朝日賞のみなさん
2025年度の朝日賞を受賞された方々の業績を紹介します。朝日賞は学術、芸術などの分野で傑出した業績をあげ、日本の文化や社会の発展、向上に貢献した人に朝日新聞文化財団から贈られます。正賞は佐藤忠良さん作のブロンズ像、副賞は1件500万円です。▼1面参照
■透明で開かれた設計、世界中に 建築家・妹島和世さん(69)
40年近い設計活動は、ほぼ同じ考えに貫かれている。
「公園のような、と言っていますが、色んな人が自然に集まれ、一緒にもバラバラにもいられる場所ができたら」
早い段階での成功例が、設計パートナーの西沢立衛さんと手がけ、2004年に開館した金沢21世紀美術館だ。
ガラス張りの円盤の中に、展示室になる大小の箱が街のように配されている。表も裏もなくカジュアル。今や年間200万人規模が訪れる人気ぶりだ。「アーティストも学芸員も、どんどん新しい使い方をみつけてくれました」
茨城県日立市の社宅で育ち、公園や原っぱが原風景。小学校低学年で自宅を建てる話が出た際には間取りを考え、大学は建築系に。
30代前半で設計事務所を開いたが、仕事がなくて解散を考えたことも一度ならず。しかし粘り強さで、透明で開かれた建築を世界中で手がけ、建築界のノーベル賞とされるプリツカー建築賞を受けたり、文化功労者になったり。
先月は表彰式やレクチャーなどで、欧州、台湾、韓国と飛び回った。どんな立場になっても、設計スタンスは変えない。(編集委員・大西若人)
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せじま・かずよ 1956年生まれ。日本女子大学・同大学院で学び、伊東豊雄建築設計事務所に勤務後、独立。ルーブル美術館の分館など海外の作品も多く、2025年は香川県立アリーナがオープン。横浜国立大学名誉教授で、東京都庭園美術館長。
■戦争とは、日記や手記から問う 歴史学者・吉田裕さん(71)
なぜ日本は無謀な戦争への道を選んだのか。戦地や占領地で何があったのか――。大量の公文書が失われる中、家永三郎、大江志乃夫、藤原彰に学び、元兵士の日記や手記を丹念に掘り起こすなど、生身の一人一人の生と死に寄り添う想像力を手がかりに戦争の実像を問い続けてきた。
「民衆史や社会史の視角から戦争の実態解明を目指しました」。著書「日本人の戦争観」(1995年)で戦後社会の戦争認識を論じ、「日本軍兵士」(2017年)で餓死や病死が多数を占めた戦場の過酷な現実を描いた。
埼玉県旧豊岡町(現・入間市)出身。幼少期に自衛隊や米軍の基地を見て育った。同級生には旧軍人や自衛官の子が多く、近所の農家では戦死者の遺影を目にした。好きな漫画は戦記物。「戦争の時代は地続きだと感じてきた」
作家の早乙女勝元さん(22年死去)らが始めた「東京空襲を記録する会」の後継組織で館長も務める。「戦争は他人事ではない。飢えや疲労。心身の後遺症。日常生活の延長線上の問題として捉えたい」
戦争体験者が減るなか、次世代にどう伝えるかを模索している。(大内悟史)
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よしだ・ゆたか 1954年生まれ。歴史学者、一橋大学名誉教授、東京大空襲・戦災資料センター館長。専門は日本近現代軍事史・政治史。著書に「兵士たちの戦後史」「昭和天皇の終戦史」、共編著に「岩波講座 アジア・太平洋戦争」など。
■築いた理論、「未知」を次々予言 理化学研究所プログラムディレクター・永長直人さん(67)
ものの性質を解明する物性物理学において、「創発電磁場」という独創的概念を提唱し、その理論体系を築き上げた。
創発電磁場とは、原子核のポテンシャルやほかの電子からの影響で生まれる量子力学的な実効的電磁場のことだ。
この概念によって、従来は説明困難だった現象を解明し、未知の現象を次々に予言した。
中でも、外から磁場をかけずとも電子のスピンに流れが生じる「スピンホール効果」が現実的な物質でも起こるという2003年の予言は、「スピントロニクス」と「トポロジカル物質」という2分野を大きく発展させた。
「理論家は、鳥が地表を見るように、全体を見渡せていないと新しいことは生み出せない。一方で、獲物を見つけたら、急降下して、一気に捕らえて解く」。そのために、学生時代からさまざまな分野の本を読みこなしてきた。
創発電磁気学の開拓も、素粒子物理学で使われる「ゲージ場理論」を、物性物理学に適用したからこそ成し得た。
いまは一般相対論の電子系への応用に挑む。(水戸部六美)
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ながおさ・なおと 1958年兵庫県生まれ。80年東京大学工学部卒、83年同大助手、86年理学博士号取得。同大教授などを経て、2024年から理化学研究所基礎量子科学研究プログラムディレクター。05年仁科記念賞、18年紫綬褒章など。
■日常を支えるQRコード、開発 デンソーウェーブ主席技師・原昌宏さん(68)
QRコードを見ない日はない。日常を支える社会インフラは、自動車部品メーカーのエンジニアが開発した。
1990年代、工場での生産管理にはバーコードが使われていた。大量生産から多品種・少量生産に変わり、扱う情報量が追いつかない。汚れで読み取れなくなる課題もあった。「大容量のデータを載せられて、正確に素早く読みとれる世界一のコードを作りたい」。上司に頼み、同僚と開発を始めた。
趣味の囲碁をヒントに、縦と横の2次元の白黒で表現することで、バーコードの約200倍の情報を載せられるようにした。三隅に目印を置き、誤りを訂正する情報を埋め込み、面積の最大30%が欠けても高速で読み取れる。
94年に特許出願。QRは「Quick Response」にちなむ。基本特許を無償化したことで、世界中に広がった。スマホをかざせば、支払いができたり、商品情報が見られたり。鉄道各社は磁気乗車券からの移行を進める。
誕生から30年あまり。開発者の想像を超えて、世界に広がる日本発のイノベーションとなった。(編集委員・香取啓介)
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はら・まさひろ 1957年、東京都出身。80年、法政大学工学部卒業後に、日本電装(現デンソー)に入社。2012年、デンソーウェーブに転籍。日本、欧州、米国の発明賞のほか、23年学士院賞・恩賜賞。日本棋院の囲碁大使も務める。
■選考委員(☆は新任)
中村史郎=委員長(朝日新聞文化財団理事長・朝日新聞社代表取締役会長)
伊東豊雄(建築家)
稲葉カヨ(免疫学者)
上野千鶴子(社会学者)
梶田隆章(東京大学卓越教授)
榊裕之(奈良国立大学機構理事長)
☆俵万智(歌人)
坂尻顕吾(朝日新聞社取締役編集担当)