勉強するほど勝てなくなる
~上達の過程~
「練習を積み重ねれば、少しずつ上手くなる」 私たちはそう信じて疑いません
けれどメジャーリーガーの菊池雄星選手は、その常識を覆すような言葉を残しています
「少しずつ上手くなるのではなく、コツを掴むと一気に上手くなる」 「努力は『ヒラメク』ためにする」
この言葉は単なる天才の感覚論ではありません
最新の脳科学の知見を照らし合わせると
これは脳内情報の「統合(Integration)」や「記憶の固定化(Memory Consolidation)」という物理的なメカニズムそのものを指しているからです
多くのトレーダーが苦しむ「勉強するほど勝てなくなる現象」と
そこから脱却して一気に上達する瞬間の正体
今回も脳科学のメスを入れて、細胞レベルの動きから解明してみたいと思います
前提知識:ゲシュタルト(全体性)とは何か
まず最初にこの理論の核となる概念「ゲシュタルト」について共有させてください
私たちは学習において「部分を積み上げれば全体になる」と考えがちですが、脳の認識システムはそう作られていません
「部分の総和」≠「全体」
心理学・脳科学では「部分の寄せ集めとは異なる独自の機能を持った全体像」のことをゲシュタルト(形態)と呼びます
【例えば、人混みで友人を探しているとします】
あなたが雑踏の中で友人を見つけようとしているシーンを想像してみてください
その時「目と目の距離が3cmで…鼻の高さがこれくらいで…」と、パーツ(部分)のサイズを定規で測って探すでしょうか?
しませんよね?
「あ、佐藤くんだ」と、顔全体の雰囲気(全体)を一瞬で判断しているはずです
もし仮に「一重まぶた」や「唇の厚さ」という部分だけにこだわって探していたとしたら、友人が眼鏡をかけただけで(部分が変わっただけ)もう誰だかわからなくなってしまうでしょう
トレードもこれと同じです
上達とはインジケーターという「パーツ」を増やすことではなく、チャートという「友人の顔(全体像)」を覚えることなのです
この時脳内では・・・
脳の視覚野では、実は物体の情報をバラバラに処理しています
「形:丸くヘタが有る」「色:赤」「動き:落ちる」は別々の場所が担当しています
しかし私たちはそれらを瞬時に「一つのリンゴ」として認識します
脳の離れた場所にある情報を一瞬で統合し意味のある塊にする
この機能を「バインディング(結びつけ)」と呼びます
上達するとはこのバインディング機能が強化され、チャート上のバラバラな情報を一瞬で「意味」に変換できる状態を指します
上達のモデル:AからGへのプロセス
このゲシュタルトの概念を前提に、上達のプロセスを以下のように定義して考えてみます
A(スタート): 初心者で何も知らない状態
C~F(プロセスの途中): 論理的思考、知識の積み上げ、検証、微調整
G(ゴール): ゲシュタルト形成、直感的理解、勝利
私たちの想定する上達ルートは、学校教育のような直線的な階段です
A(開始)⇒C(基礎)⇒D(応用)⇒E(検証)⇒F(完成間近)
そして最後の⇒G(ゴール)
順序よく学べば順序よく結果が出ると信じています
しかし現実は違います
多くのトレーダーは「D地点(応用の壁)」で長く泥沼にはまり、Gにたどり着く前に挫折する
もしくはDから突然Gへ飛躍するという非線形な動きをします
各地点で脳に何が起きているのか、順を追って見ていきましょう
D地点の停滞:ワーキングメモリの限界とエネルギー不足
順調にC(基礎知識)を学びいざD(実戦・応用)に入った時多くの人が「知っているのにできない」という壁にぶつかります
これは、脳のハードウェア的な限界によるものです
D地点のトレーダーはすべての情報を「システム2(論理・意識的思考)」だけで処理しようとして脳がオーバーヒート(処理落ち)を起こしています
【例えば、初めて自動車教習所で運転したとします】
初めてハンドルを握った日のことを思い出してみてください
「右よし、左よし、速度よし、信号確認、ブレーキ…」 一つ一つの動作を口に出して確認しないと、全く動けませんでしたよね?
この時もし隣の教官から世間話を振られたとしても、返事すらできなかったのではないでしょうか?
