ポケモン廃人、知らん地方に転移した。【完結】 作:タク@DMP
第24話:その名は──
「──アルカさんは、記憶喪失なんです」
「……」
座敷の一角で膝を抱え込むメグル。その傍では、沈痛な顔持ちのイクサが立っていた。
頭を垂れたまま何も言わない彼に対し、残酷だとは分かっていたが──彼は続けた。
「……覚えてないって言うんです。自分の名前も、他の人の名前も、手持ちの事も」
「……ンなもん、見りゃ分かるよ」
「原因は分からないけどね? ただ……不自然な所が多いし、あいつらの”魔術”に引っこ抜かれた線もあるかなって思うよ、ぼかぁ」
メグルは顔を上げ、思わず立ち上がる。
そこに立っていたのは、アロハシャツに白衣を纏った見覚えしかない青年だった。
メグルは一気に頭に血が上り、彼の胸倉を掴んで叫ぶ。
「テメェ、どの顔下げてやってきやがった──イデアッ!!」
「……あー、やっぱこうなっちゃうのか」
間に割って入るのは──イクサだ。
「やめてください、メグルさん! 事情は知ってるけど──メグルさんの応急治療をしたのは博士なんですよ!?」
「ッ……何で脱獄してんだよッ!!」
「違うよ。僕は君の知ってるイデアじゃあない。別世界の人間だ」
「……ッ」
「ま、身構える気持ちは分かるけどね。君ン所の僕は、どうやら相当やらかしてるみたいだし」
「どぅーどぅる」
ひょっこり、とイデアのズボンから顔を覗かせるドーブルに、メグルは──気が遠くなりそうになった。
”センセイ”と呼ばれるこの個体は、かつてメグル達との戦いの果てに命を散らしたはずだからである。
「……おいイクサ。その博士、悪巧みとかしてねぇって保障はあるんだろな」
「あります。博士は僕達の味方ですから」
「……この際今は何でも良いか」
ずきずきと痛む右目を包帯越しに押さえながら──メグルは一先ずこの場は飲み込むことにした。
相手は別世界の同一人物。何処までいっても顔が似ている別人でしかないのだから。
「アルカを元に戻す方法は──」
「今のところは分からないね。何かの拍子に記憶が戻る可能性もあるし──そうじゃないかもしれない」
「もし、魔法で記憶を失ったなら、リンネが何かを知ってるかもしれないですね」
「リンネ──」
──お前の
「──あいつかッ!! あいつだッ!! あいつが、アルカの記憶を奪ったんだッ!!」
「だからこそ──僕らは此処に長居するべきじゃないんだよね、メグル君」
「ハッ……!? ふざけんな!! あいつを──リンネをブチのめさなきゃ──」
「そのリンネは今、何処にいるのか分かるのかい?」
「──それは」
「時空の裂け目を通って、リンネは何処かへ向かいました。既にこの世界には居ない可能性もありますよね」
「だからって、此処で黙って元の世界に戻れってのか!?」
「そんな状態で、これ以上戦えるわけがねーっしょ、メグルさん」
がらがら、と座敷の戸が開く。現れたのはノオト、そしてキリの二人だった。
「ッ……ノオトに、キリさん……!! 聞いてくれ、アルカが──ッ」
「全部話は聞いてるッス、メグルさん。その上で──オレっちたちは、元の世界に一度戻らねえといけねえ」
「何でだよ!? このまま帰れるわけねえだろ!?」
「あんた、自分が今どんな状態か分かってるんスか!?」
ノオトが鬼気迫る顔でメグルの胸倉を掴み、壁に叩きつけた。
「──ギガオーライズの荷重負荷!! あんたの頭も、身体も!! 疲弊しきって使いモンにならねーんスよ!!」
「ッ……! それは」
「それだけじゃねえ、イヌハギから全部聞いたッスよ!! あんた、あいつの忠告無視してフェーズ2を使ったって──ッ」
「使わなきゃ勝てなかったから使ったんだよッ!!」
「その所為で、アブソルは──こっちの病院じゃねえと治せねえくらいダメージが酷いんスよ」
「それは……!!」
メグルはそれで何も言い返せなかった。
以前のメガシンカとギガオーライズを併用した時程ではないにせよ、ヒャッキではアブソルを十全に回復させる事が出来ないのである。
「んで? 挙句の果てにアルカさんをヒャッキに置きっぱにするつもりなんスか!? 解決の目途なんてどこにも立ってないのに笑わせんじゃねーッスよ」
「それは──」
「おっと、まさかと思うけどアルカさんだけサイゴクに戻すだなんて言うつもりはねーッスよね。あの状態のあの人、放っておけるわけがねえっしょ」
「アルカ殿の病状、そしてメグル殿の体調、現地の食品の栄養価の低さ、拙者の用意した残りの物資の量。それら全部加味しても、一度サイゴクに戻るのが賢明でござろう」
「……キリさんまで!!」
「分かってほしいでござる。メグル殿」
