色々な誠実
こんばんは、1日に2回投稿するのは初めてです。
彼是一週間ほど、例の一件から心持や近況を綴りながら過ごしてきました。
当時、生存報告をした後の私に対して、こんな言葉がありました。
「生きていたのは嬉しいが、その裏でとても悲しい思いをして、今でもあなたのツイートを見るだけでそれを思い出して辛くなる人がいることを忘れないでほしい」
※元ツイが探せなかったので意訳です、すみません。
私はこの言葉を受けて、これだけの迷惑や負担をかけて、今なおその影響を受けて苦しい思いをしている人がいることを忘れずに、前に進んでいこうと思いました。
ですが、それも大きな独りよがりの一つだったのかもしれません。
上記のメッセージは、本当に仰る通りです。
私が私の為に元気になるのは当たり前のことで、それを頑張る過程だと称してこうして綴っていったり、何事もなかったかのようにTwitterに投稿することで、辛いことを思い出してしまう人のことを、全く考えていませんでした。あまりにデリカシーのない行動だったと思います。
たまたま私が知ったお話が氷山の一角であるとは思いますが、この場でお詫びいたします。
今後のことですが、私が私の為に頑張ることには変わりません。出来ることをします。しっかり治して、二度と同じ過ちを繰り返さないようにします。
それでも、日常の中で私が目に入ることで、当時の気持ちを思い出して心がざわついてしまう人も多いと思うのです。
私は自分自身が犯した過ちについてしっかり説明をすること、そして元気に生きていくことを知ってもらうことが誠実さだと思っていましたが、誠意・誠実というのは人によって形も変わるのだと教わりました。
「助けが必要な人は助けたい形をしていない」
人に言われた言葉です。全くその通りだと思いますし、私はこの言葉を生涯忘れることはないでしょう。
ですので、一旦この日記の更新と今後のTwitter利用はいたしません。
お約束ややり取りがあるのでメインのアカウントは残しておきますが、非公開アカウントは削除します。
皆さん、色々な感情があると思います。本当に心配された方、生きていることがわかり安心した反面いろいろな感情で心がざわついた方。
今回の件で、たくさんの人の心を乱してしまいました。
どこかでまた会う機会があれば素敵だとは思いますが、私は今私にできることを目いっぱい頑張りたいと思います。
本当に申し訳ございませんでした。そして、ありがとうございました。
よいお年を。


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