「中国なにするものぞ」「進め一億火の玉だ」「日本国民よ特攻隊になれ」。ネット上には、威勢のいい言葉があふれています。
ロシアによるウクライナ侵攻やパレスチナ自治区ガザの惨状を目の当たりにして、中国の急速な軍拡に恐怖を感じるのは仕方ありません。ただ、戦争をせずに外交によって問題を解決する意思や努力を放棄すべきではありません。
高市早苗首相の存立危機事態発言後、トランプ米大統領ですら、自国(自分?)のため、日中間の対立に懸念を示し、対立のエスカレートを避けるよう高市首相に要請しました。
戦後60年の2005年、日中関係は「過去最悪の嫌中、反日」ともいわれ、憲法9条の改憲論議が活発に行われていました。当時の小泉純一郎首相が毎年靖国神社に参拝したり、大規模な反日デモで北京の日本大使館の窓ガラスが割られたり。そんな空気の中で、先の戦争の時代を生きた方々にお話をうかがいました。
東京大空襲で死にかけたという昭和史研究の第一人者の半藤一利さんは「満州事変後、新聞は局面ごとに軍部の動きを支持し、それにあおられた民衆は瞬く間に好戦的になっていった」と戦時下の新聞の責任を問うた上で、終戦ま...
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わきやま 7 時間前
「沖仲仕の哲学者」とも称されるエリック・ホッファーの『大衆運動』などを見ると、熱狂という情動は人の心の奥底に潜んでいるもので、理知的な「正しさ」だけではなかなか歯止めがかけられないもののようです。またメディアもある意味で「熱狂」がニュース価値を生むという側面もあるので、「熱狂を避ける」報道というのはどうしても矛盾があると感じます。
威勢のいい好戦的な言説を発している人ほど実際には臆病なものです。つまり熱狂的言説(この記事の冒頭の「中国なにするものぞ」的な)と熱狂そのものを区別すべきだろうと考えます。熱狂的言説に対する耐性をつけるためには、冷静さよりもむしろこの区別をすることが有用なように思えてなりません。
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