人口減少や物価高、記録的な猛暑など身近な問題に加え、世界に目を向ければ侵略や紛争など解決が急がれる課題は山積している。先の見えない、不安定な時代の中でも、群馬関係の若者らは自ら道を切り開き、自身が輝ける場所を見つけ出そうとしている。彼らはなぜその道を選び、どこへ向かうのか。その歩みから、混沌(こんとん)の時代を生き抜くヒントを探る。
「だるまは可能性があるプロダクト(製品)。世界にとどろかせたい」
だるまの産地、群馬県高崎市の豊岡地域で生まれ育った慶応大4年の高橋史好(ふみこ)さん(24)はインバウンド(訪日客)向けに商品を企画販売する「concon(コンコン)」(東京都)を2023年に創業し、社長を務める。高崎だるまにデザインを施し、一年中売れる商材として展開。経済誌「フォーブスジャパン」が選ぶ24年の「カルチャープレナー」(文化起業家)の若手30組に選ばれた。文化とビジネスの両立に向け、だるまの可能性を追求する。
多感な中高時代、厳しく安定志向の家庭に窮屈さを覚えた。将来に希望が見いだせず漠然と膨らむ不安や焦燥。「とんでもないことを起こし自分を変えたい」との衝動に駆られた。高校2年の4月、両親の反対を押し切りインドに留学した。「インドに行くと人生が変わる」。安直だが見聞きする言葉にすがった。
ホストファザーは街の開発に携わる経営者。ビルの開業式典や商談の場に同行した。「肝が据わっている。起業しなさい」。毎日声をかけられた。自ら道を切り開くと決心した。
その後、現地の三輪タクシー「トゥクトゥク」の事業化、動画投稿サイト「ユーチューブ」でインド向けチャンネルの開設などを経て同社を創業。ブランド「TOKYO LOLLIPOP(トーキョーロリポップ)」を立ち上げ、インド製のガラスリングの企画販売を手がける。
昨年、都内の初売りイベントで空間演出のために置いたピンクと青のだるまに訪日客が敏感に反応した。いくらに見えるかの問いに「1体15万~30万円」。海外の目に映るだるまの評価は想像を超えていた。すぐに地元のだるま工房で製作を依頼。2週間後に販売を始めた。
年末年始や選挙と、だるまが売れる時期は限られ、市場は縮小の一途をたどる。そんな中、デザイン性という付加価値を付け、訪日客に加え、企業向けのギフトとして新たな市場を開拓する。12月からは、都内の東急プラザ銀座でだるまの常設販売が始まった。
閉塞(へいそく)感を感じ悶々(もんもん)と過ごした思春期。父親は世界史の教員で家には歴史の文献が並び、幼心に抱いた「異国への憧れ」。反抗期は長かったが、確かに影響を受けた。自身の名前の由来は「歴史好き」。パリ・コレクションを目標に「生まれ育った町は世界で戦える」と確信し、伝統工芸品のだるまに新風を吹かす。








