開かれたナンパ界隈とその敵
ナンパに対しての否定的な思い込みが当たり前になっている。それがナンパ界隈外の世間一般からの否定であれば一向に構わない。しかし、ナンパを日々実際に取り組む当事者たるナンパ師自身の少なく無い数が実態、現実と異なる完全に誤った固定観念に洗脳されつつある。曰くこうだ
・ナンパはブス、ヤリマン、頭がおかしい女しか抱けない
・ナンパを続けていると女の子と長期的関係を作る力がつかない。ナンパを卒業できない男は彼女もキープも作れず、その日限りのワンナイト中毒の繰り返しに陥る「即れる非モテ」となり、悪い方向に退化する
・ナンパは「関係構築」「美女(夜職)攻略」といった女性に関わる『上位概念』の活動に対し劣った分野であり、いずれ卒業する必要がある『下位互換』の活動である
・ナンパは若いイケメンだけに許される特権的な活動であり、飛び抜けて容姿がよくない限り、延々と泥水のような女しか抱けず無限に路上徘徊してゴミ拾いしかできない
こうした考え方を全てのナンパ師が信じていると言いたい訳ではない。だが、上記に近しい内容が界隈に投稿されるとかなりの数の賛同を受けて大きく拡散される。また、界隈全体にうっすらとこうした考え方が常識として受け入れられているのも事実だと考える。
上記の否定的な先入観がナンパ界隈の外側、一般社会から向けられることは全く問題無いと考える。ナンパは世間的に「異常行動」「常識外れの迷惑行為」であり、当たり前に糾弾されて然るべきだと思う。そして、これは世間からの『誤った』偏見では無い。実際問題としてナンパはグレーゾーンの行為であり、ナンパ師の肩身が社会で狭いのは当然だ。
私が議論したいのは「なぜナンパをするという目的で集まっているナンパ界隈という集団の内部で、ナンパに対しての明らかに誤った否定的な固定観念、偏見が支配的な意見として流布しているのか?」という問いだ。
なので、よくある「ナンパはもっと評価されるべき」「ナンパは素晴らしい活動だ」というお手盛りのプロパガンダを論ずる目的は一切無い。
その上で上記のような「ナンパが馬鹿にされることは良いことであり、現場のプレイヤーに取ってはむしろ望ましいことで全く問題無い」という批判はこの場合には全く的外れだ。たくさんのナンパ師、講習生を観察して感じるのは「TLに溢れるナンパに対しての誤った思い込みを内面化して、活動自体の形が歪んでしまう」からだ。
つまり、外部から「誤った偏見」で叩かれることは全く問題ないが、界隈内部で「誤った偏見」が常識になると、本来ナンパをやれば当たり前に違うと理解できる歪んだ思い込みに染まって、その偏見通りの活動に引っ張られてしまう。特にナンパ未経験の初心者ほど顕著だ。SNSの発信に現場の活動がミスリードされる逆転現象が起こる。そしてこの偏見に染まって活動した初心者が中級者、発信・教える側に回った時に「偏見の再生産」が起こる。いや既に起こっている。これは明白な害であり、正す価値がある問題だ。
繰り返すが、ナンパ界隈外(一般社会は無論、Xの他界隈も含む)からの批判は正当、自然なものであり、これに対して『ナンパの地位向上運動』や『ナンパに理解を求める抗議活動』を行う必要は全く無く、むしろ害ですらある。他人に取っては迷惑だが、自分達に取っては益のある利己的な活動だ。法に触れずともヘイトを買うのは当たり前。身の程を理解して日陰に隠れて静かにやればいい。
この論考の大目的は
ナンパ当事者がナンパに対する誤った思い込みを持たされる理由、ナンパ界隈という「ナンパをする為に形成された集団の内部」でなぜナンパが否定され、誤った常識が当然視されるのか。その風潮が生まれる過程、扇動者と裏切り者の正体を白日の元に晒し『敵』は誰なのかを明らかにすること
と、書くと不十分だろう。さて『敵』という言葉からあたかも「自分の商材を売り捌く金儲けの為に不当にナンパを否定する悪の業者」が存在して、彼らだけのせいでナンパ界隈が破壊された。と即座に連想されがちだ。はっきり言っておく。これもまた誤りだ。問題はそんなに単純では無い。上述の大問題を明らかにする為にはいくつかの小テーマを扱う必要がある。
・ナンパ界隈とは何か?
・ナンパ界隈版ヒストリシズム(懐古主義的発展史観)
・クラスタの思想的信条
・伝統的ナンパ界隈、クラスタの描写(プレイヤー、古参、講師)
・ナンパ講師の易姓革命、なぜナンパ講師は『腐敗』するのか?
・内ゲバ、マネタイズ批判と見逃される『本物の巨悪』
・コロナ禍を経た旧来型ナンパ界隈の変容と拡散
・界隈のビックバン、業者のカンブリア大爆発
・クラスタ(第三の居場所)の縮退、ナンパ界隈の『リアコミュ化』
・自己啓発型業者とアスペナンパ師の共依存関係
・クラスタ出身講師の『堕落』とビジネス界隈化
・伝統的ナンパ講習の衰退、次世代型講習の勃興とナンパサロンの功罪
・擬態型寄生虫的業者と『業者版クラスタ』の登場
・合流文化のハッキング、捏造された現場感、エアプ叩きの猫騙し
・パクツイ、リライト、飲み会外交、よいしょ合戦、『物語』の陳腐化
・価値観の「倒錯」とクラスタの敗北
上記を見て再度、多くの人は「昔は純粋なナンパプレイヤー同士の集まりだったナンパ界隈がビジネス界隈のエアプ業者に侵略されたり、金儲けに走った元プレイヤーのナンパ業者によって腐敗、破壊された」という印象を持つだろう。もう一度言う。その考え方も物事を単純な勧善懲悪の物語に仕立てあげる典型的な問題の矮小化であり誤りだ。
ナンパ界隈は外部からの攻撃や所謂「業者悪玉論」に見られる一部の悪徳業者だけによって破壊されたのは無く、むしろナンパ界隈の内側、プレイヤー側の価値観により内部から変容した、より正確には「ナンパ師の生態、思想的信条、矜持を上手く利用された」というのが正しい理解だ。
無論、界隈を私利私欲の為に利用する寄生虫のような業者、変質の下地を作った戦犯的な発信者(それには当然私自身も含まれる)もいる。だが、界隈の変質そのものに善悪は無い。また、これらは誰か特定の人物が意図的に作った風潮ではない。
では、なぜ大袈裟に騒ぐのか?これは認知戦だからだ。上述の誤った偏見が広まることで利益を得る集団がいる。そして、後程明らかになるように、これらの偏見は一部のナンパ師の心に深く響き再生産される。拡散される仕組みが今の界隈の成り立ちに埋め込まれている。偏見が作りだされる仕組みと背景を明らかにしたい。先に予言すると『敵』とは特定の人物と限らない。偏見が神話のように語られる『構造』そのものが『敵』だ。
本論考は
誤った偏見、思い込みで活動を歪められるナンパ師を一人でも無くし、界隈内部で偏見が再生産されることを防ぐ為の理論的支柱、免疫を刺激するワクチンとして企図した。特定の人物に対する批判や攻撃が目的では無い。
ナンパに取り組む全ての男が誤った先入観に惑わされない下地を作る。変な思想から離れて普通に活動に取り組める。未来に向けて書きたい。
本論の注意点と予期される批判について (※読み飛ばし可)
まず、私は自分がこの問題について語る資格があるのか?、自分自身でも疑問に思う。私はナンパ講師として足掛け5年間商売をしてきたし、自らの影響力を拡大する為に発信を続けた。その過程で界隈を無秩序に外側に押し広げ、既存の界隈を変質させた責任の一端がある。また、特にこの2年は講師業が中心でナンパ師としての活動は年120即程度であり、著しく最前線で活躍するプレイヤーでも無い。
文章の中で決して誤解をして欲しく無いのが『正義の味方たる侍』が『悪の業者』を叩く、という構図の議論では無いということだ。私自身も利害関係者であり、私自身の偏った色眼鏡と歪んだ正義感によって必ずバイアスが掛かっている。
ナンパを使って一銭でも利益を得た時点で全ての業者は同じ穴の狢だ。業者に正義も悪も無い。それは一ナンパ師、ナンパ講師の自分も例外で無い。そして、私はナンパ界隈全体の代表者でも権威でも何でも無い。あくまでこの文章は一個人の意見、物の見方だ。意識的にも無意識にも自分の立ち位置に取って有利になるような理屈が書かれているだろう。その点を留意して批判的に読み進めて欲しい。
次に本論はかなりの分量を割いて界隈それ自体やその周辺で活動する業者について述べている。ここで確実に想定される批判として
上述のような否定、すなわちナンパ界隈がどうなろうと、まして業者がどうなろうと、現場でナンパをやっている本物の主役であるナンパ師には全く関係無い。界隈や業者がどうのこうのというのは、ナンパをまともにやらなくなったエアプ発信者の戯言であり、業者同士の馴れ合い、プロレス、内紛である。不毛な『ナンパ界隈論』は無意味である。ナンパ師なら無駄な議論などせず、現場で淡々粛々とナンパをすれば良い。
大まかにこう言った趣旨の批判的な複数の引用、エアリプが必ずつくと考えられる。先に言って置くとこれは半分正しいし、私も部分的に同意見だ。現場のナンパはそれ自体で完結している。そこに余計な界隈論は必要無い。もっと言えば、ナンパすることに『界隈』すら必要ない。一人でできる。Xなど消えても好きな人が勝手にやればいい。やがて街で自然に仲間ができる。
ではなぜ、この文章を書いたのか?それはナンパ師、ナンパ界隈の構成員のうちのほとんどは1年以内に9割が入れ替わるからだ。そして、大多数のナンパ師は自発的にナンパを始めない。界隈の発信に影響を受けてナンパを始める。その時、活動を始める前の読者期間、活動初期に界隈内で支配的な言説、イデオロギーに強く影響される。
その点が本論で「業者」を大きなウェイトを占めて扱う理由でもある。界隈の主役は現場のプレイヤーであることは当然だが、声がデカく影響力が強いのは前者だ。ナンパ師の大多数がXの発信をきっかけにナンパを始めている現実を直視すれば、耳障りの良い理想論にうたた寝することは現実逃避だ。
この論考の意義はそういった新規流入者の大多数の活動や考え方が「誤った偏見」に歪められない為のものだ。この議論を持ってして「現場で活動しているナンパ師はこう考えるべきだ」という押し付けをする気は毛頭無い。
また、ここまでの文章でも感じられていると思うが、本論は非常に読みにくいと思う。それは、この議論自体が「現場のナンパ師には不必要だ」という視点で各論にも様々な反論がなされることを想定しているからだ。正直に言えば、他の発信者が本論に近しいテーマを投稿すれば私自身もそのような批判をしたように思う。
これらの「想定される批判」に対しての補足を逐一に付記するようにした。本論は多くのナンパ師、発信者、講師が抱く「ナンパ師に議論は要らない」という根強い現場至上主義思想と矜持を刺激するはずだ。
実は上述の「現場主義」「プレイヤー至上主義」「反マネタイズ(嫌儲)主義」こそが長期的にはエアプ業者が跳梁跋扈し、界隈自体を悪い方向に歪める一つの遠因になっていることを頭の片隅に置いて読んで欲しい。我々が反射的に飛び付く「ナンパ師かくあるべき」という伝統的かつ理想的な信条自体に問題の端緒がある。その点は詳しく後述する。
過去を含むナンパ界隈について書くことで「お前はその時代のことを知らないだろう」「事実に反することを書いている」という批判も受けると思う。この点は極力憶測や伝聞はその旨を明記して書き、過去の出来事については「揺るぎ無い事実に基づく歴史」ではなく「大まかな時系列の流れと系譜」として描写する。断定的な書き方をした場合も一意見として読んで欲しい。上記を踏まえた上で、指摘いただいた内容は真摯に受け止めたい。
ナンパ界隈とは何か?
