占いについて……
以前、道端の占い師に俺は呪われてるって言われた事があるんだよね。物騒ったらありゃしない。というか、もう少し詳細を説明しろよな。心当たりがありすぎて分からないのにさ。
傍らのデットエージェントがカップを置き、恭しく一礼する。
そして、彼は音もなく部屋から退出すると、暫しの静寂が部屋を包んだ。
俺のカップの傍らに砂糖が置いてあるのは、彼女なりの気遣いだろうか。
「……『
「ミハイル君に代わって貰ったのさ。俺としても久しぶりに外に出たかったからね」
「動機の割には、随分と豪勢なお土産を持ってきたものだな」
「結構、急な変更だからね。それなのに土産も無しっていうのもなんか悪いだろ? 貴女の所の子供達とも初対面だしね」
スメールのある学者が人間の印象の9割は第一印象で決まると提唱したらしい。
無論、提唱した学者の学説などには全くの興味もないのだが、良好な人間関係を構築する為にも、初対面の相手に良い印象を残すという点は重要度は高い。
幸いなことに、ケーキを見た子供達の反応から察するに、ひとまず悪い印象は持たれていないだろう。
こればかりはフリーナ殿には感謝せずにはいられない。
もし、俺一人でお土産を選んでも、確実に微妙な反応しか返ってこないだろう。
それを想像するだけでも──いや、止めておこう……軽く泣きたくなる。
……別にファトゥスデビューを失敗した事を、今も引きずってるとかそういうのじゃないよ?
「……そうだな、それについては同意するところだ。君の魅力的な土産についても『
「どういたしまして……それにしても昨今はそちらも大変みたいだね。タルタリヤ殿の一件もそうだし、そもそもの水神の件も」
「フリーナ殿と会ったのか?」
「会ったというより出会したといった方が正しいね。少し話してみたけど、あれは神というより演者……ある意味、影武者に近い性質だ」
「ふむ……なかなか面白い見方だね。私個人もフリーナ殿に対して、
……成る程。フリーナ殿がスネージナヤという言葉に少し顔を引き吊らせていたのは彼女が原因か。
そりゃあの感じで、夜道とかでいきなり襲われたら、かなりのトラウマになりそうだけども。
「じゃあ、次点で持っているとすればヌヴィレット殿辺りかい? だとするとかなり骨が折れるけど」
何せ、うちの十一位を即座に無力化できるほどの戦闘力を持っているのだ。
武力で強奪するというのは、いささか効率が悪すぎる。
「現時点では断言することは出来ない。無論、二人が持っておらず、何処かに秘蔵されているという線もあり得る。今はリネとリネットに『公子』の件も併せて、情報を集めさせている」
リネとリネット……そういえば、フリーナ殿がマジシャンの双子について話していたか。
特に兄の方は、フォンテーヌの世間を騒がせている審判の最初の被疑者でもある。
「ふぅん……聞いてみて改めて思ったけど、何かと大変だね。さらにこれとは別に予言のこともあるんだろ?」
「ほう……それについても知っているのか」
「情報というのは何よりも強力な武器になるからね……と言っても君ほどには知らないよ。俺が知ってるのは予言通りに事が進めば近々、フォンテーヌが水没するとかくらいさ」
「なら、これは私個人の問いだが、君はフリーナ殿──水神フォカロルスがこの潜在的な危機に対して、何か動いているように見えるか?」
俺がフォンテーヌ人では無いのもあり、彼女が言う潜在的な危機というものにイマイチ実感は湧かない。
しかし、この施設の子供達にとっては話は変わる。
子供達の頭上には何時、落ちてくるかも分からない剣が常に浮かんでいるのだ。
今はまだ辛うじて落ちていないだけで、それが落ちてきたあかつきには──
アルレッキーノはかなり此処の子供達の事を気にかけている。
故に、彼らの潜在的な危機に対してどうにか対処したいというのは自ずと察せるが……
「少なくとも、今のフリーナ殿に頼りがいというのは全く感じないけどね……ただ、人智を超えた者が作った計画なんて、それに振り回される側からすれば、全くもって意味不明なものだろ?」
それ故に、彼らは人の身では無し得ないだろう偉業を成すのだろう。
それが良いものか、逆に悪いものなのかは、その当人にしか分からない。
「では、君はフリーナ殿には何らかの計画があると?」
「断言なんて出来ないさ。あくまで個人の感想でしかないんだから。もしかしたら、本当にただの気楽な飾りの水神かもしれないしね」
「そうか……では、改めて本題に入ろうか」
「おや、本国からの文書は君に渡したじゃないか」
「惚けるのは止せ。ファトゥスの一員が文書を運搬する為だけに、わざわざフォンテーヌまで足を運ばないだろう? それに『代わって貰った』と君は言っていたからね」
おっと、流石は第四位といったところか、話が早くて助かる。
「とはいっても、あくまで個人的な事だよ。代わった理由もそれだしね」
「今の君に公子のような振る舞いは以ての外だ。故に出過ぎたことは私も協力をしかねる」
「別にそんな過激な事をするつもりは無いよ。ただ、調べ物がしたくてね」
「調べ物だと?」
「約500年前、このフォンテーヌを騒がせた秘密結社──
「……成る程。だが、廃墟がある深度もそうだが、付近には攻撃的な原海アベラントも多数棲息しているぞ」
「原海アベラントについてはどうにかするさ……ただ目的地までのルート案内が欲しい。確かに君が面倒を見ている子に潜水が得意な子がいたよね。 彼に協力を仰げないかな?」
