『隊長』について……
彼の武功や功績はよく聞かされたよ。俺達みたいな掃き溜めの連中にとって憧れの存在だったからね。無論、俺達も彼に憧れてファデュイに入ったんだ。でも、その時の俺はどうしようもなく子供だった。……だからかな、戦場に出てすぐ理解したよ。……憧れは理解からは最も遠い感情なんだと、俺は彼を微塵も知らなかったんだとね。
『ならば、おまえは生きて帰れ。彼らを覚えているのはお前だけなのだから』
あの日、仮面を付けた、かつて──子供の頃の俺達が憧れた英雄はそう言った。
人は辛いことを忘れるからこそ、生きてゆける。
なのに何故、彼は覚えていろと言うのだろうか?
あの時、彼の言葉を反故にし、何もかもを忘れて、何もかもを捨ててしまえば楽になれた筈だ。
ただ死ぬ兵士を物語にしても何も面白くないし、読み手の目も引けない。
辛くて、何も残せない無意味な生に何の意味があるというのか。
でも、今ならば……彼がそう言った理由の一端が分かった気がする。
先に散った多くの同胞をその胸中に宿し、人の身にしては永すぎる時間を渡り歩いた。
ただ一つ、忘れ去られ、消えてしまうだけの彼らに安寧を、その魂に帰る場所を与えるために。
僅かな眠りすらも許されないその道は、俺などとは比較にもならない苦難のものだっただろう。
だが、彼は成し得た。
不死の呪いを身に受け、蝕まれ、過ぎる時間にあらゆるモノを奪われながらも、彼はその願いを成し遂げてみせた。
「これは驚いた。旅人を見送る宴の最中に入国した者がいたと報告を受けたが……まさか、ファデュイの執行官だとは」
背後から女性の声が聞こえると同時に、神の目を持たない俺でも分かる圧倒的な炎の元素力を放つ存在が背後から近付いてくる。
「おや、これは炎神様。万が一に備えるのは大事ですが、生憎、俺は此処で事を起こすつもりはありませんよ?」
なんてこった、これは敵わないな……こんなの戦わなくても分かる。
「情報が殆ど無い第六位が入国したとなれば、誰でも警戒すると思うが?」
「それは失礼。俺もナド・クライに向かう道すがらに寄っただけでしてね。ナタでの戦いで戦死した同胞と漸くの安寧を得た我らが一位のお参りをしたかったのです」
ミハイル君にはおかげで無理をさせてしまった……主に各方面への報告で。
今頃、彼はサンドローネの愚痴の集中連射を浴びていることだろう。
この時ばかりは頼りない上官で申し訳ないと思うばかりだ。
「……そうか。先の戦いでの勝利は彼は勿論、配下の将兵達の奮戦があってこそだ。ナタを代表して改めて感謝する」
「ハハッ……それを告げるべきは俺ではなく、我らが女皇ですよ。彼らの行動を赦したのはあの方ですので。第一、俺はナタの戦いには参戦すらしていませんしね。それに墓や彫像にいくら頭を下げたところで、彼らは戻ってこない」
ナタには反魂の詩というものがあるそうだが、先の戦いで死んでいった将兵達には関係の無い話。
生き返ることも、魂に語りかけることも出来ない。
彼らはこの地で戦って死んだ──この事実は決して覆らない。
「……君は私達を恨んでいるか?」
「いえ、命の使い方というのはその持ち主が選ぶことですから。その過程において理不尽な最期を遂げようと、当人の責任です。ただ……かつて、憧れた英雄に命を拾って貰った身として、彼が全てを捧げて守ったこの国の景色をこの目で一度は見ておきたかった……それだけです」
憧れというものは理解から最も遠い感情だと、誰かが言っていたか。
俺は彼のようにはなれない──それはとうの昔に思い知った。
それでも、貴方が示してくれた生き方は出来なくても、こうして俺は自分の命の使い方を選ぶことができた。
それが、今にも消えそうな残り火のような様でも、明日には消えて無くなっていそうな脆いものでも──この選択に後悔はない。
「それでは、マーヴィカ殿。式典の最中、お騒がせして申し訳ない。俺はこれでお暇させていただきますよ。そろそろ、俺も
「そうか」
「ああ、そうそう……せめて、此処を良い国にしてやってください。……それがかつて彼に憧れた者としての頼みです」
「……無論だ」
彼女の確かな言葉を背中に受け、そのまま歩み続ける。
現在、スネージナヤ──もといファデュイは混乱状態にある。
第一位の事実的な空席、第二位の水面下の活動、第五位と第九位が推し進める厳冬計画──そして、もう一つ。
それはつい先日、全てのファデュイ構成員に通達された。
──執行官第三位『
ナド・クライのパハ島の中央にそびえ立つ──否、宙に浮かぶ巨大な構造物。
クーヴァキ実験設計局──ナド・クライ特有の光界力である
「……で、この前、この私が直々に出迎えてあげたら、貴方の副官しか到着していなかった訳だけど、何か申し聞きはあるのかしら?」
その頂上の広い空間の端、向かいに座った女性が、さぞご立腹といった様子で言った。
「……寄り道してたら、遅れました! 本当にすみません!!」
遅刻したら謝る、これ大事。
というか、ナタの戦争が片付いた影響で、ナタからナド・クライへ向かう連絡便の本数が増えるなんて予想出来るわけないだろ。
なんでよりによってナド・クライなんだよ、フォンテーヌとかモンドとか色々あるだろ。
無論、他の七国に向かう者もいるのだろうが、ナド・クライはその特異な性質上、一攫千金のチャンスがゴロゴロと転がっている。
「……呆れた。おかげで私は二度も恥を掻くことになったわよ。だいたいねぇ──」
我らが第七位によるマシンガン説教の掃射が始まると、彼女の言葉に適当な相槌を打ちつつ、傍らのエージェントを小突く。
(……なぁ、ミハイル君。なんで彼女、あんなに不機嫌なのさ?)
