別に仕事をサボっていた訳ではない。
そもそも、食事というのは人間の機能を維持する為に必要不可欠な要素。
美味いものを食べた方がモチベーションは上がる、当然の事である。
それに報告書にも書いたけど、コロンビーナが詠月使──もとい信者達の元に戻った訳ではないという確証は得たからね。
それに、ちゃんと信者達についても一策打って、その返事を待っている最中。
つまり、俺はちゃんと成果をあげたってこと。
「で、肝心の彼女の居場所を突き止めたのですか?」
「それが出来たら苦労してないよ。というか、君達も少しは協力して欲しいものだね。ただでさえ、我らが第二位様は自分の実験ばかりしてんだからさ」
「そうね。後、この前の実験でアイツが壊してくれた機材の請求も全部送っておいたから、ちゃんと確認しなさいよ」
「……かしこまりました」
澄ました顔をしながらも、内心はしてやったりというのが本音なのか、先程のイライラオーラがだいぶ治まったような気がする。
「我々は近々、この地を発つ。かといって、コロンビーナをこのまま放置する訳にはいかん」
「では、早急に見つけ出して殺せと? 随分と無理難題を仰いますね。相手は第三位なんですが?」
「……女皇陛下がご命じになったのはあくまで捜索じゃ。だが、彼女がもし、危険因子となるのなら相応の対処をせねばならん」
「なら、それは
「……スカラマシュ殿。それは女皇陛下に対しての背信とも捉えられますが?」
「おっと、失礼。貴殿達と違って、好きで友人を討つ趣味は無いものでね。それと、貴殿方のつまらない陰謀論に付き合っていられる程、私達も暇ではないもので」
「あら、奇遇ね。貴方と意見が合うなんて」
向かいの銀行家からの殺気を感じつつも、敢えてガン無視を決め込む。
そんなに気に食わないなら、決闘でも申し込んでくれば良い。
女皇からは執行官同士の私闘については何も言われていない。
故に遠慮なく相手をしてやろう──当然、その時は命の保証などしないが。
「じゃ、話はこれで終わりで良いですかね。生憎、朝っぱらから呼び出されて眠いんですよ」
「私も早急に研究結果を試したいの。あまり、時間を取らせないでちょうだい」
「貴方達……!」
……しかし、我ながらコロンビーナに入れ込み過ぎてるな。
彼らの敵意がこもった眼差しを背中に受けながら、内心、自嘲する。
無論、朝っぱらから呼び出されて眠いのは事実だ。
しかし、彼らの話を聞いている内に、何故か無性に腹が立った。
コロンビーナが持つ力というのは確かに未知数だ。
彼女が戦っている姿を見たことも無いし、そもそも彼女自身が自分から戦いを挑む性格ではない。
だからこそ、いざという時、それは驚異になるだろうし、そうはならないかもしれない。
ある意味、プルチネッラが最も危険な事を憂慮しているというのは正しいのかもしれない。
だが、コロンビーナは別に癇癪で殺しをしたり、何かを壊すような存在ではない。
天然で世間知らずで、変なところで意固地で、なんだかんだで負けず嫌い──それが俺の彼女の印象。
だが、それもあくまで俺個人が抱いた印象で、結局は俺も彼女の事を知ろうともしなかった。
「……結局は俺達も同じ穴の狢か」
かつて、ヒーシ島で彼女が月神として信者の元にいた時、彼女はその力で様々な恵みを与えたらしい。
しかし、恵みを得た信者達はやがて、その恵みだけを彼女に要求するようになった。
信仰は過ぎれば盲信となるが、彼女はその被害者だろう。
今でも彼女の信者は自らが苦難に見舞われる時、月神様が助け、恵みを与えてくれると、彼らは信じているらしい。
……初めて、彼女にお菓子をあげた時、彼女は頻りにその対価について聞いてきた。
あの時は不思議だとしか思わなかったが、彼女が居たであろうあの信者達の実態を考えれば、納得が出来てしまう。
彼女はただ、望まれるだけで、彼女の望みに誰も応えようとしなかった。
故に、彼女はあの里に居場所を見出だせなかった──そして、彼女はファデュイの手を取った。
しかし、稲妻に『人の事言わんより肘垢落とせ』という言葉があるように、ファデュイにおいても結局は変わらなかった。
誰もが、彼女のその特性しか見ようとせず、彼女の望みを見ようとすらしなかった。
女皇が彼女を見出だしたと聞いているが、女皇でさえも彼女の望みに応える事はなかったという訳だ。
これほど、つまらない茶番はそうも無いだろう。
「──『散兵』様」
「……ミハイル君か。どうかしたのかな?」
