本当に(格ゲー)上手い奴の話は(初心者の)参考にならないなぁと思う
分かりやすくスト6で言うと、グラマスだのアルマスだの踏んでる人の話は、大体の場合プラチナ・ダイヤの参考にならねぇなぁと思うというか。
越えられない壁
突然自分語りをするんですが、ぼちぼち格ゲーにお金を落としたりしてるので、スト6について複数購入しています。セールとか利用するとぼちぼち安く買えるというのもあるので。Steamの他にも色んなプラットフォームで出てるからそこで遊べるようにするだとか、身内と一緒に遊ぶのにその分ギフトしたりだとか。
で、そういうことをやってるとなんやかんやあってSILVERやらGOLDの人と対戦する機会があるのですけど、その際に、ほとんど触ったことのない、単に攻撃と必殺技だけ確認した程度のキャラを使ったとしても、まずSILVERやらGOLDにの人に負けることがないんですね。DIAMONDに滞留してMR付与されてない私でも。
明らかに見えてる範囲や使える手札が違うわけです。確定反撃を咎める精度であったり、逆にこちらの雑な攻めがどこまでも無条件に通ってしまったり。
自分が感じる壁の正体
思考負荷というか認知負荷の違いを凄く感じました。
たとえば「相手の昇龍が空振りしたら着地の隙を狙おう」くらいの話について、もうその確反が自動的にできるか、あるいは「あ! 相手の昇龍が当たらなかった! ええと、そうしたらどうするんだっけ……」と一呼吸置いてしまうか、それともそれをただぼーっと眺めてしまうか……みたいな差です。
「何も考えずにそういう状況になったらそれをする」と言う癖の差をとても感じていて、だからこそ、いわゆる `原人狩り` という現象が起きてるんですけど、ある程度格ゲーが共通して持っている「このときはこれをやる」みたいなパターンを、どれくらい低コストで発動できるか、と言うところの差を感じます。
で、こういうのに限って言語化が難しかったり、説明する側の頭からまるっと抜けたりするわけです。あるいは教えたところで、その行動を行えるようになるまでの反復練習、負荷の軽減がされないと意味がなかったりするわけです。
上手い奴が別キャラ・新キャラを使ってMASTERに行く話は教科書にならない
そんなわけで、何か新キャラがリリースされるたびに「〜まで行く」みたいな話が出てくるんですが、それは恐らく、そこまで到達したことのない人にとってはかなり意味のない話なんですね。そこに到達するに当たって、そのキャラ固有の事情よりも、いわゆる格ゲーの基本的なやりとりについての選択肢、手札の数、それを使うコストが違い過ぎて、そういう基本的なところだけでどうにかできる、説明されず目に見えない底上げの方が支配的なわけです。
ついでに、もういい加減どこまで行けると言う煽りと、価値観は時代遅れになりませんかね
本当に目指したい人が勝手に目指す分にはいいと思うんですけど、万人がそこへ辿り着けるという前提についてはずーっと否定的です。ざっくりとはこの話と同じ。
とある経済学者が「数学の分からないヤツは平気で『学校全員が平均点以上取れるよう頑張ろう!』とか言う」みたいなことを書いていた。
— カエル先生・高橋宏和 (@hirokatz) May 27, 2025
LPもMRも、現実的な規模のやりとりにおいては無限に供給されるポイントではなく、勝てば増えて負ければ減るのであるから、それはランキングを置き換えただけの表現に過ぎないわけです。LPについては減る総量よりも増える総量の方が多いのはその通りですが、だからってそれによって万人がLP25000に足りるまでポイントが供給されることは机上の空論でしかないです。
よって、どのランクに辿り着くであるとかMRがいくつになるであるとか、そういう話は基本的には足の引っ張り合いです。誰かが進めば誰かは落ちます。
そう言う話じゃなくて、対空必殺の出せる頻度が増えたであるとか、確定反撃をちゃんと拾えるようになったであるとか、リーサルがちゃんと見えて適切なコンボ判断に成功したであるとか、そういう部分部分の、順位付けとは無縁の、自己の成長を評価するのが大切って話になりませんかね。
頭の話へと戻すのであれば、つまりどれだけ自分の認知負荷が減って、選べる選択肢の数とその量、精度が良くなったか、って話こそが大事なのではないですかね、と言う話。


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