「納得できるかよ!!」
「拙者とて同じでござるよッ!!」
仮面を投げ捨てたキリの顔が顕になった。彼女は──顔を真っ赤にして、目に涙を溜めていた。
「キリさん……!?」
「アルカ殿は、拙者にとって……初めて出来たトモダチでござる。なのに、拙者の事も分からないって……!!」
「悔しくねえ訳がねえっしょ、メグルさん。オレっちたちだって同じなんスよ」
ノオトは壁を殴りつけた。
「ッ……だから、此処は飲み込んで欲しいッス。撤退しかねえんスよ」
「うっ、うう……」
メグルは崩れ落ちる。
「何でこうなるんだよぉっ……ッ!!」
悲痛な叫びが座敷に響き渡った。
「俺……ずっと、後悔してた……あいつを一人にしたのを……! 居なくならないって……約束してたのに……!」
嗚咽が、ただただその場に木霊していた。
「俺さ……どうすりゃ良かったんだよ……!!」
結局。
その場の誰もが答えることは出来なかった。
部屋の外から立ち聞きしていたヒメノも、何も言う事は出来なかった。
「……ハズシ様。ヒメノはどうしたら?」
隣に居たハズシは──静かに頷いた。
「今すぐどうこう出来るわけじゃないものねえ」
「ハズシ様にしては冷たいのです」
「ワタシだって、出来るものならすぐアルカちゃんの記憶を元に戻してあげたいわよ。でも……」
「……ごめんなさい。無茶を言ったのです」
「心配になる気持ちは分かるわ。とっても深刻な問題であることも分かってる」
「ねえ。あたし達に出来る事ってさ、本当に無いのかな」
アルカが記憶を失った、という事情を聞いていたユイが二人に問うた。
「……だって、あんなに辛そうなメグル君、見た事無いんだから……それに、アルカちゃんの事も……」
「そうね。でも──他の誰であっても、結局アルカちゃんの代わりにはなれないのよ」
「……こんな時、リュウグウさんが居たら、何ていうんだろ……」
「そうねえ──旦那なら……何て言うんでしょうね」
珍しく葉巻を咥えながら──ハズシは煙を吹かせた。
※※※
「成程ね。アルカさんを救出したのは良いけど──記憶喪失、か」
イクサに包帯を巻いて貰いながら──レモンは問うた。
表情は複雑極まる。完全な解決、とまではいかなかったどころか、新しい問題が噴出してしまったからである。
デジーは肩を竦めた。
「アルカさんの手持ちは全部、船の中から回収したんだけどねー。肝心のご主人がポケモンの事忘れてたら、ポケモン達も悲しいでしょ」
「魔術とやらは、本当に非科学的で恐ろしいものだな」
「いや、仮にもポケモンがそれ言っちゃう?」
「それで、3人はどうするの?」
イクサは──ミコ、レモン、デジーの3人に問いかけた。
「僕達はハッキリ言って部外者だ。博士も含めて、こうして合流できた事だし、これ以上関わることも無いと思うんだよね」
あんまりな物言いにデジーは眉を顰めた。
「ねえちょっと転校生。その言い方は酷くない? ボク、まだスッキリできてないんだけど?」
「そうね。貴方にしては薄情じゃない?」
「……いや、違うんですよ。ただ──僕が見た、あのトカゲのポケモン……下手をすると、オーラギアス以上に大変な存在かもしれないんです」
「そうだな。オーラギアスに食われながら生還したものなど妾も初めて見たわ。イクサの言う事は正しい」
レモンとデジーは顔を見合わせる。
イクサが言いたいのは、此処から先、この事件に関わるのは──非常に大きなリスクを伴う可能性があるということだった。
下手をすれば、世界を滅ぼしかねないポケモンと戦う事になるかもしれないからだ。
「で? 転校生はどうしたいのさ?」
「戦うよ。正直、今のメグルさんは……放っておけない。でも、僕の手前勝手で3人を巻き込めな──あだだだだだ!?」
ぐいぐい、とデジーがイクサの耳たぶを思いっきり引っ張った。
「……バカ転校生」
「ちょっと、マジで痛い! 痛いから、やめてよデジー!?」
「カッコつけんな!! よくよく考えたら、ボク達が元の世界に戻る裂け目が見つかってないんだから、結局帰れないし!!」
「そ、それはそうだけど……!」
「私達、貴方に守られる程弱くはないのだけど? もしかして一回私に勝ったくらいで調子に乗ってる?」
「そういうわけではないんですけど……」
「大方、怖気づいたのだろう」
「ぐぅ……そうだよ」
ミコの指摘に、イクサは漸く──本音を吐露する。心の中に巣食う恐怖を。
「今から戦う相手はきっと今まで戦ったどんな奴等よりも……ヤバい」
「オーラギアスやクラウングループよりも?」
「うん。断言できる」
座り込みながら──イクサは答えた。
