サンド先輩のように、日本一になります-。阿部拓真(35=宮城)が、競輪界で25年総決算のレース「KEIRINグランプリ2025」(平塚)に初出場する。阿部はサンドウィッチマンの母校・仙台商(宮城)出身で、伊達みきおとは同じ小中高と“直系”の後輩だ。G1初決勝となった11月競輪祭では、3連単最下位人気での初Vで世間を驚かせた。07年M-1グランプリを敗者復活から制した先輩のように、杜(もり)の都のイケメンレーサーが、大波乱GPを演出する。
◇ ◇ ◇
07年12月、高校2年生だった阿部は、友人と一緒にテレビにくぎ付けになっていた。画面の向こうでは、漫才の頂点を争うM-1グランプリで、サンドウィッチマンが当時史上初の敗者復活戦からの優勝を成し遂げていた。サンド伊達は「夢見心地です」と、つぶやいた。
「同じセンショー(仙台商)出身なのは知っていたけど、まさか…」
父に「個人競技の方が向いている」と勧められてサッカー部から自転車競技部へ移ったばかりだった阿部少年。この時から、サンド先輩は大きな憧れに変わり始めた。あの感動から18年、今度は後輩が、競輪界で日本一を決めるGPに唯一の東北勢として挑む。
大舞台までの軌跡も先輩に重なる。11月の競輪祭。「優勝なんて、まったく考えもしなかった」。SSに次ぐ2番目のクラスとなるS級1班のボーダーラインだった阿部は、5走中4走で成績が劣る選手の6番車での快進撃。1着は最後の決勝だけ。3連単の配当35万990円は前代未聞の全通りで最下位504番人気での決着で、GP切符を最後につかみとった。
「まぐれ」では決してない。6番車にもかかわらず、「唯一の取りえです」というスタートの速さで前を取り、最終バックでは古性優作の猛追をしっかりと合わせ切ると、最後は思い切り外を突き抜けた。現場で見ていた一流のマーク選手たちは口をそろえ、「G1で戦う上で、自分たち追い込み型に希望を与えてくれた走り」と絶賛した。
共通点が、もう一つある。競輪祭での優勝インタビューで、開口一番に「夢ですか、これは?」とつぶやいた。インタビュアーから優勝した現実を告げられ、言った。「ああ…夢見心地です」。優勝コメントまでサンド先輩と重なった。「あれは、とっさに、自然と出た言葉です。伊達さんの言葉が、もう頭に染みついていたのかもしれません」。
阿部と伊達は小中高すべて同じで、富澤たけしとは中高が一緒と、まさに「地元の先輩と後輩」。平成ど真ん中の時代、先輩は史上初の下克上Vをきっかけに国民の人気者に駆け上がった。あれから18年。後輩はジャイアントキリングでG1を制し、競輪界トップのS級S班の座に就いた。まったく同じデビュー10年目に、節目の快挙を達成していた。
来春、競輪祭の祝勝会を地元で盛大に行う。阿部のひそかな願いは「サンドさんに来てもらうのが夢です」。ならばもう1つ、サンド先輩と同じ「GP王者」として肩を並べようじゃないか。サンドウィッチマンと、阿部拓真。ともに仙台市郊外の同じ風景を見ながら、青春時代を過ごしてきた。GP本番も幸運の「6番車」。最高峰の舞台で、今度は阿部が世間を驚かせる番だ。【鈴木豊】
◆阿部拓真(あべ・たくま)1990年(平2)、「サンドウィッチの日」でもある11月3日、宮城県仙台市生まれ。黒松小-八乙女中-仙台商-法大を経て競輪学校(現養成所)107期生として15年7月静岡でプロデビュー。25年競輪祭でG1初V。通算成績は829戦で1着224勝。総獲得賞金は2億3848万9000円。173センチ、72キロ。胸囲96センチ、太もも周り60センチ。血液型A。