界隈について語る上でそもそも「ナンパ界隈とはなんだろう?」という定義を明確にする必要がある。これは主観の問題で正解は無い。これからの議論の都合上、範囲を最初に設けたい。まず『広義のナンパ界隈』『狭義のナンパ界隈』があると考える。
広義のナンパ界隈…ストリートナンパ、マッチングアプリ、クラブ、相席キャバクラ攻略、SNSナンパ等の新規を追う活動を中心に、長期的な関係構築、女性関連に紐付く周辺分野の発信(外見改善、美容、筋トレ、男磨き、自己啓発)等、現場プレイヤー・読者・発信者・講師・コンサル・各種業者と周辺領域(男女論婚活界隈等の一部)を含む、ナンパ=男が女に関わる分野、と捉えごちゃ混ぜにした総称
狭義のナンパ界隈…ストリートナンパ、オフラインで活動するナンパ師がTwitter(X)で交流するコミュニティとその集団を母体に活動を始めた読者、発信者、講師が集まる界隈
そして、『狭義のナンパ界隈』でも更に狭い集団が長らく主役だった。この集団を『ナンパクラスタ』と呼びたい。
ナンパクラスタ…ナンパ掲示板での合流文化、ブロガーを始祖とした集団がTwitterに活動の拠点を移し、そのプレイヤーと繋がる野生ナンパ師、憧れた読者達がプレイヤーになり、後輩クラスタとして集団、人的関係を継承することで連綿と続いたストリートナンパ師の緩やかな互助的共同体
時系列的な形成は、ナンパクラスタ→狭義のナンパ界隈→広義のナンパ界隈の順番だが、単純な『発展』では無い。そして、クラスタは狭義に、狭義は広義に含まれると同時に、分かりやすい『内包』の関係でも無い。
三者の境界は曖昧で重なり合い、特にクラスタは長らく広義のナンパ界隈を否定し、狭義のナンパ界隈に全く外部の界隈から人が流入して拡大したり、近年では広義のナンパ界隈が狭義のナンパ界隈・クラスタを呑み込みつつある。対立融和拡散。関係は複雑だ。
ナンパ界隈という言葉の範囲自体が論争の的でもある。例えば、Tinderで逮捕者が出たとして「ナンパ界隈はヤバい」と叩かれれば、狭義・クラスタの側からは「なぜマッチングアプリの活動でストナンが叩かれるのか?」という反発が生まれる。長らく「クラスタ」は特権的な影響力を持ち、広義のナンパ界隈の業者に対して攻撃してきた。ストナン至上主義は未だに根強い。
今、広義のナンパ界隈は巨大化してストナンは勿論、女に関わる分野全てを内側に含む。本論の前半は「旧クラスタを中心とする狭義のナンパ界隈」、後半は「広義のナンパ界隈」を中心に議論する。複数の界隈が登場する場合は、界隈(狭義)、界隈(広義)、クラスタという形で呼称を変えて区別する。特に断りを入れない場合は『狭義のナンパ界隈』を指すものとされたい。
ナンパ界隈版ヒストリシズム
議論を始める前に「ナンパ界隈は昔よりも悪くなった」という強く支持される懐古主義的価値観を明確に否定したい。なぜなら「直近の界隈では誤った偏見が流布している」という主張は『ナンパ界隈衰退劣化論』と混同されるだろうからだ。
すなわち「本来のナンパ界隈は金儲けや承認欲求とは全く無縁で、純粋にナンパだけを楽しむプレイヤーの共同体であり、彼らは精神的経済的にも自立した大人の集団でお互いに助け合い切磋琢磨し、また彼らのほとんどは陽キャ/野生出身(SNSと無関係に自発的にナンパを始めた)で人間的にも素晴らしい魅力的な集まりだった」という過去に対する郷愁と、現代のナンパ界隈がマネタイズに毒され、非モテコミュ障が業者によって搾取されている、という現状に対する否定と同時に主張される。そして現代の界隈は業者によって堕落しており、本来あるべき「古き良き界隈」に回帰すべきである…という結論で締め括られる。
先にも述べたが、私は10年前20年前の界隈を知らない。しかし、当時から続くナンパ講習は少なからずあり、平成初期の雑誌にすら「ナンパ講師」が記事を寄稿したり、How to 本を出版している。ナンパ講習、マネタイズが『ナンパ界隈(狭義)』に古くから存在したのは厳然たる事実だ。また、当時から残る古老の話を聞いても、とても昔は「コミュ力の高い陽キャと生粋のプレイヤーナンパ師」だけが活動していたとも思えない。
だが、この主張には部分的に正しい面もある。それは「もともとクラスタはマネタイズを嫌い、横の人的繋がりで見返りなくナンパを教えたりお互いにノウハウを共有する文化がある」ことは事実だからだ。無論、先輩後輩の面倒な上下関係もあり、クラスタの輪に加わる為に最低限の男同士のコミュ力が要求された。元来「男友達を作る能力がない男」は比較的に排除されやすかっただろう。学校や仕事を軽い気持ちで辞める社不も少なくごく普通の社会人が構成員の多くだったはずだ。一方、大昔のブログを読めば「空気を読めない、奇行に走る変人ナンパ師」の記録は大量にある。ナンパを長く続ける男の気質、人間性に今も昔も大きな違いは無いのでは?とも私は思う。
ごちゃごちゃ矛盾した内容を書いたが、私は大昔の界隈が『純度の高い高潔な陽キャ社会人の均質的なナンパ師集団』だとはとても思えない。雑多で多様性のある出自の男達が掲示板、ブログ、Twitterと媒体を変えながらも互いに繋がる緩やかなコミュニティであったからこそ魅力があり、変わり者や変人も受け入れる懐の広さもあり、同時に当時からナンパ師は金欠だろうから、拝金主義に陥らない嗜みある範囲で講習も少なからずあった…とは言え、この憶測も形を変えた過去の美化に過ぎないだろう。
ここではっきりさせたいのは
①昔のナンパ界隈(狭義)にはマネタイズは一切存在しなかった
②クラスタは陽キャと人間性のしっかりした社会人しかいなかった
③上述の純粋なナンパコミュニティが『業者の利己的な集客と金儲け』で破壊された
この素朴な『懐古主義的業者悪玉論』は全くの誤りであり、問題の本質から我々を遠ざけさせる。業者が界隈を変質させた。それも主に悪い方向に。正しい事実だ。だが、その過程は想像以上に複雑で単純な物語では語り得ない。次章からは「クラスタ・ナンパ界隈(狭義)がどのように変容したか」について、特にコロナ禍前後を具体的に追いかける前準備として、特にクラスタの特徴をより詳細に掘り下げる。
クラスタの思想的信条
クラスタについて語る前に、この集団の定義、特にナンパ界隈(狭義)と何を持って区別されるのか、集団の思想的信条と特徴を明確にしたい。
①現場プレイヤー至上主義とエアプ嫌悪
②合流と即報(即画)による相互信頼供給と承認
③身内縁故主義、紹介文化
④嫌儲、反マネタイズ、アンチ業者
⑤常態的な内ゲバ、身内同士の叩き合い
⑥隠語の使用、秘密主義と匿名性の信奉
⑦世代間の継承と断絶
⑧スタープレイヤー、指導的発信者、古参の連帯と牽制
⑨排他性と集団拡大のジレンマ
⑩流動的な参入と退出
⑪団結と無償の助け合い
⑫ストナン(オフライン)至上主義
これらの信条、特徴を全てのナンパクラスタが持つ訳では無い。また、個々人、世代によって価値観は大きく異なる。それでも概ねクラスタはこれらを満たす集団と見做して差し支え無い。
