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『輝ける明け星』
(2025.12.31)
ナドクライ魔神任務の「名前がアンカーポイントである」という話と炎ほたちの爆発セリフから着想を得た話です。
むきむきの名前の意味は諸説あるうちの一部を採用しています。
ここに出てきている「明星」に関する単語は正確なアラビア語、ラテン語ではなく造語です。相変わらずの捏造設定が多めです。



 座って、片足を曲げて倒して、足首付近をもう片方の大腿部の上に乗せる。片足だけ組むような座り方。
 そんなアルハイゼンの腕をそっと持ち上げて、その懐に入るように身体を割り込ませる。横向きになってちょうど良いところに落ち着くと、蛍は小さく笑った。そのまま、アルハイゼンの肩にこめかみをくっつけて満足そうにする。
 アルハイゼンが顔を近付ければ、蛍はすぐに目を閉じた。
 鼻先が擦れて、唇同士が触れていない場所がないようにぴったり重なる。触れ合っている感触を十分に確かめた後、アルハイゼンはゆっくりと蛍から唇を離した。
 照れで熱を持つ顔を手のひらで冷ましながら、蛍はあちこちに視線を巡らせた。テーブルの上にはグレーの猫が描かれたマグカップが置かれている。中身がコーヒーではなくココアであることに、びっくりしたこともあった。
 ココアは蛍のお気に入りで、アルハイゼンがよく飲むのはコーヒーだった。それが、気が付いた時にはいつの間にかココアになっていた。蛍は牛乳入りのココアで、アルハイゼンは甘さ控えめのものを飲んでいる。
 アルハイゼンは蛍の好みに合わせているわけではない。蛍のお気に入りを買った際に、甘さの加減が違うパッケージを勧められて買っただけだった。それが悪くない味だったから飲むようになったらしい。

 マグカップの猫から視線を戻して、蛍はアルハイゼンの名前を呼んだ。

「知論派のアルハイゼンに聞いてみたいことがあるの」

 今日、いつものように蛍がアルハイゼンと待ち合わせする前、蛍は一人の女性に話しかけられた。女性は赤ちゃんを抱っこしていて、蛍の姿を映している瞳はキラキラと輝いていた。

「この子の名前はルミーンと名付けたんです。蛍さんのように素敵な女性になりますようにって」

 心から幸せそうな表情に、蛍も胸がぽかぽかと温かくなる。赤ちゃんはおとなしい子で、蛍のことを「きょとん」とした顔で見ていた。

「そう言っていただけて嬉しいです。この子はあなたにこんなに大切にされていますから、私よりもずっと素敵な女性になると思います」

 女性が、頬を薔薇色に染めて微笑んだ。
 蛍はその女性と少し話した後、紙の書籍を取り扱っている店に寄った。
 蛍の探し物はすぐに見つかった。細長い形で厚みのある本が一冊。それはスメールの人名辞典だった。ぱらぱらとめくってみると、「ほたる」という名前はない。
 代わりに「アルハイゼン」の名前を調べると、蛍の唇がほころんだ。

「若い鷹って雛のこと?小鳥?かわいい……」

 アルハイゼンの髪はふわふわとしているので、それを雛の羽毛と言ってしまえばそう見えてくる気がした。
 他にも友人達の名前の項目に目を通した後、蛍は人名辞典を購入した。
 以前の蛍は買う物も持つ物も最低限にしていたが、最近はアルハイゼンの家に置いておけばいいと考えるようになっていた。アルハイゼンの部屋の隣に蛍の部屋がある。蛍はそこに、可愛いなと思って買った小物や、旅に持っていく必要はないと判断した物を置くようになっていた。

 女性が言っていた赤ちゃんの名前も調べてみたけれど、蛍の名前との関連性はよくわからなかった。
 帰ったらアルハイゼンに聞いてみよう、と蛍は思った。
 アルハイゼンは、言語を研究しているハルヴァタット学院、そこに属している知論派の学者だ。解説をしてもらうのに最適な人選である。
 それに、アルハイゼンの声で話を聞きたい、というのもある。くっついて、息遣いを聞いているだけでも心安らぐけれど、蛍にとってはアルハイゼンの声も心地良い。

「君の名前か」

 蛍、と名を呼ぶ声の響きは穏やかだ。その声だけで、蛍の胸は甘やかな気持ちに満たされていく。

「『蛍』という言葉は、璃月では昆虫の蛍の他に、光を意味している」
「そうなの?」

 アルハイゼンの手が、蛍の手に重なる。
 優しく蛍の手のひらを開かせると、そこに指を触れさせた。

「スメールの古い言葉で光は『ルミーン』と書くが、元々は『ルミーン・アスタル』という一つの単語だった。失われた地下の王国の言葉とも言われているが定かではない」

 二つの単語を、アルハイゼンの指がゆっくり描く。少しだけこそばゆくて、蛍はアルハイゼンの肩に軽く頭を押し当てた。

「ルミーン・アスタルは『輝ける明け星』という意味がある。スメールでは、夜闇に怯える人々が祈りを捧げたことで明けの明星が生まれたという逸話があるんだ。そして、その明星は女神でもある」

