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【講演】「世界は発酵に熱狂」 “取り残される”日本への危機感と処方箋(小倉ヒラク氏)


この記事は、10月31日に開催された中部漬物協会の若手リーダー育成研修会で行われた小倉ヒラク氏による講演を、食料新聞が編集したものです。


「世界は発酵に熱狂」 

“取り残される”日本への危機感と処方箋

(小倉ヒラク氏)


今、世界のトップシェフは『ファーメンテーション』ではなく、日本語の『HAKKO』という言葉を使っている。麹はミシュランのバズワードだ。世界はこれほど発酵に熱狂しているのに、日本は『ブームは終わった』と思っている。我々はこの熱から完全に取り残されていることに危機感を感じている

文化人類学×デザイン=発酵の「可視化」

小倉氏は1983年東京都生まれ。早稲田大学で文化人類学を学んだ後、デザイナーとして活躍していたが、20代後半に過労で体調を崩した。その際、発酵学の権威である小泉武夫氏(東京農業大学名誉教授)から「発酵食品を食べないと死ぬ」と諭されたことをきっかけに発酵の世界にのめり込み、東京農大で醸造学を学び直した異色の経歴を持つ。

小倉氏の二つ名「発酵デザイナー」とは、単に商品の意匠を手掛けることではない。その原点は「発酵×デザイン×文化人類学」にある。

「デザイナーの仕事は見えないものを可視化すること。発酵も目に見えない微生物の働きだ」。その象徴的な作品が、「ぬかボット」だ。ぬか床の代謝をセンサーで読み取り、状態を分析して「そろそろかき混ぜて」などと話しかけてくる。「ぬか床と人間がコミュニケーションできる」というこのアート作品は、発酵という現象を新たな文脈で提示したものだ。

同氏の活動の根幹には、文化人類学的な調査がある。8ヶ月かけて全国47都道府県、70カ所以上の集落を訪ね、知られざるローカル発酵食を調査した。その際、「味噌・醤油・酒……など、ジャンルごとに各1品ずつしか紹介しない」という厳しいルールを自らに課した。

その結果「例えば宮崎県の海藻の漬物『ムカデノリ』、青森県十和田の失敗した納豆に麹を混ぜる『ごど』、山形県のきゅうりを煮ては漬け、を4回繰り返す『煎じきゅうり』など、日本には膨大な発酵食のアーカイブがあることがわかった」と語る。

 

5坪の店から12万人のムーブメントへ

この調査の成果を2019年に東京で「発酵ツーリズム展」として開催したところ、5万人の来場者を記録。うち3割が海外からで、「日本には地域の文化的資源としての発酵食がこれほどあるのか」と大きな話題を呼んだ。

この時、会場の片隅に設けた5坪のミュージアムショップが、現在の「発酵デパートメント」(東京・下北沢)の原型となった。このミュージアムショップが3ヶ月で2000万円を売り上げ、その実績が小田急電鉄の目に留まり、再開発中だった下北沢への出店につながったという。

同店は単なるセレクトショップではなく、生産者を招いたイベントやワークショップを頻繁に開催する「文化の発信地」として機能する。コロナ禍では、百貨店の催事が中止になるなど販路を失った生産者の商品を「全部買うから送って」と引き受け、それが新たな商品開発にもつながった。今では年間12万人が訪れ、その4割をインバウンド客が占めるという。

この成功体験を地域全体に拡大したのが、地域連動型企画「発酵ツーリズム」だ。北陸(2022年、3.5万人動員)に続き、今年に愛知・岐阜・三重で実施した東海企画では、2ヶ月で12万人を動員した。

 

東海戦略「うまみの首都」と「3層のブランド論」

小倉氏は東海企画の成功要因を「概念のデザイン」にあると分析する。「東海地方を『白山から伊勢へ』という水の流れで一つのエリアとして再定義し、『過剰なうまみ』という共通項を見出した。そして『東海はうまみの世界首都である』と宣言した。

同氏は、食のブランディングには3つの層があると説く。

  1. 「国・文化」の層(例:フランス=ワインとチーズ)
  2. 「カテゴリー・地域」の層(例:ブルゴーニュ、ボルドー)
  3. 「メーカー」の層(例:ロマネ・コンティ)

