2026年、明けましておめでとうございます。
昨年はまあまあ筆が動き11記事くらい書くことができた(それでも少ないが)
今年はもっとブログに日々の思いをアウトプット出来たらいいなと思ってるのでよろしくお願いします。
さて、年明け早々声優の楠木ともりさんが結婚を発表した。まあ毎年恒例の年末年始にまとまった声優結婚発表があるやつだったのだが、とある一言がこれを「恒例行事」だと許さない賛否を巻き起こした。
それは報告文内の
「学生の頃からお付き合いしている方」
である。
この一文は元旦早々議論と賛否を巻き起こし長澤まさみさんの結婚というもっと重要そうなニュースを掻き消して弊TLに鎮座し続けた。
野球繋がりの友人とのLINEグループにメッセージが入った。野球選手は学生時代からの純愛を経た結婚が歓迎されるのに何故女性声優だとダメなのか分からないとの事。
この友人は既婚者なのでオタク的価値観の擦り合わせに長文を要すると思いとにかくメモ帳にその理由を書き殴った。そしてGeminiに推敲させた後Geminiの推敲が気に入らなくて半分自分の言葉で書き直して完成させた。
↓以下がその文章である。若干過激なのと長文なのでちょっぴり閲覧注意。あとあくまでも「持論」なので!と保険掛けとく。この持論を否定出来るのが人として真の幸せな人生なので。
プロ野球選手はプレーでファンを魅了するが、そこにファン側のガチの恋愛感情はほぼ介在しない。だからこそ、学生時代からの幼馴染と結婚しても「純愛だね」というほのぼのとしたエピソードで完結できる。
しかし、楠木ともりのケースは決定的に構造が異なる。学生時代から彼氏がいたにもかかわらず、弱者男性救済コンテンツである『ラブライブ!』のオーディションを受け、優木せつ菜として「ドル売り」を開始したからだ。
弱者男性コンテンツの支持層は、結婚どころか彼女ができる見込みも薄く、「今さら彼女を作ろうと努力したところで、時間も金も無駄である」と悟ってしまった層が大多数を占める。
現代はSNSの発達により、20代前半にして「自分の人生がいかに詰んでいるか」を客観視させられてしまうからだ。
信じてもらえないかもしれないが、ラブライブ!の応援層は、マジのガチでキャスト全員をうっすら処女だと信じて応援している。これも、一定水準以上の生活を送るリア充層には到底理解できない感覚だろう。
本来、真っ当な人間が20代で恋愛や結婚や出産といったライフステージを歩む中、オタクたちはその全リソース(金・時間・体力)を推しに捧げている。そんな中、女性声優サイドが「学生の頃から付き合っていた男性と26歳で結婚」と発表する。
そうなると、数年間熱心に応援していたファンからすれば、その期間に積み上げた「かけがえのない思い出」が、すべて過去に遡って汚されてしまう。優木せつ菜としての楠木ともりを応援していた過去の思い出全てに精子がぶっ掛かってしまったのである。そして、失われた時間は二度と戻らない。
我々弱者男性からすれば、自分の適切なライフステージを投げ打って追っている相手には、等しく適切なライフステージを踏んでほしくないとうっすら願っているフシがある。いや、うっすらどころではない執着を持つ者も少なくない。
さらに、ここに二つの悲劇が重なった。
一つは、2017年の眞子さま婚約報道時の「幸せならOKです」というネットミーム。
もう一つは、2020年代のコロナ禍を経て、一般層が「推し活」の名の下に流入してきたことだ。
恋愛も結婚も可能な「一般人」が、アイドル声優をカジュアルに消費し始めたことで、オタクが抱く「生き様としての執着」との間に深い断絶が生まれた。
最近のネット上では、
「ファンだったら推しの幸せなら祝福すべき」
「声優だって人間なんだから彼氏くらいいるだろう」
といった冷笑的な正論が半数より上のマジョリティを占めるようになった。
その結果、古参の声豚は「推しの結婚」と「世間からの冷笑」によって、二度殺されることになったのである。
2026.1.2追記
更に「そんなにガッカリして、まさか自分が推しと結婚出来るとでも思ってたの?」とか、推し活に流入して来た一般層は言い放ってしまう。
彼ら彼女らは一般人なので自らも恋愛や結婚に行き着くことが可能であり、そういう価値観に基づいた発言をしてしまうのだ。
古のオタクからしたら「そういう意味じゃねぇんだよ」と言い返したいが、結婚発表を見てしまうと既に元気は無く反論出来ず、だからオタクの頭がおかしいという認識で世間的に消化されてしまう。(なおオタクの頭がおかしいのは正論である)
Twitterの140字という制限下では、この複雑な背景を説明しきれない。絶望した弱者男性たちは、もはや声を上げる気力すら失い、自分の感情を殺して「おめでとう」と呟く。これは「学習性無気力」そのものである。
※学習性無気力とは:逃れられない電気ショックを与え続けられたネズミが、やがて回避可能な状況になっても逃げようとしなくなる現象。今のオタクは、抗えない現実というショックを与えられ続けた結果、心が折れ、ただ沈黙を受け入れている状態なのだ。
かつての売れっ子声優が30代半ばまでスキャンダルを出さず、その後の結婚が祝福されていたのは、実はオタクによる監視体制が厳しかったことも一因だろう。今では大炎上不可避とされるCD割りや雑誌破き、グッズ破壊なども、今の時代から振り返れば、秩序を保つための「必要悪」だったのかもしれない。
過激な声豚たちの監視体制が緩んだ近年、楠木ともりの問題をはじめ、進藤あまねやLiyuuの不貞疑惑、坂倉花の弱者男性リボ払いクレカ問題、前田佳織里のとある圧、紫月杏朱彩の彼氏が生誕委員問題、トップTierの1コンテンツの出演取った後の代表作の欠如、演技力不足の若手の増加など、シーンは確実に悪化している。
疲弊した弱者男性たちは、もはや演者の質が下がりながらも高騰を続ける声優イベントのチケ代を払う気力を失い、Vtuberや地下アイドルの世界へと流出していく。
今業界に必要なのは過激に女性声優の恋愛を監視し、叱責し、何か発覚すればグッズをぶっ壊すようなクレイジーな人材なのかも知れない。
しかし彼らは絶対に時代に淘汰されてしまう。このままでは負のスパイラルに女性声優界は呑まれてしまう。それを止める手立ては無いのである。
楠木ともりが「学生時代からの恋人」と26歳で結婚したことに対する賛否の渦は、単なる嫉妬ではない。そこには、変質してしまったオタク文化と、残酷なまでに格差が可視化された現代社会の構造的問題が横たわっているのである。
↑以上。
年初めになんつー記事を投稿しとんねん。
すぐ新しい記事書きます。
2026年も人生楽しんで行きましょう。