各要素は一見、負の側面が目立つように見えるがこれは正しく無い。成り立ちからして「ごく普通の社会人が多数派」であり「ナンパは世間的に非常識で隠れてやるべきもの③⑥⑨」「趣味や遊びであるナンパで金儲けをするのはおかしい④」と考える『良識』が根底にある。
同時にこの『良識』は過熱しやすい。ナンパ界隈の根底を支える信頼関係は合流と即報で担保②される。現場で活動して傑出した結果を出す本物のナンパ師①は尊敬を集める。だから、捏造したり口先だけの発信に終始して現場に出ないエアプや金儲けに走る仲間がいれば当然、徹底的に叩く⑤。
ナンパクラスタはある程度は排他的でありエアプは勿論、身内になるまでに一定の障壁を設け、横の繋がりを重視する③が、仲間や自分が見込みを感じた新人に対してはお金を介さずに惜しみ無く教えたり面倒を見る側面もある⑪。人の入れ替わりが激しい分、界隈の中核で活動するプレイヤーの顔ぶれは長い期間でも大きく変わらず、その時代ごとのスタープレイヤーがやがて発信者(あるいは講師)に成長し、また最終的に現場から遠ざかっても歴の古いプレイヤーは古参として一定の影響力と尊敬を集める⑦⑧。
クラスタは承認欲求や仲間からの賞賛を求めて即報や即画を投稿し自身の思想や体験を発信するが、あまりにもSNS上で注目を浴びることは同時に界隈を無秩序に外部に広げる行為でもあり批判の槍玉にもなる。ナンパ界隈が急激に拡大しストリートナンパ以外の領域を巻き込み世間の目に触れる、この点でも業者が私利私欲の為に発信、集客することは嫌悪される⑨。
クラスタは「ナンパ師=ストリートナンパをする男」だという強い矜持を持ち、アプリや課金が必要な夜の店に流れることは『逃げ』だと考える⑫。
クラスタは最も歴史ある始祖的ナンパ師集団であり、ごく最近まで界隈の多数派でもあったことから、界隈(広義)でも特権的影響力を持ち、外部から侵入してきたマネタイズだけを目的とするエアプ業者は勿論、界隈に敵対的な集団、実績を捏造したり世間に対して悪目立ちをする個人発信者を組織的に排除した。ナンパ界隈(広義)で最も権力、権威ある中核的集団であった。
しかし、注意すべき点は「クラスタ」という一個の大集団がいる訳では無く、ナンパ師の個人的縁故、横の繋がり、指導的発信者・古参の周辺、地域的小集団が互いに重なり繋がり合い、全体として緩やかな共同体意識を持つ大集団を形成している点だ。その点で「クラスタ」は多くの価値観と思想的信条を共有しながらも内部抗争や分断の危機に晒されやすい。こういった「脆さ」を持ち合わせる不定形で寄り合い所帯の集団が長期間、巨大な権力を持っていた点が後述する「合流文化のハッキング」と「擬態型寄生虫的業者」の誕生に繋がる。
クラスタの上記価値観の一部は狭義、広義を問わずナンパ界隈の底流に連綿と受け継がれている。これらの諸特徴で決定的に重要な要素がある。
①現場プレイヤー至上主義とエアプ嫌悪
②合流と即報(即画)による相互信頼供給と承認
④嫌儲、反マネタイズ、アンチ業者
この三要素はクラスタの思想的信条の中で最も核心的な内容だ。そして非常に皮肉なことに、この信条を利用され、クラスタに取ってナンパ界隈は『許せない最悪』の方向に変質し、特定の業者が跳梁跋扈することになる。その議論に移る前に、クラスタの構成要員(プレイヤー、古参、講師)の人的関係、クラスタ集団内部の信頼創造の仕組み、恒常的な新陳代謝、現場と大手業者の対立、権力(信頼)と権威(影響力)の分離を考察したい。
伝統的ナンパ界隈、クラスタの描写(プレイヤー、古参、講師)
クラスタの人間関係、信頼関係の基盤は前述の「合流と即報(即画)による相互信頼供給と承認」だ。あるナンパ師が本当に活動しているのか?口先だけでなく実力があるのか?は、ナンパ師同士がナンパの現場である街で対面で「合流」することで担保される。また、出撃のin/outの報告や日常の気付きを含む現場起点の発信、特に「即報」で実績を示し、既に名声があるプレイヤー、発信者、古参からの承認を得てコミュニティに受け入れられる。
この「合流」と「即報(より広くはナンパ活動の記録と発信)」によってクラスタ同士の関係性は成り立つ。特にお互いの活動初期に合流した仲間は強い結束で結ばれるし、即報の捏造は禁忌とし見做される。この「現場で活動するナンパ師こそが本物だ」という強い矜持が「現場プレイヤー至上主義とエアプ嫌悪」に繋がる。
では、ナンパの実力もあり周囲からの信頼を集めて影響力の発信を集めたプレイヤーはどうなるか。まず、ほとんどは引退する。ナンパが年単位で続く男はごく少数で、それは結果を出したクラスタも例外では無い。エンジョイ勢として残るにしても、ナンパはぼちぼち、当時活動していた頃の仲間と飲み会や交流をして楽しみ、Twitterも鍵垢か縮小垢に篭り、やがて垢消しする。界隈は人の入れ替わりが激しいが、クラスタも例外では無い。引退したナンパ師を除く、一部が古参と発信者(講師)になる。
古参はクラスタの中でもナンパ師同士の人的交流において「ハブ」として機能し新人に対する信頼供給の役割も果たす。具体的には街の定位置にいつもおり地蔵トークを主導、飲み会の幹事、界隈の言論に対して指導的な立場で、無論ナンパ自体の実力もあり継続する。特にクラスタは地域ごとの小集団に分かれ、地方には地方の名物ナンパ師、地場の強いコミュニティがあり、その地方で実力があるナンパ師はやがてクラスタ全体でも影響力を行使する古参に成長する。
また、現場から離れるものとは別に淡々と活動を続け、承認欲求とは無縁に5年10年単位で淡々と即報をあげ続けるプレイヤーもいる。彼らは最も尊敬され、垢の規模によらず「知る人ぞ知る本物のナンパ師」として信奉され、特に活動を辞めた「専業ナンパ講師」と対置され、現場では強い尊敬をされる。こうした古参、歴の長いプレイヤーとは別に人を育てたり交流が好きな兄貴肌のナンパ師がおり、弟子の育成や小規模な人の繋がりを取り持ち、クラスタの土台を支えている。
次に講師について。身も蓋も無いが、彼らが講師業を始めるきっかけは単純に金が無いからだ。ナンパは金が掛かる。そしてクラスタの多くは普通の社会人であり大金は無い。活動を続ければ確実に金欠に陥る。また、詳しい解説は割愛するが、ナンパ適性と金儲けのセンスは両立しにくい。
だが、先に述べたようにクラスタには「嫌儲、反マネタイズ、アンチ業者」という根強い思想がある。ナンパは趣味、余暇の活動であり、またクラスタには家族的で温かい人間関係、部活の先輩後輩、武道の師弟関係のような無償の教え合いの文化もある。そういったコミュニティの良さを講習は潰してしまう。ゆえに講師、業者は発信力がある反面、うっすら嫌われる。
さて、ここまでの議論では、主役のナンパプレイヤー、尊敬される古参、嫌われる講師、という三竦みの関係かの如く書いたが、これは一側面に過ぎず、全く正しく無い。なぜなら、講師は古参を兼ねることが多く、むしろ現役ナンパ師からの尊敬、古参を含む現場コミュニティーからの推戴を受けて成立する立場だからだ。にも関わらず、講師は攻撃もされる。この矛盾は簡単に解説できる。それがクラスタ間で定期的に起こる『易姓革命』だ。
ナンパ講師の易姓革命、ナンパ講師はなぜ『腐敗』するのか?
