今後も続く「海獣医師」の日々

話の肖像画 鴨川シーワールドの獣医師・勝俣悦子<30>

勝俣悦子さん(鴨川一也撮影)
勝俣悦子さん(鴨川一也撮影)

《セイウチの論文も執筆した》

令和2年にセイウチの繁殖に関する英語の論文が受理されて掲載となりました。英語の論文は世界中の研究者や動物園・水族館の飼育担当に読んでもらえます。つまり、当館のセイウチの飼育で得られたデータが野生のセイウチの理解や保全に役立つのです。「ムック」と「タック」と子供たちの成長、繁殖期のオスとメスの行動、妊娠によるメスの体重やホルモン値の変化など、野生のセイウチ研究では得られないデータをまとめたものです。

ムックが4頭の赤ちゃんに恵まれ、このような論文にまとめることができたのは、病気になった牙を抜きタックとともに健康に飼育されたからです。牙の病気を教えてくれたのは、当時シーワールド・サンディエゴの飼育課長だったジム・アントリムさんでした。

ジムには獣医師として駆け出したばかりの私に同園を視察させてくれたときから、セイウチはもちろん、ベルーガやシャチの輸送でもお世話になり続けてきました。そこでこの論文の謝辞に、ジムへのお礼の言葉を書かせてもらいました。長いお付き合いの中で、ようやく恩返しができるように思います。その昔、米国での研修中、ジムについて園内を歩くと、「やあジム!」「やあ、どうだい?」とあちこちから声がかかったのを、つい昨日のことのように思い出します。海獣類をこよなく愛し、動物のために分け隔てなく私たちにも助言をくれたジム。海獣類を愛するものとして、その姿勢は見習うべきものがありました。

《飼育下の長寿動物でも、新たな取り組みを行っている》

水族館で暮らす動物は、私たちにそのすばらしさを伝えてくれる「プロ」です。亡くなった後も、野生動物の保全や研究に役立ってもらいます。

飼育技術の向上もあり、飼育動物の寿命は延びています。当館でご長寿動物が亡くなると、明らかな病名が見つからない場合は「老衰」と書く以外ありませんでしたが、「老衰」という死因はありません。せっかく長生きができたのに書類の一言で終わってしまうのは申し訳ない気がしていました。そこでご長寿動物にも役割を持ってもらいます。

一つは、海獣類の脳は年齢とともにどのように変化するかを調べる大学の研究に協力しています。認知症は海獣類ではあるのだろうか、「(臓器の機能障害の原因)アミロイド変性」は何歳ごろから見られるのか、などの調査で、論文として残すことができました。

海獣類の「年齢調査」の研究にも協力しています。今まで鯨類の年齢はハクジラでは歯、ヒゲクジラでは耳垢(あか)で調べられ、鯨類の生活史が明らかにされてきました。米国の研究者からお声がけをいただき、皮膚を少し採取し検査することで年齢が分かるという新しい研究に参加しました。水族館生まれの海獣類は年齢が明らかなので、その年齢情報と皮膚、血液を「基本データ」として提供することができるのです。

科学も発展している今、飼育動物ならではのやり方でこれからも貢献していきたいと考えています。

《鴨川シーワールドでの「海獣医師」の日々は、続いていく》

初代の鳥羽山照夫館長からは実にたくさんのことを教わりましたが、一番大切なことはさまざまな要素を総合的に判断するということです。鳥羽山館長は、動物の健康やお客さまの期待、水族館の維持と発展、そこで働く職員など、多くのことを広い視野で考え、良い方向に行けるよう責任を持って判断をされていました。

「今できることをできるだけコツコツと」をモットーに、これからも海獣たちと生活できれば、これ以上にうれしいことはありません。(聞き手 金谷かおり)=明日からキャスター、草野仁さん

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