今年のニュースを神奈川新聞記者が回顧する「刻む2025」。第15回は「極右と差別」。政治と人々の間で拡大を続ける排外主義について、記者が振り返る。
〈日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起(おこ)ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する〉
不戦の誓いから書き起こす日本国憲法前文で、私が改めて重要と考えるのは以下のくだりである。
〈われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免(まぬ)かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる〉
「ひとしく」「他国を無視してはならない」と平等・協調を説くのは、反省があるからだ。天皇を崇(あが)め、神の国とおごり、アジアの国々への植民地支配・侵略を正当化した自国優越意識、レイシズムこそが、多くの人々の命を奪い、自分たちの国をも破滅へ導いた。
だから「日本人ファースト」は言語道断なのだ。
人間に序列をつくり、日本国籍者以外の外国ルーツの人々を「二級市民」として扱う。そんな差別・排外主義を国政政党がスローガンに掲げるなど、許されない。参政党を平和と民主主義に背く「極右」だと私が断じるゆえんである。