(インタビュー)灯を消さぬために 共にある 中満泉さん、井上達夫さん

 異なる者同士が共にあろうとするために、培ってきた秩序やルール。過去に学び、エスカレートや破局を避けようとする力。人類がともし、守ろうとしてきた光が、弱まってはいないか。何ができる。灯を消さぬために。

 ■多国間主義や秩序の危機、平和80年の歩み生かして 国連事務次長・軍縮担当上級代表、中満泉さん

 ――米科学誌が毎年発表する「終末時計」で、地球滅亡(深夜0時)までの残り時間は昨年、核使用のリスクの高まりなどから史上最短の89秒になりました。国連の軍縮部門トップとして、人類の危機の深まりをどう捉えていますか。

 「私だけでなく、事務総長を始め国連で働く人間が感じているのは、これまで人類が大切に築いてきた秩序が崩壊しつつある、という深刻な危機感です。第2次世界大戦の惨禍を経てつくられた、平和維持などのための国連憲章を中心とした国際秩序や多国間主義が、うまく機能しなくなっているからです」

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 ――大きな責任を負う安全保障理事会が、拒否権を持つ常任理事国に振り回され、機能できずにいます。

 「ウクライナガザでの戦争で、『大国一致の原則』のために本来の役割を果たせていないことが、世界に失望を与えているのは間違いないでしょう。安保理の機能不全の一因は、常任理事国(米英中仏ロ)が、彼らに与えられた拒否権を『特権』と捉えているかのような行動を繰り返していることです。しかし、国連が構想された際に常任理事国に期待されたのは、平和維持のための『特別な責任』だったはず。その原点を取り戻すことが、大きな課題です」

 「他方で、東西冷戦期安保理決議が1本しか通せない年もありましたが、この1年では30本以上が採択されています。常任理事国の対立がない問題は、決議を採択できる状態です。国連がなくなってしまえば、世界はより危険になるのは間違いありません。引き続き取り組むべき歴史的な課題だけでなく、人類全体に迫る新たな危機があるからです」

 ――具体的には、どのような。

 「軍縮分野でいえば、技術開発によって『戦争』の姿が変わりつつあります。陸海空に加え、宇宙やサイバーといった領域でも人類は活動するようになり、軍事概念も広がりつつあります。たとえばウクライナでの戦争は、2月24日にロシアの武力侵攻が始まったとされますが、実際はその前日から宇宙やサイバー空間での攻撃が行われていました」

 「さらに、AI(人工知能)が軍事目的や情報操作に利用される危険性も高まっています。自律的に人を殺害するAIを搭載した兵器を、どう考えるか。核兵器のシステムにAIが搭載され、人間ではなくアルゴリズムが自動的に発射指令を出す事態すら現実味を帯びています」

 ――第1次大戦の惨禍を受け、毒ガス使用を規制する条約が出来たように、そうした新たな「軍拡」を食い止めることはできるでしょうか。

 「戦争にも(無差別攻撃を禁じる交戦法規など)国際法上のルールがあり、違反すれば裁きを受けます。いま私たちは、それぞれの技術開発に応じた規制について、懸命に対応しようとしています。ただ、必ずしも個別のテクノロジー分野ごとに対応すれば済むわけではありません」

 「たとえば『機械が人間の命を奪う決定を下す』ことになれば、共通の倫理に基づく人間の説明責任が前提だった従来の国際法の根幹を揺るがす事態になります。国際法の体系を、どう守っていけるのか。私たちは今、従来の『共通ルール』が無視され得る、極めて危険な瀬戸際に立たされているのです」

 ――中満さんは、日本人9人目、そして女性では日本人初の国連事務次長です。灯を消さないために、日本が果たせる役割はあるでしょうか。

 「確かに以前ほどの経済力はないかもしれませんが、日本は国連、そして多国間主義の現場で存在感を発揮しうると思っています。(日本を常任理事国に加える)国連憲章の改正が難しいから、日本は国連で大した役割を果たせない、というのは誤りです。たとえば常任理事国の拒否権を規制しようとする最近の動きでは、リヒテンシュタインなどの小さな国々が指導力を発揮しています」

