どこもかしこも、エーテリアスばかりだ……(涙目) 作:bbbーb・bーbb
奇々解々に辿りつき柚葉と話したところ、夢縋りたちについて一つ有力な仮説が浮かんできた。
つまるところ、夢縋りどもは狩人の言う通り人ではない。彼らは人間に化けたエーテル体であり、そのオリジナルはどこかに隠されているのだ。
あの町に、初めから人など居なかった。その事実は、真斗の身体をも震わせた。あの昏い不気味な目をした老人も、得体のしれない笑顔を浮かべるパウルも、その全てが作り物、穢れた秘匿だったのだ。
となると、本体はどこかへ閉じ込められているのではというところまで推測が至るのは当然の流れであった。場所の見当はついている。あの立ち入り禁止だとかいう「講堂」だろう。
もう夜中だったので、再びの出発は翌日と決まった。皆が寝ている間に睡眠を必要としない自身が単体で突っ込むことを狩人は提案した。その方が話が早いのでは、と。
「えっ! 君も寝ないタイプなの!?」
突然気分の上がるリュシア。どうも彼女も夜は寝ないそうで、昼の暇な時間にちょくちょく睡眠をとるスタイルなのだという。流石の狩人も健康被害を心配した。
「私は夜も昼も寝ない。上位者故な」
「上、位者……?」
リュシアが首を傾げる。アキラや柚葉と共に上位者について説明すると、彼女の瞳はみるみる内に輝いていった。食い入るように話を聞いている。
「いあ! いあ! かりうど、ふたぐん!」
わけの分からぬことを口にしだすリュシア。すぐに多少の落ち着きを見せたが、そこからは狩人への質問攻めが始まった。
狩人の話、その一つ一つに、リュシアは脳を震わせた。「獣の病」「獣狩りの夜」「上位者」「医療教会」「青ざめた血」……自身の
「これ、怪談にしても良い!?」
「全くもって構わんよ。フィクションということにしてもらえると有り難いがね」
そう言われると、リュシアは分厚いノートを我が子のように抱き締めた。コズミック・ホラーを書きたければこの男に頼れと柚葉から聞いてはいたが、まさかここまでのものとは。リュシアは感動していた。
ここまで喜ばれて、嫌な気がする筈は無かった。半ば照れた様子で「仕方が無いな」と上位者の智慧を取り出そうとする狩人を全力で止める柚葉たち。
「それで、私の言った作戦についてはどうだ」
何のことだったかと首を捻るアキラ達に、全員が寝ている間に自分一人が「町」へ突っ込むという自身の計画を狩人は話した。
数分後、狩人はいじけて夢の中へ帰ってしまった。「絶対に碌なことにならない」だの「どうせ本体ごと皆殺しにして終わり」などと──主に柚葉とアキラから──心無い言葉を浴びせられたが為である。ちゃんと大群はスルーするつもりだったのに。
暫く後、狩人が夢の中でのんびり安楽椅子を揺らしていると、アキラからの電話。あのホア茶が飲める店の二階で待っているそうだ。すまないという言葉に構わんよと笑って返す。頭はとっくに冷えていた。
「そうだ。飲茶仙に行くが、何か食べたいものはあるか」
電話を切り、人形ちゃんに声をかける。ソファーに横たわって映画を眺めており、その長身故に膝から先と頭が肘掛けから飛び出していた。左手の甲に右手を上から重ねて肘掛けに乗せ、枕代わりにしている。
あんな崩れた姿勢でも美しく気品を感じさせるのだから大したものである。狩人は思わず笑みを浮かべた。あるいは、愛する女性の仕草なら、何であろうと美しく見えるものなのだろうか。
茶と小籠包が欲しいそうだ。念のためメモを取り、適当観で夢から覚める。朝特有の日差しが眩しかった。
一方その頃、飲茶仙の一室にて。「TOPS」の内部監査を務める組織「クランプスの黒枝」に所属する、全身が薄ピンクの毛皮で覆われた小柄なエージェント、「
「点心もう一回おかわりしていい!?」
「いいよぉ〜。経費で落ちるから、じゃんじゃん食べてねぇ〜」
目を輝かせるリュシア。照は笑みを浮かべ、皆の笑顔を眺めている。アキラ、真斗、そしてリュシアを前に、もう一人の協力者を待ち構えていた。アキラの隣には彼ら兄妹の為に儀玄より派遣された機械人、
「うーん……やっぱり、どうしても危ない気がするのだけれど……」
「店側が用意してるんだから大丈夫だって!」
ウキウキでナイフを投げるリュシアに苦笑するアキラ。真斗と盤丘もあまり良い顔はしていない。投げている先にはダーツで使われるような的。なんと部屋の入り口であるドアに掛けられている。
