ポケモン廃人、知らん地方に転移した。【完結】 作:タク@DMP
※※※
「──で? 何か申し開きは?」
「ありません……」
──十分程後。
ぶっ壊れた建物の辺りには人だかりができていた。
「成程な。異界のポケモンか──よくもまあ初見で対処出来たものだ。流石はアカデミアのチャンピオン」
「元・チャンピオンよ」
そして、騒ぎを聞きつけたからか異変を嗅ぎつけたからか、誰よりもフットワークの軽いミコは被害の様子を見て嘆息した。自分の出番が無かったことに不満半ば、安堵半ばといったところである。
「ミコっち、博士の様子はどう?」
「あいつならキャプテンの監視下で時空の裂け目の分析をしておる。可哀想に」
「本当に可哀想だな……」
「それよりアレは何だ? 痴話ゲンカか?」
ミコが親指で指した先では──メグルがオニゴーリよりも恐ろしい形相でアルカを正座させていた。怒りの理由は尤もであった。
「何で勝手に一人で外に出たんだ!? そもそもが危ないだろが!!」
「ごめんなさい……」
「俺がどんだけ心配したか分かってんのか!? 分かんねえだろな!! お前はいっつもそうだ、一人で突っ走って無茶しやがって!! 俺がいつでも守ってやれるわけじゃないんだぞ!?」
烈火の如き勢いでキレるメグルに、イクサ達も口を挟む余地は無かった。
「ああクソ……記憶が無いお前には分かんねーだろうけどな……!」
「ッ……」
何を言っても響かない。
虚しさを胸に──メグルはそれでも叫ぶ。
「俺はそれでもお前が──」
「ぷきゅーっ!! ぷきゅーっ!!」
その時だった。
メグルの眼前に、いきなりサニーゴが現れる。
そして、その硬い頭で思いっきりメグルの額に頭突きを見舞うのだった。
「あだぁっ!?」
「メグルさんンンンッ!?」
尻餅を突いたメグルは──いきなり現れたサニーゴに面食らう。
頭にフラッシュバックするのは事故で粉々になってしまったプレゼントの化石だった。
「サ、サニーゴ!? 何でこんな所に!?」
「ぷきゅー……!」
【サニーゴの のろい!】
サニーゴの頭に五寸釘が打ち込まれる。
同時にメグルの胸にも五寸釘が現れ、打ち込まれた。
当然そうなれば呪いによる苦しみがモロに襲い掛かる訳で。
「おっごごごごごご、ぐるじ──」
「サニーゴ、ストップストップ!! 悪いのはボクだから!! 止めてぇ!!」
「ぷきゅーっ!!」
結局。
周りで必死に止めて、何とかメグルが死ぬ前に事無きを得た。
結局彼は汗だくで地面に手を突き、ぜぇぜぇ息をする羽目になったのであるが。
「こ、殺される……殺されるかと思った……」
「メグルさん、大丈夫ですか!? その……色々!!」
「ごめんなさいごめんなさい……!」
「いや、もう、何か良いよ……頭ァ冷えたから……それより、お前は何なんだ……サニーゴ!」
「ぷきゅー……!」
サニーゴはずっと、彼女を守るかのように腕の中から離れようとしない。そして、ずっとメグルの方を見て睨み付けている。
敵意剥き出しのサニーゴを前にして、つかつかとミコが前に出た。
「ふぅむ。仕方あるまい。此処は妾に任せよ」
「ミコさん!」
「妾ポケモンぞ? エスパーポケモンぞ? ポケモンの記憶を読み解くくらい朝飯前だ」
「なあ、俺……説明されても未だに信じられねえんだけど……本当にポケモンなのかコイツ」
「ミコっちは存在自体がややこしいからねっ!」
「ややこしい言うなウサギの小娘ェ!! 妾も気にするんだぞ!?」
──ミコの正式名称はオオヒメミコ。
クエスパトラに酷似したオーデータポケモンである。
普段は人と意思疎通するための義体をモンスターボールの中からサイコパワーで操作しているため、傍から見れば人間のようにしか見えない。
異質なポケモンである自らの存在を秘匿するための仮初の身体なのであった。
そして、この状態でもミコは自らの力を行使する事が出来る。サニーゴの頭に手を翳し、その記憶を読み取った。
しばらくして、ミコは振り返りメグルに問いかける。
「オマエ……サニーゴの化石を購入せんかったか?」
「あー……したな。アルカへのプレゼントだったんだけど事故でぶっ壊れちまって……」
「壊れちゃったんですか!? てか壊しちゃったんですか!? よりによって、そんな曰く付きそうなものを!?」
イクサが困惑する。
ガラルサニーゴは、石ころと間違えて蹴飛ばしただけでも祟ってくる怪異のようなポケモンだからである。
「本当に事故だったんだって!!」
「コイツの記憶を覗き見したのだが……魔術師のような男と、アルカが見えるな? 背景は部屋の中のようだが」
ミコがメグルの額に手を当てる。
彼の脳内にはアパートの部屋。そして、そこに突如として現れたクロウリーと、それに対してポケモンを出して応戦しようとするアルカの姿が見えた。
「ちょっと待て。じゃあコイツってもしかして──俺がプレゼントに買ったサニーゴの化石ィ!?」
「ぷきゅー」
「良かった……粉々になっちまったと思ってたが、ポケモンになって復活したのか……!」
「本当に良かったって喜んでいいんですかコレ!?」
(つーかアレ、ガラル産だったのは知ってたけど、あそこからでも復活するのかよ……!?)