『易姓革命』を語る前にクラスタの思想的信条から発展した「講師」「マネタイズ」に対する捉えられ方と円環的な新陳代謝を具体的に解説する。
④嫌儲、反マネタイズ、アンチ業者
④′嫌儲的な価値観だからこそ「信頼があるあの人ならば講習をしても仕方あるまい」という逆転の発想。界隈で金を稼ぐこと、ナンパを短絡的にマネタイズに繋げることは望ましくないが、本当に実力があり周囲から信頼を集めた『現場で活動する本物のナンパ師』は講師になっても良いか」とする
すなわち、②合流と即報による相互信頼供給を前提として①現場プレイヤー至上主義と③身内縁故主義が結びつき、条件付きでナンパ講習(マネタイズ)の逆説的肯定、がなされる。
講師は現場ナンパ師から独立した存在では無い。むしろナンパ講師とは『ある世代のクラスタのシーンで実力が証明され注目を浴び周囲から一目を置かれ発信力をあった当代のスタープレイヤー』がなる場合が多いからだ。講師がマネタイズする正当性の源泉は、現場ナンパ師からの尊敬と支持と同世代の仲間の応援と古参を含む現場ナンパコミュニティーの暗黙的な後見、すなわち『クラスタ集団内部での信頼』だ。
無論、実力が無かったり、実力があっても発信が下手なナンパ師が見切り発車で始める場合も多々ある。ただ、いずれにせよクラスタ集団内部で始める講師業は必ず「現場からの尊敬と承認」を得ないと成功しない。にも関わらず、ナンパ講師は賎業、無職、コミュニティーの破壊者と蔑まれる存在でもある。小銭を代償に尊敬と軽蔑の双方を受ける極めて不安定な立場だ。
そして、ナンパ講師は必然的に『腐敗』することが運命付けられている。その理由は後述するようにナンパ講師の多くが「ナンパを辞めた後も権威と発信力を背景にナンパ講師として界隈に居座る」「よりマネタイズとしての手口を洗練させて個人的師弟関係に近いナンパ講習を単なる金儲けの手段として歪める」という典型的な講師批判とは別にある。
講師は仮にナンパ師として活動を続け、クラスタの倫理観で『許される講習』の範囲で続けても絶対的に周囲から『腐敗』したと見做される。その致命的な理由は「講師は自身の独立した講習コミュニティー運営の為に現場プレイヤーと古参から成るクラスタの大きな繋がりから分断され、世代を経て講師のプレイヤー時代の姿を知らない新規流入したナンパ師が主流になった時、現場に立たないエアプ業者として叩かれる」宿命にあるからだ。その結果、起きるのが『ナンパ講師の易姓革命』である。
講師(発信者)は下記のような順番で成長する。
A 将来有望な新人ナンパ師として在来のクラスタ内小集団で注目される
B ナンパ師として実績を積み、弟子の育成、発信、相互交流で影響力を増す
C 現場出身の実力派ナンパ講師として活動
D 講習が軌道に載ると一定の実績がある中堅講師として評価される
E 大手講師として名声を獲得し商業的には安定すると同時に現場の一部から「エアプ業者」と見做される
ここでクラスタの思想的信条と特徴が再び重要になる。①現場至上主義と③身内縁故主義が強いクラスタ間では「自分と同じ時間を街で過ごして一緒に活動した」ことが非常に強い意味を持つ。これは合流文化と密接に関わり、Cの講師最初期のナンパ講師は現場プレイヤーからの強い後押し(引用RTによる宣伝)を受ける。
そして、⑩流動的な参入と退出が激しい集団ではEの状態になった大手ナンパ講師は現場から離れた「エアプ業者」としてバッシングの的になる。なぜか?それは仮にEが活動した場合でも、⑥秘密主義と匿名性の信奉から大手のナンパ講師は自分の講習生以外の新規合流を減らす。講師に限らず垢の規模が大きくなり身バレ顔バレすれば晒されたり街で妨害を受ける。また、お金を貰っている講習生の手前、お金を介さない新規合流は余計にしにくい。
また、講習生の層もC、D、Eの各段階で大きく変わる。Cの時点では現場の仲間からの紹介や評判で比較的ナンパ師適性の高い若い駆け出しナンパ師やコアなナンパ界隈の読者がくる。それが講師の実績を積み講習規模が大きくなると、講師が講習を徐々に値上げするのと同時に、流入する層がクラスタ外部の一般人やごく普通の社会人が増えてくる。すると、Cの新米講師時代の講習生は現場と間接的に繋がりがあるが、D、Eからは閉じられた講習内部で集団が運営される傾向が強くなる。
そして時間が経過するとかつて応援してくれた同期の仲間達のほとんどは引退して批判の擁護者は消える。またマネタイズの成功は「ナンパ界隈の無秩序な大衆化」であり、かつては後援者だった古参の反感を産む。こうして現場と分断された大手ナンパ講師は徐々に孤立する。そしてTwitter上では一定の影響力を持ち『権威』としては認められても、実際のクラスタ間の信頼、すなわち『権力』を失う。
おおむね、3世代を経ればナンパ講師はその力の源たる現場の信頼、強い支持と後押しを失う。ここにスタープレイヤーと現場出身の新米ナンパ講師が大手古参ナンパ講師からポジションを奪う『易姓革命』が生じる。この権力闘争こそがクラスタ内部の⑤常態的な内ゲバの精華だ。
無論、大手ナンパ講師も「現場感」を出す為の涙ぐましい努力、普通に出撃して即報を出す、現場ナンパ師に刺さる投稿、新参の注目株のナンパ師に絡んで懐柔、飲み会を主催して現場と古参との交流を維持する、等を続ける。しかし、クラスタ、ナンパ界隈の主役はあくまで「今この瞬間に金儲けなどにかまけずナンパが大好きで毎日出撃して即りまくる現場のプレイヤー」だ。どれだけ大手が権威性を維持しようと、その大原則は揺るがない。
ただし、彼らの闘争は単純な対立関係でも語れない。多くのプレイヤーは数世代前のスタープレイヤー、大手発信者/古参としての側面を持つ講師に憧れてナンパを始めた男が多い。また、古参と講師の境界は曖昧だ。講師として一定の影響力を持つナンパ師はクラスタから完全に切り離されはしない『権威』『ご意見番』として発信者の立場を確立し、集団全体の指導的立場、擁護者としての役割も果たす。クラスタの⑧連帯と牽制、関係性は複雑だ。
そして、大手を叩いている新米中堅講師の多くはナンパ師と同様に消えるが、残ったものは大手かなり、また新たに流入したプレイヤーや講師に敬意を持たれつつも叩かれる…こうした季節が巡る円環的な人的新陳代謝、中華王朝の『易姓』と同様に無限に繰り替す権力移譲がクラスタ集団の特徴だ。
読者諸氏は本章で「ナンパ講師」という狭いテーマに長々と文章を割いたか疑問に思われるだろう。講師と講習の正当化や擁護が目的ではない。この章で導かれる結論は本論稿で決定的に重要な役割を果たす。それは
クラスタ集団で
最も権威(SNS上の影響力)を持つ古参の大手ナンパ講師、発信者
最も権力(現場の信頼)を得るスタープレイヤー、新米中堅講師
ナンパ界隈では伝統的に『権威』と『権力』が分離しており、特に『権威』の側の大手講師の地位はクラスタの基盤である現場から切り離されやすく、実は非常に不安定で脆い
という事実だ。この『権威』の脆さはナンパ界隈(広義)でクラスタが支配的な立場であった時はあまり問題にならなかった。しかし、クラスタが衰退し界隈が多様性を増す中で、現場の『権力(信頼)』は比較的維持されたが『権威』は保たなかった。このクラスタの大手ナンパ講師が担った『権威』のポジションが徐々に別の業者、発信者、集団が占めるようになる。その結果が「ナンパ界隈がナンパを否定し侮辱する」摩訶不思議な現状に繋がる。
見逃してはいけない点がある。大手ナンパ講師や古参発信者が『権威』を持ち続ければ良かった、という考えは完全な誤りだということだ。実はクラスタ出身ナンパ講師の大多数も界隈の変質と同時に多くが姿を変え、旧来のクラスタの価値観に照らすと『堕落』したからだ。
しかし、講師側の『堕落』とは別の問題として、クラスタは内部の強い結束の裏返しとして、①身内のマネタイズに対する強い反感とそれに伴う内ゲバ、外部への無関心さから②見逃される『本物の巨悪』という構造的な欠陥が存在する。この二つの特徴はナンパ界隈の変質後に、特定の業者が地位を盤石した理由に大きく関わる。本筋から離れるが次章で簡単に解説したい。
内ゲバ、マネタイズ批判と見逃される『本物の巨悪』
前述の通り、クラスタはマネタイズを嫌う。これは単に「ナンパという趣味、遊びのコンテンツを金儲けの道具にするのはけしからない」という道徳的感情だけが理由では無いのは明らかだ。
なぜなら、界隈が巨大化して有象無象の業者が溢れる現代のナンパ界隈(広義)以前から、クラスタ(より正確には「Twitter上で活動するナンパ師集団」)の外部では、クラスタ出身講師の金儲けとは比べものにならない、えげつないナンパ講習が大量に存在したからだ。具体的には
・Googleのリスティング(バナー)広告等で集客
・書籍、セミナー、メルマガ等に誘導
・講師は宣伝広告塔で実際の指導は配下に丸投げ
・アップセルを活用して複数の商材や講習を段階的に売る
・アフィリエイトで一般のナンパ師をマルチ的に取り込む
こうした『ナンパ講習・ナンパ商材』は「平成のネットビジネス」として商材を「ナンパ」にすり替えただけの巨大な情弱狩りビジネスであり、複数のナンパビジネス集団が年間億単位の利益を上げ続けた。いや、現在も上げ続けている。近年では恋愛系YouTuberがこのポジションにいるだろう。
しかし、クラスタはこうしたナンパビジネス集団の一部を時たま話題に上げて叩くものの、本質的には無関心だ。それは最大の関心が「昔の仲間や身内が金儲けに魂を売ってしまっていないか?」という点にあり、その意味でクラスタ出身ナンパ講師は新人、中堅、古参の類を問わずにはっきり言って、労力の割に非常に儲からない肉体労働系自営業に過ぎないが、嫉妬と攻撃の対象であり続けた。
