ムスリムの弁当求め長蛇の列、物価高で頼りに SNSではモスク批判

高井里佳子

 年の瀬の東京・池袋の目抜き通りは、きらびやかなイルミネーションに彩られ、買い物客でにぎわっていた。

 一方、通りの先、地上60階建ての高層ビル「サンシャイン60」の足元の公園では、違う景色が広がる。薄暗く電灯で照らされ、底冷えする寒さ。無言でじっと前を見つめたり、スマホに目を落としたりする約500人が列をなしていた。

 12月27日午後6時、ムスリム(イスラム教徒)たちがスパイスを利かせた炊き込みご飯「プラオ」を配り始めた。パック詰めされた560食は、45分ほどで全てなくなった。

 「コメは腹持ちがいい。作り手の国籍や宗教に関係なく、もらえるのはありがたいですね」。生活保護を受け、簡易宿泊所で生活する元介護職員の日本人の男性(34)は笑顔を見せた。銀行口座の残高は数万円。この日は自転車で3カ所の炊き出しをはしごしたという。

鶏肉70キロ超、コメ50キロ ムスリムからの「寄付」

 約6時間前、近くのモスク「マスジド大塚」(東京都豊島区)では、ムスリムたちがプラオ作りに追われていた。公園での炊き出しは、生活困窮者を支援するNPO法人「TENOHASI(てのはし)」と毎月行っている。

 70キロ以上使う鶏肉は、モスクの近くでハラル食品店を営むムスリムから寄付を受けた。コメ50キロや、タマネギなどの材料もムスリムたちの寄付金で購入した。

 インド出身で、都内のインド・パキスタン料理店で働くマハマド・シエーク・ムクシエドさん(49)は、手際よく、クミンなどのスパイスを調合していた。大鍋で鶏肉などと一緒に煮込んだ後、コメを入れ、木べらでかきまぜながら味を確認した。「心を込めて作っていて、味には自信がある。色んな人を助けたい」

宗教や人種関わらず、「困っている人助ける」

 モスクを運営する宗教法人「日本イスラーム文化センター」の事務局長で、パキスタン出身のクレイシ・ハールーンさん(59)は「困っている人がいたら宗教や国籍に関係なく助けるのがイスラムの教えです」と話す。

 1991年に留学生として来日し、高架下や河川敷で暮らすホームレスを見て驚いた。自国では、困っている人がいれば親戚や近所の人が面倒を見て、路上で暮らす人を見たことがなかった。

 13歳だった1979年、旧ソ連がアフガニスタンに侵攻し、大勢の難民が隣国のパキスタンに逃げてきた。難民たちを自宅に招き入れ、食事を振る舞う両親の姿を通して、「宗教や人種、肌の色に関わらず隣人を大切にする」ことを学んだ。

 日本で専門学校を卒業後、中古車の貿易会社を立ち上げた。仲間と資金を集め、マスジド大塚を開いたのは2000年のことだ。

 その翌年、米国で同時多発テロ事件が起きた。イスラム教に対する誤解や偏見の目が向けられ、苦しんだ。地域の住民向けにモスクの見学会を開いても、参加者はほとんどいなかった。会社事務所の移転先をモスクの近くで探していた時は、ビルの所有者の女性から面と向かって「どれだけ武器を隠しているのか」と疑われることもあった。

 地域との距離が縮まるきっかけとなったのは、東日本大震災の支援活動だった。商店街や近隣住民におにぎり作りを手伝ってもらい、発生直後から福島県や宮城県に100回以上通った。

 近くで精肉店を切り盛りする林英子さん(71)は「交流して思いやりのある人たちだと分かった。どんな人たちか分かっているから今は不安に思うことはない」と話す。

 12月27日の炊き出しでは、ムスリムの横で弁当を配る東洋大3年の角田実優さん(21)ら大学生の姿もあった。

大学生も参加 「見返り求めない姿勢に共感」

 中東文化を学ぶ大学の授業で、イスラム教徒の女性にヒジャブ(頭部を覆う布)の着用を義務づける国もあると知り、日本とのジェンダー観の違いに関心を持ったという。教授の紹介で大学にほど近いマスジド大塚を知った。

 「見返りを求めず、ただ手をさしのべる姿勢には共感できます」。モスクを訪れるのは3度目で、プラオのパック詰めから手伝った。

 民間調査会社によると、今年、主要食品メーカー195社が値上げした飲食料品は2万品目を超えた。コメや卵は記録的な高騰が続く。

 炊き出しの参加者はコロナ禍以降に増え、毎回600人ほどが訪れる。若い人や女性の姿も目立ち、クレイシさんは「苦しい人が増えていることを実感する」と話す。

 一方で、気になる空気も感じる。10月に発足した高市政権は、外国人政策の厳格化を掲げ、見直しに向けた検討が進む。

 国内では新たなモスク建設を巡り、SNSで反対が相次ぎ、「子どもが誘拐される」「女性が暴行される」といった虚偽の情報も流れる。マスジド大塚も名指しされ、「ムスリムは日本で違法行為をするためにいる」などと批判されることもあった。

 クレイシさんは「会って、考えていることを聞いてみたいし、話したい。誤解が解け、自分たちが変えられることもあるかもしれない」と話す。

 外国人に対する誤解や思い込みがネット空間で飛び交い、変化しつつある今の日本社会。炊き出しは変わらず、来年で14年目をむかえる。

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    鈴木江理子
    (国士舘大学教授=移民政策)
    2025年12月31日19時0分 投稿
    【視点】

    大晦日、変わらず続く炊き出しの記事に、心が温まった。  参議員選挙での「日本人ファースト」を掲げる参政党の躍進、高市政権下で進められる外国人規制の強化、SNSで拡散されるイスラム教をはじめとした外国人をめぐるデマ--。  2025年は、これまで以上に排外主義的意識が、日本社会に浸透した年であったともいえよう。そのような風潮に対して、ファクトを提示し、建設的な議論をしようと試みるも、残念ながら、対話が成立せず、かえって対立が深まることも多い。  どうすればよいのかという問いに、私自身、いまだ答えは出ていないが、ムスリムによって続けられている炊き出しは、対立を解消するきっかけになると信じている。  国籍や宗教に関係なく、困っている人に手を差しのべることで、人はつながれるはずである。

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    市原麻衣子
    (一橋大学大学院法学研究科教授)
    2025年12月31日20時34分 投稿
    【視点】

    素晴らしい取り組みです。人種、国籍、宗教に関わらず、困っている人を助けようとするその精神と行動力に、脱帽です。しかも料理店で働く方が作った食事を配給するとは、美味しそうですね。写真に写る準備している方の笑顔も素敵です。 多くの困窮者に支援をして下さるこうした方々にとって、2026年が幸せな年になりますように。

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