『傀儡』について……
……これ、彼女の前で言うと怒られるんだけど、彼女ってとんでもなく負けず嫌いなんだよ。何か勝負事があると、彼女は負けても勝つまで続けようとするからさ。キリが良いところで負けてあげないといけないんだよね。
「うん、暇だ。超絶に暇すぎる」
ベッドの上で足を組みながら、もう三度目となる愚痴をぼやく。
先日の騒動で、女皇から直々の謹慎処分を言い渡された以上、無断でパレスの外を出歩くことは執行官であっても許されない。
まあ、宮殿の一室を吹っ飛ばしておきながら、謹慎処分程度で済んだ以上、かなりの温情をかけられているのも事実。
ここは女皇の慈悲に甘んじて、大人しく待機しているのが吉であろう。
要するに反省は大事ってこと……あれ? 今回、俺って何か悪いことしたっけ?
主に一人の天然ともう一人の誤解が最悪な形で合わさって起きた、悲しい事故な気がするのだが……
とはいえ今更、この処分に不服を申し立てた所で、今度は女皇の不興も買いかねない。
なんなら折角の機会だし、ファトゥスに任命されてなからの日々を振り返ってみるのも悪くないだろう。
えっと……まずは式典でヘマしてコロンビーナに笑われて、お茶会でサンドローネを怒らせて、唄ってたコロンビーナにお菓子をあげて、任務でドットーレにねちねち嫌味を言われて──
──あっ、畜生。嫌な事を思い出してしまった。
……まあ、いいか。気を取り直して続けるとしよう。
深夜に侵入してきたコロンビーナに餌付けして、その翌日にサンドローネに部屋を吹っ飛ばされて──いや、コロンビーナとサンドローネの割合が多すぎない?
いざ振り返ってみると、なんだかんだで、あの二人に出会してばっかりだな。
しかし、こうして振り返ってみるとコロンビーナは神出鬼没の気があり、彼女の行動というのは如何せん予想がしづらい。
たとえば──
「……コロンビーナ」
試しに、眼前の壁に向かって彼女の名前を呼んでみる。
勿論、目の前の壁に彼女がいるわけではない。
まあ、流石のコロンビーナといえど……そんな都合良くこんな所にいたりはしないだろう。
「呼んだ?」
──ほら、わざわざちゃんと返事までしてくれて……ん?
「……コロンビーナさん?」
「うん、どうかしたの?」
「な、なんで此処にいるの……?」
「……? 部屋に入ったからだよ?」
いや、それはそうなんだろうけど、俺が聞きたいのはそういうことじゃないのよ?
「……俺、鍵掛けてたよね?」
「開けたよ?」
いやいや、だから何でそこで開けちゃうの!?
少なくとも、中の人の返事を待とうよ! でないと俺のプライバシーはどうなるってんだ!
しかし、当のコロンビーナはなかなかの世間知らずである。
ここで彼女に憤慨しても、かえって悪い結果になりかねない。
要は落ち着いて、彼女を諭すのが一番ってこと。
「あぁ……そっか。で、でも、部屋の鍵を勝手に開けるのは良くないかな? つ、次は一応、ノックはしてくれない?」
「うん……ごめんなさい。次はノックしてから開けるね」
「うんうん。そうしてくれると助かるかな……ん?」
あれ? 俺、おかしなことは何も言ってないよね?
大丈夫、俺はコロンビーナを信じてる──次はちゃんとノックして、俺の断りを待ってくれるって。
つまり、信頼は大事ってこと……えっと、大丈夫だよね?
「コホン……で、どうしたのさ? 俺……正確にはサンドローネもだけど、絶賛謹慎中の身なんだけど?」
「サンドローネがお茶会をするの。だから、誘いに来た」
「……あのお方、俺と同じで謹慎中の筈じゃなかった?」
「宮殿の外には出ないから問題無いって言ってた」
なんという理論武装……これが執行官歴の違いが成せる技なのだろうか?
「えっと……サンドローネは良いの? 一応、彼女の謹慎処分の理由の一つなんだけど、俺」
後、目の前の
「サンドローネは自分の感情を調節するのが上手だから、きっと大丈夫だよ」
感情の調節が上手……えぇ~、ホントにござるかぁ?
サンドローネ=激おこ──と言っても良いくらいには彼女が怒っている姿を見ている気がするが。
まあ、コロンビーナの方がサンドローネとの付き合いは長い。
新入りの俺が知らないサンドローネの一面というのも知っているのだろう。
実際、今後の事を考えれば執行官同士、ある程度の交流があった方が良いのも事実。
この場合、彼女の理論武装に便乗しておくのも一興かもしれない。
……別にタダでお茶とお茶菓子を貪れるからとか、そんな理由じゃないよ、ホントだよ?
