手袋を買いに

すぐに「はい」と返事をしてしまう癖がある。


たとえば、ちょっと小洒落たイタリアンのお店で、こだわった感じのパスタが運ばれてくる。
皿が僕の前に置かれたあと、店員さんに「チーズ、上からおかけしてよろしいですか」と訊かれる。彼女の手元には、岩石のようなチーズと、それを削り取る大根おろし器みたいなやつがある。これが、このお店の「売り」の1つであることは一目瞭然だ。

こういう時、僕はとっさに「はい!」と元気良く言ってしまう。
本来であれば、チーズをかけた状態で食べたいか、そのまま食べたいかはちゃんと考えて決めるべきだ。店員さんもちゃんと疑問形で聞いてくれているし、空気感としても本当に「お好みの方で」と言ってくれている。チーズ要らないですと言っても、何の問題もない。
でも僕は、何も考えずに「はい!」と言ってしまう。
結果として、チーズがかかったパスタを美味しく平らげるだけなので、正直何も問題はない。問題はないのだが、なんでこういう時いつも「はい!」と言ってしまうのだろうか、と後悔する。問題がない、後悔する意味すらないことで後悔している。

本当は、「はい」かもしれないし「いいえ」かもしれない。どっちの可能性もある。
しかし僕は、自分が吟味することよりも、吟味するために考える時間、というか「間(ま)」を作ってしまうことを恐れている。

正直、考え始めたらキリがない。

(チーズ、かけた方が良いのかなあ。このお店の売りっぽいしなあ。でも、正直今は粉チーズっていう気分じゃないんだよなあ。ここで「要らないです」って言って変な空気にならないかなあ。でも、チーズが売りなのにチーズかけないってなんか勿体ない気もするなあ。あとから「やっぱり粉チーズかけりゃ良かった」ってなった場合に、店員さんをもう1回呼んで「やっぱかけてください」って言っても良いのかなあ。)

これくらいは最低限考える。
そして、考えている最中に少しずつ、また少しずつ「異常」に傾いていく「間(ま)」の方も、僕は同時に気になってしまう。
つまり僕の脳内は、上記のようにチーズの有無に関するシンプルな吟味では収まらず、こうなる。

(チーズ、かけた方が良いのかなあ。このお店の売りっぽいしなあ。ヤバい、即答しなかったからちょっと変な間ができはじめているかもしれない。でも、正直今は粉チーズっていう気分じゃないんだよなあ。ここで「要らないです」って言って変な空気にならないかなあ。ヤバい、ちょっと時間かかりすぎてるかもしれない。すみませんもうちょっとで決まるんで。僕もちゃんと、この空白の時間が「おかしい」ってことはちゃんとわかってます。すみません、ほんとこういうの時間かかるんです、はは。でも、チーズが売りなのにチーズかけないってなんか勿体ない気もするなあ。あとから「やっぱり粉チーズかけりゃ良かった」ってなった場合に、店員さんをもう1回呼んで「やっぱかけてください」って言っても良いのかなあ。いやいやダメだ、もう引き下がれない。ここまで来たらもう、自信をもって答えられる回答にしなきゃダメだ。ここまで悩んでチーズ無しにして、後からチーズやっぱかけてくださいなんて言えるわけがない。ってことはチーズ有りか。ああ、もう考えるの面倒くさくなってきたな。こんなことなら最初から「はい」で即答すれば良かった。・・・)

考えただけでゾッとする。
1秒経つごとに少しずつ、僕が本当は人間ではなく手袋を買いに来た狐だとバレていくような気がする。
そうなるくらいだったら、僕は最初から「はい」で良いと思っている。

この思考が進むにつれて「パスタにチーズをかけて食べたいかどうか」という、自分の意志がどんどん関係なくなっていく。
チーズをかけたいかどうか、という問いではなく、この場面で「はい」と言うべきか「いいえ」と言うべきか、という問いに自分が勝手にすり替えた上で、悩んでいる。