照もノリノリで投げており、互いに点数を競い合っている。今のところ照が優勢のようで、負けないよとリュシアが啖呵を切っていた。
危険極まりない行為ではあるのだが、注文の品を運んでくる中華服を着たウェイトレスたちは皆無事であった。
彼女らはドアを開けるなり飛んでくるナイフを笑顔の一つも崩さずに指先で摘んで卓上へ戻していた。防音設備は完璧であり、ナイフの刺さる音など部屋の外には聞こえはしない。
そんなことなのでどんどんと投げるものはエスカレートしていき、遂には照は自身の得物である大剣を取り出した。
複雑怪奇極まりない機構により斧へと姿を変えたそれを思い切り振りかぶりながら狙いを定める。試合は白熱していた。新しい協力者のことなど忘れるほどに。
「いくよ〜、えいっ」
「いやはや間に合ったかね──」
がちゃりとドアを開けるなり飛んできた大質量の特大斧が狩人を襲う。その右胸に深々と突き刺さる様を前に一瞬で青ざめる照とリュシア。空気が凍った。たまたま近くに居た新人ウェイトレスは気絶した。翌日仕事を辞めたそうだ。
「だ、大丈、夫……?」
「ああ、平気、だとも──Ugh!」
心配するリュシアに言葉を返す狩人。壁に手をつきながら照の目の前まで歩いて行くと、おもむろに斧を引き抜き、そして返却した。何故まだ生きているのか、照は聞く気になれなかった。
輸血液を自身の太ももへ突き刺す狩人。誤射であることは理解しており、特段怒ることもなかった。茶と小籠包はしっかり奢ってもらったが。
「それで、何の話をしていたんだっけ?」
「えっ、あぁ、あのね、これをね……」
アキラに話しかけられ我を取り戻す照。さっき殺した男が平然と戻ってきたのだ、当然の反応である。
未だ少し落ち着かない様子で照が差し出したのは、小さな箱だった。
TOPSの技術が集約されたそれは名を「
照は暫くこの個室をとっておくそうなので、探索が終わったら戻ってきて欲しいとのことだ。笑顔で別れた後、一旦人形ちゃんに土産を渡しに行った。よりにもよってダーツの練習をしていた。
件の「町」へ再び到着する頃には夜中であった。盤丘までメンバーに加わっている。リン入りのイアスを狩人が抱き抱えていた。
パウル、というよりは彼の「夢縋り」と出会った。会話をしている内に、モスが現れた。歓迎する態度を見せる彼に、先日はよくもあんな化け物をけしかけてくれたなとアキラが静かな怒りを零す。
「なんだって? 待ってくれ、それは酷い誤解、筋違いというものだよ」
聞き覚えのある言い回しでモスが言い訳を行う。彼が言うには、あの怪物は「ワンダリングハンター」と言い、夢縋りである彼ら自身にとっても脅威なのだという。故にそれの現れる前兆である鐘の音が鳴ると皆隠れるのだと。
「ふん。騙されはしないぞ。ではあの教会の刺客はどう説明するというのだ」
「教会の刺客……? なんのことだ……?」
白々しくもとぼけてみせるモスに、狩人はブラドーの特徴や見た目を語った。これで思い出せたかねと皮肉を込めて。
「知らん……何それ……怖……」
貴公も知らないならどうしろというのだ。どうにも嘘をついている様子が見受けられず困惑する狩人。
「ええいっ。そんな何の理由もなく、別次元の者がやってくる筈が──」
そういえば私は一体どうやってこの次元へ来れたのだろうか。狩人は突然アキラに聞いた。僕が知るはずないだろうと当然の答えが返ってきた。
「もしかして、だけど……」
そう言って手を上げたのは、リュシアであった。首を傾げる狩人。上位者って呼ぶ声に応えるんだよね、と続けている。
「えっとね、かなり前の話なんだけどね? エーテリアスを食べたらすごいお腹の壊し方をしちゃって……」
「……それで、どうしたのだ」
「……祈っちゃったんだよね、『神様上位者仏様』〜、って……」
いかにも申し訳無さそうな顔で言葉を締めるリュシア。恐る恐るその具体的な日にちを聞き、狩人は自身の顔にぱしんと手を当てた。完全に一致している。何故「上位者」という言葉を知っていたのかは聞かなかった。昨日知らないと言っていたではないか。
突如明かされる衝撃の真実。悪夢の上位者は、ただ一人の山羊シリオンの女子の祈りによりこの世界に齎されたのだ。他の上位者が来なかったのは不幸中の幸いであろう。
「いや、しかし、そうか。貴公が、私がここへ来れた理由か」
続いて、狩人は目にたっぷりと涙を浮かべ、深き感謝を述べた。貴公のおかげで、あの悪夢の牢獄から抜け出せたのだ、と。自身に向けられた「拝謁」の姿勢に戸惑いながらも右手が疼くリュシア。
