烏丸百九さんが、なおすけさんへの「バイ差別」捏造事件に参戦した直後のこと。
 あるイベントで、烏丸さんを目撃しました。

 正直、会いたくもないので、無視しようとしました。
 それでは、あまりにも大人げないので、きちんとあいさつしましたが。

 前にも書いたように、烏丸さんとは様々な場で会いました。
 狭い札幌の運動界隈で、関心領域も重なっていれば、必然的にそうなります。

 2023年の時点で、私の中では、烏丸さんに対して、「許せない」という感情が生じていました。
 しかし、単純接触効果という言葉で説明するのが正確なのか分かりませんが、次第に「よく見掛けるし、仲良くしておくか」という気持ちに傾いていきました。

 私にとって、「バイ差別」捏造事件のことを棚上げするということは、大きな譲歩でした。
 Twitterでヘイトと闘い、結果も出してきた、なおすけさんを追い出すのに加担したということですから。

 しかし、「私さえ忘れれば良いのね、もう終わったことだし」と、自分を納得させて、わだかまりは、とりあえず脇に置いて、烏丸さんとの交流を続けることにしました。

 このことを、わざわざ蒸し返す人がいるなんてことは、思いませんでしたからね。
 のちに、その判断は、大間違いであったことを身に染みて痛感させられることになります。

 2024年は、烏丸百九さんとの親交が、深まっていた年でした。

 彼の調子が悪そうだったら、声を掛けたり、「炎上」している時には、励ましたり。
 烏丸さんが、アイヌヘイトシンポジウムにカウンターした時も、勇敢な行為に、敬意を表しました。


 なお、最近の烏丸百九さんは、カウンターと距離を置きたがっています。



 烏丸さんが返信しているアカウントは、暴力革命をやりたがり、中核派を評価しているアカウントでもあります。

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 カウンターはNGで、暴力革命や中核派はOKなのでしょうか?
 愛国左翼のイデオロギーというのは、よく分からないですね。

 「中指警察」をして、地元のカウンターも含め、様々な人たちから批判を浴びて、いじけているのかもしれません。



 さて、烏丸さんに対して思うことを、とりあえず棚上げして、交友を深めていたのは、単純接触効果だけではなく、淋しかったのだと思います。

 私は、大勢の人の中で、自分がひとりぼっちという状況が、とても苦手です。
 そういう時、知り合いがひとりでもいると、ものすごくホッとします。

 デモとか抗議活動とか、裁判の傍聴とか、行こうかなと思いながら、気乗りせずに家で過ごす、ということも、よくあります。

 社会を変えたいし、いろんな運動に参加したいなと思いつつ、もともと人見知りだし、引っ込み思案だし、めんどくさがりです。

 だから、運動仲間がいるということは、私にとって大きな支えでした。
 社会運動は、友だち作りではありませんが、1人だけで何かをやれるほど、私は強くありません。

 2024年3月、パレスチナに連帯するアクションが、札幌駅前で開催されました。
 私が参加した時には、すでにイベントが終わりかけで、しょんぼりしました。

 そんな状況で、烏丸百九さんの姿を見つけて、とてもうれしかったです。

  せっかくなので、お誘いして、札幌の地下街でオムライスを食べました。
   
 この時は、反差別や天皇制、政治的な話題などを語り合いましたが、烏丸さんのYouTube活動についても、いろいろと教えてくれました。

 話題によっては、広告がつかなかったり、様々な制約がある中で、彼が奮闘していることが分かりました。

 私は、社会問題や差別問題についてお喋りするのが好きですが、烏丸さんは身近なところで会って話せる相手だったのです。
 しかし、話の端々に、「おや?」と思う部分も、ありました。

 例えば、ある映画について、「宗教差別映画」と言い出したのには、流石に首をかしげました。

 ズレているなと感じる発言について、細かいことで、いちいち小うるさいことを言いたくなかったので、その都度、聞き流していました。
 今思えば、私の中でアラートは鳴り続けていたのだと思います。

 もっと、自分の感覚を、信じてあげるべきでした。

 そうこうするうちに、2024年の9月6日がやってきます。

(続く)