尚、復活した理由はクロウリーの魔術によるものだ。
全てのサニーゴの化石がガラルサニーゴとして復活するわけではないのである。
「ぷきゅぅ」
不満そうにサニーゴはメグルを睨む。事故とは言え砕かれた恨み、そして主人を怒鳴るメグルに対する敵愾心は高いようだった。
「その後、こいつはずっと──アルカの下で隠れ潜んでおったようだ」
「……ボクを守ってくれてたの?」
「ぷきゅー」
「役に立ちたかった……か。そう言っておる」
「それなら、ボールの中に入れてやらないとな」
「良いんでしょうか? ボク……この子の事、覚えてないのに」
そう言ってアルカがボールを取り出そうとすると──「ぷきゅっ」と鳴き声を上げ、サニーゴは消えてしまう。
「あっ、居なくなっちゃった! ……どうしたの、サニーゴ! 出て来なよ……!」
「恥ずかしがり屋のようだのう。姿を消しおったわ」
「……どっかの誰かさんにソックリだな」
(記憶を失う前の……だけど)
「今日はホテルに戻りましょう。事後処理はキャプテンに任せる事になりそうだけどね」
「ああ。ハズシがもう直に此処に着く。オマエ達はせいぜい休め」
「良いのか?」
「構わん。もう夜も更けそうだからな」
「……分かったよ」
メグルは──ふと、アルカの方を向く。彼女は申し訳なさそうに顔を伏せるのだった。
※※※
「……昨日は悪かったな。怒りすぎた」
「……」
気まずい空気のまま、二人は──朝食の席についていた。
はむはむ、とトーストを食べるアルカは「気にしないで下さい」と一言。
その顔は何処か浮かないものではあったが。
「……なあ、何で勝手に出てったんだよ」
アルカは言葉に詰まる。しかしそれでも、スカートの裾を握り締め、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「おにーさんは、ボクに良くしてくれます。怒ったのも、心配してくれたからって分かってます」
「……じゃあ何で猶更……」
「不安だったんです」
「……!」
「不安で、怖くて、仕方ないんです。周りの人全部、ボクからすれば知らない人で……! 貴方がどんな人なのかも分からないのに……!」
彼女に安息も、安寧も無かった。
周りは知らない場所。知らない人間。そして知らないポケモンで溢れていた。
自分を守ろうとしてくれるメグルでさえも例外ではない。
そんな相手から好意を寄せられても──アルカには受け止める事が出来なかった。
そして何より、他者から聞かされる「アルカ」の人物像が──記憶を失った彼女には、他人のように思えて仕方が無かった。
「そう思ってたら、いつの間にか足が動いてて」
「……ごめんな」
それを聞かされたメグルは──改めて記憶の喪失が、深刻な問題であることを思い知らされる。
目の前に居るのは自分の知る彼女ではない事を否が応でも思い知らされる。
今まで「記憶を失ったアルカ」のつもりで目の前の彼女に接してきた。
しかし、今目の前に居るのは──「自分自身の好きな物すら欠落した名無しの少女」なのだ。
心のどこかでは分かっていた。記憶など、そう簡単に戻るものではない、と。
あるいは魔術師の手に掛かって彼女の記憶が抜け落ちたなら、自然に戻るわけがないのに。