とにかく、今は今の目的の為に動こう。リュシアの提案により、狩人はようやく立ち上がった。
モスが真斗と話をしている隙に、講堂に向けて歩いていく。盤丘に釘付けのパウルの横を通り、夜闇に溶け込み門番の目を掻い潜れば、もうそこは「講堂」前の広場であった。
「真なる渇望を受け入れよ……」
狩人は咄嗟に辺りを見渡した。誰も居ない。脳内からの囁きであった。啓蒙はさして上げていないはずなのだが。
アキラ達もなんとかやってこれたようだ。盤丘も一緒である。狩人達は巨大な扉、悪夢の時計塔に置かれたものと似たそれの前に立っていた。筋力任せに真斗が開いていく。
「これは……!」
アキラは息を飲んだ。狩人はノコギリ鉈を構えた。皆の視線の前には、禍々しい黒濃い紫の縄らしきミアズマにより、祈るような姿勢で立ったまま空中に縛られる、一人の女性であった。腰の辺りからは蛸足のようなものがいくつも生えていた。
助けねば。狩人達は一斉に駆け出した。動き出したのはアキラが最初であった。
──女が、その目を見開いた。縄が消えていく。自由落下する身体をアキラが抱き抱える。
「おはよう……」
未だ朧げな反応を見せる中、女が言ってみせた言葉であった。
「大丈夫かい?」
「……! なんて綺麗な瞳……私、まだ夢の中に居るのかしら……」
夢の中とはどういうことだ。イドリーと名乗る彼女に狩人が話しかけるも、彼女は彼を見るなり露骨に怯えた様子を見せた。
まあ何はともかくここから出ようとアキラがイドリーの肩に手を回したとき、モスが現れた。
「なんということだ……彼女を解放してくれたのか!」
白々しいことを、と狩人は嘲ったが、彼らが来たときには彼女はこうだったと語るモスの顔は嘘をついているようには見えず、また他の住民も全員が証言してくれるそうだ。
まあ、良いか。狩人達は結局イドリーをホロウから連れ出す為に動き始めた。住民達の内に抵抗する者は居なかった。
「なんというか……中々に息ぴったりって感じ?」
町の外、氷を纏うハンマーを振るうイドリーの隣で爆発金槌をぶん回す狩人を前に、リュシアが放った一言である。
イドリーは自身の身体を巻き付かせるような扇情的な動きで重たいハンマーを振り回し、時折駒のような回転攻撃を行い触れるもの全てを凍てつかせていた。突如脳裏に蘇るデスパラソルの記憶に頭を痛めるアキラ。
片や狩人も負けてはいない。使わないエヴェリンを左手に携え、全身をマント付きの古狩人装束で固めた狩人はしきりに金槌に爆炎を纏わせ、敵という敵に飛びかかり、叩き潰し、焼き尽くしていた。
「くるくる〜くるりん〜」
「YOU FOUL BEAST!!」
全く毛色の違う掛け声を上げながらも、戦う二人の間には──当然、流石に
文字通り、自身の命を削り己の力とする、死の中にこそ生を見出すイドリーの戦いは、どうにも狩人のそれと相性が良いのである。今度千景を贈ろうと決意する狩人。
オラ! 凍結! 凍結解除! 凍結! イドリーが凍らせては狩人が解凍、狩人が焼いてはイドリーが凍結というライン作業が如く華麗な連携に為すすべもなく蹂躙されていくエーテリアスたち。盤丘ですら目を見張っている。
イドリーは狩人とアキラ以外の言葉が聞こえていない様子であった。盤丘、真斗、リュシアが何を言おうとまるで反応する様子がない。まあ良いかと皆すぐに会話を諦めたが。
さてここが出口のシャッターであると進もうとしたとき、イドリーは突然、拒絶の反応を見せた。これ以上は進めない、「落ちて」しまうと。
こうなっては無理やりにでも連れて行こう。半ば強引にイドリーの手を引きシャッターを潜ったアキラと狩人が目にしたものは──見えるはずもない、遥か高所からの眺めであった。
「FUUUUUUUUUUUCCCCCCKKKKK!!!!」
直後、三人は物理法則のままに落下し始めた。皆の絶叫が空中で木霊する。
落下しながら狩人たちは大量の裂け目を潜り、でたらめに作ったパラパラ漫画のように景色が切り替わっていった。
ばしゅん、と水中に沈んだと思えば、イドリーたちは地上、シャッターの前にいた。アキラは未だ動悸が止まず、ただ驚愕と困惑に飲まれていた。
「今のは、一体……!?」
「これが、ホロウの呪いなの……!」
ようやく落ち着きを見せたアキラにイドリーが語る。自身は呪われており、この町からは抜け出せぬのだと。そんな、とアキラは悲しみを顔に浮かべた。