さて、ここでクラスタ出身講師である筆者個人の見解を述べたい。まず「ナンパ講師もプレイヤーであり、外部の悪徳業者に比べて良心的な講習をし、比較的に低価格で労力の掛かる講習を運営しているのだから、叩かれるのはおかしい」とは思わない。
それはクラスタ出身講師は「現場からの信頼を背景にクラスタ集団を一時的に代表して影響力を預かって発信し、その力を自分自身の私利私欲である講習の集客や運営に流用している」という側面があるからだ。
ゆえにクラスタ出身講師が歴史的にバッシングされやすいのは仕方が無いと思う。ただ、ここで注目すべきは「商業的には数十倍数百倍の規模で大成功し、商売の内容としては極めて詐欺まがいの外部の業者」より「身内の金儲け」の方が注目を浴びやすい、という点だ。
この特徴はナンパ界隈(広義)が拡大した後にも引き継がれる。すなわち「ナンパの現場で活動していた講師やコンサル」より「ナンパと一切関係の無い場所で発信活動を続け、マネタイズ目的でナンパ界隈に潜入した、外部の外見改善、アプリ、恋愛、ビジネス、自己啓発等の有象無象の業者」は界隈で大きく悪目立ちをしない限りにバッシングの対象になりにくく『権威』を保ちやすい。ということだ。
この伝統的なクラスタの内側に対する潔癖さは、ナンパ界隈が拡大してクラスタが徐々に少数派になっていく中で遅効性の毒のように効いてくる。
コロナ禍を経た旧来型ナンパ界隈の変容と拡散
さて、ここまでナンパ界隈の始祖、中核的なクラスタ集団内部の論理について見てきたが、ここから視点を広げて狭義・広義のナンパ界隈に移る。
これまでのナンパ界隈は主に「ブログ、Twitterを介して繋がったストリートナンパをする男達の緩やかな人的繋がりと相互交流、互助会、非営利の集団」であり、集団は比較的に閉じらており(⑥秘密主義的)、界隈の無秩序な拡大は歓迎されず、一種の「公開された秘密結社」的なインナーサークルの性格が強かったことだ。
また、活動の主戦場は「街」であり、SNSは交流目的の媒体で、街で活動する野生のナンパ師がクラスタの友人に「発掘」されてクラスタ化することも多々あった。現代のナンパ界隈にも続く「本物のナンパ師は商業主義と無縁で発信にも興味を持たずに隠れて粛々とナンパをしている」という隠者信仰や「Twitterの発信だけ上手い奴は信用できん」というネットで繋がりながらネットを否定する独自の気風も育まれたはずだ。
この伝統的なナンパ師集団が大きく変容するきっかけは
SNSネイティブへの世代交代
ナンパ界隈のビジネス界隈化
コロナ禍
三要素であると考える。
2010年代は日本全体に「ネットでの出会いは危険」という印象、2chに代表される匿名性や嫌儲主義、売春の温床だった出会い系は危険なもの、YouTuberは芸能人の劣化版で色物稼業、ざっくり「SNSで人と繋がるのは危ないよね」と感じる人が多数派で、それもナンパという反社会的な行為をする「クラスタ」はアングラ要素が強い世界だったはずだ。
携帯やスマホを幼少期から使う新世代からすると、ネットで人と繋がることの忌避感は低く、また時代が下れば「SNSで広告収入を稼いだり、起業する」ことは軽蔑の対象ではなく、むしろインフルエンサーを勝ち組とさえする価値観が浸透した。
ナンパ界隈は構成員の入れ替わりが激しく、繰り返すが「プレイヤー至上主義」の集団だ。当然、現代で大きく結果を出すナンパ師の多くはSNSネイティブ世代の若者であり、これまでクラスタの結束を強めた、徹底的な匿名性・秘密主義への疑問視、ネットビジネス(ナンパ講習を含む)に対する忌避感の低減、また「出会い系」として小馬鹿にされたマッチングアプリが完全に市民権を得たことから、ストリートナンパ至上主義を因習めいた時代錯誤の矜持だと感じる人間が増えたのだろう。
ここで一つの注目に値するムーブメントがある。
2019年、2020年の「顔出し発信と奇行の動画で注目を集めた発信者が既存のナンパ界隈を否定しつつ『自己啓発的な訴求』で集客する新しいナンパ講習集団の一軍」である。彼の教団を便宜的にマインド勢と呼称する。
さて彼は悪なのか?そう単純では無い。なぜなら、これ以降のナンパ界隈は彼の講習運営やマーケティングの手法の一部を模倣し始めるからだ。彼の登場以前のクラスタからすれば『明白なる敵』だが、後世の界隈はその血筋の一部を引き継いでいる。
私はマインド勢創始者を「ナンパ版与沢翼」だと考えている。
・教祖の過激な発言、奇行で注目を集めて集客する
・既存社会(この場合はナンパ界隈)のカウンター、敵対的マーケティング
・ねずみ講的組織構造と拡散性
・弟子を顔出し発信者に仕立てて自分と同様の発信をさせる
・ナンパは『商材』に過ぎず、無形の『未来像』『生き方』を売る
・マルチ、自己啓発、新興宗教等のカルト集団的な組織運営
※余談だが、彼が提唱したナンパ手法である「誠実系」はクラスタの批判の槍玉に上がるが、彼の本質はナンパ師ではなく、あくまで「優秀なネットビジネスマン、炎上系インフルエンサー」である。彼が提唱した「誠実系」は恋愛工学時代に流行ったステルスナンパと同様に、パッケージングされたナンパの一手法に過ぎず、それを攻撃する時点で旧来の界隈を仮想敵としてポジションを築く彼の術作に嵌まっている。むしろ、本来「居酒屋を一軒挟んだり、番ゲして後日アポ」が当然だったクラスタ、旧来のナンパ界隈(狭義)を「即系(当日ワンナイトしか無理なナンパ手法に固執する危険で劣った集団)」という言葉で縛り、既存のナンパ界隈を矮小化したマーケティング的侵略手法を真に警戒し、否定すべきだ。その点で、かのマインド創始者は本論で述べた「誤ったナンパに対する偏見」を界隈内のクラスタ自身に強く植え付けた最初の人物と言える。
例えば、2010年代後半には「恋愛工学」というムーブメントをきっかけに多くのナンパ師を誕生した。しかし、これはあくまで「恋愛工学」のインナーサークルで完結し、一時的に社会に与えた影響はマインド勢よりあったかもしれないが、比較的に高学歴やハイスペ層をターゲットにした発信が主体で影響は限定的だった。
マインド勢は顔出しとナンパとは無関係な奇行を持って注目を集めて①一般社会に広く集客の裾野を広げる。また、ナンパは「目的達成の手段としての商材」と割り切り、②実際には自分の人生を物語化、ブランディングすることで自己啓発的な未来像を提示する。実はこの特徴自体は批判するナンパ界隈の業者自体も流用する。
ここで重要なのはマインド勢は「旧来のナンパ界隈を破壊し変質させた」側面と同時に「ナンパ界隈で既に芽吹き始めていたビジネス界隈化の先駆者として機能し、金儲けのハードルを押し下げた」役割。つまり、過激な言動やクラスタに対する否定的な言動を除けば、後のナンパ界隈の「ビジネス界隈化」の予兆に過ぎないとも言える。
では、ナンパ界隈のビジネス界隈化とは何か?具体的には下記の特徴を持って進められた、在来のナンパ講師のネットビジネス発信者化、外部からの「ビジネス目的」で進出した非ナンパ師の活動、ナンパ界隈の構成員そのものが活動とマネタイズの両方を意識して新規参入するようになった現象全体を指すものと考える。
・フォロRT企画、プレゼント配布からのメルマガ・LINE @への誘導、最終的な商材販売をするリストマーケティング、無料面談でクロージングする、一般的なネットビジネスの手法が主流になる
・情報商材(note,tips)がマネタイズの手段として当然視される
・ストリートナンパは数ある商材の一つとなり、商材の中身(外見改善、関係構築、アプリ、美女攻略等)は代替可能で、ナンパ界隈の範囲拡大と同時進行で発信者が爆発的に拡大したこと
・講習が「ナンパの師弟的指導、職人的な技術継承」から、集金効率が良い組織的運営、商材の核が「ナンパを通した自己啓発、自己成長」、ストーリーブランディングによる講師のアイドル化神格化に置き換わったこと
・講習生を宣伝広告塔にし講習、コンサルが高度にパッケージ化された
・在来のナンパクラスタの信頼を基盤にせず、純粋なSNS発信力で集客
勘違いすべきで無いのが、これらの「ビジネス界隈化」はここ数年で急に現れた特徴では無い。一部の業者は相当昔から既に取り入れていた。特に港区界隈はその成り立ちからマネタイズの手法が洗練されており、前述のマインド勢も彼らの模倣をしている。
注目すべき点は「クラスタ出身のナンパ講師」もこの手法を取り入れ出したこと。また、広くビジネス界隈やネットビジネスを生業とする人々は無論、一般人の男にすら「対女性に関連する分野は簡単にマネタイズできる」という認識が共有されたことだ。
その為、ビジネス界隈の発信者がナンパ界隈に商材を売りにきた。という段階は既に通り過ぎて、ナンパやマッチングアプリを始めることと同時に「自分が上手くいったらそれを当然マネタイズに繋げよう」という意識で新規流入する一個人が増えた。つまり、ナンパ界隈とビジネス界隈の実質的な垣根が無くなったと捉えて良い。
また、ビジネス界隈化はナンパ界隈の拡大と同時進行であり、言い方を変えれば『大衆化』でもある。これまでは閉じられた集団の選民的秘密主義的だった活動が、誰でも気軽に(金さえ払えば)アクセスできる開かれた集団に変貌を遂げたことでもある。ビジネス化は在来のクラスタコミュニティーを破壊したと同時に、その裾野を大きく広げて、活動に触れるきっかけを作り、救われた人間もいる。ただ拡大の過程で界隈の認知は世間に広がり、クラスタが長年懸念していた活動の匿名性は完全に失われた。