 「私はPKOにも携わりましたが、そもそもPKOは国連憲章に規定がなく、カナダのようなミドルパワーのアイデアと努力で実現したものです。(英仏などがエジプト侵攻した1956年の)スエズ危機の際も安保理は機能せず、事務総長は朝鮮戦争の際に採択された決議を使い、やはり憲章に規定のない緊急特別総会を開いて国連緊急軍を創設しました。国連の歩みは、こうした創造的なアイデアの歴史でもあります」

 「これからの世界で大切なのは、グローバルサウス新興国途上国)の理解と支持を得ることでしょう。その際、平和国家としての80年の歩みこそが、日本の財産になります。昨年、当時の石破茂首相は退任前におこなった国連総会での一般討論演説で、『アジアの人々は戦後、日本を受け入れるにあたって寛容の精神を示して下さいました』と述べ、その寛容さに支えられてきたことを強調しました。排外主義や近隣国への敵対感情ではない、こうした姿勢は、とても重要なポイントだと感じました」

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 ――次代を担う、日本の若い世代についてはどう感じていますか。

 「正直、心配しています。日本の若者は最近、海外に興味を持っている人と、まったく関心を持たない人に二極化しているのではないでしょうか。経済的な余裕がなくなったせいか外に目を向けなくなり、国内の格差や不平等へのフラストレーションが排外主義に向かうようなことになると、戦前の繰り返しにならないかと心配です」

 「日本人が本当に誇れるのは、戦後80年、歴史の反省の上に立ち、国際社会に平和国家としてどう貢献できるのかを真剣に考えてきたことだと思います。それを『自虐的だ』などと批判する人がいるのは、分かっています。しかし私は国連の場で、国際公務員ですから国籍を前面に出すわけではないですが、日本人としての誇りをいつも感じています」

 「最近、日本人のSNS発信を見ていると、どうもこんがらがっている人が多いように見えます。平和国家として、80年間かけて、私たちは信頼される地位を築いてきたのです。それをこそ誇りに思うべきだと、若い人に伝えたいです」(聞き手・池田伸壹)

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 なかみついずみ 1963年生まれ。米ジョージタウン大学大学院修了後、国連難民高等弁務官事務所に。一橋大学教授、国連平和維持活動(PKO)局アジア中東部長、国連開発計画UNDP)総裁補などを経て17年から現職。著書に「危機の現場に立つ」など。

 ■強国間で「悪のなれ合い」 正義実現、国連の修復しか 法哲学者、井上達夫さん

 ――人類が戦乱の歴史を経て曲がりなりにも築いてきた国際秩序が、崩れかけています。

 「国際社会の法と秩序、その基礎にある人権尊重や戦力乱用の禁止という『正義』の原則が、危機に瀕(ひん)しています。公然と蹂躙(じゅうりん)する国家による暴力が荒れ狂っているからです」

 「もちろん無法な戦乱は今に始まったことではなく、殺し合いがなかった時代はない。だからこそ人類は自らの蛮行を制止すべく、戦争を統御する様々な試みを続けてきました。第1次大戦後に国際連盟を結成し、1928年のパリ不戦条約で、国益追求と紛争解決の手段としての戦争を違法化します。第2次大戦後には、戦争を抑止できなかった反省から国際連合をつくり、国際法の諸原則を再確立させました。冷戦終結後の一時期、世界はありありと『国連による平和』の夢を見ました」

 「しかし、この夢は破れました。国際法秩序に責任を負うべき安保理常任理事国のロシアが公然とウクライナを侵略しています。ガザでは、前世紀の『人道に対する罪』の最大の被害者であるユダヤ人国家イスラエルが、パレスチナの民に対してこの罪を犯しています」

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 ――「法の支配」をあざ笑うような「力の支配」が跋扈(ばっこ)しています。

 「『法の支配』の危機は、単に強国が国際法秩序を侵しているというだけではありません。より深刻なのは、法と正義の原則の規範的権威そのものを掘り崩す、シニシズム(冷笑主義)が広がっていることです」

 「それが端的に表れているのが、欧米や日本でも唱えられている対ロ宥和(ゆうわ)論です。戦争長期化の責任を、ウクライナの抗戦に転嫁する言説です。知識人にも多い対ロ宥和主義者は、侵略したロシアではなくウクライナに停戦の圧力をかけることを実質的に説いています。こうした対ロ宥和論は、侵略はペイする、というメッセージを発しています。侵略を抑止するどころか、武力による現状変更を望む他の潜在的侵略者にインセンティブを与えてしまう」