「はい。ヒーシ島の者から返事が来ました」
「ああ、そう。彼女はなんて?」
「
「そう……なら、相応の対価を用意して貰わないとね。勿論、彼女には伝えてるんだよね?」
「はい。彼女は霜月の里の秘蔵品。
「うん、よろしい。なら、バレないよう彼女を支援してあげなさい」
「かしこまりました。既に特務隊の一分隊をヒーシ島に潜入させています。両者の回収も彼らに──」
「──ああ、それはいいよ。出迎えは俺がやるからさ」
「『散兵』様ご自身で行かれるのですか……? 僭越ながら申し上げますと、『散兵』様のお手を煩わせる程の事ではないかと」
「まあ、元はと言えば俺が勧誘したようなものだからね。少しは歓迎してあげた方が良いだろ?」
「かしこまりました。特務隊の者達にはそのように伝えておきます」
「うんうん。あっ、そうそう。くれぐれも里の人間に危害を加えちゃ駄目だよ? 契約違反になっちゃうからね」
「はい。では、それも併せて命じておきます」
「じゃ、頼んだよ」
一礼と共にエージェントの気配が消える。
「……あぁ、苦っ。こんなにこれ、苦かったけ?」
荒い舌打ちと共に、包装をゴミ箱へ放り投げる。
次に口に放ったチョコのスナックも何故か、とても苦かった。
巨大な実験設計局が特徴的なパハ島、レンポ島にはナシャタウンとカチャカチャ・クルムカケ工房……だったか?
二つの地域は、前者はファデュイ、後者は流れ着いた住人達、工房の手によって急速に近代化が推し進められている。
両者の共通事項として、クーヴァキをエネルギー源としていること。
故に、今いるこの白い大地──ヒーシ島においても空気中からクーヴァキを感じることが出来る。
流石、コロンビーナが潜伏している土地ともあってか、クーヴァキの純度は他二つと比較しても高く感じるのは気のせいではないだろう。
しかし此処、ヒーシ島の霜月の里に住む者達は、先の二つの地域と異なり、近代的な生活はしておらず、より原始的な生活スタイルのようだ。
無論、ナシャタウンに炊き出しに赴いたり、外部から必要物資を得てはいるため、外部と繋がることを拒絶してる訳でも無いのだろうが……
「……というか、周りに像、多すぎだろ。幾つ作れば気が済むんだよ」
里から少し外れたエリアには祈りを捧げる姿の彫像が幾つも散在している。
そして、その彫像の群れが祈りを捧げる先──其所には見知った姿をした巨大な彫像が空に手を伸ばしていた。
俺達がコロンビーナと呼んでいた──
彼女が彼らの元を去ってからも、その信仰だけは脈々と受け継がれてきたらしい。
──彼女が嫌ったであろうモノも、見事なまで完璧に。
だからだろうか、その因習を嫌い、抜け出そうとする者が出てくるのも必然なのかもしれない。
「……おや、早かったですね。てっきり、来ないのかと思っていたのですが」
俺は嗤いながら此処まで走ってきたのか、少し汚れている女性に言う。
「……ちゃんと持ってきたわ」
目の前の霜月の信者の女性の手には冷たく光る白い球体がある。
「おお、これが
「……あの
「成る程。試練を突破したのはあくまで旅人でしたか。それを横から掠め取るとはなかなかの度胸をしてらっしゃいますね」
確かに彼女の力では試練を受けることすらままならないだろう。
「…… これで私の入隊が認められるのよね?」
「ええ、勿論。貴女には技術研究士官としての席をご用意してますよ。入隊以降はとりあえず、執行官第七位『傀儡』の指揮下に入って貰います」
「……っ! そう……なのね」
「おや、ご不満でしたら、退いていただいても構いませんよ。我々はご要望通りに貴女の席はご用意いたしましたので」
「……ここまで来て、戻れるわけ無いでしょ」
「でしょうね。貴女は彼処の信者からすれば、忌むべき
「……だったらっ!」
「ええ、勿論。貴女は我々が提示した条件をクリアした。入隊は当然、認めましょう。ただし、我々が信奉するのは
「……ええ、勿論よ」
「素晴らしい。では、晴れて貴女は我々の同胞となります。私は執行官第六位『散兵』です。先んじてではありますが……ようこそ、ファデュイへ。歓迎いたしますよ……
「……っ」
複雑な表情を浮かべる彼女の顔を、手元の月髄は冷たく照らす。
月光は陰り、凍てつく寒さのみがこの場を支配していた。
第六位について……
彼を見たとき、まるで何かに魅入られてしまっているように見えました。それ以外はもはやどうでも良いと言わんばかりの……ある意味、怠惰に見える彼こそが命を一番激しく使っているのかもしれません。