(えっと……『傀儡』様は『散兵』様の到着が遅れになった当日、その……歓迎の用意をしていたようで……)
……しまった。悪いの100%で俺だった。
こればかりは彼女の気遣いを反故にしてしまった事が悔やまれる。
(後、つい先日なのですが、例の旅人と接触したようでして。冒険者協会のキャサリンを覚えていらっしゃると思うのですが、それと同じ扱いされたことが不服でしたようで……)
わーお……まさかのダブルパンチだった。
アレか、会話をガン無視されて、デイリー任務と派遣報酬を求められたのか。
……いや、デイリー任務と派遣報酬って何だ? 旅人は冒険者協会から依頼を受ける立場じゃないのか?
アレ? そもそも、旅人は何故、依頼がある事を知ってるんだ? というか、キャサリンはどうやって達成したかを知るんだ──?
(それ以上はいけません、『散兵』様。考えることを一度、止めてください)
(アッハイ)
……何か腑に落ちないが、まあ、今の最優先事項はこの不機嫌度MAXのサンドローネをどうにかする事だろう。
「えっと……で、件の旅人ってどんな感じのヤツだったのさ? 『
こういう時こそ、話題を転換し、彼女の怒りの矛先を逸らすのが重要である。
「生意気な浮遊物と、人の話を聞かないヤツ」
話題終了、まさか一言で終わるとは思いもしなかった。
「チッ……というか、アイツ何よ。いきなりデイリー報酬だの、派遣報酬だの。礼儀知らずにも程があるでしょ」
……そういえば、確かナタの秘源装置の云々で旅人の介入があって、結局は失敗したとか聞いたな。
『公子』や『召使』のように何かの協力関係にもなったわけでもないから、ある意味でマイナスからのスタートな訳だ。
「……まあ、礼儀知らずという点では私の目の前のヤツと良い勝負してるわね』
「おっふ……その節は本当に申し訳ありません」
「まあ、良いわ。本題に入りましょう。でも、この埋め合わせは必ずして貰うから。それについては重々、承知しておくことね」
「はい……」
「で、あの家出娘の件だけど、大方の目星は付いているわ」
「ヒーシ島……だっけか?」
「あら、なら話が早いわ。コロンビーナはあの島の何処かにいる」
「でも、君が受け持っているのは、コロンビーナの件だけじゃないんだろ?」
「そう。彼処の……正確には霜月の子達の秘蔵品。霜月の月髄を回収しろってね。まったく、アイツも本当に人をいいように使ってくれるわね」
さぞ不愉快と言わんばかりに、少しばかり乱暴に紅茶のカップが置かれる。
「今に始まったことじゃないでしょ? それに、コロンビーナの件も月髄の件も霜月の子が問題なんだろ?」
「そうよ。ここ最近のナシャタウンでも一般兵の連中と衝突したことがあるの。……まったく、何でこの私が下のくだらないプライドの後始末をしなきゃならないのかしら?」
お労しやサンドローネ殿……まあ、部下のやらかしは上が責任を取るしかないからね。
まあ、そんなこともあり、件の霜月の子とこちらの関係はもう険悪と言っても差し支えない訳だ。
更にコロンビーナが霜月の子が神と崇める『クータル』である以上、彼らとの衝突は避けられない。
要するに、迷子の月神様ってこと。
おかげでコロンビーナの捜索は勿論、月髄の回収も進展がないというのが現状だろう。
「まあ、だから俺が呼ばれたんだろ? コロンビーナの事も月髄の件も併せて」
「そうね。特にコロンビーナの捜索については貴方が一番適任でしょ。貴方達、仲が良かったじゃない」
「それについては君もそうだろ?」
「……別に私はそんなんじゃないわよ」
またまた、ツンデローネ様はそう言って、お茶会を開くときは毎回呼んでた癖に。
……などと言おうものなら、プロンニアによる怒りの鉄拳が飛んでくることだろう。
こういう微笑ましい姿は、何も言わずに暖かい目で見守るのが一番である。
「……何よ? その顔、ムカつくわね」
「暖かい目」
「……プロンニア。こいつの目を潰しなさい」
「ちょっと待って!? 流石に酷くない?」
暖かい目をしていただけなのに……人の心というのは複雑怪奇である。
「まあ、何はともあれ、情報は必要だね。我らが聡明なる『博士』殿は何もしてくれない訳でしょ?」
「そうよ……人にアレやれ、コレやれって言う割にはアイツ自身はなにもしないのよ。だいたい、この前のクーヴァキの収束実験の時だって、アイツがいきなり規定以上の出力に上げるものだから、案の定、実験装置が暴走して……私が居なかったら何人死んでたか。それに──」
あっやべ。彼女の地雷を踏んでしまった……
彼女の口から吐き出される愚痴の掃射に苦笑いを浮かべつつ、紅茶を口にする。
それは彼女の苦労の証か、はたまた嫌がらせかは知らないが、それはとても苦かった。
ある将兵について……
あの日に見た彼のあの瞳、何もかもが尽き果て、自己さえももう壊れ掛けていた。だが、彼は執行官となって私の前に現れた。彼は己を燃やしながら進んでいる。生きるためではなく、終わることを目指しながら