 「強者の支配を排し、武力による現状変更を禁じるという国際法の原則を尊重するならば、国際社会が協力して、ロシアに圧力を断固として加えることが必要です。それができずに弱小国にだけ譲歩が押しつけられるなら、国際法は強者の支配のイデオロギー的隠れみのとみなされ、規範的権威を喪失します」

 「『法の支配』を実現するのは、それを順守しようとする様々な行動主体が、協力して行う実践です。強者の力を抑える、いっそう大きな『力』を協働して組織し、行使しなければならないのです」

 ――プーチン大統領はクリミアを「併合」した際、西側諸国の過去の侵略と同じことをやっているだけだという趣旨の発言をしています。

 「他者の悪が、自己の同様の悪を免責する――。これは開き直りの詭弁(きべん)ですが、問題は、西側の多くの『批判的知識人』までもが、この思想のわなにはまっていることです」

 「例えば、03年のイラク侵攻など米国の軍事介入を強く批判してきた思想家ノーム・チョムスキーも、このプーチン大統領の欧米批判を擁護してしまっています。自国の戦争犯罪を追及すること自体は、間違ってはいない。しかし、それゆえに他者の罪を許容するのは、論理的にも倫理的にも倒錯しています」

 「『米国よ、ロシアを裁く資格があるのか』という主張は結局、強国が他国を抑圧するという悪を容認しあう『悪のなれ合い』です。弱き者は強き者に従えという『力の論理』に迎合するシニシズムをこれ以上、広げないためには、ウクライナ戦争もガザ戦争も正義が回復されるかたちで終結させなければなりません」

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 ――力の支配ではなく、法の支配によって実現すべき「正義」とは。

 「その前に、法とは何か。私は『法は正義への企てである』と規定します。法は正義を真摯(しんし)に追求している限りにおいて法たり得る、という立場です。その意味では国際法も、世界正義への企てだと捉えます」

 「では『正義』とは何か。その具体的基準に関し、様々な思想が対立競合しています。競合できるのは、それらに通底する共通制約原理があるから。それが『正義概念』です」

 「私が考える正義概念の規範は、『普遍化が不可能な差別は禁止する』です。分かりやすく言えば、『得するのが自分だからいい』『損するのが他者だからいい』という要求や行動を排除せよ、ということです。この規範は『自分の行動や要求が、他者と視点や立場を反転させても正当化できるかどうか吟味しなさい』という、反転可能性テストも要請します」

 「フリーライダーやダブルスタンダードは、この厳しいテストを越えられません。ハマスの戦争責任は問うのに、イスラエルの蛮行は座視する――これは明確に正義概念に反しています。正義が対立する国際社会において、『正義概念』の共通原理に基づいて、安全保障体制や法秩序が築かれる必要があります」

 ――世界正義を実現するには、どのような具体的措置が必要ですか。

 「世界は『諸国家のムラ』であり、その基本原理は、国力格差にかかわらず平等に扱う『主権対等原則』です。もちろん、これは一つの虚構です。しかし虚構だからこそ、現実を補正し、大国の横暴に抗する規範として意義を持ちます」

 「国連は現在、様々な欠点があるとはいえ、諸国家などが連携し調整を図る上で最も広範な包含力を持ちます。もちろん安保理改革は必須です。そのための国連憲章改正にも、5大国は拒否権を行使できます。でもそれは結局、自分たちの威信を低下させ、軍事力・経済力以上に重要な正統性調達力というソフトパワーを毀損(きそん)することになる。他の国々が団結して非難の声を上げれば、耐え続けることは難しいはずです」

 「先ほど私は『国連の夢は破れた』と言いました。しかし、夢は消えたわけではない。破れた夢の断片を再回収し、修復し、より強靱(きょうじん)なものに再編する――その地道な努力を続けなければなりません。私たちに、他に選択肢はないのです」(聞き手・石川智也)

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 いのうえたつお 1954年生まれ。95年から東京大学大学院法学政治学研究科教授を務め、現在は名誉教授。「法という企て」「現代の貧困」「世界正義論」「立憲主義という企て」「普遍の再生」「ウクライナ戦争と向き合う」「悪が勝つのか?」など著書多数。

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