そして、コロナ禍は決定的にいくつかの変化をもたらした。ストリートナンパでは無く、出会いの主戦場がマッチングアプリに移った。「ナンパ界隈」と言いつつ、多くのプレイヤー、発信者はアプリに移行した。単純に人口が多く、それだけ商材の需要も大きい。また、古参を含むクラスタ自体もアプリに対する否定的な感覚が薄れて、ストリートナンパ至上主義も衰退した。
街の環境も大きく様変わりした。地場のヤクザ、好戦的なスカウト、縄張り意識の強いキャッチが少なくなり、ナンパはやりやすくなった。路上のアングラ感と危険性が低下し、これまでではナンパができなかった層の男が前述のビジネス界隈化も相まって大量に参入した。また、匿名性の忌避感は薄れて顔出しの発信者やYouTuberも増えた。各発信者が個別に集客した「ナンパ講習生」が界隈の新規流入者の多数を占めることでクラスタは徐々に連帯感を失い、広義のナンパ界隈の中に拡散し霧散した。
大まかであるが、ナンパ界隈の変容についての概略を記述した。以降、数章はこの『変容』の具体的特徴をより詳細に考察する。そして、前半に述べた「クラスタの生態系」と「ナンパ界隈の変容」の議論が交差した時、本論稿で述べる具体的な『敵』の姿がついに明らかになるだろう。
界隈のビックバン、業者のカンブリア大爆発
ナンパ界隈は巨大化し新しい宇宙誕生のように大拡大した。ビジネス・マネタイズ目的の業者の発信は無論、界隈が徐々に認知を広げる中で、ナンパ師がSNSネイティブに移行して承認欲求や単純なSNSの楽しさから試行錯誤したり、クラスタが交流目的で意図せずに広げた側面もあるだろう。
その中でも
ブログからnoteへの移行
即画、女子垢や読者との絡み
周辺の界隈(男女論、婚活、フェミ界隈)への侵食
は特筆に値する。業者が一般人に集客の裾野を広げる目的で始めたと同時に、マネタイズとは無縁に、クラスタが自身の実力証明や承認欲求、相互交流や余暇としても始めた。ある種、ナンパクラスタが黎明期のアングラ感を失う中で、単純な交流やナンパそのものよりも、SNS上の発信、絡み、エンタメを遊びとして消費した、コミュニティーとして円熟した証とも言える。
だが、界隈の拡大は「ビジネス界隈化」と切り離せない。ナンパ界隈は活動が細かいテーマに細分化されて各分野に発信者と業者(講師、コンサル、情報商材販売者)が群雄割拠し乱立する戦国時代となった。
一人の発信者はナンパし彼女を作りたまに箱やアプリも嗜み…と言ったマルチプレイヤー的な発信をしたが、商業として各業者が発信の内容を絞った結果、各コンテンツは独立して学んだり実践したりする必要がある、という認識が初心者に広まった。最もジャンルの細分化が進んだのは「ネトナン」だろう。アプリごとに専門業者がいるという始末だ。
また、界隈は「アングラな世界の住人に自ら合流申請のDMを送って男社会の人間関係に新参者として飛び込む」ハードルの高さがあったが、講師に金を払えば参加できる「大学のサークルのように気軽なコミュニティ」に変化した。これは非モテコミュ障といった『弱者』が業者の甘言に踊らされて足を踏み入れたと批判されるが、いわゆる「ナンパ師らしからぬお行儀の良い男」も増えた。界隈は規模が拡大すると同時に以前の熱気と混沌を失い、飛び抜けて面白いスタープレイヤーは徐々に数を減らした。
最も重要なのは単純な規模の問題ではない。界隈の拡大はこれまでではあり得ない層にナンパやその周辺の活動、そして発信の裾野を広げた。
モデル級の容姿のガチイケ、夜職や配信者としてお金を稼ぐインフルエンサー、挙句には本当にメディア露出の経験もあり事務所に所属する芸能人崩れ
ナンパなどせずとも突っ立ているだけで逆ナンされるレベルの容姿の男達。抱いている女の質も量もアプローチの仕方も全てが別格で段違いだ。
私はこの層にナンパ界隈が広まった時点で一度古いナンパ界隈はその役割を果たし『終焉』したと個人的に考える。クラスタを母体とするナンパ界隈はナンパという手法以前に「普通の学生や社会人、一般人男性が女を追いかけるアマチュアイズム」に魅力がある集団だった。そこに容姿を売り物に女性からお金を貰うことを仕事にする層の男が多数入り込んだ時点で界隈はもはやアマチュアの牧歌的な世界では無い。
本来ナンパが全く不必要な層の男がナンパやアプリをするのだから、当然数も質も普通の男と比較にならない程凄まじい。そして、クラスタの旧来の価値観からして「プレイヤー至上主義」の中で彼らはエアプでは全く無い、むしろ最も尊敬に値する人々だ。しかし、彼らの目線で見れば旧来のクラスタや講師達『凄腕』は自分が即らない層の普通の女を喜んで即り数を競い合う実力の無い井の中の蛙である。そして、新規の読者や初心者は発信者の顔面など知る由もない。さて、どちらに憧れるか?考えるまでも無いだろう。
界隈は規模拡大よりも、その構成員の質が変わったことで「普通の男が互いに切磋琢磨したり競ったする」ことが不可能になった。ここに即数を誇る文化やナンパ師相互でお互いの実力を比べ合う空気感は失われ、世の中のルッキズム的な風潮も相まって、容姿を最重要視するナンパ師が増えた。
旧来のクラスタの思想的信条は急激に古臭いものとなり、ナンパ講師達はその「発信内容」「ノウハウ」「信念や精神性」が評価されても「実力」は一番強いガチイケプレイヤーと比較すれば二級品だよね、という評価になる。前述の大手講師達の『権威』はかなりの痛手を負った。
その代わりに台頭したのが「外見改善コンサル」だ。外見講師、パーソナルトレーナー、美容系インフルエンサー、美容整形の経験者、美容師・メイク講師等の美容産業のプロ達全てを含む。彼らはナンパ師、外見を試行錯誤したプレイヤー出身者、元々美容産業に従事するクラスタが業者化、完全に外部からマネタイズ目的で始めた場合、出自は様々だ。またファッションコンサルはナンパとの親和性の高さから古くから存在した。
こうしてナンパ界隈は『外見改善界隈』と化した…善か悪か。率直にこれは現実に即した自然な歴史の流れであろう。現場で真剣にナンパ(女性に関わること全般)に取り組めば取り組む程に、外見だけで勝っている男が目に入る。また、外見を高めることは活動と同等の重要さを持ち、外見改善が自己目的化して自分の世界に閉じこもらない限りでは優先度が一番高いことだ。
良し悪しでも懐古主義でも無い。界隈の変容、現実に冷徹な目を向けよう。この瞬間、旧来のクラスタの価値観ですら、最も『プレイヤーとしての実力』がある人間は「クラスタの凄腕」では無くなった。そしてナンパという枠組みを超えて最も強いプレイヤー達は皮肉にも旧来の『凄腕達』に冷たい目線を向ける。注意しよう。彼らは悪では無い。この結果が重要だ。
ナンパ界隈の『権威』は空白に近づいた。いや現場では今も昔も信頼を集めるのは現場のナンパ師だ。そこに容姿は無関係だ。街にいるクラスタの関係性や生態にそう大きな変化は無いだろう。現場に取って『権威の没落』に何の影響も意味も無いことは繰り返しておく。
ただ、SNSでは別だ。界隈の権威と影響力は同義だ。こうしてクラスタ出身者が相対化される中で、ナンパ界隈で「ナンパをしない人々」が権威と発言権を持つ時代が到来、価値観を塗り替える下準備が整った。
クラスタ(第三の居場所)の縮退、ナンパ界隈の『リアコミュ化』
もう一つ界隈の変化として小粒だが重大な変化がある。コロナ禍を通じて、ナンパ界隈に求める構成員の役割が少し変わったことだ。旧来のクラスタは職場や学校、家庭、リアルの友人関係がある人々(無論それらが無い無敵の人々も多数存在しただろうが…)が「ナンパ」という趣味のジャンルで繋がる為の第三の居場所としての機能が強かったはずだ。
大人の男が対等な友人を作れる場所は少ない。同志が集まり休日にわちゃわちゃ盛り上がるだけで楽しい。活動より交流を楽しむ向きは昔からあった。
だが、コロナ禍から学校や仕事がリモートワークになり、ある種受動的に業者の発信に触発されて活動を始める男も増えた結果、リアコミュに全く友人がいない、人間的な繋がり無い人々が増えた。そこに業者は商機を見出し、講習やコンサルは指導の場という性格から「リアコミュに等しい友達や仲間を作る場」としての性格を強めた。
また、仕事や人生に対する意識、SNSで商売をする抵抗感が薄れたことで、界隈の活動を人生の中心に据える『社不』が増える。傷病手当を不正受給してマチアプに専念、気軽に「専業講師」として見切り発車的に会社を辞める、リスクを考えずに安直に顔出しする人間まで幅広い。
これは古い時代のクラスタからすると『良識』に欠けた行為に思える。古い世代のクラスタは新参者と一定の距離を置く。界隈の入れ替わりは激しい。2-3世代のうちにクラスタ的共同体は緩やかに解体され、各講師コンサルサロンの門下生同士の繋がりが強まり、その門下生がまた業者となり集客する。クラスタの殖え方とは違う全く新しいナンパ界隈の流入経路が誕生する。
クラスタであるかどうかはナンパ界隈に置いて決定的な意味を失った。業者や発信者の投稿は相対化され、ストナンという分野の憧れは一定保たれつつも、以前のような特別視されなくなる。そして、彼らの師匠格は前述の細分化された業者達であり、その業者に対する忠誠心は無論強い。
さて、この業者達はクラスタ出身であるかどうかは全く重要では無い。でも、新規流入する読者や初心者もバカでは無い。どんな分野でもエアプに習うのはまっぴらごめんだ。ではどうやって業者がエアプなのか『本物』なのかを見分ける?