「まあ、それよりはこの人のことを先に心配しないとだけれど……」
イドリーがアキラの横、足元を指指す。その先にあったのは、びしょ濡れでうつ伏せに倒れたまま消えていく狩人の姿であった。
そういえば水は、と顔に手を当てるアキラ。まず高所、次に水、なるほど狩人なら即死である。人の死を前に平然とした様子のアキラと真斗を前にドン引く一行。狩人の復活により早々に誤解は解けたが。
ではまずはどこかに避難しよう。そう提案したのはアキラであった。偶然にも近くにシェルターがあるらしく、一同はそこを目指して行軍することとなった。
そうしてすぐに、狩人たちはイドリーの神秘を目の当たりにすることとなった。
過去の幻影を、その声すら含めて現実に投影するのだ。かつてその場所に居た人間の営みを垣間見るそれは、血痕から使者たちが見せる死人の軌跡に似ていた。
幻影は、皆讃頌会の格好をしていた。また奴らかと歯噛みする狩人。彼らの顔は軒並み崩れており、壊れたテレビの画面のように虹色のノイズがかかっていた。
幻影に導かれようやくシェルターに着いたとき、ふとイドリーは軽く目を見開いた。
「あれ……? あなた達、いつからいたの……?」
「……! ずっと居たっての……!」
ようやく気付いてもらえ不服そうな態度を見せる真斗に、ごめんねぇ、と柔らかく謝るイドリー。真斗も別に怒っているわけでは無かったようで、少し返答に戸惑う様子を見せた。
驚いたことに、どうやら彼女には今の真斗たちが軒並み幻影と同じように見えているそうだ。彼らを無視していたのはその為である。それが過去の幻影かはたまた現の人間か、ホロウの中では彼女に区別がつかないのだから。
人気が少なくなったことで、ようやく人と幻影の区別がつくようになったのだという。
「あれ? でもアキラくんと狩人さんのことは認識できてるっッスよね?」
「ああ、それはね……」
真斗に素朴な疑問を投げかけられ、イドリーが語り始める。アキラのその美しい瞳は様々な幻影の中でも何故か目立つのだと。彼の顔だけは見えるそうだ。
では狩人は、と聞くとイドリーは苦い顔をした。彼の瞳は確かに目立ちはしたが、それは彼女にとってそう簡単に好意の対象となれるものでは無かった。
彼女には、彼の瞳だけが視えていた。脳の瞳までも。虹色のノイズをびっしりと浮かぶ無機質な宇宙色の瞳が、絶えず彼女を見つめ続けるのだ。
道理であの時泣き出したのか。狩人はぽんと手のひらに拳を乗せた。
反応の無い彼女にひたすら話しかけていたところ*1、突然「もうやめて」と怯えた様子で静かに声を震わせ泣き始めたのだ。そうしてようやく狩人を認識するようになった。そこからあの連携を繰り出せるのだから大したものである。
彼女がリュシアたちのネッ友であることも判明した。「いちごパフェ」のペンネームで活動しており、趣味でホラー小説を書いているそうだ。
「狩人ってね、すっごくホラーなお話が上手なんだよ!」
明るく話すリュシアのテンションに釣られ、イドリーは思わず笑ってしまった。アキラも笑みを浮かべ、ほんの束の間、穏やかな空気が流れた。
「ああ、貴公をBrotherに会わせてやりたい。回転なら話の合う者が居るのだ」
「あら、兄弟さんが居るの?」
「いやBrotherはBrotherだが」
……? 首を傾げるイドリー。狩人がまた狂気を漏らし始めたのを見て、一行はそろそろ帰ることにした。必ず助ける方法を見つけてみせると約束をして。
「イドリー」
帰路に着こうというとき、突如として正気に戻った狩人が振り返り、イドリーに話しかけた。早足で距離を詰めると、狩人は彼女の右手を両手で持ち上げ握り締め、まっすぐに両の目を見つめた。
「どう、したの?」
「悪夢の中、覚めぬ町に囚われる。その苦しみは、私にも分かるつもりだ」
だから、貴公だけは必ずここから連れてゆく。この約束を、覚えていてくれ。それだけ言い終わると、狩人は手を離し、「無事を祈る」と最後に告げた。
再び一行に向き直り走っていく狩人、そして心配そうに自身に向かって振り向くアキラの背中を、イドリーはぼうと見つめていた。
どこもかしこも、三点リーダばかりだ……
ボイス修正まだ終わってないそうでとても悲しい。早くサラをリョナらせてくれよ。
狩人にイドリーと恋愛させる予定はありません。というか絶対にさせません。狩人は世界がひっくり返ろうと人形ちゃん一筋です。
あと次回イドリーがちょっとかわいそうかわいいされます。多分。つまり悪夢。