前回の続きです。76の話をしていこうかと。そしてやっぱり残念なお話なんです。(別に俺が76やめるって話じゃなく)
12月序盤にアップデートを繰り替えしているfallout76ですが、収納箱の容量が50%増加し、600まで拡張されるなどのバグフィックスパッチが配布されました。一方でバグが増量した箇所も存在しており、依然として評価が手厳しい状態が続いています。同時期のAAAタイトルとしても、メタリック/ユーザースコア共に低く、フォールアウトらしからぬ失敗といえるでしょう。
やっぱりオンラインは厳しんですね、ベセスダには。まあ、オンラインタイトル自体初めてで、これまでで大きなMMOタイトルとして売り出したthe elder scrolls online(ESO)はゼニマックスオンラインスタジオが開発、つまり外部委託だったんですよね。なんで、トラブルが起こるのは目に見えていたんですが.....よそー以上だったよね。
思えば、fallout4もイマイチ評価が芳しくない出来でした。メタリックスコア84点。前作が91点であるところ見ると大爆死とまではいかないものの、自身の開発規模からすると実力を発揮できていない節があると思います。人によっては徐々にシリーズの完成度が下がっていってるのを危惧する事も。76の問題点ばかりピックアップされてて盲目になりがちですが、そもそも
76の失敗は、フォールアウトだけの問題なのか?
という点も気になってきます。なんせシリーズ自体が左肩下がりですから。原因はどこなのか?ここからは自分が何となく纏めた回答文を掲載しようかと思う。
『Fallout』といえば、極めて高い自由度が魅力的だ。キャラメイク時に知性が低すぎると、プレイやーは全てのターミナルにアクセス出来なくなり、NPC達と会話出きない。初代Falloutは、あらゆるロールプレイを含んだ行動に必ずなにか対価があった。
ところがシリーズを重ねる毎に徐々にそれらの魅力的なシステムは形骸化していった。とうとう76ではオンライン化による影響でSPECIALのビルドも大幅になくなってしまったのだ。リアルタイムアクション、オープンワールド、そして自由度のサンドボックス化が著しいゲーム業界において、それらが魅力的ではなくなってきたのだろう。
もはや、呑気に喋ってくるアホな棒立ちNPCはお呼びではない。グラフィックスで表示された世界にプレイヤーが直接アクティベイトできねば、オープンワールドとしての価値を見出せなくなりつつあるのだ。
そして致命的な理由はまだある。それはAI(人工知能)だ。現在のゲーム業界において、OW上のAIというのは日夜研究が進められている。お陰でここ10年のOWは素晴らしい表現を会得した。だが、皆さんもしってるだろうが、ゲームのAIというのは満足できる領域に到達していないのは明白だろう。少なくとも、世界観を理解して、プレイヤーとFTFで自由な会話をし、その環境にあったアクションをとれるレベルのものはリリースされていない。フォールアウトももちろん例外ではなく、ベセスダはNPCが出来る表現能力を常に模索してきたが、根本的な問題は同じだ。その一方でグラフィックの進化に伴い、今まで許されてきた曖昧でデフォルメな表現は消えていかざるを得ない。結果的にフォールアウトはその自由度を削る事をやらざるを得なかった。
では、フォールアウトの最後の砦は一体なんなのか?それは銃だ
レーザーライフルの銃口から飛び出す美麗なネオンラインを見てい欲しい。不思議と闘争心よりもその光が放つ悪魔的美術に心惹かれるだろう。まるで夏休みに家前でやる線香花火のようにじっと見ていたくなる。さて、これらが無数に飛び交う戦場を想像してほしい。敵味方が入り混じる地獄で、強力な死の残像だけをその場に残して目標へと向かってくその様を。
そして、敵の胴体を木端微塵にし、動くことのないアイテムコンテナへと変貌させる.....ハクスラの醍醐味がそこには詰まっている。
だが、それだけではないように思える。バニラのスポーン数だと説得力の限界があるが、MOD等でフィールド上の敵の存在を多くすれば、レーザー光線の生み出す芸術的なラインがネットワークのごとく全フィールドに展開される。シリーズ経験者はご存知のはずだろうが、フォールアウトでは敵の落とす武器データなどがなかなかキャッシュされずに残ってしまう為、肥大化したセーブデータのせいでゲーム自体が進行不可能になってしまう。当然、多くのプレイヤーは嫌がるはずだ。
しかし、私は最近この「現象」に対して深い興味を示さざるを得ないのだ。なぜなら、それがこのゲーム、フォールアウトの死であり、一人のプレイヤーのエンディングなのではないかと思うからだ。
私にとってスカイリムやフォールアウトはOPのダイナミックなドラマこそが本編だとすら思う。それまでに描かれる物語はかなり明確な導線が敷かれているし、確実に起こりえる事象だからだ。
そしてそれ以降、ゲームはセーブデータのごみをため込み始める。NPCがどれもレイダーのごとく殺害を繰り広げる世界の上に、様々な武器やジャンク、アーマー、アイテムがそこかしこに散らばる事になるのだ。
リスポーンと死体コンテナが繰り出すフィードバックによって動的オブジェクトの位置情報は幾度となく塗り替えられていき、ゲームの死まで更新され続ける。
死は決して恐ろしい事ではない。それどころか、死がある事はフォールアウトというゲームが一種の知的な行動をとる「生き物」であった事を証明する、今のところ唯一の手段なのだ。そしてそれがフォールアウトという概念が持つ最後のカタルシスだ。
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