『独白』
僕たちにとって、京大での暮らしは日常であり、また異世界でもあった。
京大には、不思議な力がある。
クジャクが学内を闊歩していたり、寮への機動隊の突入が風物詩になっていたり、講義中に仮装の集団が乱入してきたり。
ゆったりと時間が流れるキャンパスの中で、日常と異世界が地続きになっている。
入学した頃の僕らは、毎日微熱のような、ふわふわした足取りで大学に通っていた。
そんな微熱の日々の中で、人々は、各々の夢や目標に熱中していく。
この大学に蔓延る、不思議な力。
そのために多くの人が、一見何の役にも立たない物事に熱中する。
この現象を、ある人は"モラトリアム"と呼び、ある人は"堕落"と呼んだ。
その力が最も大きくなるのが、11月祭――NFだと思う。
僕らがこの不思議な力を実感したのも、NFがきっかけだった。
NFでは、毎年多くのサークルが謎解き作品を発表する。
その中でも、大規模な周遊謎解きの開催が、ここのところ何年も続く伝統になっている。
NF周遊にとって、京大の不思議な力は、強力な舞台装置だ。
普段なら伝えられないクサい想いも、あり得ない現象も、ぜんぶNFのせいにできる。
NFなら、何が起こっても不思議じゃない。
僕たちは、本気でそう思っている。
この病理に飲まれてしまうのは、僕たち、謎を作る人間だけではないんだと思う。現地に遊びに来た人も、きっとそうだ。
目に飛び込んでくる、色とりどりの立て看板。
そこかしこから漂う、酒と豚汁の匂い。
そんな微熱をかき分けて、イチョウの舞うキャンパスを進む。
日常に存在する異世界の中で、ユーモラスな謎に対峙する。
この先に、この謎の答えがある――。
そんな体験をしてしまったら、きっと魅了されて戻れないだろう。
単なる謎解きイベントを超えた何かが、11月の京大にはあるのだと思う。
この体験を通じて、僕たちはいつしか、個々のコンテンツを超えた『NF周遊』という存在に対する、特別な想いを抱くようになった。
一度でも経験すれば、ふとした時にこの空気を思い出してしまう。
僕たちは、いつしか京大を覆う微熱に侵食されていく。
この時間この場所では、きっと素敵な、面白いことが起こるはず。
僕たちは、この微熱を信頼して、毎年ここに立ち、そして行動する。
毎年の最後に、NFの終わりを告げるキャンプファイヤー。
僕たちは、この微熱が、いつの日までも遺り続けてほしいと願っている。
この感情は自発的なものか、それとも不思議な何かにそう思わされたのか。それはもう定かではないし、明らかにしなくてよいことだ。
さて、僕たちは今年、いよいよ本当にモラトリアムを離れる。
東京に行くことになったからだ。
今年が、制作者としての最後のチャンス。
この魅力を多くの遊び手に広めること、そして若い作り手に伝えること。
僕たちは、この機会をその2つに費やすことに決めた。
僕たちには、1つ大きな苦い思い出がある。
それは、今の大学生のほとんどがもう知らない出来事だ。
僕たちが学部生だったころ、NFが突然に開催されなくなったことがある。
誰もが家に閉じこもり、騒ぎも屋台も消え失せた。
NFの微熱はすっかり消え、キャンパスは本当にがらんどうだった。
その苦しい時代は、何年も続いた。
元気だった京大を知る人たちが、微熱の魅力を知る語り部が、段々と減っていく。
いよいよ本当に、NFはなくなるのかもしれなかった。
僕たちの大好きなNF周遊が、まるで岸に打ち上げられた鯨のようだった。
何人かの制作者が、その中でも遊べるNF周遊を作った。そのおかげかは分からないが、NF周遊が忘れ去られることはなかった。
けれども、いつまたあのときのような災厄がやってくるか分からない。そうでなくとも、求める人と作る人がずっといなくては、鯨は生きていけない。
僕たちは、自分たちにできることをしたいと思った。
僕たちの大好きな鯨が、ずっと京大の秋を泳いでいられるように。
制作団体『白鯨』のコンテンツは、NF周遊の微熱が持つ「侵食・信頼・遺す」という3つの力を疑似体験してもらう目的で制作したものだ。
僕たちは、NF周遊の魅力を再現するため、必死に3つのコンテンツの制作に取り組んだ。
実際に遊んでくれた人は、普通の謎解きとは違う、何か自分の根幹に訴えかけるような力を疑似体験できたのではないかと信じている。
記事で読んだ人は、きっと物足りないと感じていると思う。
もし、実際に遊んでくれた人との楽しさに差があるとすれば、それは現地体験の持つ力なのではないだろうか。
この力は、現地に来てこそ実感できるものだと思う。
どうか、NFに来てほしい。そこには、きっと特別な体験がある。
この記事を読んで、1人でも多くの人がNFを訪れますように。
もし、今年のNFに来てくれるなら、5分だけ時間をください。
僕たちの最後の想いを残しています。
誤解を招かないように言うと、これは謎解きやコンテンツではありません。本当に、ただ書き残したものです。
京大の"微熱"に誘われてNFに来てくれた方が、ふらっと見に来てくれると嬉しいです。
僕たちの活動は本当にこれで終わりです。
ありがとうございました
白鯨
セージ/たっつー
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