「……俺さ、自分勝手だった」
「ッ……何でメグルさんが謝るんですか」
「こうしたらお前のためだろう、って思って──こうしたら、お前が喜ぶだろう、って思って──やったことが全部、結局俺の押し付けだった」
(だから──喧嘩になったんだ)
彼は目を伏せる。プレゼントを買い集めるあまり、彼女と過ごす時間を無碍にした事を悔いた。
喜んでもらいたかった。ただ、それだけだったのに。
「……分かんなかった。いや、考えようともしなかった。記憶が無くなったお前の気持ちが。そりゃそうだよな。いきなり知らねえ奴らの中に放り込まれて──いきなり知らねえ奴と恋人だって言われたって怖いだけだよな」
「……ッ」
「俺は──俺のことしか考えてなかった」
天井を仰ぐ。
元より彼女はこうだったではないか、と自分に言い聞かせる。
ふらふらと気の向くまま、目を離すと直ぐに何処かへ行ってしまう。
それこそ、放っておけば勝手に死んでしまうのではないか、と思わされるほどに。
そんな彼女が放っておけなくて、ずっと傍に居た。
だがそれは──間違っていたのではないか、とメグルは思わされる。
椅子に深くもたれ、もう見えない右目を抑える。
(何やってもダメだ、俺は……コイツの自由を縛ってただけだった)
「おにーさん……?」
「……少し一人になってくる」
メグルは立ち上がり、そのまま食堂を後にする。アルカは、呼び止めようとしたが、彼の求めている「アルカ」が自分ではない事実を知っている以上、その資格すらない事を察し、ただただ目を伏せるしか出来なかった。
(俺はもう……どうすりゃ良いのか分かんねえよ)
※※※
「……ふぃるふぃー?」
おやしろのある火山島。それが一望できる桟橋の上で、メグルは一人黄昏ていた。
足元ではニンフィアが不安そうな顔で鳴いている。
今まで見たことが無い程に、メグルの表情は曇っていた。
視線は火山島の方へ向いているが、何も見えていないようだった。
彼女は必死に足元に顔を擦りつける。
「私は何時でもここにいるよ」「私は居なくならないよ」と言わんばかりに。
「なあニンフィア」
「ふぃー?」
「俺さ、どうすれば良かったのかな」
「……ふぃー……」
「諦めなきゃ、いけねーのかな……アルカの事」
「ふぃッ!? ふぃーッ!!」
ガブリ、とニンフィアは思いっきりメグルの脚を噛む。
「あだッ!? ニンフィア!? 何で噛むんだ!?」
「……ふぃー……!」
「お前はむしろ、喜ぶべきことだろ? お前に構ってやれる時間が増えるんだぞ」
「ふぃッきゅるるるるる……!!」
今までにない程の威嚇をニンフィアはメグルに向ける。
あの女を助ける為に散々酷使しておいて? という恨み節も多分には入っていたが──「諦めるの?」と問いかけているようだった。
「……仕方ねーだろ……記憶を失ったらもう……別人みてーなもんなんだからよ」
「……ふぃー……」
メグルは──スマホロトムに記録した今までの写真を眺める。
本当に色々な事があった。
嬉しかったこと、悲しかったこと、喧嘩したこと──全部、彼女と分かち合った。
「……あいつが俺の下から離れたいって言うなら……」
(……本当にそれで良いのか?)