そのオーラギアスに食われながら、1000年以上生存していたこと。何より、咆哮するだけで周囲に時空の裂け目を作りだす能力を持つこと。
そして本体であるリンネも、凄まじく強く、ギガオーライズを以てしても互角以下にしか戦えないこと。
加えて世界を壊すことを目的とし、それに全く躊躇いが無いこと。
全てを加味しても、楽な相手ではない。
むしろ一個人で此処までの脅威であることから、イクサは──リンネと、あの謎のポケモンが今までの中で一番の強敵である、と断じる。
「此処までの戦いでレモンさんですら酷いケガだし……」
「こんなのすぐ治るわよ」
火傷跡、残っちゃうかもだけど、とレモンはあっけらかんと言った。
何処まで強がりなのかはイクサには分からなかった。
「博士はなんか髪が爆発してアフロになってたし……」
「あれは只の巻き込まれ事故だから気にせんで良いぞ」
「そーなの!?」
リザードンの晴れオバヒに巻き込まれてそれで済んでいるイデア博士も大概な耐久力をしていた。前世はひょっとしたらダンゴロか何かだったのかもしれない、とイクサは考えるが、大変失礼である。
「デジーは怖くないの? 僕は正直──怖いと思ったよ。ふとしたことで皆を……ポケモン達を喪うんじゃないかって……」
「でも、転校生はそれでも行くんだよね?」
「……うん。矛盾してるのは承知だ。でも、放っておけない。メグルさんは──僕と同じなんだ」
彼の残った左目を思い出す。
きっと今の彼は──イワツノヅチを奪われ、学園を追われていた時の自分以上に荒れてしまっている、と。
「大事なモノを守れなかった後悔にずっと苛まれてる」
「んじゃっ、ボクも転校生の事放っておけないかな」
「……良いの?」
「遠慮しないでって、前にも言ったよねっ。今更置いていくだなんて言ったら、噛むよ」
「……そうだったね」
「にしっ、分かればよーし♪」
「今回ばかりはデジーと同意見ね。それに、時空の裂け目を作るポケモンが居るなら……そいつを捕まえれば、元の世界に戻れるかもしれない。私達がやってきた裂け目は既に消えてるわけだし?」
レモンがこんな事を言うくらいには──元の世界に戻る目途も今の所、全く無いのであった。
しかし、咆哮だけで無差別に周囲の空間を叩き割るあの姿を知るイクサは──どうも気が進まない。
「……絶対ロクなポケモンじゃないんだよな、アイツ……」
※※※
「──すまなかったな、色々と。それに──あのオーパーツを提供していなければ、今頃メグルの右目は……」
「止すッスよイヌハギ。あの人が勝手にやったことッスから」
「……」
「この裂け目は、ヒャッキとサイゴクのバイパスになるだろう。何か進展があったら、またそちらに行く」
「頼むッスよ。メグルさん……相当ヤられてるッスから」
隠れ里付近の裂け目に、全員は立ち寄っていた。
他の面々が先にサイゴクへ帰っていったのを見送った後、ノオトも──イヌハギに礼をして裂け目に入っていくのだった。
「ノオト殿。行くでござる」
「……そうッスね」
メグルの沈んだ顔が、ノオトの脳裏からは焼き付いて消えなかった。
厳しい口調で詰ったのを後悔した。しかし、それほどまでにノオトもやるせなさを感じていた。
「……ねえ、キリさん」
「? 何でござるか」
「忘れる側と忘れられる側……どっちが辛いんスかねえ」
「……それは、忘れられる側に決まっているでござろう?」
「……」
「ノオト殿。拙者たちがしっかりせねばいかんのでござるよ。こんな時だからこそ」
「平気なフリしちゃあダメっスよ、キリさん。あんただってショック受けてるっしょ」
「……それは勿論」
ノオトの手を握り締め──キリは呟いた。
「……だから拙者たちは覚えていなければならんのでござるよ。我らはアルカ殿の友で味方であることを」
※※※
「──名前を決めないとな」
「みゅー」
「じゃなきゃ呼びにくい」
ふよふよ、と水玉のオーブに乗っかったまま浮かんでいるトカゲのポケモンを見やりながら、リンネは呟いた。
くしゅんとトカゲがくしゃみをすると──パキッと音を立てて空中に罅が出来る。
時計台のてっぺんからリンネが見下ろすは石灰造りの首都・サルナスシティ。かつての彼の故郷であり、内乱によって蹂躙され、その跡地に再建設された街だ。夜の闇に覆われ、彼の姿に気付く者は誰も居ない。
「まみゅーず?」
「……参ったな。色々考えたが、学の無い俺には洒落た名前が思いつかねえ」
「みゅー」
「……もうこの際適当でいいか。鳴き声から取ろう──」
トカゲは不思議そうにリンネの顔を見上げた。
「──
「まみゅー!」
【マイミュ みずトカゲポケモン タイプ:水/ドラゴン】
──「ポケモン廃人・ザ・ユニバース」(後編)