ドイツ軍がヤマハを採用

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ドイツ軍がヤマハテレネ700
を採用。
日本国内の二輪販売店舗が戦
時下のロシアに違法にバイク
を大量輸出したのとは異なる
正式手続きによる合法発注。
日本の自衛隊と米軍はカワサ
キを制式採用し運用している。

余談だが(こちらのほうが長い
記述になるが)、言語について。
最近、日本語造語の「バイク」
が世界標準語になりつつある。
英語圏でさえも。イタリア人
もバイクと呼ぶようになった。
英語でオートバイの事はモー
ターサイクルと呼ぶのがこれ
までの原語だった。
イタリア語ではモトチークロ、
ドイツ語ではモトラッド(英語
的読み方。ドイツ語的にはモ
トラハァード)。
モーターサイクルの日本語固
有呼称は「オートバイ」「単車」
「バイク」「原動機付自転車」
「自動二輪」が日本語だ。
総じて「二輪」ともいうが、
それは自転車もバイクも含む
意味もある。
英語圏の場合、日本語における
「二輪」のような単語は存在せ
ず、明瞭に自転車と発動機付自
動二輪を区別する単語のみだっ
た。
日本語は省略して単語を形成す
る事が多いが、包括的な単語も
かなり存在する。
欧米で日本語単語である「バイ
ク」が一般化しつつあるのは、
そうした日本語原語の文化性
の一つが欧米に定着しつつあ
る現象だといえる。

日本語独自の単語が世界標準
になった単語に「エアソフト」
がある。
これは日本人が考案した造語
「エアソフトガン」という玩
具空気銃が原語で、そのトイ
ガンを使っての陣地取り射撃
合戦ゲームを欧米人は「エア
ソフト」というゲーム呼称と
して使い始めて全世界で定着
した。
日本では定着していない。
日本では、1983年にアメリカ
からネルスポット着色弾を使
用した競技「サバイバルゲー
ム」という単語が輸入された
時から「サバイバルゲーム」
という呼称が一般化したまま。
ネルスポットガンを使わない
低威力プラ弾を飛ばして中て
て進撃して相手陣地の旗を獲
るゲームだが、現在において
も「サバイバルゲーム」と呼
ばれている。日本での略称は
「サバゲ」。(ここでも単語を
略すのが一般化されている)
これは米国人には通用しない
日本で運用された言葉で、米
国内でゲームとしての単語で
サバイバルゲームというと、
ネルスポットガンで着色弾
を撃つゲームとなり、日本式
の低威力プラスティック弾を
中てる競技には該当しない。
日本製のトイガン使用のゲー
ムのおもしろさが海外で認識
されて先進国各国に広まった
が、単語が無いので海外の人
たちが考案したのが日本語を
拝借した「エアソフト」だっ
た。低威力の空気銃を使うの
で、非常に実体と適合してい
る呼称だ。
なお、かつて米軍は日本製
ガスガンを強力化して、実
戦想定での近接戦闘訓練を
していた。
それは日本のあるメーカー
製造販売のガスガンで、そ
のメーカーは統一協会系の
企業だった。
日本国内ではその米軍式を
模倣して近接戦闘訓練をト
イガンを使ってやり始めた
が、日本の自衛隊の場合は
慎重で、統一協会系企業の
銃ではなく、東京マルイと
いう玩具銃トップ企業と連
携し、同社の正式開発玩具
銃を使用した。外見は自衛
隊制式銃の89式5.56ミリ小
銃とほぼ同寸同形とし、そ
れを自衛隊に正式に納入さ
せて制式化した。

そうそう。
mm=ミリというのも正式
にはミリメートルと呼ばな
いと英米圏では通じない。
日本語は略語が多すぎ。
チョベリグは死語となった
が(笑
私たち日本刀探究舎の二輪
組織MCエイトコマンドゥ
も、略して通称「ハチコマ」
と呼ばれている。

ヤマハテレネに乗っている
友人の話だと、車体構造は
違えど、ヤマハのテレネは
一つの走破二輪車両として
ドイツのBMWを目標として
開発された、との事だった。
ドイツからしたら、それは
日本のエアソフトのような
感覚になるのかも知れない。
ドイツ発で海外に手本にさ
れたものが逆に本国では今
日本製を制式採用、という
ような。
日本のサバイバルゲームは
まだエアソフト呼称は一般
化していないが、全世界標
準の逆輸入単語「エアソフ
ト」と呼び変えよう、とい
う動きも日本にある。
友人のドイツ人サバゲーマ
ーのバイク乗りの奴は、普
段そのゲームを指す時や世
界にネットで紹介している
時には「エアソフト」と言
っている。日本国内でも海
外向け発信でも。
ちなみに、私のゲームでの
ハンドルは古くからのニッ
クネーム&ハンドルネーム
のガンモ転じて gun more
と記載している。
私の事をガンモさんと呼ぶ
人は四半世紀以上の付き合
いの人たちだ。

なお、「渓流詩人」というの
はハンドルでも個人呼称で
もない。冠名=肩書=概略
概念呼称のようなものだ。
号でさえない。
言語的整合性を以てネット
上の私を呼称するならば、
さしずめ「渓流詩人ガンモ」
が合理性があるだろうが、
長い(笑
なお、「渓流詩人氏」という
呼称は多くは私を非難する
側の人間が好んで使うが、
全く日本語的におかしい。
「さかなくんさん」と呼ぶ
ようなもので、例えば「部
長氏」とは日本語では呼ば
ない。
「現代のサムライ」の事を
「現代のサムライ氏町井勲
さん」とは呼ばない。氏を
冠にもつけさえすれば善し
としたがるのは、「自分は
無礼な呼称はしない」とい
うポーズを取りながら内実
は慇懃無礼で非礼な非難言
動を為す側の人たちに見ら
れる自衛自己保身の性根の
顕在化の一つの物理的特徴
だ。

これらの感覚は母国語がど
のようにその人にとって使
われているかの感性、感覚
の問題。
私の事を渓流さん(これも
2001年からの呼称)と呼ぶ
のは整合性があるだろうが、
個人を指すのに渓流詩人と
いうのは概念上整合性は構
成しない。
そのあたりの本質が解かっ
ている古くからの付き合い
の人たちは「渓流さん」と
呼ぶ。カワサキ乗りをカワ
サキさん、とカレカノの映
画の中で呼んだように。
面白い特徴として、渓流詩
人という呼称を個人呼称と
して使用する者の殆どが私
を誹謗中傷揶揄攻撃する側
の人間、という特徴がみら
れる。
根本的に物事を理解してい
ないからだろう。
単語や概念や概略構成内実
について自問精査する事な
どは一切しない種族の御方々
だからだ。
特定したつもりでも実体や
本質や真の姿を特定できな
いのが彼らの特徴だ。
脳力の問題だろう。
そもそも、私だけでなく誰
に対してもはじめから攻撃
対象としてしか対人対物、
事象をみない発意からして、
通常の人の脳力には達して
いない。