そんな問いが心の奥底から湧き出てきた。
理性では、もう彼女は自分の知る「アルカ」ではないのだから自由にさせてやれよ、と言っている。
「こーんなところで、何してんの?」
「!」
ふと、後ろから声を掛けられた。
振り向くと──缶ジュースが放り投げられ、メグルはそれをキャッチできず──鼻で受け止めるのだった。
「へぶっ!!」
「あっ……ゴメン」
「てんめ……何しやがる……ユイ!!」
「ゴメンって。でも、随分としょぼくれてるみたいなんだから」
パーカー姿の電撃少女は、ナチュラルにメグルの隣で柵にもたれかかる。
「ケッ、しょぼくれてる? そう見えるのかよ」
「見えるよ。いっつもの虚勢すら張れてないんだから」
「……」
「アルカさんとの事でしょ?」
「分かんねーんだよ。もうどうすればいいか……あいつは記憶を失ってる。好きなモンも分からなくなっちまった。別人みたいだ」
「……それで諦めるの? アルカさんの記憶を取り戻すのをさ」
「……戻んなかったらどうするんだよ」
「あんたはどうなの?」
「……分からねえ」
メグルは俯いた。
「記憶の無いあいつと──今までのように付き合っていけるか分からねえ。きっと俺は……記憶があった頃のあいつを引きずると思う」
「ん。でしょーね。あたしと同じだ」
彼女は自分の分のジュースを思いっきり飲み干した。そして、遠くにあるゴミ箱に向かって──缶を放り投げる。
見事にそれは、ゴミ箱の中へと吸い込まれていった。
「あたしも博士の事、まだ引きずってる。忘れてたのに。忘れてたつもりだったのに。別世界から来た博士を見て──何でこっちの博士はこうじゃなかったんだろう、ってずっと思ってる」
「……そっか。お前、博士と仲良かったもんな」
「やっとわかったんだ。裏切られた後も。あいつの本性を知った後も──ずっと、あたしは引きずってる。クソ野郎だって分かってても、吹っ切ったって思っても──吹っ切れるわけないんだよ、きっと」
きっと過ごした時間が長ければ長い程──そうなんだと思う、とユイは続けた。
「ねえ、メグル君」
「……どうしたんだよ」
「いっそのこと、
思いもよらない彼女の言葉に──メグルは何も答えられなかった。
「あたし達、結構お似合いだと思うんだ。一緒に旅してたし。それに──あたしは君の事、結構カッコイイと思ってるんだから」
「……」
「どうかな?」
悪戯っ子のように笑うユイ。
その顔が、妙に眩しい。彼女を見つめ、メグルは──「俺は」と答えを出そうとしたその時だった。
ピキ、パキパキパキ
空が割れる音が聞こえてきた。
ベニシティの中心部に──巨大な空の罅が入っていた。
空模様がおかしい。
そして、巨大な罅が割れていき、やがてそれは裂け目となっていく。
町中が災禍に飲み込まれようとしている。
「アルカッ……!?」
思わず口を突いて出てきたその言葉に──ユイは「やっぱりね」と言った。
恋人がいる場所に、危険が迫っている。
そんな時、メグルは絶対に──駆け付けに行く。
「うん……そうだよね。……そっちの方が、君らしいんだから」
「ッ……試したのかよ」
「半分ホンキ。半分は……うん、試したのかな。でもメグル君は──記憶を失ってるとかどうとか関係なく、アルカさんを──助けに行くんだと思ってた」
「そうだな……記憶を失ってても、あいつが……アルカである事には変わりねえんだ」
「ふぃッ!」
ニンフィアがとびっきり凶悪な笑みを浮かべる。
漸く本調子を取り戻して来た主人に対して、一緒に暴れようと呼びかけているようだった。
「ユイ。俺はきっと、この先後悔すると思う。記憶を失ったあいつと付き合い続けることになっても、あいつを諦めても──絶対どっかで後悔する」
「……そう。じゃ、敢えて茨の道を進む理由は?」
「──約束を守らねえといけねえからだよ。
「ふぃー!」
そう言ってメグルは走り出した。迷いを吹っ切った彼の背中を見て──ユイは微笑む。そして──不気味な色に染まる空を見て、自らのやるべき事を思い出した。
ユイは彼の良き友人である──それ以前に、キャプテンでもあるのだから。
「って、待つんだからぁっ! 結局あたしも行かなきゃじゃないっ!」
※※※
「さぁ、どうしたものかな」
水没した都市を前に──リンネは自らの目を押さえる。
これで幾つ沈めただろうか。
彼の復讐は止まる事を知らない。
いや、最早復讐ですらなかった。
無軌道で──無差別な殺戮行為でしかない。
逆らうものなどもう誰も居なかった。皆、水の底に沈んでいったのだから。
しかし、こうもあっさりと成し遂げてしまうと──彼の心を満たすものはすぐに尽きてしまった。
「……次は何を沈めてやるか? この腐った国を滅ぼすところまでは良かったが──」
「まいみゅ」
ふと、マイミュの目が赤く光る。
「……元はと言えば。あいつらだ」
リンネの瞳も一瞬、呼応するように赤く光った。
握り締めた拳から赤黒い血が垂れていく。
もう見えない右目が疼く。
「……あいつらが、来なければ……俺達の邪魔をしなければ……ッ!! クロウリーは死なずに済んだのに──ッ!!」
「まーみゅーず! まーみゅーず!」
きゃっきゃっ、と無邪気に笑うマイミュ。
ピキ、ピキパキパキ、とリンネの背後の空間が割れていく。その先に見えるのは──見知らぬ建造物が並び立つ大都市だった。
「……沈めてやる。沈めてやるぞ、メグル。お前を絶望の底に……!!」