「じゃあ、一緒に行こ」
「あっ、ちょっと引っ張んないで。思いっきり寝巻きだからさ。一旦、着替えるから……」
「分かった。此処で待ってるね」
「いや、そこは外で待っててくれない!?」
セクハラ駄目絶対──ファトゥスとの約束だ。
……先程、コロンビーナ女史は仰られた。
『サンドローネは自分の感情を調節するのが上手だから、きっと大丈夫だよ』と。
では、ここで実際の彼女を見てみよう。
「……っ」
さっきから、ずっとしかめっ面で俺のことを見てるんですけど……あの滅茶苦茶、気まずいんですけど。
いやまあ……普段の行いを鑑みても、彼女に好感を持たれるような事をしてる自覚は無いけどさ……
「サンドローネ、このお茶苦い……」
「……あらそう。アナタの舌が子供だからじゃない?」
……うん、確かに苦い。普通に砂糖が欲しいんだけども……
「……」
……見られてるんだよな。未だに滅茶苦茶、凝視されてるんだよな。
前にお茶の味わい方について、彼女に散々しごかれたのもあり、砂糖へ伸ばした手が止まる。
隣で口直しでクッキーを頬張るコロンビーナがこの時ばかりは羨ましい。
そんな事を知りもしない彼女の横では、また気まずい沈黙が訪れた。
「……なによ。砂糖、入れないの?」
意外にも、この気まずい沈黙を最初に破ったのはサンドローネだった。
「えっと……入れた方がいいの?」
「……今日の茶葉は香りは良いけど、味は苦味が強いのよ。だから砂糖で自分好みに調整しなさい」
「そ、そうなんだ……じゃあ、遠慮なく」
彼女の注目の中、砂糖を一つ紅茶へ落とす。
「……何よ。こっちを見て」
「えっと……砂糖ってどれくらい入れるのがベストかなって」
「……そうね、私なら一つかしら。その方が香りも崩れないし、味も少しマイルドになるから」
「じゃあ、これがサンドローネのオススメという事で……それじゃ頂きます」
カップを口にすると口内で紅茶特有の爽やかな香りが拡がる。
コロンビーナが苦いと言っていた味も、砂糖のお陰かマイルドなものとなっており、意外と飲みやすく感じる
俺個人としては甘い方が好みではあるが、これはこれで悪くない逸品だ。
「……うん、美味しいね」
「そう……私が直々にお茶の味わい方を教えた甲斐があったわね」
「アハハ……その節はどうも……」
「……サンドローネ、嬉しいの?」
「へ、別に嬉しくなんかないわよ。変なことを言わないで」
「素直になればいいのに」
「コロンビーナ……次、そんなことを言ってみなさい。その首をキュッとするわよ……!」
……なんというか、いつの間にかアウェイになっちまった。
でもまあ、これが俗に言う、
この二人のやり取りは見ていて飽きないし、普通に面白い。
つまり、もっとやれということである。
「まったく、調子が狂うわね。まあ、良いわ……スカラマシュ」
「なんですかい?」
「折角の機会だし、貴方に質問をしてあげる。貴方はなんでファトゥスになったの?」
「なんでって……女皇になれって言われたから」
「あのねぇ……私は別にそんな当たり前の事を聞いてるんじゃないの。もっと内面的な理由……強いて言えばファトゥスになってまでする目的ってやつよ」
「私も気になる。どうして?」
おっと……まさか、このタイミングで俺の身の上話を振られるとは思わなかった。
「別に我らがサンドローネ様のお眼鏡にかなう理由じゃありませんよ」
「お眼鏡にかなうか判断するのは私。つべこべ言わずに話なさい」
……遠回しで話したくないって言ってるのが伝わらないのかな。
「……ハイハイ。分かりましたよ……簡単に言っちゃえば、
「人探し? 誰を探してるのよ」
「えー……恋人とか?」
「なんで貴方が疑問詞を浮かべるのよ」
「イヤだなぁ。俺だって男ですよ? 甘い夢を見たい時なんていくらでもありますとも」
──そう、彼女達が別に知る必要もないし、俺が教える必要もない。
「……」
「……コロンビーナさん? なんで急に足を蹴り始めるんです?」
ぺちぺちと彼女の振る足は狙い澄ましたように全てが脛に当たる。
「そういうの良くないと思う」
「あら、珍しく意見が合うじゃない」
あれ? なんでさっきまで喧嘩してたのに、今度は意気投合してるんですかねぇ……?
やはり、共通の敵を見つけると団結してしまうものなのだろうか。
確かに敵の敵は味方とも言うが……というか、俺が敵になっちゃったよ。
どうやら、この場において言論の自由なんてものは存在し得なかったらしい。
要するにもう何も言えないってこと……男は辛いね。
──それに、ファトゥスになってまで探す人をどうするかなんて決まっているだろう?
尚も続く二人の喧騒を余所に、彼はその心中の奥底で嗤う。
そんなの──
『散兵』について②……
そういえば、彼って大の甘党なんだよ。サンドローネのお茶会に行ったら彼も参加してね。彼、紅茶に何個砂糖を入れたと思う? 8個だよ!そしたらサンドローネが怒ってさ…… フフッ、アハハ! ダメだ、思い出したら笑っちゃうよ。