「フランスが強いのは、国と地域のブランドが確立しているからだ。組合が取り組むべきはこの『カテゴリー・地域』の中間層。業界全体でこの層の価値を高めれば、個々のメーカーも必ず助かる」と訴え、個社ごとの自助努力だけでなく、業界全体で「漬物文化」そのものの価値を底上げする戦略の必要性を説いた。

 

世界の熱狂と日本の危機

この戦略が今まさに重要である理由として、小倉氏は世界との「熱量の差」を挙げる。

「店の英語名を『Fermentation Department』から『HAKKO Department』に変えた。スペイン人のシェフに『もうHAKKOで通じる』と言われたからだ。カツオブシがKatsuobushiであるように、麹や旨味を使った日本の技術体系を、世界のシェフは『HAKKO』と呼んで熱狂している」

その一方で、「日本は発酵ブームは去った、と冷めている。このままでは、5年後に『発酵といえばデンマークだよね』と言われかねない。我々は先進地としての矜持を保てるか、進化できるかを問われている」と強い危機感を示した。

小倉氏は、この世界的潮流は漬物業界にとって大きな好機だとする。同氏の店でも、当初は売れないと反対された漬物を置き続けた結果、今や新たな客層を掴んでいるという。

「ピラティス帰りの若い女性やモデルが買いに来る。彼女たちは、添加物がなく、原材料が『米ぬか、塩、以上』のように一行で終わるような、シンプルで本質的なものを求めている」(小倉氏)。

雑誌『an・an』が腸活特集で漬物を6ページ組んだ事例や、店で漬物作りの道具フェアが記録的に売れたことを挙げ、「むしろ日本の厳しすぎる衛生基準や、甘味を求める市場の声に応える中で、若い世代は漬物から離れてしまったのではないか。本物を求める層は確実に存在する」と分析した。品質維持の課題などに理解を示しながらも、原点回帰の必要性を指摘した。

 

漬物業界への処方箋

「コミュニケーションを大切にしたいから」と小倉氏は濃密な講演を駆け足で終えて質疑応答に移り、参加者からの具体的な悩みに答えた。

あるメーカーから「パッケージデザインで何をすべきか」と問われると、「『お洒落なもの』を求める時代は終わった。重要なのはむしろ『商品名』だ。消費者はもはや自分で判断するのに疲れ、『良い提案』を求めている。その商品がどんな場面で使えるか、具体的な提案を商品名に込めるべき」と回答し、自信のプロデュースで開発した「食卓の主役を張れるらっきょう」の例を挙げた。おからと麹で作った「食べられる漬け床」についても「食品ロス削減という『建前』と、漬けた後の床もスープとして食べられるという『本音』の欲望を両方満たす提案が響いた」と解説した。

また、守口漬・奈良漬メーカーからの「海外にどう売るか」という質問には、「『多くの人に知ってもらおう』という考えをまず捨てること。例えばパリで奈良漬と日本酒のイベントをやって、熟成チーズの文化を持つフランス人に『凄まじくぶっ刺さる』提案をするような思考が必要。確実に熱狂的ファンになる層を見抜き、そこを全力で狙うべきだ」と、ターゲットを絞る重要性を説いた。

「漬物は低塩化が進んでいるのに、いまなお高塩分の代表格として医師や栄養士からも誤解されている」という問題提起については「書籍を出版する」という策を提示した。医師等のいわゆる”知識人層”においては現代においても書籍が最も影響力がある媒体であると指摘し、書籍による既成事実化(ルールチェンジ)はいずれ一般消費者へも波及していくとの考えを示した。

最後に、品質安定のため発酵を抑制しているキムチの訴求について問われると、「正直に、なぜそうしているのかを説明することが一番の誠意だ。日本のメーカーは誠実であり、その姿勢は必ず伝わる」と締めくくった。

講演は、日本の伝統産業が直面する課題と、世界市場における巨大な可能性を同時に示すものとなった。参加者は、自社の商品価値を「デザイン」し直すという新たな視点と、業界全体で文化的価値を発信していくことの重要性を再認識させられた。


小倉ヒラク氏 発酵デザイナー。 下北沢発酵デパートメントオーナー。ラジオ『発酵兄妹のCOZY TALK』『#ただいま発酵中』パーソナリティ。著書に『発酵文化人類学』『日本発酵紀行』『オッス!食国』など。

【2025(令和7年)11月11日第5212号2面、電子版掲載にあたり加筆(編集:大阪支社 小林悟空)】


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