「フレミネか。確かに適任だろうな……分かった、私から声を掛けておこう。しかし、その道中も含め、面倒事は起こしてくれるなよ?」
「勿論、我らが寛大なる外交官殿のお手を煩わせないことは保証いたしますとも」
だってそんなことをしようものなら、後が怖いからね。
「……ところで、前のように砂糖を大量には入れないのだな」
「……はぁ、やめてよね? あの後、サンドローネに散々しごかれたんだから」
「フッ……彼女の教訓は活かされているようだね」
「おかげさまでね」
とは言っても、甘い物が好きなことには変わらない。
人間とは外見は変わっても、中身というのはそう簡単には変わらないものなのだ。
要するに、糖分最高ってこと。
というわけで、君も糖分最高と叫びなさい。
水中とは元来、人間にとっては自由が利かない領域である。
火なんて当然付かないし、人間でれば呼吸も儘ならない。
しかし、人間という生き物は自らが適応出来ない環境を、持ち得る知能で対応してきた。
故に適応は出来ずとも、対応は出来る……唯一の生き物と言えるだろう。
「あの……此処が『散兵』様の仰っていた場所……です」
少し気弱そうな少年の声が潜水メット越しから聞こえてくる。
眼前には一部は割れてしまってはいるが、壮麗なステンドグラスが特徴的な石造りの壮麗な建造物が映る。
崩れた支柱の合間には奥に続くであろう小道が見えた。
「ありがとう、フレミネ君」
「い、いえ……お父様に言われた事をやっただけです……から……」
「此処から先は俺一人で大丈夫だから。後は……そうそう、忘れてた。アルレッキーノ殿には改めて感謝を伝えておいて欲しい」
「わ、分かりました……じゃ、じゃあ……お気をつけて……」
ペコリとその場で頭を下げ、フレミネは海面を目指して上昇を始めた。
その姿を見送りながら、ふと思い浮かんだ。
……そういえば、アルレッキーノって女性だよな。
なんで、彼女の所の子供達は皆、お父様って呼ぶんだろうか……?
そんなことを思った矢先だった、水の刃が背後から高速で迫ってきた。
「おいおい、なかなかに激しい歓迎じゃないか」
迫ってきた水圧の刃は紫の障壁によって雲散した。
視線の先には尚も悠々と泳ぐ、エイのような原海アベラントの姿がある。
アルレッキーノからは面倒事を起こすなとは言われてるけど……まあ、これぐらいなら大丈夫だろう。
「それに──害獣駆除って大事だしね」
手元の邪眼が光ると、障壁の周りには紫に光る仙霊のような物体が三体出現する。
「──
尚も悠々と泳ぐ原海アベラント達に向かって、号令と共に襲い掛かる。
「う~ん……ちょっとやり過ぎた感は否めないけど、まあいいか」
大は小を兼ねるとも言うし……というか、わざわざこんな深度まで法執行機関の人間も来ないだろう。
要するに細かい事を気にしてはいけないってこと。
それに、俺の調べ物も始まったばかりだ。
折角、ここまで手を尽くしたのだから、この機会を無駄にはしたくない。
「さて……行きますかな」
切り刻まれ、穴だらけになった原海アベラントの遺骸が漂う中、奥へと突き進んで行った。
……そういえば原海アベラントって食べられるのだろうか。
もし、機会があったらアルレッキーノに聞いてみようかな。
──ちなみに後日、本人に聞いたら。
「……そもそも食べる人間はいないと思うが?」
と、本気で憐れむような眼で見られた……ツラい。
当初、施設全体が完全に水没したものだと思っていたが、どうやら水が入って来ていないエリアも幾つかあるようだ。
お陰で、書籍や記録紙のような紙媒体も幾つか現存していた。
加えて、どうやら俺が来る前に誰かが立ち入ったようで、所々に開かれたドアや漁られた収納といった形跡があった。
おかげさまで迷う時間を喰わずに、順調に奥へと進めている。
しかし、かの水仙十字結社の研究施設というものだから……惨い実験記録ばかり散見されるものと思ったら、そういうわけでもないらしい。
当時の人々の日記、法執行機関だったであろう者の記録。
しまいには同僚の愚痴やら、ちゃんとした実験記録や調査記録などと内容は様々だった。
しかし、記録されいた実験の幾つかについては、どうも穏やかなものではなかったらしい。
「……この奥か」
『───────────!!!!!!』
先程から脳にまで響く声──否、かつて人であった物の残滓の残響。
それはこの角の奥から絶えず聞こえてくる。
そもそも、水仙十字結社は予見された世界の終末に対抗し、未曾有の危機を生き残るために設立されたそうだが、どうやら彼らはその過程でアビスに手を出したらしい。
そして、それは失敗した──目の前の
「……これだな」
雷元素のそれとは違う禍々しい紫の方陣──その内側には光さえも吸い込むような漆黒の物体が鎮座している。
何かが融け、固まったようなソレ──これが元は人であったと誰が信じられるだろうか。
無論、ソレが誰なのかは分からない。
けれど、俺にこの声が聞こえるという事は元は人であったという証明だ。
『────────!!!!!!』
脳に響く判別も出来ない絶叫に顔をしかめながらも、携帯していた写真機でその物体の写真を撮っていく。
これは生まれ直すことに失敗した──尤も目的自体は違ったのかもしれないが。
そして、これで一つ分かった。
彼女が言っていたのは新生でも、救済でもなんでもない──ただの破滅だったのだと。
彼女は──
ある青年について……
道端で見たファデュイの坊や、ありゃダメだ。完全に呪われてる。予言しよう、あの坊やは破滅する。死ぬとかそんな程度じゃ済まない、完全な破滅さ。