ここでクラスタそのものは衰退したにも関わらず、クラスタの『思想的信条』はゾンビの如く復活を遂げる。新参の業者により徹底的に利用される形で。すなわち反マネタイズが漂白された①現場プレイヤー至上主義と②合流と即報(より正確にはプレイヤー的発信)による相互信頼供給。
疑似的な現場風ナンパ集団『業者版クラスタ』の誕生だ。
自己啓発型業者とアスペナンパ師の共依存関係
本論稿の主役について語る前に「誤った偏見」を流布する主体、またその偏見に洗脳されやすく拡散のハブとなるナンパ師の一群について述べよう。
界隈の変容の以前から、ナンパはその性質からして「アスペ」と相性が良い。昔はKY、今は発達障害。他人の気持ちがわからず対人関係に難があり、男女問わずに長期的な人間関係を築くのが苦手な人々だ。
ナンパは不特定多数の見知らぬ他人に声を掛ける必要がある。無視が基本。時には罵声も。そのハードルの高さから「声掛け」の段階でほぼ全ての男が挫折する。特に健常者であればある程、社会人としての常識がある程、抵抗感は強まる。ところがアスペにはこの抵抗感が無い男が多い。声掛け適性に恵まれたアスペは声掛け数さえ積めば「即系」を拾い、成功体験と即数を早期に積み上げる。
だが、アスペはアスペゆえに関係を築けない。即った女と関係がすぐ切れる。逆に健常者は即数そのものが少なかったりナンパの上達は遅くとも、一度声掛けさえ克服すれば、割と早期に良い子に巡り合って長期的な関係を築ける。それゆえに卒業、引退も早い。ナンパを趣味として続ける場合も、彼女・キープ作りは当たり前に両立できる。当たり前のように結婚もできる。
アスペナンパ師は卒業できない。それはナンパが好きという場合もあるが、即数を積んでも自分が関係を続けたい相手と関係が続かないからだ。辛いししんどい。病むだろう。そして多くのアスペに自分がアスペであることの自覚は無い。死番だけが積み上がる。
ここに救世主が現れる。彼はこう言う「ストリートナンパはワンナイトでヤリマンを抱く活動であり続ければ続ける程に対人関係に対する能力が劣化する。あなたが長期的な関係を続けられない理由はナンパという異常行為のせいなんだ、何も悩まなくていい。ナンパを卒業してもっと女の子と正面から向き合う練習をしよう」と。
アスペナンパ師は感動する。周囲から「自分の人間性に問題があるから関係が長続きない」という指摘を受けてきた。薄々自分でもそう思うが、人格を否定される(実際には人格の問題ではなく単なる脳の構造、発達障害だ)のはしんどい。ゆえに自分の人間性ではなく「ナンパという行為」に責任転嫁できる救世主の言葉は彼の心の奥深くに突き刺さる。
こうして「ナンパに対する完全に誤った偏見」は拡大再生産される。また、厄介な点はアスペナンパ師は活動を引退しにくく数も多い。講師ではない「純粋な中堅ナンパプレイヤー」としてずっとクラスタで存在感を発揮し続ける。このナンパ界隈、特にナンパの現場では影響力の高い人々が「ナンパを矮小化し歪める言説に染まりやすい」こと。そして彼らの自尊心と悩みの心の隙間を自己啓発業者は的確に埋める。
また、アスペはルッキズムとも相性が悪い(良いとも言える)。それは人間的な欠陥から目を背けて全てを「外見のせい」と責任を自分の外側に押し付けて、単なるコミュケーションの稚拙さゆえの問題を単純化できるからだ。
ゆえに、アスペナンパ師は闇堕ちすると、過激なナンパアンチ、外見改善信者として、現役ナンパ師としての影響力はそのままに界隈を亡霊のように徘徊して、繰り返し同じ発信を続ける。業者達の宣伝広告塔、生きたナンパの失敗事例として操り人形のように利用される。
この両者は共依存の関係にありお互いが補完し合い、ナンパ界隈でナンパを不当に貶めている。そして、ナンパ界隈から『権威』が消えた今、ナンパを否定する言説は以前よりも強い説得力を持って響き、ナンパや目先の女性としての関係が上手くいかない初心者は自己否定をしないで済むより安直な思想に飛び付くだろう。本論の核心にまた一つ近付いた。
クラスタ出身講師の『堕落』とビジネス界隈化
さて、ここまでクラスタの解体とナンパ界隈の変容を述べてきた。ところで、旧来のクラスタで代表者面してふんぞり返っていたクラスタ出身の大手講師達は何をしているのだろうか?ナンパ界隈でナンパが馬鹿にされつつある現状に対して有効な手立てを取ったのか?あるいは利己的な目的であっても自身の『権威』を維持する為に能動的な行動を取らなかったのか?
実はクラスタ出身の講師の多くはナンパ界隈の変容と時を同じくして大きく姿を変えた。簡単に言えば単なる「ナンパ」という商材をテーマにした単なるネットビジネス業者に堕ち、その独自性を失った。具体的には
・商材の多様化と販売手法のネットビジネス化
→リストマーケと無料面談、対面クロージングのコラボ技
・講習運営の経済的『効率化』
特に後者の講習運営の『効率化』は①講習生の前捌き②スター講習生の実績誇示、内側の褒め合い、馴れ合い③サブ講師に対する実働の丸投げ④マンツーマン指導から合流型指導への切り替え⑤集団指導と飲み会による裏切り防止⑥メイン講師の神格化、等がある
ここで疑問を持たれる読者がいるだろう。お前に同じ立場の講師を批判する資格はあるのかと。批判などとんでもない。同業者としてはっきり告白すると、上記の講習はむしろ「ビジネスとしては全うで正しい」と感じる。
なぜなら、私を含む師弟関係に基づくマンツーマンの伝統的なナンパ講習による指導でも、上記の『効率化』された指導でも、講習生の『実績』はほぼ変わらないからだ。更に衝撃的な事実として、講習を受ける側の満足度はビジネス界隈化された講師の講習の方が高い場合が多い。
これはクラスタ出身の講師に限らず、全てのナンパ講習、ひいては何かを教える教育産業全般に言えることだが、そもそも講習は「指導自体は実はほぼ不要か最低限で十分だが、自力で始めることが不安な人間のお守り」に過ぎない場合が多いからだ。わかりやすい例は予備校だろう。
教わる側は自分に「掛けられた労力や時間」「成果」に対して満足する訳ではない。人間は「情報」に価値を感じる。つまり、自分にべったり張り付いて毎日教えてくれるナンパ講師の3ヶ月より、最初の面談と月一の飲み会で集団でしか会えない講師が時たま時間を割いてくれた音声通話の30分に価値を感じるからだ。つまり、メイン講師は稼働を減らし自分を神格化すればする程、講習の『満足度』と『価値』は高まる。
そんなやり方では結果が出ない?それは期待値コントロールすれば良いだけの話だ。また、講師を続ければ誰が結果を出すかなんて3分も話せばわかる。本当にダメな人間に講習を売らないのは良心的ですらある。
皮肉にもナンパ講師の一部はクラスタの伝統的な指導方法である「実地のマンツーマン指導」が多くの場合ほとんど不要だと気付いてしまった。より正確にはマンツーマン指導でしか救えない層はナンパ適性がないのだから無理に取らなくても良い。実は指導はいらないが心配性な若イケ、簡単な指導で伸びる適性がある人間、手離れ良く教えるのが楽な人間を集団で面倒を見るのが最適解だ。
ナンパ講習は虚業の代表とされるが、やれば分かるが単なる肉体労働系の自営業者だ。クーラーの清掃業者やパーソナルトレーナーように単価で働く点ではあまり大差は無い。だからこそ、講師は可能な限り自身を神格化し自己啓発的な要素を加える。売り物が「講習というコンテンツ」である以上は労働集約を脱しない。つまり『思想』『ブランド』を付加価値として情報を売る必要がある。これは何か?そうネットビジネスだ!ナンパ講習をビジネスとして真剣に取り組めば、最後は与沢翼的世界観に行き着く。
結果、ナンパ講習とその周辺にある界隈のビジネス全般、恋愛コンサルは
より短い稼働時間でより多くの講習生を捌き講師自身を神格化することで満足度も高める時間あたり単価の高い高収益型のネットビジネス
として再定義された。これは悪か?違うだろう。実績も出ている。誰も被害者はいない。はっきり言ってこれまでのクラスタ出身のナンパ講師のやり方が異常だったのだ。むしろ古いナンパ講習のやり方に固執するナンパ講師は自己満足ではないか?その問いに対して私は全く反論の余地が無い。
『堕落』とは古い立場の人間からの物の見方だ。ナンパ講習をビジネスとして捉えれば、より正しい方向に『進化』したとも捉えられる。本論は同業の業者叩きが目的では無い。事実を冷徹に捉えよう。大事なのはクラスタ出身ナンパ講師がネットビジネスの業者に完全に転身した結果だ。
簡単な話だ。ナンパ講師は元来、クラスタ集団の信頼を集めて、クラスタ集団の利害を代表したり発信や人的交流の貢献をする前提として、特権的にマネタイズを認められた存在だった。その集団が『ビジネス界隈から入ってきた業者』とほぼ同じ手法で講習を運営すれば、『権威』の正当性は急速に失われる。
それどころか、一部のビジネス界隈出身のエアプ業者はクラスタの『現場至上主義』を理解して、あえて手間の掛かる「対面指導」を不必要に取り入れたりする。無論、エアプ業者は既に実績のある業者のコンテンツを丸パクリすればいい。当然、エアプ業者の講習生、コンサル生は多くの場合に結果が出る。この時に果たして『エアプ』とはなんなのだろう?どちらが『エアプ』なのだろう?その答えはさして重要ではない。問題はもはや誰が本物で誰が偽物か、客観的に判断する基準は無くなったことだ。
最後にもう一つ。最も儲かる講習とは何か。稼働時間が0で自動で売れるもの。情報商材だ。講師業は余程、組織的に高単価でやらない限りは割の悪い仕事であることに変わらない。
かくして界隈は次の段階に進む。権威は誰の手に移るのだろう?