床屋さんでも、コンビニでも、服屋の試着室でも、タクシーでも、全部そう。
とにかく「はい」と言ってしまった方が、こんな目には遭わずに済む。
そもそも、「はい」というのは基本的には、相手の提案に「乗る」ということだ。ウルトラクイズみたいに、〇なのか×なのかわからないから勘で〇に飛び込むしかない!という仕組みではない。百戦錬磨のプロが、「〇でいかがですか」と言ってくれているのだ。
それに「乗らない」という判断をするには、相応の理由やこだわりが必要だし、そのジャッジをするためのタイムリミットは僕にはあまりにも短すぎる。いつもそうだ。
もし万一提案に乗った結果、自分に何かしらの負荷やデメリットがあったとしたら、それはもう甘んじて受け容れるしかない。
大事なのは、意志よりも平穏。人間と生きるというのはつまりそういうことだと思っている。


昼過ぎに街を歩いていて、ピザ屋の前を通りかかった。
明らかに個人店の、こだわりを感じるピザ屋さん。
「テイクアウトやってます!」という、黒板に手書きの文字。

僕はこの「!」に、とっても安心する。
このお店なら、自分のような者が入っても大丈夫だろう、と勝手に感じる。なぜならば、愛想が良さそうだから。なぜならば、語尾が「!」だから。
たったこれだけの理由で、僕はピザ屋に入った。

お店はとても小さく、カウンターが5つだけ。店主のこだわりを感じる、現地で買い付けた感じのアンティークな小物がところどころに置かれている。イタリアではなくアメリカ系のピザ屋。
ピザは6種類くらいがテイクアウト可能で、ホールではなく8分の1カット単位で売ってくれる模様。これなら、2種くらい楽しめる。良いピザ屋。

さあ、ここからが勝負だ。
6種類から2種類を選ぶ。この場面だけは「はい!」では乗り切れないので、自分で選ぶ必要がある。いかに淀みなく、すっと2種を選び抜けるかが問題だ。優柔不断を断つ。
急いでメニューをザッと目でさらう。スピード勝負。6種類で良かった。30種類だったら完全にオーバーヒートして、一番デッカく書かれているメニューを無条件で選んでしまっただろう。同じ理由で、僕はやむを得ずスターバックスに入った際はいつも、新作の抹茶桜ごま団子月見フラペチーノみたいなのを頼んでしまう。

まず1種は簡単に決まった。「ソーセージピザ」だ。ソーセージは大好き。こういうのがあるととても安心する。知らない人しかいないアウェーな会場で友達に会った時のような気持ち。
そしてもう1種は、「ベジタブルピザ」にした。僕は最近、こういう風に2種類を選べるという場面で2つ目を健康そうなものにする。ソーセージピザのカロリー・脂質を帳消しにできる気がするから。
そもそも、昼食の時間でもないのにフラッと入ったピザ屋でピザを2切れ頼む時点でもう「違う」のだが、そういうのは全然OK。僕は人間関係以外のことは大抵気にならない。でも2つ目はベジタブルにする。

さくっと決まった。「ソーセージとベジタブル、1つずつ、テイクアウトで」。
淀みなく注文を店主に伝える。

今のはかなり、「客」だったのではないか?
「客」って、こういう感じだよな?
それくらい、淀みなくやれたことへの達成感が大きかった。
もうピザを受け取らずに帰っても構わない。いや、ソーセージは一口食べたいかも。


ここで、想定していなかった問いかけが僕を襲う。

「ノラヴォ―ナですが大丈夫ですか?」

は?
ニルヴァーナ?

「はい!!」

ここまでスムーズにやれたんだから、「はい」でいかせてくれ。
一切何も考えず、僕は即答した。
狐であることがバレる前に。

なんかきっと、ピザの焼き方みたいなことを言っているのだろう。
ウェルダン、のイタリア語みたいなことだ。
いや別に、ピザの焼き方じゃなくても、生地の種類が薄くても分厚くても、ソーセージがドイツ産でもルクセンブルク産でも、なんだって構わない。
全然良いです。もう何でも良いです。ノラヴォ―ナでお願いします。


無事、僕は最後まで「客」として、ピザを受け取って店を発つことができた。
のらぼう菜のピザだった。
美味しかった。





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コメント

2
ノサダ
ノサダ

めっちゃ好き

ウエダミライ
ウエダミライ

文章の面白さと共感で引き込まれました!!
仮に手袋を買いに来た小狐だとバレても良い気がします!個性ですから。。

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手袋を買いに|ペンギン
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