 最初にその存在が言及されるのは作者不明の創作神話の中だった。冒頭はこう続く。

輝ける明け星ルミーン・アスタル
其は暁の空を征く御女神
あらゆる場所に光をもたらす者

 つまりは星の名前であり、女神の名前でもある。
 あくまでも逸話であり実在する神ではない。それぞれの語句は単体だと、アスタルは明星を、ルミーンは光を意味する。
 正式な表記であるルミーン・アスタルになると、前半部分が動詞扱いとなるので女神アスタルと呼ぶのが一般的だった。星空を研究する明論派も、明けの明星をアスタルと表記している。

「君にちなんで名付けたというのはここから来ているんだろう。女神アスタルは美しい女性の例えとしての慣用句でもあるからな」

 やや古風ではあるが、『太陽と月の次に美しい、黄金の一番星』という表現がある。
 砂漠では太陽がキングデシェレトを、月は草神を意味している。
 雨林では太陽も月も草神に例えられている。太陽と月は表裏一体であり、同一の存在であると考えられていた。そこには砂漠の神を雨林の神と同列にしたくないという思惑があったかもしれない。ともかく、全盛期の草神が太陽、力を使い果たして小さくなった今のお姿が月、ということになっている。
 その太陽と月の次にということは、人間の中では並び立つ者はいない、という最上級の賛美となるわけだ。
 架空の神であるから、実在するスメールの神々と比べれば重要ではない。学術的には文学史に少し出てくるだけ。それが明星の女神アスタルだった。

「これは余談になるが、君がそのアスタルなのではないかと噂されている」
「えっ?どうして?」

 教令院の一連の騒動が落ち着いた頃、蛍が旅人で、出自がよくわからないことから様々な憶測が飛び交った。どこから来たのか、何者であるのか、と。
 そんな時、『蛍』という名が古語で『光』を意味する語に通ずる、ということが話題になった。アルハイゼンが過去に、古語に関する研究を書面にまとめていたことによって。

「古語の研究は知論派なら誰もがしていて、明け星の女神の慣用句もそこに含まれている。特別なことではないのに、深読みした人がいたんだ」

 それは変わったことではなかった。古語や文字の研究は知論派なら誰でもやっていることなのだから。明星の女神に関する語の研究も、遥か昔から使い古された題材だ。
 アルハイゼンが古語の研究をしていたこと、スメールの危機に蛍が現れたということ。それが、人々の中に「知られざる真実」を作り上げた。

 金色の髪に金色の瞳をしている美しい少女が、ある日やって来た。
 どこの国の生まれなのかもわからない彼女は、光を意味する名前を持っていた。
 草神様の側近くに侍る方が、ただ人であろうはずがない。人間ではなく神なのではないか。蛍の「正体」を暴きたい者達にとっては全てのつじつまが合う。
 モンドで栄誉騎士の称号を授かる前の経歴が見付からないのも。
 雷神と剣を交えて友誼を結んだのも。
 スメールの危機に現れ草神を救い出したのも。
 蛍が神であるならば納得がいく、と。
 また、女神アスタルは女性美だけではなく、戦いを司る神でもあった。偶然にも、蛍が腕利きの冒険者であったことが、人々の推測に確かな裏付けを与えていた。

「神であるのか、そうでないのか。肯定しても否定しても結果は同じだ。君は人間の姿をした明け星の女神ということになっている」

 草神様に質問した者は、「太陽と月の次に素晴らしいひとが彼女だと思っているわ」と微笑まれる。
 アルハイゼンは「君が考えている通りだ」と答えている。蛍に不利益にならないだろうと判断したので、とくに訂正する理由も必要性もなかったからだ。
 誤解はとっくに誤解ではなくなり、肯定も否定も「やはり神なのだ」と真実になる。答えを明言しなくても、建前なのだと解釈される。人間の営みの中にいるのだから、神ではなく人間だと言うのは当たり前だと。

「みんな、大袈裟に言っているだけなんだね」
「君が美しい女性であることはただの事実で、嘘もなければ誇張も何一つない」
「もう、あなたって人は……」

 アルハイゼンが蛍のことを人によく話す、ということを蛍も知っている。「書記官様は奥様を溺愛していらっしゃいますからね」と、何度微笑まれただろうか。本人はノロケのつもりはなくて、思ったことを口にしているだけ。それが本心からの言葉だからこそ、くすぐったい。

 ──こうして、夜空に輝く黄金の一番星は、風を捕まえる異邦人を指し示す言葉になっていった。

 蛍は、ナヒーダが作った子猫の絵本のことまではアルハイゼンに話していなかった。書籍という形にしたことで、世界樹による書き換えを逃れた存在がいると。
 それなのに、アルハイゼンは結果的に最も正解に近いものにたどり着いている。そうとは知らないままに、テイワットと蛍の結び目になった。
 後世、「人間の姿をした明け星の女神」の話は「当時の書記官の一人、アルハイゼンの直筆」として残り続けることとなる。
 アルハイゼンの、蛍を想う心は世界の理ですら阻むことは出来ない。世界に枝を張る大樹だけが、今は知るのみだった。


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