これは脳の司令塔である「前頭前野(システム2)」がフル稼働している状態です
脳の重さは体重の2%程度しかありませんが、エネルギー全体の約20%を消費する大食漢です
特に「システム2」は燃費が非常に悪いため、意識的に考え続けるとすぐにガス欠を起こし判断ミス(トレードの自滅)を誘発します
D地点のトレーダーは「ダウ理論・MA・RSI・水平線・時間足」など、5つ以上の情報を同時に論理で処理しようとしています
これでは容量オーバーかつエネルギー不足です
脳は情報を処理しきれずフリーズし「判断不能」というエラーを返します
これが「D地点の停滞」の正体です
ゲシュタルト崩壊:神経細胞の順応
D地点の壁を越えようとしてさらに真面目な人ほど「もっとよく見よう」とチャートの一部分を凝視します
すると今度は『見れば見るほど意味がわからなくなる』現象が起きます
【例えば、漢字練習で「借」という字を100回書いたとします】
ノートに「借」や「若」という字を連続で書き続けてみてください
途中で急に「あれ? 文字のバランスがおかしい? というか、これなんて字だっけ?」と、文字がただの線の集合体に分解されて見えてくる瞬間がないでしょうか?
これが心理学で言う「ゲシュタルト崩壊(意味飽和)」です
トレーダーも同じです
「この高値はヒゲを含めるのか? 実体か?」と細部(部分)を見すぎた結果、チャート全体が何を示しているのか(上昇なのか下降なのか)という意味が消失してしまうのです
この時、脳内では・・・
脳の神経細胞(ニューロン)には、同じ刺激が連続して入力されると、反応を停止する「順応(Adaptation)」という性質があります
パーツの情報は目から入っているのに、脳内の受容体が「もう無理です」と反応をシャットダウンするのです
このため情報を統合(バインディング)できなくなり「意味」が崩壊するのです
F地点の錯覚:過学習という罠
ここで最も残酷な科学的事実をお伝えします
「Dの壁を越えるために、さらに細かい条件(E)を加え、完璧なフィルター(F)を作ればGに行ける」と考えている場合
あなたはGに近づいているのではなく、Gから遠ざかる方向へ全力疾走しています
自分では「F地点(ゴール直前)」にいるつもりでも、脳科学的に見れば
それは「過学習」という迷路の最深部です
【例えば、今の体型にミリ単位で合わせたスーツを作ったとします】
「どんな状況でも勝てる完璧なルール」を作ろうとするのは、今の自分の体型をミリ単位で採寸して、隙間のないガチガチのスーツを作るようなものです
昨日の自分(過去データ)にはシワひとつなく完璧にフィットするでしょう
しかし、明日少しでも体型が変われば(相場が変われば)そのスーツはきつくて動けなくなります
一方Gにいる人は多少サイズが適当なTシャツ(10点のルール)を着ています
だから、どんな相場の変化にも対応できるのです
この時、脳内では ・・・
これはAI(人工知能)開発でも大問題となる現象です
学習データ(過去のチャート)に対して訓練しすぎると、ニューラルネットワークは本質的な法則ではなく「ノイズ(偶然の誤差)」まで丸暗記してしまいます
F地点を目指す努力とは、脳の回路を「過去専用」に固定し未来への適応力を削ぎ落とす作業そのものなのです
相転移:DからGへ飛躍するメカニズム
では、どうすればG(ゴール)にたどり着けるのか
A→B→C→D→E→F…と進むのではありません
ある日突然、DからGへ飛躍するのです
菊池選手が言う「一気に上手くなる」現象
これは物理学で言う「相転移(Phase Transition)」と同じ現象が脳内で起きていると考えられます
【例えば、自転車に乗れるようになった日を思い出して下さい】
練習中は、何度やっても転んでいましたよね?(D地点)
バランスの取り方を頭で考えても、身体は言うことを聞いてくれません
けれどある瞬間にふと「あ、乗れた!」となり、それ以降は無意識に乗れるようになります(G地点)
「どうやってバランスを取ったの?」と聞かれても「右に傾いたら左にハンドルを切って…」などと論理的には説明できません
「なんか感覚で」としか言えませんよね
あの瞬間、脳内でバラバラだった「視覚」「三半規管」「筋肉の動き」という膨大な情報が、閾値を超えて一気に統合され
「自転車に乗る」という一つの回路として焼き付けられたのです
結論:論理の完成(F)を捨て、脳の「空白」を作る
科学的に見れば「100点の完璧な手法(F)」を目指して論理を積み上げることは、脳の自動化を妨げオーバーヒートさせる原因になります
D地点にいるあなたがすべきことは、さらに細かいEやFの知識を詰め込むことではありません
情報を減らしチャートから離れ、脳が情報を「統合」するための空白の時間を与えてください
脳科学において記憶の定着や閃きは、集中している時ではなくぼんやりしている時(デフォルトモードネットワーク稼働時)や
深い睡眠中に起こります。 「努力が足りない」のではありません
「脳が処理する時間」を与えていないだけなのです
「木(論理)を見て森(相場)を見ず」の状態から
勇気を持って論理を手放してみる
行き詰まったら泥のように眠る



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