伝統的ナンパ講習の衰退、次世代型講習の勃興とナンパサロンの功罪
クラスタ出身の大手講師の没落と転向は伝統的なナンパ講習の衰退を意味する。だが、ナンパ界隈は新陳代謝が早いのだ。現場ではしっかり活動を続けるナンパ師達がすくすくと育ち、価値のあるプレイヤー出身の新米中堅講師が綺羅星のように現れる。
彼らは旧来の講師とはいくつかの点で異なる。「ストナン」というテーマにこだわりはなく、外見改善・アプリ・箱・インスタの運用も含めてなんでもミックスで教えられる。これは素晴らしい変化だろう。ビジネス目的の発信者や業者が細分化される中で現場出身の講師達は旧来の講師と同様に幅広い分野を横断的に教えられる…その内容が昔は彼女の作り方やオフライン活動が中心なのが、アプリやSNS攻略に寄っただけで、本質的に本当に実力がある良い講師がたくさん生まれている。
彼らもナンパ師の例に漏れずやがては引退するし、歴が長くなり垢の規模が増し大手講師になればより効率的なビジネスを志向する。それで良い。そうすれば、また良い新米中堅講師が現れ、登場人物を変えながら、現場目線の良い講習はリレーのように続いていく。円環的な講師の交代は続いてく。なんらの問題はない。
ここで注意すべきなのは、次世代型の講習とその人的ネットワークはモザイク化が進み、クラスタ時代のある程度均質的な母体の出身ではなく、様々な出自の発信者がごった混ぜになっていることだ。
つまり、本当に活動している現場出身のナンパ(これはストナンである必要は全く無くあらゆる活動のプレイヤーという意味合いで良い)講師の一群に、ある集団が紛れ込んでいるからだ。それが「擬態型寄生虫的業者」だ。
また、コロナ禍を境に増えた複数のナンパサロンは非常に良い役割も果たした。それはこれまで「講師と合流するだけ」のコンテンツに数十万数百万を課金させる界隈外部の悪徳な業者に騙されていた初心者の層に、月数千円でナンパを体験させる機会を与えたからだ。サロンは匿名性を失わせ、対外的に界隈を拡大させた点で旧来のクラスタから批判の的だったが、私個人は功罪の『功』の部分が大きいと感じる。
しかし、界隈への参加が容易で、大量の人間と繋がりネットワーキングをする場は、ビジネス目的で界隈に参入する「擬態型寄生虫的業者」の踏み台として格好の標的にもなった。
クラスタが消えても、クラスタの思想的信条は受け継がれる。しかもそれは悪い方向に利用された。実態のある『敵』について次章で語ろう。
擬態型寄生虫的業者と業者版クラスタの登場
繰り返し名称だけ述べた『擬態型寄生虫的業者』とは何か?
まず「現場プレイヤー」擬態、「ナンパ界隈」寄生、という点は直感的に理解されるかと思う。そこで、一般的な「ナンパ界隈で活動する現場プレイヤー出身の業者」との違いは何かをはっきりさせたい。
①金儲けが主要な目的で界隈に入り
②ナンパに対する熱量や敬意は一切なく(むしろ蔑み憎悪すらしている)
③その癖に既に出来上がっているナンパ界隈のビジネスの基盤や人間関係に入り込み、上手く利用して金儲けをしようと画策する
①〜③の特徴を併せ持つ業者や発信者の一群である。つまり、参入の因果関係が普通のプレイヤー出身者とは逆であり、ナンパを嫌い馬鹿にしているにも関わらず、界隈のビジネス環境や人的ネットワークを利用して金儲けをしようとしている集団だ。
そして彼らはあることに気付いてしまう。それはクラスタが影響力を急速に失い、内ゲバを繰り返す中で、彼らの思想的信条の一部を盗み取り、信頼を供給する仕組みを丸ごとパクリ、自前で『クラスタ』を構築すれば、立場を取って変われることだ。それが『業者版クラスタ』であり、彼らの発明は主に三要素で構成される。
・合流文化のハッキング
・捏造された現場感
・エアプ叩きの猫騙し
次章でこの天才的な発明の正体を解説する。
合流文化のハッキング、捏造された現場感、エアプ叩きの大発明
繰り返し述べたようにクラスタはナンパ師同士の合流とそれを基礎とする人的ネットワークで構成されていた…小難しい言葉は辞めよう。簡単な人間関係の真理だ。
人間は会った人を基本的に信頼するし、一度会った人は叩けないし、スマホの画面でしか知らないスゴそうな人よりも一回会って話すなり飯を食うなり酒を飲むなりした人を応援したくなるし好きになる。
これをナンパ師は「ナンパを一緒にやる仲間」とやっていただけの話で別に特別なことではない。ただ、一般的な出会いとは違うのが「合流実績がある人間=実力があり信頼できる」という思い込みから、影響力のある業者や発信者同士が繋がり、対面で合流してお互いをTL上で褒めあえば、実際にエアプかどうか実力があるかどうかとは全く無関係に、界隈の大多数を占める読者や初心者は「凄い人」だと尊敬して信者になることだ。
そして、この『合流』は様々な形で行われる。飲み、シーシャ、飯は勿論、合トレ、フットサル、タワマンパーティー、現場のプレイヤー、現場の講師が主催する集まりに巧妙に入りこみ、あたかもナンパ界隈に自然に参入した古参の構成員かのように振る舞う。
しつこいようだが、念押ししよう。それは既に活動している現役の現場にいるナンパ師には全く無関係なことだ。ただ、ナンパを始め新規流入する男の大多数は「界隈の業者経由」で始める。そして、彼ら擬態型寄生虫的業者の講習生や信者になった男は「自分の尊敬する発信者が大手の発信者達と合流してX上で褒め合う姿」を見るだけで、卵から生まれたての雛鳥のように安心して、この業者を盲信し発信や思想を鵜呑みにする。
これが「合流文化のハッキング」だ。
そして、彼らはプレイヤー感のあるストーリー仕立ての実況中継を始める。LINEのスクショやアポの音声や即報であたかも臨場感のある現役の現場プレイヤーとして活動しているようにアピールする…いやその活動に実態があれば、マネタイズ目的とは言え、エアプではないのではないか?
否、本物と明確に違う点がある。簡単な話で、彼らは「自らの即」を一義的に活動しない。つまりオーディエンスがエンタメとして楽しめるような「現場」を様々な手段で演出し、その為に女の子に無意味な負荷を掛けたり、わざと面白くなるような展開を期待して芝居がかった演技をする。実際のナンパが狩りなら、草食動物の虐待パフォーマンスのようなものだ。
『捏造された現場感』が集客としては優秀だが、ナンパや女の子に対する関わり方に間違った意識を植え付け、初心者の活動を大きく歪める。
最後に『エアプ叩きの猫騙し』だが、驚く程に単純だ。つまり、自分がエアプでクソ業者でもよりエアプ度が高い悪徳業者(既にナンパ界隈で悪評が強い人物なら尚更良い)を叩けば、あたかも叩いている当の本人はエアプで無いように見えるという画期的な発明だ!天才的な発想に脱帽!
これらの三要素により、取り巻きである自身の同類業者、間抜けなクラスタ、読者と初心者を取り込めば『業者版クラスタ』の完成だ。こうして、擬態型寄生虫的業者は急成長し、ナンパ界隈で空いたポジション、すなわち『権威』の一部を獲得した。
パクツイ、リライト、飲み会外交、よいしょ合戦、『物語』の陳腐化
そして、プレイヤー出身業者の一部は彼らの『擬態型寄生虫的業者』を見てあることに気付く。そうだ。同じことをやれば良いのだと。
つまり、発信内容は文体だけアレンジして大手のパクツイ換骨奪胎、商材も教える内容も他発信者の情報商材をかき集めてリライト、飲み会外交で現場プレイヤーや他の業者を囲い、SNS上では友好的な業者や講習生と絡んで身内の褒め合いよいしょ合戦、ストーリーブランディングで擦られた『弱者非モテが成り上がる』陳腐な物語調自己紹介を肝心な部分は伏せて発信。
かくして、プレイヤー出身業者と『擬態型寄生虫的業者』の境界は曖昧になり、より後者の『擬態』は見分けがつかなくなった。そして時間が経過すればする程、後者の講習生やコンサル生はねずみ算的に増え、あたかも彼らが本物のプレイヤーでクラスタが現場を離れた老害エアプかのように見える逆転現象が起こる。
かくして、ナンパ界隈の『権威』の位置を「ナンパに興味もなければむしろ嫌いで陥れたい」業者が占め、ナンパに対する「誤った偏見」を用いて、自身の商材や講習をその信者により効率的に売り込む環境は完全に整った。
価値観の「倒錯」とクラスタの敗北
冒頭の議論に戻ると、ナンパ師の集団、クラスタは認知戦に負けたのだ。クラスタは身内の金儲け、内ゲバ、集団内部の粛清は徹底できたが、外部から巧妙に侵入した悪意のある集団を見分けられない。
それは「合流できる現場の人間」こそが信頼できる、という思想的信条をハッキングされ、全く同じ仕組みで疑似的なクラスタを造られ、その集団に立場を取って変わられた。界隈の外側から全く無関係な人が界隈を眺めても、その違いは分からないであろう。それくらい、外型的な仕組みを似せた寄生虫に界隈の中枢が乗っ取られつつある。
そして、いつの間にか
・ナンパ界隈で「ナンパは他の活動に比べて劣ってる下位互換の活動」という意見が市民権を得る
・ナンパ界隈でナンパが否定される
・ナンパをやったことすらなくナンパが嫌いでナンパ師を心の底から見下す集団がナンパ界隈の最高権威と化す
これは喜劇ではないだろうか?
どうすれば良いのか?
界隈で影響力を増す『擬態型寄生虫的業者』を排除して、大手ナンパ講師が昔のように権威を取り戻せば、ハッピーエンドなのだろうか?
それも全く違う。時代は変わった。もう大手の業者が影響力を持てば界隈が良くなる訳でも無い。重要なのは、今活動する多数のナンパ師、これから活動を始める卵達が誤った方向に活動が引っ張られないことだ。
重要なのは「現場のスタープレイヤー、新米講師と中堅講師」が悪意を持った業者と明確に区別され、信頼と尊敬を集められる環境だろう。
彼らが最も影響力を持つべきであり、その講習も良心的でもあり、この層が揺らがなければ、ナンパに対する誤った見方が減り、ナンパ師が当たり前に先入観なくナンパに対して抱く思想、体験を生の言葉で表現できるはずだ。
そして、クラスタの新旧別を問わずにナンパ師は健全な判断能力で関わる対象を選別すれば、寄生虫が大きくのさばることは無いだろう。
ナンパ界隈は開かれたのだ。もう昔のように閉じることはできない。


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