吉原一の花魁と呼ばれた瀬川(花の井/瀬以)を1400両もの大金で身請けした盲目の大富豪、鳥山検校。金の力ですべてを手にしてきた検校にとって瀬川はどのような存在だったのか。演じる市原さんに、謎に包まれた人物を演じる難しさなどを伺いました。
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手探りで作っていった検校の人物像
盲人組織・当道座の最高位で大富豪。大胆かつ豪快で悪代官のような印象もあり、それでいて真っすぐで繊細な部分もあり…。謎多き鳥山検校を演じるうえで、失礼のないようさまざまな資料などを読んでみたのですが、結局、その人物像までは深く分かりませんでした。
大河ドラマは3作目になりますが、「おんな城主 直虎」のときも「鎌倉殿の13人」のときも、結髪や髭(ひげ)、衣装をこんな風にしたいと自分から具体的なお願いをさせていただきました。
今回僕からお願いしたのは、目を白濁にしたいということ。大河ドラマは伝統もありますし、エンターテインメント、ロマンの要素もあります。また、鳥山検校はこれまでの大河ドラマでも見なかった人物像だと感じていましたので、見てくださる方々の記憶に残るようにしたいと思いました。衣装と頭は監督やスタッフの皆様が考えるイメージにお任せしたのですが、目に関しては、自分でも濁り具合を検討して決めました。初めてこういったレンズをつけてみて分かったのですが、着用すると視界が20パーセントくらいしか見えないんです。さらに、横から照明の光が入ると全く見えない。実際にお芝居をするうえでは結果として良かったのかもしれませんが、初めての感覚でしたので、現場には早めに入り、30分間くらい一人で動きと立ち位置を確認し1人稽古をし備えるようにしました。検校ならばどこに立ち、何を思い、どんな仕草(しぐさ)をするか、何度も繰り返し確認するようにしています。
また、当道座の方は芸事に長(た)けていて、検校も三味線を弾きます。私も先生のご指導のもと三味線の稽古をさせていただいていますが、音というものはこんなにも心を埋めてくれるのだなと改めて気づくことができました。こうして毎回、小道具や衣装一つ一つから、そこに携わるたくさんの方々の思いを感じつつ、役作りをしています。
暗闇でつかんだ検校の孤独な思い
見えないというのは本当に難しいです。本当の感覚や痛み、苦しみを僕は知ることはできませんが、少しでも学ぶことができればと、視覚障害の方の生活を支援する施設を見学させていただきました。また、100%の暗闇の中で、音、香り、風などを体験するイベントにも参加しました。本当に真っ暗な状況で、どこにいるかもわからない、何が存在しているかもわからない。自分から動かないと何も知ることはできず、無いことと同じなのだと気づき、とてつもない不安に襲われました。
でもそのとき、隣にいる方と手をつないだり、声を掛け合ったりすることで、人のありがたみを強く感じました。同時に、個でいることの多い検校の寂しさも痛感しました。自分の意志とは関係なく、目が見えないという運命に寄り添い続けなければならない検校は、耐え難い孤独の中で生きてきたはずです。息をする度に敵が増えるような感覚を抱きながら、自分の生まれてきた意義や存在する意味を常に探し求めていたのではないかと思います。
瀬川の存在は希望の光だった
そんな検校にとって瀬川は、初めて自分が生きている意味を感じられる女性でした。芥川龍之介の『蜘蛛の糸』のような、何も見えない地獄の状況の中でやっと垂れてきた1本の糸…それが瀬川だったのではないでしょうか。
守らなければならない規律や秩序がある初会で、瀬川がそれを破り、自分のために本を読んでくれた…。その行為に検校は魅了されます。今まで自分と同じ方向を見てくれる人がいないと思っていたところに、ともに規律を破ってくれる人が現れ、共犯者のように共有できたことがうれしかったのかもしれません。
最初の思いは意地とプライドだったと思います。すべてを思うままにできる検校が、瀬川の前では思いどおりにならない。でも、そのプライドが崩れたことで、人を思う気持ち、命を大切にする気持ちにも気づかされるのです。だからこそ、瀬川が離れてしまうときには、何が何でも追いかけたくなってしまう。でも追いかければ追いかけるほど離れてしまうのが恋というものです。瀬川はそもそもなぜ検校のもとにきたのか、打算、計算だったのか、女郎としての意地なのか。その目的ははっきりと分かりません。瀬川の真意、女心がどのように描かれるのかは見どころですし、僕自身も楽しみに演じていました。
華やかな舞台で描かれる人間臭さ
瀬川役の小芝(風花)さんは、とにかく笑顔がすてきで、周りを花畑にしてくださいます。まさに瀬川のように、蝶(ちょう)が舞うときに粉を落とすような、人々を魅了する華を持っていらっしゃる方だという印象を受けました。吉原のセットも華やかで艶やかですよね。大河ドラマならではの最先端の技術を用いて作られているのを感じています。
森下(佳子)さんが書く作品は、繊細な人間愛といいますか、誰もが心の奥に持ちながら薄れてしまっている無垢(むく)な心を思い出させてくれます。きっと、人を大切にされる方なのだと思います。ひとつの命をすごく柔らかくて温かい光のように描きながら、時に強烈で暴力的に感情を放出させるので、振り幅を感じるんですよね。でも、これこそが生きるということ、人間が存在するということなのでしょう。「べらぼう」もきっと、すてきな作品になると確信しています。
江戸中期は、さまざまな産業、文化、芸術が生まれ、人の感性が豊かになり、個々の思想や欲が浮き彫りになっていく時代です。武力で支配される緊張感から解放されると、結局、人と人とを結びつけるのは、心です。その人間臭い部分が作品の魅力につながるのではと思っています。
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