初めてのインターネットでどうしても知りたかったこと
僕のほっぺたに一時期、白くて長い毛が1本だけ、にょろりと生えていた。
12歳くらいだったと思う。まだ僕はヒゲが生えてなくて、同級生の中には生えてる人も少しだけいたかもくらいの年。
僕の頬には、ヒゲではなく、白くて長い毛が1本、にょろり。明らかに頬から生える長さではない。髪の毛を移植したとしか思えない。毛布か何かの毛がくっついてるのかとも思ったが、引っ張っても取れない。しっかり根を張っている。僕のほっぺたから白髪が生えている。
色々考えて、僕はこの白髪を、これからヒゲが生え始まる時の入場行進曲、つまり「ヒゲのファンファーレ」ではないか?と考えた。僕より先にヒゲが生え始めていたTくんも、最初に生えたのは白くて長い毛が1本だったのかもしれない。
人体の構造はよくわからないことだらけなので、黒いヒゲが生える前にこういうことが起こるんだと、もし既にヒゲが生えている人から言われたら、そうなんだと思うと思う(衍字ではない)。
僕はとても気になった。
自分で言うのもなんだがまだ若い子どものぴちぴちした肌から、明らかに人生の終盤の友であるはずの「白い毛」が、しかもすごい長いのが、急に、1本だけ、頬のド真ん中で、ギューンと伸びて生えている。
なんなんだこれは。毛穴が1個だけ急激に老いたのか?
ファンファーレだとしたら、ヒゲというのがそもそも皮膚の「老い」によって生まれる現象で、その老いの序章としてフライング気味に「白い毛」が1本だけ生えちゃう人も中にはいる、みたいな感じなのだろうか?
いやそれにしては、毛が長すぎる。短い毛だったら「ヒゲの始まり」として整理できなくもないが、頬から生える1発目のヒゲとしては異常に長すぎる。早すぎる。
毛の生成メカニズムが毛穴単位でおかしくなる、なんてことがあるのだろうか?
これってもしかして世界でも稀な事象なのでは?なんかこう、人類が昔持っていた魔力の残り香みたいな感じで、これが生えるということはホグワーツに入学する資格を持つということじゃ!みたいな事態になるのかもしれない。
気になる。気になる。気になる。
誰か教えてください。この毛の正体を。仕組みを。
周りの大人に訊いたところによると、これはヒゲのファンファーレではなく「宝毛」や「福毛」というものらしい。
名前がついているということは、まず大した事象ではないので些かガッカリしたが、それでも尚、子どもの頬から白い毛が生える仕組みのことが気になった。
「なんで、ほっぺたから白くて長い毛が生えるの?」
周りの大人たち、親や祖父母の答えは決まって「縁起が良いから」とか「幸せが訪れるから」みたいなやつだった。
だから「宝毛」とか「福毛」と言うんだよ、と。だから抜いちゃダメだよ、と。
ああ、全然違う。そういうことが知りたいんじゃないんだ。
まず別に彼らも、心の底から「縁起が良い」と喜んでいるわけではない。茶柱が立ったのと同じような、「縁起が良い"とされる"」程度の認識と熱量。
そして僕が知りたかったのはそういう伝承ではなく、「なぜ子どもの頬から、老人の髪が生えてくるのか」という、人体の神秘というかメカニズムのことだ。
縁起とか幸福みたいなのも結構なことだが、それは「なんで」への答えではない。
例えばで言うと、日食の仕組みを知りたい時に「あれは神様が怒っているからじゃ」って言われるようなもので、それもそうなんだろうけどそういうことじゃなくて、みたいな気持ちになる。
ただ同時に、彼らにその答えを要求するのも、それはまた酷な話だという認識もあった。
大人だからといって何でも知っているわけではない。
じゃあ、どうやって真実を知れば良いのだろうか?
僕が持ち合わせている選択肢は、本で調べるか、大学に行って研究するか、しかなかった。
僕の手に届く市民図書館の本を読んでも、まず髪の毛の仕組みについて語っている本が少なくて、その中で「宝毛」「福毛」という言葉が出てくることはほとんどない。
かろうじて「宝毛」の記述を見つけたとしても、「幸運の象徴で・・・」みたいなことしかやっぱり書いていない。ものすごいガッカリすると同時に、僕は段々と、自分が「とんでもないこと」を知りたがっているのではないかという気持ちになった。私はガリレオガリレイなのではないか。
一瞬、自分はこの白い毛の仕組みを明らかにできる学問を志すべき人間なんじゃないかという歪んだ使命感に駆られた。
そんな僕にとって、インターネット検索という武器はものすごく魅力的に映った。
あの機械を使いたい。あの機械に訊けば、白い毛の謎が解明されるのではないか。
他では決して埋めることのできない、沸騰した知識欲。
僕はある日学校を巧妙にサボって、自宅のリビングにある父のパソコンを使って、見よう見まねで検索をした。
宝毛 理由
検索結果に出てきたのは、「宝毛は幸運の象徴」という趣旨のことが長々書いてある、キラッキラしたテキストサイトだった。
あれは僕にとって一番最初の方のインターネット体験だ。
もっとちゃんと調べれば、宝毛が生える人体的・生理学的な構造について教えてくれるサイトもあったのかもしれないが、当時の僕はそこまでのリテラシーを持ち合わせていなかった。
ものすごくガッカリして、僕はパソコンを閉じ、学校をサボったことの埋め合わせをどう対処するかという極めて現実的でつまらない問いに戻る羽目になった。
その後、ちびちびと頬の毛をいじっているうちに白い毛はいつの間にかなくなり、普通に普通のヒゲが生えてきて、僕は「大人」になっていった。
もしあの時のインターネット検索で「僕が求める真実」に辿り着いてしまっていたら、僕はインターネットを信用してしまっていたかもしれない、と最近思う。
インターネットは信用ならない。僕の知りたいことを教えてくれるわけではない。そんなスッキリしない原体験が、今日に至るまでの僕とインターネットの関係性を決定づけているのかもしれない。
ちなみに、chatGPTが流行り始めた時に一番最初に僕がした質問も、同じく「白くて長い毛が急に1本だけ生える理由を教えて」だった。コイツしつこすぎるぞ、とインターネットさんも嗤っていたことだろう。
さすがに当時よりは知りたい領域に近づいた回答をしてくれたが、それでもまだ納得まではいかない。というかもう、納得を身体が拒否している感じがする。どんなに妥当な答えをインターネットから提示されても、もう信じられないのかもしれない。
インターネットで僕が知りたいことを知ることはできない。それで良いのかもしれないとも思うが、じゃあこれからの僕はどうやって知りたいことを知るのだろうか?
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コメント
1“白くて長い毛”をめぐる探究が、こんなにも詩的で、こんなにも可笑しくて…なんだか愛おしさが止まりませんでした✨知らないことを「知りたい」と思う、そのピュアな欲求に胸が熱くなりました💡